セイタン部の日常(桐華江漢さん作『セイタン部』二次創作)

タカテン

第1話 ざーさんがやってきた!

「おかしい。納得できん」


 それはある日の放課後。

 みんなのジュースを買って部室(といっても私たちの教室だけど)に戻ってみると、セイタン部唯一の男子生徒であり、天上天下唯我独尊男の蜷川みながわが頭を抱えて何やら呻いていた。

 

「ほい。明里のイチゴオレ」

「うむ。パシリ由衣よ、ご苦労」

「誰がパシリだ! ジャンケンに負けたから買いに行っただけでしょ! はい、りっちゃんはオレンジジュースね」


 親友の明里のボケにツッコミを入れた私は、りっちゃんにオレンジジュースを渡しながら「で、アレは一体どしたの?」と、もはや床に這いつくばって「これは何かの間違いに違いない」とブツブツ言い始めた蜷川を指さした。

 

「えっと、実はこれで……」


 そう言ってりっちゃんが見せてきたのはスマホの画面。

 そこに「蜷川祐一の中の人は 堀川りょう です」と書かれてあった。


「なんだ、ただの診断メーカーじゃん。それでなんであんなに悶えてやがるの、あいつ」

「それが、どうにも診断内容に納得できないみたいで……」

「はぁ!? だってこれって単なるお遊びでしょ? そもそもなんでその堀川りょうって人がそんなに嫌なの?」


 蜷川は声優が大好きだ。

 いや、それどころか声優を神の如く崇め奉っていると言ってもいい。

 それなのにこの嫌がりようは一体……。

 

「いや、それがさ、ぷぷっ……あー、ダメだ、思い出すとまた笑いが込み上げてきた」


 明里が事情を話そうとして、でも結局大笑いしてしまって説明をりっちゃんに託す。

 りっちゃんは申し訳なさそうに床でのたうち回る蜷川をチラリと見てから、もじもじと

 

「……ベジータ」


 その名前を口にした。

 

「は? ベジータ? 野菜?」

「ち、違います……あの、ドラゴンボールの……」

「ああっ! あのベジータ! てか、そのベジータが一体……あ、まさか!?」

「……はい。ほ、堀川りょうさんの代表キャラは、べ、ベジータなんです」



 ぶははははははははははははははははははははははっっっっっ!!!!!

 

 

 思わず大笑いしてしまった。

 だって蜷川って言われてみれば性格がベジータそっくりなんだもん!

 

「変にプライド高いし!」

「俺様キャラだしね!」


 私と明里はお互いにあれやこれやと蜷川とベジータの共通点を言い合いながら、その度に大爆笑する。

 蜷川のことを密かに(と言っても傍から見たらバレバレなんだけど)慕っているりっちゃんはぷぅと頬を膨らませ、さりげなく私の腕をつねってくるけれど、ダメだ、そんなことぐらいではこの笑いは収まりそうにない。

 

「ねぇねぇ、蜷川君。ちょっと『きたねぇ花火だ!』って言ってみて」


 調子に乗った明里が、普段は偉そうな態度を取る蜷川をここぞとばかりにイジる。

 

「ダメだよー、明里。蜷川君、結構ショック受けてるんだから。イジめちゃ可哀そうだって」


 そんな明里を諫めつつ、


「てことで私は『これからがほんとうの地獄だ……』を所望します」


 私も調子に乗った。

 

「お前ら、バカにしやがって……」


 私たちのイジりに反論すべく立ち上がる蜷川。


「「うわーっ! 似てるーっ!」」


 でも、よりによって口に出した言葉がこれまたベジータっぽくて、ますますドツボに嵌った。

 

「く、くそう! やり直しだ! もう一度やり直すぞ!」

「そ、それは無理です……診断メーカーは一日ごとに結果が変わりますから、今日一日は同じ結果に……」


 再び床に崩れ落ちる蜷川。それがまた可笑しくて笑いが止まらない私と明里。うん、今なら「下品な女だ、でかい声で」と罵られても大笑い出来ると思う。

 

「なんだか今日は賑やかねぇ」


 そこへ伊賀先輩が入ってきた。

 伊賀静先輩。一年生ばっかりのセイタン部において唯一の二年生だけど、年齢差以上に頼れるお姉さんだ。 

 

「てか、どうしたの祐一? 床に這いつくばっちゃって?」

「俺のことはほっといてくれ静。俺はもう駄目だ」


 そしてお互いに下の名前で呼び合う蜷川と伊賀先輩は付き合って……なんてことはなく、ただの幼馴染だ。でも、あまりみんなの前で下の名前で呼び合うのは控えて欲しい。だってその度にりっちゃんが黒いオーラを噴出させるから。

 

「んー、でも今日は祐一にいい話を持ってきたよ?」

「なに?」

「実はね……」


 伊賀先輩がしゃがみ込んで蜷川に耳打ちする。うっ、りっちゃんのオーラがまたどす黒くなった!?

 

「な、なんだとっ!? 本当かそれは!?」


 と、いきなり蜷川がぴょんと立ち上がり、大声を上げる。そして

 

「本当にそいつはざーさんの声にそっくりなんだなっ!?」


 問いかけにうんと頷く伊賀先輩に、蜷川が「はーーっはっはっはっ!!」と高笑いした。

 その声がこれまたベジータそっくりなんだけど、さっきまでとは真逆の勝ち誇ったその声はなんだかとてもイラっとくる。

 てか、このままだと「俺がスーパー蜷川だ」とドヤ顔で言いかねないな、こいつ。

 ま、それはともかく。

 

「ダメ……」


 蜷川が大復活を遂げる一方で、ひとりまるでフリーザの圧倒的戦力の前にぶるぶる震えるベジータみたいな人がいた。

 

「ダメです……そんなの」


 りっちゃんだ。

 

「どうしたのりっちゃん?」

「……ざーさんはダメ……ダメです……」

「ざーさんって誰?」

「……花澤香菜。か、可愛いキャラの声の多くはこの人がやっていると言われるほどの人、です……」

「へぇ」


 りっちゃんは人見知りなところはあるものの、以前はごく普通の女の子だった。

 それが蜷川と知り合い、何を間違ったのか好意を抱くようになったことで、最近は共通の趣味を持とうと声優やアニメなどを猛勉強している。

 おかげで今は蜷川が私の知らない声優さんの名前を出すたびに、こっそりりっちゃんが説明してくれてとても助かっているほどだ。

 

「それはまた強敵ライバルの出現だ。でも、りっちゃんの声も負けずに可愛いから大丈夫だって」

「ダ、ダメです……い、いくら私でもざーさんには勝てません……」

「マジか!?」


 それほどまでに可愛い声って……りっちゃんには悪いけど、ちょっと聴いてみたい。

 

「でね、実はその人、セイタン部に入ってくれるって言ってるんだけど」


 そこへ伊賀先輩がそんな爆弾発言を投げかけてくる。

 

「本当かっ!?」

「うん。で、今、廊下で待ってもらっているんだけど……」

「何をしてるんだっ!? 今すぐ入ってもらえっ!」


 蜷川が偉そうに指示を出す。

 りっちゃんの身体がビクっと震えた。

 

「……し、仕方ありません。こうなったらアレをやるしか」


 そしてどす黒いオーラを纏ってそんなことを呟き始めるりっちゃん。

 

「アレ? アレってなに?」

「……花澤香菜さんはある欠点を持っているんです」

「欠点? それは一体?」

「はい……実は『はなざわさん』って呼ばれると咄嗟に『い”そ”の”く”-ん”』って言い返してしまう呪いです」

「……は?」


 なにそれ? てか、今のってサザエさんの?


「……花澤香菜さんは、その名字からずっと『サザエさん』の花沢さんだとからかわれていて、名字で呼ばれると条件反射で花沢さんになってしまうんです」

「はぁ」

「……しかもそこはさすがにプロの声優。その声はいつもの花澤香菜の可愛らしいものではなくて、本家本元の花沢さんそっくりなのです」

「……つまり、そのざーさんと同じ声を持っている人なら、きっと同じ呪いにかかっているはずだと?」

「そういうことです……」


 りっちゃんが真面目な顔でコクリと頷いた。

 うん、なんだろ、りっちゃん、めちゃくちゃ蜷川に毒されてない?

 

「……なので入ってこられたらすかさず『はなざわさん』って声をかけて欲しいのです」

「うん。……ってちょっと待って、かけて欲しいって私がやるの?」

「はい。私はその、声が小さいので……」


 あと人見知りですから、と小さい声でりっちゃん。

 いやいやいや、ちょっと待って。どうして私がそんな悪者みたいなことを?

 

「……お願いします」

「え? いや、それは……って、ちょっとりっちゃん、痛いんだけど?」


 いつの間にかりっちゃんが私の腕をぎゅっとつねっていた。

 

「お願いです……」


 くぎゅううううううううっ!

 

「ううっ、分かった! 分かったから。つねるのは勘弁してよ」


 はぁ、どうしてこんなことになったんだか。

 

「よし。ではお前ら、俺の『せーの』の声でざーさんをお迎えするぞ」


 伊賀先輩をドアの前に立たせて、蜷川が指揮を執る。

 

「……私が『せーの』というので、扉が開いたら『はなざわさん』と声をかけてください」 

 

 私の横でりっちゃんがやっぱり腕を軽くつねりながら言った。

 

「では、行くぞ」


 蜷川とりっちゃんが同時に「せーの」と合図を送る。

 そしてドアが開いて。

 


「オッス! オラ――」


 

 ぴしゃんと蜷川がドアを閉めた。

 え、なに、今の? なんだかやたらと元気そうなおばあさんが、元気いっぱいな声で――。

 

「おい、静! 今のは一体どういうことだ?」

「え、だから今のがざーさん」

「おい、冗談はやめろっ! ざーさんはざーさんでも今のは!」


 すると外から何やら気合の入った声で「かー」だの「めー」だの「はー」だのって声が、まるでカウントダウンのように聞こえてきたかと思うと、小柄ではあるものの間違いなく男の子な蜷川を吹き飛ばして閉まっていたドアが開いた。

 

「オッス! オラ、野沢菜雅子! 御年80歳のでぇべてらん非常勤講師だァ!」


 そう言って入ってきたのは、とても80歳とは思えない元気なおばあちゃん。足腰はしっかりしているし、声にすごく張りがある。しかも髪は赤く染めてパーマかけてるし!

 

「はい。こちらがざーさんこと野沢菜雅子先生です」


 伊賀先輩がにっこり笑って紹介してくれた。

 

「ふざけんなっ! そんな大ベテランを誰がざーさんなんて気軽に呼べるか!」

「まぁ、オラも普段は『マコちゃん』って呼ばれるんだけどよぅ、この子が呼ぶ『ざーさん』ってのも悪くねぇって思うんだ!」


 野沢菜先生の言葉に、伊賀先輩がいえーいとVサインをする。


「ってことで、ざーさんがこれからセイタン部の顧問をしてくれることになったから」

「なんだとっ!?」

「おう! この精神と時の部屋でおめぇらをびっしばっし鍛えてやっからよ! 任せてくれよなっ!」


 あ、いえ、ここは普通の一年六組の教室です。

 あとビシバシ鍛えるって何を鍛えるつもりなんだろ?


「なんてことだ……セイタン部はもうおしまいだ……」


 私がそんなツッコミと疑問で頭を支配する傍ら、蜷川がわなわなと体を震わせながら言った。

 一体何をそんなに絶望してるんだか。

 てか、こいつ、なんだかんだですっかりその気になってるよね? そう、

 

「おめぇ、ベジータに似てるな?」


 私が思っていたことを野沢菜先生が代弁してくれた。

 

「なんだと!? そんなことは……」

「おめぇ、お風呂に花王のバブを入れた時、なんて言うんだ?」

「はじけてまざれっ!」

「怒った時のセリフは?」

「まったくアタマにくるぜ!」

「オメェやっぱりベジータだろ?」

「ちくしょうううううううううううううう!!!」


 雄たけびをあげて蜷川が教室を飛び出していく。

 あ、逃げた。

 突然の逃走に私たちは誰も対応することはできなかった。

 ただひとり、伊賀先輩が教室の外に出て、逃走する蜷川の背中に何故か「せーの」と声をかける。

 

「そんなんじゃいやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 蜷川の魂の絶叫が廊下に鳴り響く。

 

「弱っちいやつだなぁ。オラが心をもっともっと進化させてやっぞ!」


 そして野沢菜先生が依然として私や明里には分からないやりとりで締めくくった。

 

 

 

 かくして蜷川は、野沢菜先生の前に敗れ去った。

 でもその裏で予め『お前の中の人はこの声優さんだッター」』の結果を知っていた伊賀先輩が、その日の午前中にりっちゃんへこの診断メーカーで蜷川とスキンシップを図るのをオススメし、普段はマコちゃん先生と呼ばれている野沢菜先生への協力を取り付けたりと暗躍していたってことを、後日、先輩が私と明里にだけ話してくれた。

 

 なんでも、その前日に伊賀先輩のお弁当から許可なくタコさんウインナーを蜷川が食べてしまったから、懲らしめる為にやったとか。

 

 伊賀先輩を怒らせてはいけない、この事件は私と明里にそう心に深く刻み込ませるものだった。

 

 おわり。

 

 

 

 

 

「オッス! オラ、野沢菜雅子。次回もぜってぇ読んでくれよなっ!」


 え、ちょっと待って。これ続くの!?

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