第5話

 華嫁行列はなよめぎょうれつを見送った星屑はその日の夜、ひとりで、町の外れにひっそりとある小さな星のほこらを訪れました。

 共に、と星の日祀りの約束をした綺羅星はもう、隣にはいません。

 星屑が祠の前で墨を摺り、用意した短冊に願いをしたためるのに、そう長い時間はかかりませんでした。


『僕の持つ、光を読む力を、どうぞ綺羅星にあたえてください』


 星屑は、もう二度と綺羅星と歩みを共にすることができないのなら、光などいらないと思いました。

 星屑の光は、ただひとつ、綺羅星だったからです。

 短冊を納めようと星棚の戸を引いた星屑は、そこにもう一つ、すでに納められた短冊があることに気付きました。手に取ればそれは、あの日星屑が星文字とともに綺羅星に贈った、薄い木でできた短冊でした。

 綺羅星もまた、星屑との約束を忘れてはいなかったのです。

 まさか、という心持ちで星屑がその短冊を表に返せば、そこには星の文字が書いてあるようでした。


 そのとき。星の日を迎える鐘が、町中まちじゅうに響き渡りました。時が満ち、町に星の日が訪れたのです。空を見上げれば鐘の音と同時に無数の星々が流れては消え、星は降り注ぎ、町は光で包まれているかのようです。

 その星の一つが、天上で一層眩まばゆい光を放ちました。そしてその瞬間、星屑の目の前で驚くべきことが起こりました。星が、祠に飛び込んだのです。

 まるで雷鳴のない雷が落ちたかのような眩耀げんようで目を強く閉じた星屑でしたが、何が起こったのか確かめようと恐る恐る瞼を上げると――そこには暗闇が広がっていました。

 不思議なことに、いま目の前にあったはずの祠も、手に持っていた短冊も、どこにもありません。――いえ、手を伸ばしてみればそれらに触れることはできました。ただ、星屑の目にはそれが映らないのです。

 瞼を幾度も擦っては目を大きく見開いても、眉間に皺を寄せ目を細めても。流れていた空いっぱいの星たちも、あれほどの星を見た後の光の残滓ざんしも、跡形もないのです。

 もう星屑の瞳に、光が映ることはありませんでした。

「願いが、聞き届けられたんだ……」

 暗闇のなか綺羅星を想うと、星屑の口から、歌が零れ落ちました。

 歌は風に乗り、草原を揺らし、草の雫を弾き――その雫は煌めく星となって、天にあがってゆきます。

 手にした薄木の短冊を指でなぞってみれば、そこには綺羅星の願い事が書いてありました。


『私の持つ、音を読む力を、どうぞ星屑にあたえてください』


 星屑の歌は一晩中やむことはなく、歌から生まれた星たちは、流れ落ちる星に代わり夜空を満たしてゆき、やがて川のように、ゆるやかに天を流れてゆきました。

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