完璧な不在証明と疑惑の刺青

 グラムが調査を開始してからそこそこの時間が経ち、現在の時刻は14時。

 因みに彼らの服装は共に普段着。グラムは長袖のシャツにシンプルな長ズボン。シズクに至っては動き易さなど毛ほども考慮していないロングスカート。

 騎士甲冑ナイトアーマーのような防御力も、武器を携帯する場所もなく、側から見れば男女のカップルがデートしているようにしか見えない装いだった。


 というのも、こんな真っ昼間から騎士が甲冑を纏って厳かに聞き込みなどしていては、生活している市民達に無駄に『何かあったのか?』という懸念を持たせてしまう。

 コレは、そういった懸念を持たせない為に、何処までも市民の為を考えられた王が定めた騎士のルールだった。


 そうやってグラムとシズクはいつも通りに聞き込みを行っていき、ちょうど鉱山地区の炭鉱での聞き込みを終えて地上へと戻ってきた所で、


「シズク、そろそろご飯にしようか」


 朝から通しで聞き込みを行ったこともあり、時間的にもグラムの腹の虫が鳴き始めた。


「此処から近いお店ですと、クレナさんの食堂辺りですかね? 」


「うん、聞き込みのついでにもなるしね。

 今日は休みだから、暇してるだろうし」


 そうと決まると、グラム達は炭鉱から真っ直ぐと『クレナ食堂』へと向かうのであった。



✳︎✳︎✳︎


「いらっしゃい…ってグラムかよ。

 何の用だ?」


「会って早々酷い言い草だね。

 ご飯食べにきただけだよ」


 入店早々に自分の顔を見て毒づくクレナを見て、グラムも苦笑いを浮かべる。


「今日は休み…まぁいいや、お前にンな事を言っても意味ねーししゃーねぇからな。

 直ぐに準備すっから適当な席に座って待ってな! 」


「うん、ありがとう。

 あと、ちょっとウツロさんに聞きたいことがあるから呼んできて貰ってもいいかな? 」


「あ? ただでさえ女連れの分際でまだ求めんのかよ。此処は夜の店じゃねーんだが? 」


「違うから。仕事関係で聞きたいことがあるだけだから」


 『仕事関係』と聞いて、クレナの表情が若干強張る。


 グラムが仕事関係で人に聞くことなんて、大抵巻き込まれない方が良い類の事しかない。

 つまり、ウツロが何か人為的な事件に巻き込まれている、もしくは疑われている事他ならない。


「ウツロはテメェの紹介で来て貰ったが、今じゃウチに欠かせない奴だ。

 下手な疑いやら冤罪なんかかけたら、幾らお前相手でも許さねぇし、ブッ飛ばすからな」


「分かった、約束するよ」


 本気の混ざった声にグラムは小さく頷き、それに納得したようにクレナも食堂の奥へと引っ込んで行く。

 どうやらウツロを呼びに行ったらしい。


「それにしても、随分とウツロさん気に入られてますね。紹介した身としても鼻が高いんじゃないですか? 」


「まぁ、怒られないで済んで良かったとは思うよ。

 それでも、ここまで信頼されるのも人に好かれるのも彼女の努力の結果なんだし、そこに僕が誇る余地は無いよ」


 近くに設置されたウォーターサーバーからシズクが水を汲みつつ、グラムに軽口。

 その軽口に対しても、グラムは真面目に返す。


「やぁ、待たせて悪いねグラム君」


 そんなグラム達の下へ、目的の人物が姿を現す。


「いや、此方こそ突然呼び出してすみませんウツロさん。

 さて、今回時間を取っていただいた理由何ですが…」


「それだよグラム君」


 早速本題に入ろうとするグラムに、何かを思いついたようにウツロは人差し指を立てて言葉を立てる。


「それ……とは? 」


「その敬語、正直辞めて欲しくてね」


「はぁ…ですが、まだ出会ってからそんなに日が経っていないのに、流石に言葉を崩すのは…」


「そんなことを言ったら、初対面からこの喋り方の私はどうすれば良いのかな?

 それとも、今から私も敬語にしようか? 」


 クスクスと笑うウツロに、グラムも負けたように首を横に振り、


「分かったよウツロさん。コレからはこうやって喋らせて貰うよ? 」


「うん、ありがとう。私のくだらない我儘ワガママを聞き入れてくれて」


 ウツロの提案に乗り、口調を改める。

 その反応に、ウツロも嬉しそうに頷く。


「ついでに、シズク君も敬語をやめてくれると助かるんだが……」


 「申し訳ありません。私は将軍ほど柔軟に対応出来ませんので」


「あっはっは! だよねぇ! 」


 間髪入れないシズクの拒否にウツロは声を上げて笑う。

 これだけ見ると、ただの気さくで明るい女性でしか無い。

 それ故にグラムもシズクも、ウツロが犯人である可能性は限りなく低いと考えている。


 しかし、グラムにはどうも一箇所引っかかる部分があるのもまた事実だった。


 ─此処に来て1ヶ月程度、彼女は事件への関わりが多すぎる。


 今回の件を事件への関わりと称するのは難癖も良いところだが、初めて溶解液を使う殺人鬼が現れた草原の事件に、以前の路地裏での騎士と盗賊が同士討ちになったあの事件といい、今回の一家惨殺事件にしても、彼女の名前がリストアップされたり、そもそも彼女が近くにいることが多すぎる。


 疑いはしてないが、何かを握っていないとも言い切れない微妙な距離。

 グラムはまず、その距離を切り取りたいと考えていた。


「じゃあウツロさん、まずは昨日の夕方に王都を出立したとの事だけど、どこに行っていたか聞かせて貰える? 」


「友人と一泊二日の旅行に行っていただけだよ。特に寄り道とかもしてないしね」


「それなら、昨日辿ったルートを教えて貰ってもいいかな?」


 そう言ってグラムはシズクに目配せし、それに応じてシズクが手にしていた周辺の地図を机の上に転がして広げ、ウツロにペンを手渡す。


「あぁ、お安い御用さ」


 そのペンを受け取り、ウツロは地図にサラサラと書き込みをしていく。

 昨日泊まった宿の場所、名前。

 通ったルート、使った公共機関。


 聞かれた事以上の事は書かず、聞かれた事は欠かさずに。


「王都から片道3時間の所にあるあの宿か。

 結構評判良いから僕も行ってみたいんだよね」

  

 雑談を混ぜつつ、グラムは思考する。


 ウツロが王都を出たのは昨日の夕方ごろ。

 そこから片道3時間の道を使い宿に到着。その後、王都を通らない上に公共機関などを使わないで事件発生時刻に現場へ到着。

 更に、事を起こした後に宿まで撤収する。


 そのルートを。方法を。


 そして数秒考えた後、


 ─不可能だな。何か能力とかの特殊な移動方法が有ればいけるだろうけど、そんな事を考え始めたら誰も信じられないし。


 ウツロの犯行を否定した。してしまった。


「ついでに、ウツロがその宿の昨日付けの宿泊券を持ってた事と、ヤケにキッチリしたスーツの女が迎えに来たのはアタシが見てるからな」


 そこに、更にダメ押しをするようにクレナが大皿と取り分ける用の食器を人数分持って現れる。


「おら、グラム。テーブル開けろ。

 アタシも腹ァ減ってんだよ! 」


「あぁ、ごめんね。ウツロさんも聞きたい事は終わったよ。ありがとう」


 強い口調でグラムに指示をしながら、料理の乗った皿をウツロに向かっていつものようにフリスビーの如く投擲。

 それをウツロも当たり前のようにキャッチし、グラムが地図をどかしたテーブルに乗せる。全員当たり前の事をするように動き、気がついたら全員着席し、四人で食事をする準備が整っていた。


「いや、構わないよ。本当は質問の意味を聞きたかったけど、どうせ教えてくれないんだろう」


「あはは…すみません。でも、ウツロさんに何か疑いが向いているワケじゃないから…ってだけで許して貰えないかな? 」


「まぁ、仕方ないか」


 ここで話はお終い。といった風に、全員が食事を開始する。

 その後は特に事件の話や先程の聞き込みの話がつながる事はなく、皿が空っぽになるまで他愛のない雑談をするのであった。



✳︎✳︎✳︎


「じゃ、クレナ。ご馳走様。

 ウツロさんもまた今度」


「あぁ、また今度ね。シズク君も」


「今度は仕事抜きで来いよ? シズクも、その馬鹿にばっか付き合わないで良いんだからな? 」


「はい、考えておきます。将軍のお供をしてるとどうしても気疲れが…」


「シズク!? 」


「では、失礼致します」


 シズクはそう言ってペコリと頭を下げて食堂を後にし、グラムもその後を追って鉱山地区の入り口へと向かって行く。



 そして、歩き始めて数分した頃。


「さて、そろそろいいかな?

 ねぇ、ずっと気付いてるから出てきなよ」


 突然グラムは立ち止まり、後ろへ振り返る。

 それに合わせてシズクもクルリと振り返る。


「…俺たちを嗅ぎ回ってるっつー命知らずはアンタかい? 」


 そこに、二人の男が現れる。

 フードを目深に被って表情を隠し、グラムへの殺気とシズクへの劣情を隠そうともしない。


 そんな男たちを侮蔑するような目で見下し、


「君たちを嗅ぎ回ってる……ねぇ? 」


 グラムは吐き捨てるように言い捨てる。

 まるで相手の思い上がりを見下すように。

 

「そうさ! 俺たち、傭兵団『玩具箱』の事をなァァ!! 」


 その直後、男達はフードを外し、顔を曝け出す。

 その頬にはピエロの飛び出たびっくり箱を模されたような刺青タトゥーが彫られていた。

 刺青は間違いなく玩具箱のエンブレム。


 だが、


「彼らが自分達を晒すようなそんな露骨なマネはしないだろうし、偽者フェイクかな? 」


「もしくは、捕まっても何ら影響のない余程信用されていない末端の存在かのどちらかと」


「どのみちハズレか…」


「ナメてんなよクソがァァァァ!! 」


 呆れて溜息を吐く二人に、男達は激昂しナイフ片手に襲いかかる。

 まず標的はグラム。一気に近寄り、左右から同時にナイフを振り上げる。


 グラムの手に武器はなく、両手もポケットに突っ込まれたまま。


 コレなら仕留められると、男達は意気揚々とナイフを振り下ろそうとする。


 だが、


「ァ……ガ……」

「ゥ……グォ……」


 その先にあった光景は、グラムの目の前でナイフを落とし、両膝を地に着いて唸りながらこうべを垂れる男の姿のみ。

 目の前で佇むグラムは一切のポーズを変えておらず、何処にも血の一滴すら出ていない。


「さて、折角だし話を聞かせて貰おうか? 」


 そんなうずくまる男達に対し、グラムは初めて彼らに対してニッコリと笑うのであった。

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