第6話

「境を歩く馬遣いに、たいそう美しい歌を歌う者がいるらしいですよ」

 綺羅星が嫁いでから、すでに星のめぐりは五つを数えていました。

 この部屋に仕える女中は、寝所を調える際に、その日仕入れた町の噂話を綺羅星に聞かせるのが日課のようです。

「まあ、そうなの。……いつか聞いてみたいわ」

「綺羅星様もお歌がお上手と伺っていたので、楽しみにしていたんですよ」

「ごめんなさいね。こちらに来る途中で、歌を失ってしまったの」

「ええ、ええ、存じていますとも。その代わり、患っていた目が見えるようになったのですよね? あのときの、お屋敷様のお喜びようったら……」

 当時を思い出したのか、女中は手で口を抑えてウフフと声を漏らしました。

 輿入れの日、目の見える綺羅星を迎え、驚いたお屋敷様が涙を流して喜んでいたことを、綺羅星も忘れることはできませんでした。初めて見た殿方の顔が、涙でぐしゃぐしゃだったのですから。

 そのあと、輿入れの何日も前から、お屋敷様が自ら目隠しをして屋敷を歩き回り生傷を作っては、目の見えない綺羅星が不自由することのないよう使用人を指導していたのだ、と人づてに聞いた綺羅星は、たいそう申し訳なく、そしてそんなお優しいお屋敷様を、心の底から愛おしく思ったのでした。

「今日、隣町は星の日だとか。流れ星が多く見えるそうですね。さぞやお美しい空なのでしょうね」

 三つになる我が子を抱いて、綺羅星はそっとバルコニーに出ました。

 あの日華駕輿から初めて見た故郷の星空は鮮烈で、そのときの光を胸に思い抱けば、綺羅星はいつでも、あたたかな光に包まれているような心地になりました。


 夜空を見上げれば満天の星空に、きらきらと煌めく星の川が流れています。

「おほしさま?」

 天の川に流れる星をなぞれば、それは星屑が綺羅星のために作ってくれた星の文字で、星屑の想いが綴られていて。

「おかあさま、おほしさま、きれい」

 あの頃と少しも変わらない優しい星屑の言葉は、光となっていつまでも綺羅星の瞳に光を映しては、さらさらと夜空を流れてゆくのでした。



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綺羅星と星屑 くまっこ @cumazou3

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