第四章 ─暗雲の創立記念祭─

食堂の計画と闘いの開幕

 翌朝、ウツロはいつも通り朝の支度を済ませて食堂へと顔を出す。

 いつもなら、ここで本日の支度をしているクレナが厨房から顔を出して挨拶をするのだが、今日は違った。


 「コレじゃインパクトが足りねーし…かと言って、コイツじゃ予算と時間がなぁ! 

 あーあー、クッソ! めんどくせぇ!! 」


 いつもは客が座っているテーブルに肘をついて、色々な紙を見回しながら頭を抱えて唸っていた。


「やぁクレナ。どうしたんだい?

 というか、店の支度は大丈夫かい? 」


「よぉウツロォ…今日は店は休みだから大丈夫なんだが…あぁ、飯か。すまねえ、今から作るわ」


 ウツロが声をかけると、ようやく気が付いたようにクレナがウツロの方へ向き、そのまま立ち上がろうとする。

 

「そういう事なら構わないさ。

 朝食も偶には私が作るから、クレナは考え事に専念するといいさ」


 だが、立ち上がろうとするクレナを抑制し、ウツロはニコリと笑って厨房へと振り返る。


「そうか? 悪りぃな。食材は冷蔵庫のモン好きに使って良いから私の分も頼むわ」


「あぁ、分かったよ」


 そんなウツロにクレナもアッサリと了承し、再度テーブルに向き直る。

 その時ウツロはチラッとテーブルの上を見ると、そこには何かイラストや文章の書かれた大量の紙がテーブルを埋め尽くしていた。



✳︎✳︎✳︎


「お待たせクレナ。テーブルを空けてもらっていいかな? 」


「ん? おぉ、ありがとな。直ぐに片付けるから待っててくれ」


 20分ほどして、ウツロが二人分の朝食を乗せたトレイを持って食堂から戻ってくる。

 トレイの上には、焼いたトーストに、目玉焼きとベーコン。後は大きな椀型の皿に盛られた二人分のサラダ。それらをクレナが空けたスペースに綺麗に並べていく。


「お、旨そうだな。これならお前に厨房を任せてもいいかもしれねぇな! 」


「ははっ、君に比べたらまだまだだよ。最近料理をしてなかったせいで鈍ってるしね。

 このレベルじゃ君の客も満足しないさ」


「最近? ッつー事は、前はどっかで料理してたのか?」


「おいおい、コレでも私も一人の女だよ?

 自炊の一つや二つ、珍しくはないだろう? 」


 「違いない」とクレナが大きく笑い、それに釣られてウツロも朗らかに笑う。


 そうこうしているウチにテーブルの上は、料理の乗った皿と取り皿で埋め尽くされ、二人揃って食卓に着き、食事を開始する。


「で? さっきの紙は何だい? 何やら何かの構想案みたいだったけど…」


 食事を取りながら、ウツロが口を開く。

 それに反応して、クレナも一度食事の手を止めて、


「アレか? アレは、6日後の王都創立記念祭で出すメニューを考えてたんだよ」


「へぇ…記念祭。そんなモノがあるのか」


『王都創立記念祭』


 ウツロがそのフレーズに触れるのは、この世界に来て二度目。

 一度目は、昨晩の招待状。

 この祭りでロクでもない事を起こすと明記されたあの紙だ。


 別に玩具箱の計画の中身には一切の興味は無いが、祭り自体には興味がある。

 というよりも、祭りの全容を知っておかないと、傍観者として楽しめない。というのがウツロの本音だった。


「あぁ、年に一回開かれる祭りでな?

 この『グ・ランディス』が王都として認定された日を祝おうって祭りさ。

 祭りの当日はスゲェぞ? 何たって、国中、下手すりゃ国外からも多くの商人が商売に来たり、大道芸人がその腕を競ったり、買い物やイベント目当ての観光客でごった返すからな!

 初見じゃ面食らうと思うぜ!? 」

 

「へぇ…そこまで。それは面白そうだね。

 で、それとさっきの紙がどう繋がってくるんだい? 」


「その質問を待ってたぜウツロォ! 」


 ウツロの問いに、クレナは指を鳴らして前のめりになる。

 というか、それ程までに「聞いて欲しい」オーラを出されては、流石に聞かないわけにはいかないだろう。と、ウツロは心中で一つ苦笑いを浮かべる。


「記念祭のイベントの中にはな、商業地区をまるまる使った記念祭名物があってな? その名も『王都食い倒れツアー』ってんだ!」


「食い倒れツアーね? 成る程、たしかに君たち料理人にとっちゃいい書き入れ時なワケだ」


「あめェなウツロ! 」


 悟ったように小さく笑うウツロの前に、身体を乗り出し、クレナはズイッと顔を近づけ更に続ける。


「この食い倒れツアーの醍醐味は、この王都に店を構える飯屋から、周辺の村、挙句には国外からも料理人がやって来て、商業地区を屋台で埋め尽くすんだ!

 で、一日で一番売り上げが良かった店には国から表彰とトロフィーが贈呈される…要するに、私が一番の料理人って証明が出来るってワケさ! 燃えるだろ? 」


「あ…あぁ、君のそのテンションでどれだけ力が入ってるの良くわかったよ…

 それで、さっきの紙の束に繋がるわけか」


 若干圧に押されつつあったウツロの一言で、興奮してたクレナのテンションが一気に下がり、椅子へ座り直す。


「それだよなぁ…いつもの大皿料理なら楽なんだが、問題は屋台って面にあってな…私はそう言った料理を考えてこなかったから、何をすれば流行るのか分からんし、そもそも大量に展開された店の中で私の店を選んでもらうにはどうすれば良いのやら…はぁ、分からん! 」


「成る程ね。なかなか難しそうだ」


 ガックリと肩を落としながらサラダを頬張るクレナを横目に、ウツロは床にバラ撒かれた紙を見ていく。

 内容はどれも大皿料理。言わば、座って食べる事を前提とした料理。


 それなら、逆に食べ歩きに適した料理…日本で言う、クレープやコンビニのファストフードのような物を提案してみれば現状が打開できる可能性は極めて高いが、


 ─私が考えたのでは無い物を、さも自分のアイデアのように語るのは趣味じゃないな


 そういったプライドに近い感情から、ウツロは黙ってクレナの話を聞く事にした。


「まぁ、ある程度の意見出しや手伝いなら出来ると思うから、相談や提案にくらいは乗るよ」


「おぅ…すまねぇウツロ。なら早速だが、アイデア出しに付き合ってくれ…」


「お安い御用だよ。まぁ、その前に此処の片付けと、一回リフレッシュがてらコーヒーでも飲むとしようじゃないか」


「だなぁ…完全に煮詰まっちまったし! 」


 ウツロの提案に、クレナは大きく伸びをしながら笑う。

 そして最後に、


「やっぱ、お前がいてくれて良かったわ!

 ありがとな、ウツロ」


 目の前にいる同居人兼友人に対して、屈託のない笑みを送るのであった。




✳︎✳︎✳︎


 同時刻 騎士の詰所。


 現在、詰所の会議室には、多くの騎士が集っていた。

 此処にいるのは全員、騎士隊長以上のクラス。

 騎士には、一般騎士、その数十人程を束ねる騎士隊長、更にその騎士隊長を数グループ束ねる騎士団長、そしてその上に騎士将軍であるグラムが立っている。

 他にも、シズクの騎士将軍補佐官などの立ち位置もあったりする。


 そして、そんな大人数が同時に集まったのは創立記念祭の打ち合わせの他にもう一つ。と言うよりも、大きな本題があった。


「さて、今日は集まってくれてありがとう。早速だけど、創立記念祭の各部隊の巡回ルートを『グ・ランディス着ぐるみスタンプラリー』に照らし合わせて考えていくとしようか」


 グラムの一言に、この場にいる全員の表情が引き締まる。

 誰一人として緩んだり、ふざける事なく、全員が心から真剣な表情でグラムの顔を見る。


 この民を想う一枚岩さが、この国の騎士の最大の特徴。

 全員が民を思い、惰性で動く事なく、有事に対して完璧な連絡網、連携力で対処する。

 そんな側面もあり、王都の治安は周辺国の中でもトップクラスに良かったりする。


「まずは、忙しいのに集まってくれた皆に心からの感謝と敬意を。

 その上で、玩具箱の一斉摘発を目的とした今回の作戦への全面的協力をお願いしたい」


 深く頭を下げるグラムを見て、全ての騎士が強く頷き、拍手をする。


「将軍、堅苦しい前置きはいい。早く話を始めよう。

 あの蛮族どもを根絶やしにする話を」


「計画を詰めるのに、時間は幾らあっても足りてないからね。そんな社交辞令は気にしなくていいよ。

 私達は皆、この王都を護りたいから、この仕事をして集まってるんだ。君が感謝をする事ではないよ」


 グラムを支持する他の騎士達の言葉を聞いて、グラムは顔を上げて全員の顔を一瞥。


 そして、


「ありがとう。

 じゃあ、始めるよ。


 玩具箱との闘いを」


 力強い決意と共に、グラム達は会議を開始するのであった。

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