開幕の直前と企画の追加

 そして6日後の朝。正確には、まだ日が昇る前の午前4時。

 祭り当日とはいえ、流石にこの時間から動き始めている人は少ない。


 そんな中で、商業地区に女性の二人組が向かう。言うまでもなく、ウツロとクレナだ。


「ふぁぁ…流石にこの時間は眠くてしょうがないんだけどな…」


「ちゃんと給料には色付けてやるし、明日は定休日にして好き放題寝かしてやるから頑張ってくれよ?

 お前の力があって、初めて私の料理は完成すんだからよ! 」


「はいはい、給料分はちゃんと働くさ」


 祭りの事もあってか、いつもよりテンションの高いクレナを横目に、ウツロは小さな欠伸を連発する。

 元々朝に弱いウツロにとって、こんな朝ですら無い時間に起きるなどしんどい事この上ない。


 以前、ラクタ村で事を起こした時のように何かしらテンションの上がる状況があれば別だが、今回の祭りに対して特に思い入れもないウツロにとって、この状況はただただ眠いだけに他ならないのであった。


  「とはいえ、せめて人の喧騒やら灯りがあればまだ起きれるんだけどね…これだけ静かで真っ暗じゃ……」


 ぶつくさと文句を垂れながら歩いていくこと数分、曲がり角を曲がって、今回出店する通りの入り口に立つ。

 そこでウツロは言葉を喪い、先程まで眠そうにしていた目が、明るく開く。


「へぇ……これはなかなか」


 ウツロ達の目の前に広がったのは、様々な模様や仕掛け、マスコット等で工夫を凝らされた道の両端にズラッと並んだ屋台の群れと、仲間内での打ち合わせ、他の店への偵察、宣戦布告、物色のざわめき。


 そんな様々な空気や雰囲気、声色が入り混じる中で、その全てに共通する感情が一つ。


 それが、『楽』の感情。


 宣戦布告をする方もされる方も、互いの目的を理解しつつ、全て笑い混じりに行われている。

 これだけで、この場にいる全員が祭りに対して楽しむ為に参加している事がよく分かる。


「成る程、コレは確かに楽しそうだ」


「だろ? まぁ、祭りはまだまだ準備段階。驚くのも楽しむのもコレからだぜ? 」


「へぇ、それはいいね。私もやる気が出てきたよ」


 クレナと屋台で埋まった道を左右を見て歩きながら、段々とウツロのモチベーションも上がっていく。

 様々な人種、容姿などから伝わる国柄、そして提供している品物。

 同じような物はあっても、同じ物はない。

 どれもが斬新で、その事がウツロの心をしっかりと掴んでいった。


「で、今回の私の城は此処ってワケさ! 」


 そして、到着した自分たちのスペースを見て、ウツロは一言、


「流石だよクレナ…君のセンスは…」


 若干引きつつ、ある種の褒め言葉だけだった。



✳︎✳︎✳︎


 同時刻、騎士詰所


 此処には6日前と同じメンバーが、最後の打ち合わせの為に再び集まっていた。


「さて、こんな朝早くに集まってくれて皆ありがとう。

 早速だけど最後の打ち合わせ、というよりも段取りの確認を始めよう」


 グラムの一言に、騎士達の顔が引き締まり、一言も発する事なく皆一様に小さく頷く。

 そして、それを確認してガラムが次の一言を発しようとしたその時だった。


 入り口の扉が小さくノックされ、


「よぉグラム。緊急事態だ、開けっぞ? 」


 男性の声とともに扉が開けられ、眼鏡をしたキツネ目の青年が顔を出す。


「どうしたのレイク? 」


「ったく、俺の夜勤中にトラブルは勘弁して欲しいんだけどな……ホレ、お前ら宛にクソ野郎共から手紙だよ」


「まさか……」


 呆れたようなレイクの言い方に嫌な予感がしつつ、差し出された二つ折りの紙を受け取る。

 その紙を開くと、一番下段に予想通りの差出人の名前があった。


 『傭兵団 玩具箱より』と。


「…将軍、奴らはなんて? 」


 騎士の言葉に頷き、グラムは玩具箱からの手紙を読み始める。


『拝啓 騎士様へ

 いつもお勤めご苦労様。今もきっと、我々の催しを彩る準備をしてくれている所だろう。


 そんな君達に敬意を表し、一つ催しを増やそうと思う。


 その内容は、かくれんぼ。なんて言うのはどうだろう?』


「…手紙は此処までだね」


 相変わらずふざけた内容に、一同は揃って苦い表情をし、中には歯軋りをしたり、苛立ちのあまり机を叩く者さえいた。


「この『かくれんぼ』って言うのが何を意味しているのかは分からない…けど、奴らの事だ。どうせロクでもない事でしかないよ。

 だから皆、スタンプラリーにかくれんぼ、とてつもなく忙しくはなるけど、今日は一層気を引き締めていくよ。


 絶対に、この祭りを成功させよう! 」


 グラムの言葉に、皆揃って強く頷く。その中に、合わせている者も惰性を抱く者など一人もいない。


「おーおー、相変わらずの愛国心と勇敢さ。それでこそ俺たちの騎士将軍様とその一同って感じだな!

 どうやら、俺の持ってきた情報が無駄にならなくて済みそうで良かった良かった」


「……情報? 」


「そう、このかくれんぼに関すると思われる情報さ」


 そう言って、レイクは騎士達の座る長テーブルの真ん中に、大量の写真を放る。


 その写真を、各々が手に取り眺める。


 そして、


「何だ……コレは……」


 写真を見て、一人の騎士が声を上げる。


 見れば、他の面々も引き攣った顔をしている。


「一体何が……? 」


 最後にグラムも写真を手に取り、眺め、そして、


「何処でこんな……」


 ぽつりと呟いた。


 騎士全員を震撼させる写真。


 そこに写っていたのは、頬にピエロの飛び出たびっくり箱の刺青タトゥーを入れた男の写真。

 とはいえ、別に玩具箱が王都に混ざっている事なんて想定の範囲内。特に驚くことでもない。

 問題なのは、写真の男が持っている一枚の紙切れ。


 そこには、いくつかの顔写真と、その下にポイントと書かれた数字が書いてある。


 そしてその顔写真は全て、この会議の場にいる騎士全員のもので、一番高い10ポイントにはグラムが、更に階級が下がるにつれて他の騎士にも小さな点数が付けられている。


「『かくれんぼ』ってまさか……」


「あぁ、恐らく、お前らの首を使った玩具箱の点数の稼ぎ合い。

 点数が高くて何が起こるかは分からねえが、極秘であるハズの騎士の顔を全て調べたまで作られたゲームだ。

 きっと大層立派な景品が貰えるんだろうよ」


 吐き捨てるようなレイクの言葉に、先程までのテンションの高さが嘘のように場が静まる。

 それ程までに、自分たちの顔が知られていると言う事実は大きい。


 役職を持った騎士は、市民への無用な心配、暗殺や謀殺、政治に巻き込まれる事を防ぐ為に騎士以外に顔も名前も、一切の個人情報すら晒していない。

 唯一の例外として騎士の顔であるグラムは世間に顔を晒しているが、他は誰一人として全ての個人情報を秘匿している。

 つまりその存在を、しかも一部分だけではなくその全てを相手が知っている。


「事態は思ったよりも深刻みたいだね…


 兎に角、各員巡回中は警戒を怠らず、決して単独行動はしないように心掛けよう」


 それで何処まで抑えられるかは疑問だが、相手の全容どころか欠片すらも分かっていないこの状況で出せる手など、コレが限界だとたかを括る。


「確かに考えないといけない事、やらないといけない事は多いけど、コレを乗り越えれば必ず奴らに繋がる情報が拾えるハズ…


 皆、気合を入れよう」


 最後にグラムのこの一言に、他の全員も冷静さを取り戻し、再度会議は動き始めるのであった。



✳︎✳︎✳︎


「社長、どうしてあのような提案を? 」


 『アークロード武器工房』の地下、調度品の一つもない真っ白な部屋の中で、受付嬢のラナが社長であるベガルトに問う。


 その問いに対して、ベガルトはニヤリと笑って、


「それが一番分かりやすい方法だし、なによりも面白いだろ? 」


 一切の悪びれも無く、ただただ悪意だけ込めてそう言い放ったのだった。



 さぁ、記念祭を始めよう。

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快楽主義者の異世界実験録 涼風 鈴鹿 @kapi0624

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