闇の底 其の十


「呼ばれていたのは僕の方だった、のかなぁ……」


帰りの車の中で、ゆるやかに流れる景色のシルエットを車窓から眺めながら、僕はため息とともにぽつりと呟く。


「結局、あの廃ホテルはなんだったのかな」


僕の言葉に、叔父は前方を見たまま応える。


「Sホテルの火災は当時だいぶ騒がれたからな。お前の話を聞いて気になって調べてみたんだが……。案の定、あのホテルは数年前にとっくに取り壊されていた。現に何人もの死者を出した場所だし、お前らみたいに面白半分でやってくる連中が後を絶たず、実際に事故や犯罪も起こっていたらしいからな」


それを聞いて、別の意味でぞっとした。事故とか犯罪とか、そんな話は聞いていない。

「それに」と叔父は続ける。


「あのホテルが建つ前は小さな旅館があったそうだが、そこも火災で潰れている。木造で火の回りが早く、しかも深夜だったためかほとんどの人間が犠牲となった。そして、逃げ遅れた半分以上があの川に身を投げて死んでいる」


それはきっと、夢に出てきたあの旅館だ。


二度も火災に見舞われた悲しい記憶の残る場所。旅館やホテルが取り壊された今でも、ここで亡くなった無念の魂は、今も助けを求めてさ迷っているのだろうか。


「でも、なんで僕だったんだろ」

「誰でもいいから連れて行きたかったんだろ。仲間を増やしたいんだよ」


「お前なら簡単に騙せると思ったのかもな」と、叔父は意地悪な笑みを浮かべる。

叔父の言葉に少しむっとした。僕は単純だとでもいいたいのか。


「てゆうか、叔父さんこういうの信じてないんでしょ? なんでそんな言いきれるのさ」

「お前が欲しがりそうな解釈をしただけだ。仮に死んだ人間の霊魂があるとすれば、それは人の心だ。苦しみは他人と分かち合うことで楽になる。お前の言う霊ってのは、元は人間だからな」


寂しい、だから仲間が欲しい。この苦しみを他の誰かにもわかって欲しい。

この感情には覚えがある。


「あんまり深く考えるな。お前らの見たのは全部、恐怖心と先入観の思い込みからくるただの幻だ」

「幻……」


そんなわけない。昨日、僕と真斗は間違いなくあのSホテルに行ったのだ。建物の壁やドアの冷たさや、埃や錆、焦げた臭い。そしてさっき掴んだ真斗の腕の感触も、ちゃんと残っている。


手を見つめたまま黙り込んでいると、急に叔父の手が僕の頭に軽く触れた。

僕は驚き、叔父の方を見て目を瞬かせた。

当の叔父は何事もなかったかのようにステアリングに手を戻し、また小さく欠伸をすると、「現に、俺には見えなかったからなぁ……」と、ため息のように呟いた。


帰りの車は、これでもかとゆうくらい安全運転だった。


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