花の言葉に忍んでは
影宮
花言葉に声は無けれど
忍には言えない言葉が沢山ある。
代わりに、嘘からきた言葉ばかりは誰よりも沢山言ってしまう。
口があるのに、舌があるのに、声があるのに、言葉があるのに。
花を手に、迷いなく極めて静かに活けていく。
普段は見せもしないその白い肌にさえ、傷が残っていた。
「忍に、そんな趣味があるとはな。」
その声は、気付いていた気配から聞こえた。
顔を上げて、向き直ると一礼をかます。
忍風情、その態度であれども。
「残念ながら、花が好きでもありませんがね。」
顔を上げて、笑まばその目に感情一寸さえ見えず。
「花を摘むのにか?」
首を傾げ、そう問う武人。
影忍が好むは花ではあらぬ。
その行為ですら、屑と同じ。
「花も使えるというだけ。忍にそんな趣味があるとでも?」
「『忍』には無いだろうが、『お前』にあっても可笑しくない。」
先程まで、同類「忍」と口にしたくせに。
また、意地悪なことを。
「こちとらも、その『忍』なんですけれどね?」
ふっ、と笑う武人。
まったく、性格の良いお人様だこと。
「お前も、性格が悪い。どうせ、その花は俺の部屋に来るんだろう?」
花の気も知らないで。
「さぁて、どうかな?」
その鋭さに、惚れてしまいそうだ。
だけど、敵は敵。
忍と武人の間柄。
どうにも越えられない一線というものがある。
「どうだ、うちに来ないか?お前ほどの忍はいい戦力になる。」
「御冗談を。まぁ、あんた様が死んだ後にならお傍に影を落としてあげるよ。」
死んだ後になら。
けれど、その時にはその目はない。
だったら、お傍に影を落としてやる意味もない。
それに…その目よりも我が主の目の方が、もっと鋭いだろうね。
「世間話は終わりにして、はい、この花持ってお行き。」
「結局俺のところか。」
「欲しいんじゃないの?」
「違いねぇ。」
同時、笑いつつも難がある。
お互い様だよね。
武人は花の気を知らない。
いつに、花の口に気付くのか…期待もせずに影からひっそりと伺っておくよ。
この忍、花を活けるとは知らなんだ。
やはり、忍のことはわからない。
聞けば、否と言うわりに手馴れて折る。
一度や二度じゃあるまいに。
趣味と言わず、ではなんだ。
花に何があると言う?
忍に惚れるとは、どうしたものか。
それも、敵の影忍に。
傍に来いと言えども、死すまで行かぬと言う。
難ありの恋も嫌いじゃないが、花くらいには綺麗に咲いて欲しいもの。
「成程、白百合であったか。」
影忍の主が笑う。
「それが、何だ?」
「まっこと、あやつは可愛いことをする。某には、睡蓮の花を。」
睡蓮?
「と言えども、実物の花なぞ取っては来ませぬ。」
「花に意味があるのか?」
それぞれに、それぞれの花を見せる意味があるのなら。
それを是非とも知りたい。
「うむ。あり申す。睡蓮には『信頼』。白百合には、『貴方には偽れない』という花言葉が。」
「花言葉?」
花それぞれに与えられた、意味。
つまり、花の言の葉。
それを、忍が?
「あやつは何でも知っておる。それ故、言葉に出来ぬ時にはこうして花に言葉を借りて申すのだ。」
嬉しげに語られるそれに、心底驚いた。
俺に伝わらないかもしれない、とは考えなかったのか?
「あやつは…某が花言葉を知らぬと思うておる。確かに最初はわからぬばかりであったが、調べてみればなんと可愛いことか。」
意外も意外、忍は趣味として花を見せるわけでもなく、小さな言葉を隠す手段とは。
そして、知られた時には隠れて喜ぶのかもしれない。
確かにそれは、この武将の言う通り、一等可愛いこと。
「貴方には偽れない」と言うくせに、偽るというのはどういうことか。
それとも、気付かぬだけで偽っておらぬというのか。
俺が、思い込んでいただけなのか。
「貴殿も、あやつの花言葉を調べてみるがよかろう。」
そう残し立ち去った。
まったく、外見で騙す忍だ。
愛らしいことをしてくれる。
「む?才造か。」
霧忍が傍に降りてきて、顔を上げる。
「主、
成程、またか。
「紫羅欄花、だな?待っておれ…。」
花言葉の書物で探す。
どうやらこの霧忍も、花を見せられるようだ。
毎度、此処へ花言葉を知ろうと来る。
影忍は思いある者へ、皆花を見せるのだな。
「おぉ、才造!『愛情の絆』、『求愛』だそうだ!」
「成程…。」
何やら考え込んでおる。
しかし、嬉しげではあるのだ。
「あやつのことだ。最近は忙しく構えておらぬだろう?それを言うておるのかもしれぬ。」
「承知。」
満足気に立ち去る。
きっとこの後には…。
「まっこと、忍も隅に置けぬな。」
こやつらを見るのも楽しいものだ。
また主に聞けば、夜影の愛らしさが見えた。
忍同士で、また夫婦ともあろう仲だというのに、何故…花に言葉を借りてまで?
と、いうのはもう思うことはない。
恥ずかしがって言えぬようだ。
花は便利だな。
「夜影。」
「あぁ、才造。」
振り向く影に、惚れ直す。
余った花か、意味あっての花か、自分にも飾っている。
「赤菊か。」
この花言葉は前に聞いた。
『あなたを愛しています』だ。
この、偽物なのか本物なのかわからない花を見せては、忍らしさと愛らしさの混ざった夜影らしいことをしてくれる。
偽物ではない、と思いたい。
いいや、たとえ偽物だったとしても…本物にしてやるまでだ。
毎度のことながら、この繰り返しではある。
「随分と、素直な言葉だな?」
「素直にさせてるのは誰よ?」
花の言葉に忍んでは 影宮 @yagami_kagemiya
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