幸福な不幸

土塊ゴーレム

第1話

 あの女の能力は【ログインボーナス】。

 いつも朗らかで天真爛漫で人当たりのいい奴にとって、会うだけで他人に幸福をもたらすこの能力は驚くほどにお似合いで、反吐がでる。

 --誰もあの女の正体を知らないから。

 私の名前は『緒形世莉』。おがたせりと読む。意味は知らない、興味がないから。

 好きな物は特になし。嫌いな物はとにかく沢山ある。最近は特にあの女が嫌いだ。

 奴の名は『石動真依』。いするぎ、まい。誰にでも愛想がいい八方美人。

 私が教室に入ると談笑していた奴と偶然にも目があう。奴と顔を合わせてしまった。

 つまり、奴の能力である【ログインボーナス】が発動することを意味する。無意識下に人に幸福を与える能力。

 例えば「えんぴつを転がして答えたテストが100点を取る」ほど『幸運』になる。と言った風に、奴に会うだけでそれほどの恩恵が貰えるのだから、奴の人柄も相まって人気があるのは充分理解できた。

 でも、それはあくまで他人の話。私は違う。

「わー!コンサートのチケット当たっちゃった!」

 突然そんな事をクラスメイトが言い出した。奴の取り巻きの1人だ。

「これも真依のおかげだよー!」

「そんな、私は別に何も……」

 たわいのない会話。いつも通りの日々。毎日誰かしらが幸福な体験をして奴に感謝するなんて『いつも通り』だ。

 誰が感謝なんてするものか。私は奴に出会ってから何一つ良いことがない。

 幸福からは程遠い、不幸な毎日だ。

 だからこそ、ムカつく。あの薄っぺらい笑顔が、あの角が立たないような言い回しが、何もかもがムカつく。

 そんな事を思いながら、私は自分の席に着く--。

「え」

 座ろうとした瞬間、椅子が崩れ、すっかり体重を預けていた私は見事に転んでしまった。どうして、昨日までは普通だったのに。

「緒形さん!?大丈夫?」

 クラス中が騒然とする中、いち早く声をかけてきたのは奴だった。

「…………」

 手。奴は無様な私に手を差し伸べてきた。

 クラスメイト達は「真依優しい〜」「緒形気をつけろよ」と思い思いの事を口にする。--誰1人として彼女が笑っている事に気がつかない。

 友達と談笑していた時のような作り笑顔などではない。人間は心から楽しい時に自然と笑みが溢れるように、その笑顔はとても歪んでいた。

 彼女は私の手を取り、自分の方へと寄せ、耳打ちをする。

「今日も不幸でいてくれてありがとう」

 顔を合わせるだけで万人を幸福にする女の本性がそこにある。私だけが知っている、知ってしまった彼女の本当の素顔。

 --私だけに向けてくれる顔だ。

 私の能力は「人から貰ったものを真逆の性質を持つ別の物に変化させる能力」だ。名は【泥の花】。

 私だけが彼女から贈られた幸福を不幸へと変化させてしまう。

 それを彼女に知られてからは事あるごとに彼女はこうして不幸な私に手を差し伸べる。人の幸福しか見たことない彼女が唯一見た人の不幸。

 私だけに見せてくれる彼女の笑顔は、とても綺麗で見惚れてしまう。私が嫌いな世間に合わせた『奴』ではなく、心の底から人の不幸を見て愉しんでいる性格の悪い『彼女』。

 彼女の笑顔が見れるならば不幸でいても構わないとすら思う。それほどまでに私は……。

 私の名前は『緒形世莉』。おがたせりと読む。意味は知らない、興味がないから。

 嫌いなものはいっぱいある。好きなものは特にない。強いて言うならば彼女が好きだ。

 彼女の名は『石動真依』。いするぎ、まい。私だけに笑ってくれる大切な人の名前。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸福な不幸 土塊ゴーレム @nrhr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ