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 その頃、番組成功の立役者となった骨河係長と加藤ボルテックスは店の外にいた。加藤は骨河係長を引き止めていた。

「なぜ最後に怪談を替えたのだ?」

「?」

「いや、お前自身が物部のしたためた怪談に納得できなかったんだとは思う。お前たちの怪談はまさに対極のものだった。しかし、気になることがあるんだ。物部は語り部に焦点を当てることを怪談師がやるべきではないとまで言い切ったんだ。実際、我々も語り部のことは何もわからなかった。お前だけはなぜ語り部を知りえたんだ?」

「ああ、簡単なことだよ……彼女と別れた後で、ある女性とばったり道端で出くわしてな。飯島登美子さんという方だ。そこでもうひとつの怪談を聞くことになった」

「なんだと。それじゃあタケオはあの時点で四つ目の怪談を知っていたというのか?」

「しかしまぁ、今となっちゃそれが”怪談”だったかどうかは怪しいもんだがね」

「? ……どういうことだ?」

「いや、あくまでも私の印象なのだが……」

 骨河係長は改まっていう。

「最後の怪談を聞いたときには、ふっと思ったのだ。これは怪談じゃない。あるがままの真実を語る実話なんだと。何のことはない……登美子さんは気恥ずかしさから怪談という体裁で話していたが、それはすべて彼女の自供であり罪滅ぼしだったんだ。全てを語り終えたときの彼女の安らかな顔を見たときに、私はそう確信したんだ。何十年にもわたって背負い込んできた肩の荷が下りたような、そんな安らかな表情だったからさ」

「ふむぅ、なるほど……」

 加藤は居心地の悪そうにしている骨河係長に向かって言う。

「行くのか?」

「ああ。放送は終わった。アマチュアラジオの私は、もうお役ゴメンだよ」

 骨河係長はそういって気弱に微笑んでみせた。加藤ボルテックスは突然頭を下げた。骨河係長は突然のことに慌てふためく。

「……!」

「あんたのおかげで番組が救われた。感謝のしようもない」

「やめてくれ。私は自分のために役を買って出ただけなのだ!」

 骨河係長は空を見上げて、興味深そうにつぶやいていた。

「……それよりも、あんたたちのおかげでいい夢を見させてもらったよ」

「?」

 骨河係長の表情はすがすがしいものだった。

「霊はいる……見たことないし、人形屋敷の中でも結局、私だけは見えずじまいだった。いや、今後の人生も縁がないとは思うが、そう思わさせてもらった……ほんの一瞬の出来事だったが、それはすごく夢のある経験だと思うんだ!」

「タケオ……」

「ははは。幽霊って、今までずっと人を驚かせる悪い連中だとばかり思ってたよ。しかしそうとは限らないんだな。もしかしたら妻も……ははは」

「!」

 その時、不意に骨河係長の目に涙がにじんだ。彼はふっと腕で拭ってみせた。

「妻もある日突然ひょっこりと、幽霊になって目の前に現れたりなんかしてな! ははは!」

「きっと現れるさ」

「!」

「タケオ、お前もきっと報われるに違いない。世の中は救済で満ちてるんだから」

「……それより物部耳子は?」

「それが……まだ意識を取り戻さないんだよ」

「……そうか」

「何か用が?」

「いや」

 骨河係長は神妙な表情を消して、ふっと笑みを取り繕ってみせた。

「心配なだけだ。あと、改めて感謝もしたかった、また次の機会ということだ!」

「俺のほうから伝えておくよ」

「ああ……それじゃあこれで」

「そうだ。またいつか、会う日まで、な?」

 骨河係長は加藤ボルテックスに別れを告げた。彼は家に向けて歩き出す。遅い時間になってしまったことを激しく後悔していた。そして、どうしても気がかりなことがあった。

「(渦巻のこと……結局、物部耳子に訊けずじまいになってしまったな)」

 ひとつの不安を胸に骨河係長は自宅への帰路に急いだのだった。


 * * *


 翌日のことだった。骨河係長はいつもと変わりなく、どこでも商事ナントカ部署へと出勤していた。

「今日も元気にどこでも商事!」

「「どこでも商事!」」

「……」

 いつもと変わらない朝礼から始まる日常。骨河係長の朝は憂鬱だった。やはりか、渦巻目ヶ一郎のデスクに彼の姿はなかった。そして物部耳子の姿もない。朝礼が終わり次第、骨河係長は部長のもとへと向かう。

「骨河君? 昨日は随分とお疲れだったようだねぇ~」

「どういうことです?」

「見てたよぉ~番組。君すごいね? 若い頃やってたの? セミプロ?」

「……」

 のんきな部長に、骨河係長はふっと嘆息してしまう。

「部長。目ヶ一郎のことを」

「あー……彼ね、彼は……その……」

「?」

 骨河係長は、部長の歯切れの悪さが妙に気になった。

「なんです?」

「……彼は昨日と今日はちょっと外回りに行ってもらってるんだよ~」

「……!」

 その時、骨河係長はハッとしてひらめく。昨日の物部の家でのことだった。

「あ……あああああ、うそつき!」

「人聞きの悪いこというな!? 私だって心苦しいけれど上司に命令されて渋々だね!?」

「命令ですとぉっ!?」

「そうだよ君! ゴーストパパラッチって番組はうちの協賛でね。知ってるでしょ?」

「……いえ」

「知らなきゃダメだよそんなこと!? それに昨今の番組の例を見ない大ブームだろ!? 霊を見ない……なんちゃって。それはそうと、番組人気にあやかってうまく利用できないものか、上は日夜苦心しているそうだよ!」

「……」

 骨河係長はなにやら嫌な予感をしていた。

「そこでこの忌々諱支部に白羽の矢が立ったってわけだよぉっ、はっはっは! 非常に光栄なことだと思わないかね?」

「馬鹿も休み休みいえ……」

「ふえぇぇ?」

 骨河係長が部長の胸倉をつかみ上げると、部長は悲鳴をあげた。

「私は本気で渦巻の身を案じていたんです! それをあたかも利用した挙句、人の心をもてあそぶようなことをして許されると思ってるんですか!? え?」

「ちょちょちょちょちょ! 落ち着きたまえよ骨河君! こんなことだろうから、今日出勤してきたらいつ言おうかとずっと憂鬱だったんだけどね……ちょうどいいや、君異動だから!」

「は?」

 骨河係長は咄嗟に部長の胸倉から手を離して、その場に土下座した。見上げるように部長の顔色をうかがう。

「異動? 異動異動……まさか私の……!」

「違うよ。ゴーストパパラッチ専属観察特別係。君任命だから!」

「……え?」

 その時、二人の会話に割って入るように骨河係長のスマホが着信する。彼は部長に白い目で見られながら受話器を耳にあてがう。

「誰だ?」

「骨河係長、昨日はご苦労様です」

「……!」

 相手は物部耳子だった。

「あ……ああお前はっ!」

「いえ、あの、どういえばいいのか……あのタイミングで倒れたのは本当に偶然ですから」

「いや、いいよそのことはもう! なんでその話題なの?」

「唯一、私に非のないネタだからです」

「おい!」

「とにかく一事はどうなることかと思いましたが……タコに先見の明があってよかったです。係長がいなかったら今頃どうなっていたことか」

「大体なんで電話なんだよ? こういうときは面と向かって話すものだろ!?」

「部長が係長にちゃんと伝えられるのか、心配になったんです」

「部長をなんだと思ってるんだ! はじめてのおつかい!?」

「あと、スマホ越しなら怒られないかと思って……」

「せこいな!?」

「とにかく……毎日退屈なデスクワークからようやく開放されて清清しくないですか?」

「お前仕事を何だと思ってるんだ!」

「あはは! 冗談です。係長の前ではっきりいっておきたくて……、どこでも商事の仕事は正直過酷でした!」

「お前なぁ~」

 物部耳子は骨河係長が今まで一度も聞いたことない、天真爛漫な声で笑いかけてきた。

「まだ見ぬ怪談が我々を待ってるんです! 考えただけでわくわくしませんか?」

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霊は知られたがっているっ!? ~ゴーストパパラッチ奇談~ @junichi

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