祭りへの参加権と企画への招待状

 王都『グ・ランディス』に存在する、都を守護する為の騎士団。

 そして、その騎士団を纏め上げる若きカリスマ、将軍グラム・アプシュル。


 そんな彼には多くの二つ名、渾名があった。


 国民の上に立つ存在なのに誰の事も差別せず、種族、年齢、性別関係なしにどんな人間に対しても等しくそれでいて優しく接する。

 そんな善良を極めたような彼へ尊敬と感謝の念を込めて

 『蒼き聖人』『将軍紳士』『救世主』


 どんな悪人だろうと一切殺さず、最低限の傷だけで捕縛しようとする性格から、嘲笑と侮蔑の念を込めて

 『軟弱者』『タマ無し』『偽善の塊』


 そして最後に、その圧倒的な実力とプレッシャーに対し、拷問などを行うまでもなく罪人は恐怖に包まれ、自分の知っている秘密を全て暴露させてしまう。その強さへの恐怖と畏怖を込めて


「まさか、『蒼穹の拷問官』…か」


 腹を抱えて蹲る男が、頭上でニッコリと笑うグラムに対して震えた指を指し、震えた声でその二つ名を綴る。


「別に僕は拷問なんかした事ないんだけど……本当に不本意な二つ名だよ全く……」


「いい加減慣れて下さい。その心の広さだけは買われて『蒼穹』なんて揶揄されてるんだから感謝するべきかと? 

 私なんて、腰巾着呼ばわりですよ? 」


 目の前の男など意に介さず、グラムとシズクが冗談混じりに溜息を吐く。

 そんな様子に腹を立てたように、声を上げた男が片膝を立てる。


「ざけんな…俺は、俺はお前なんかに屈しは…ッッ!! 」


 直後、男は怒りの決意を露わにしながら再度膝を地に付いた。

 視認すらできない速度の腹へのパンチ。

 一撃目と同じ一撃。


「別に僕は君達を拷問する気も、ましてや殺す気も脅す気もない。

 まぁ、逃がす気もないんだけどね? 」


 完全なる格上。正に天上人。

 抵抗も逃走も、一切の悪足掻きすら許されない絶望的な相手。

 せめて捕縛されて拷問される位なら、この男に吐いて投獄されるだけの方がマシなのかもしれない。


 再度膝を折られた男は、膝と共に折られた心に付き従うように、全身の力を抜いて、怒りを現すように行っていた歯軋りを解いた。


 その隣の男を見て、もう一人の仲間の心も簡単にへし折れた。


「うん、ありがとう。

 で、君達が知っている事は何かな? 」


 頭上でニコリと笑う恐怖に抗う事もなく、男達は口を開く。


「玩具箱とは名乗ったが、俺たちが知ってるのは本当は一部だけなんだ……」


「だろうね。でも、その一部を僕たちは知りたいんだ? 教えてくれるよね? 」


「玩具箱は、上層部が自ら試験するエリートコースと、俺たちみたいにセレクションからエントリーして這い上がるビギナーコースがある……」


 男の自白を、グラムは言葉を一切放たずに聞いていく。


「セレクションで勝った俺たちビギナーの顔にはこの刺青が入れられる……コレが何の意味があるのかは、本当に知らない。ただ、コレが有るというご…ドヴァ!! 」


 ツラツラと喋り続ける男は、突如まるで口の中に拳のような大きなモノを突っ込まれたように口を大きく開いて、その直後に、


『コレが有ると言う事は、コウなるってコトデェス!! 』


 男の口から元気よくピエロの顔面が飛び出した。

 見れば、隣の男の口からも同じ物が飛び出している。


 バネ細工でビヨンビヨンと、まるで此方を嘲笑うように跳ねるその姿を言い表すとするならば、ピエロの模様のびっくり箱。

 見覚えのある、どころかこれ以上見たくも無い程に嫌悪感を覚えるそのシルエット。


「玩具箱…お前ら……!! 」


 グラムは怒りを隠そうともせずに、その名前を叫ぶ。


『コノ刺青はねェ? ボク達への叛逆を感じると素敵な盗聴器になるンダァァ!

 ンデ、聞いてミテ裏切ったナァってなったら、こうやって最高に楽しいびっくり箱に早変ワリッッテ物なんだァ! 凄いデショ? 』


 グラムを揶揄からかうように実に不愉快なネタバラシを、ピエロは子供のように行っていく。その姿が余計にグラムの怒りを煽っていく。

 それを承知の上で、本気で空気を読む気が無いピエロが更に語る。


『だから、ゲームをしヨウ? 最強の騎士将軍』


 先ほどまでのふざけたノリではない、まるで真顔のような声でピエロが言い放つ。


「ゲーム…だと? 」


「商品ハ、セレクションへの参加権。参加賞はセレクションの参加者リスト」


「何だそのラインナップ…ふざけてるのか? 」


 随分と気前の良すぎる提案に、グラムの怒りは不信感によって塗り替えられる。

 ただでさえ信用出来ない連中が、此方にとって得しかない提案をする。

 それをどう信用すれば良いと言うのか。


「当然、君たちにも賭けてもらうケドね」


「何を賭けろと言うつもりだ…?」


 ここで、ピエロの顔がようやく変わる。

 人を楽しませることを目的としたような、陽気な笑顔から、

 人を怯えさせる事を目的とした、口が限界まで弧を描いた邪悪な笑顔に。


「舞台は一週間後の王都創立記念祭。

 その一環にあるイベント、『グ・ランディス着ぐるみスタンプラリー』

 コレが会場だ。


 そして君たちの勝利条件は、君達が何を賭けているのかを導き出し、護る事。

 それが護られなかった場合、君たちの敗北。それ相応のダメージを受けて貰う。


それでどうかな? 』


 先程までのふざけたような口調から一転。

 今度は至極真面目な口調で。

 ピエロは静かに、それでいて丁寧にルールの解説を行なっていく。

 

「僕たちに拒否権も決定権も無い癖によくもいけしゃあしゃあと……」


『だってあったら参加しないじゃァン! 

 折角ボク達がイッショーケンメーに準備をしたのに、流されちゃうナンテ嫌だもノ! 』


 そう思ったのも束の間、すぐ様先程のテンションに戻り、グラムを煽り散らすように叫び、顔をグラムの側へズイッと近づける。


「分かったよ…参加してやるよ…それで、お前らを組織ごと摘発してやる…」


『うんウン! それでこソ最強の騎士将軍! 

 じゃ、一週間後を楽しミニしてるヨ!! 』


 グラムの怒りなど意に介さず、ピエロは彼をケラケラと嘲笑いながら、再度自分の出て来た男の身体へと帰って行く。

 そしてその直後、


「チッ…! 」


 二人の男の腹が一気に膨らみ、まるで風船のように破裂。

 中から大量の血と臓物を飛び散らせながら、その形ごと絶命していった。


「あぁ…見つけてやるよ。玩具箱。

 それで終わらせてやる…お前らを! 」


 眼下に散らばる血と臓物の溜まりを怒りと憐れみの入り混じった瞳で見下ろしながら、グラムは己の決意を。玩具箱への怒りを再度心に刻み付け、今後の対策を練る為に騎士団の詰所へと戻るのであった。



 ✳︎✳︎✳︎


 その夜、ウツロはいつも通り自室で懐中時計を開く。

 既にこの行動は、ウツロの寝る前のルーチンワークになっていた。


 いつも通り、何も入っていない空間を手でまさぐるだけ…かと思いきや、今晩は違った。


 手に一枚紙が当たる感触だ。


「へぇ…今度は何をする気なんだか」


 ウツロは少しワクワクと心を昂らせながら、紙を取り出し、開く。


 紙にはデカデカと『招待状』の文字。

 そしてその内容は、一週間後の王都創立記念祭とやらで起こす事の結末と、参加の意思を問う一文のみ。

 その結末を見て、ウツロは一つ溜息。


「なんだ、随分と面白くないじゃないか」


 そうボソリと呟いて、『不参加』の欄にデカデカと丸をつけて紙をワームホールへ仕舞い、懐中時計を閉じて布団に転がる。


「まぁいいや。今回は傍観者として祭りを楽しむだけにしようかな…

 ふぁ…頑張れ、グラム君」


 直後、小さな欠伸を漏らし目を閉じながら小さく笑うのであった。

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