第三章 ─騎士としての責務─
リスク塗れの状況と調査の開始
あの農家の一家が人知れず惨殺されてから二時間ほどして。
外には朝日が登り始め、付近で畑や酪農を営む者たちも朝の仕事を行う為に続々と起きて来て、目覚ましがてら周辺の家々に挨拶に回る。
「おはよう」「今日もいい天気だ」「今年の作物は出来がいいから収穫が楽しみだ」
顔を合わせて他愛無い話を数秒して次の家へ。いつもと変わらぬ穏やかな朝。
だが、今日だけは少し違った。
近くに住む農家の一家の三人が、まだ一人も出てこないのだ。
疑問に思った近隣住人がその家へと向かう。
すると、不思議なことに家の扉が開いたままになっている。
だが、外から見ても特に家の中が荒らされている様子はない。
更に不思議に思って、近隣住人は振り返る。
その直後
「う…うわァァァァァァァァアア!!」
いつも静かで
✳︎✳︎✳︎
それから半刻程して、その家の前に通報を受けた何人もの騎士達が駆け付け、直ぐに現場検証が始まった。
「…で、どうかな?
犯人の形跡か何かは?」
「特に気になるのはいつも通りコレですね」
調査を指揮するグラムに、側近のシズクがピエロの仮面を渡す。
その仮面を見た瞬間、グラムの表情に強い怒りの感情が浮かぶ。
「またアイツらか…一体玩具箱はどれだけの人間を
最早見飽きた状況に、グラムは玩具箱という狂った連中と、一切の手がかりも挙げられない不甲斐ない自分に対し、心からの怒りを叫ぶ。
「嘆いていても始まりませんグラム将軍。
それに現場からは仮面と、こんな物まで見つかっていますので」
「こんな物? …ッ!! 」
シズクがグラムに見せた物。
それは一羽の折り鶴。
「まさか……この紙細工は……」
折り鶴を見て、グラムの表情は驚嘆の状態で凍りつく。
そしてそのまま、震えた声でシズクに確認を行う。
「はい。この特殊な紙細工に死体の状況から
「最悪だね……」
思い描く中でも最凶に近い状況に、思わずグラムは頭を抱える。
人間の心を捨てた、快楽主義の犯罪組織である『玩具箱』に、草原で見つけた人間の心なんて無い殺し方をするあの殺人鬼。
最も出会ってはならない組み合わせが出逢い、更には仲間になってまでいる。
これが最悪ではなく何というのだろうか。
「兎に角、周辺の聞き込みも落ち着いたし、僕も死体を確認するよ。
まぁ、この一家が昨日の午後9時以降まで生きていたって事以外何の情報も無かったけど」
「お願いします。他の騎士達では皆、吐いたり気分不快を訴えてしまい調査が進まなくて……」
「そういう騎士は皆、周辺の聞き込みとか調査に回していいよ。
現場に吐かれたら溜まったもんじゃないし」
シズクの言葉を聞きつつ、グラムは一つ目の死体を見る。
一つ目は小太りの男性。
胸元に拳ほどの大きさの穴が空いており、そこから大量の血が溢れている。
「コレは…心臓が潰されている? 」
「はい、何らかの手段で握り潰されたモノだと思います」
グラムは死体を見て、思い切り顔を顰める。
本当は良くは無いのだが、流石にキツいものがある。
続いて二つ目、三つ目も見ていき、一通り様子を確認して大きな溜息を一つ。
「確かに皆の反応も頷けるよ…僕も正直、逃げ出したい」
一体何を思って生きていればこんな凄惨な死体を作っておいて、平然と紙細工をばら撒いていけるのか。
狂人の精神に恐怖すら覚えつつ、グラムは更に死体を調べていく。
「やっぱり、斬られる。貫かれる。というよりは、溶かされる。の方が正しそうだね」
「はい。そして恐らく、この溶かす行為が犯人の能力と考えて間違いないかと」
「やっぱり……こんな能力、人のために使おうと思えば他に幾らでも有るだろうに……。
それにしても、何でこんな殺し方を一人一人変えているんだろう……殺すだけなら最初から大きな穴を掘って、そこに液を流し込んで三人とも突き落とせば済むんじゃないのかな? 」
とりあえず、真っ先に湧いた疑問をグラムは口に出す。
殺すことが目的なら、こんな一人分の穴を掘ったり殺し方を変える必要は確実にない。
それどころか、首を飛ばされた老婦に至っては近くに猟銃が落ちている。どう考えても、反撃の為に手にしたとしか思えない。
「不必要に増える手順に目撃者が増えるリスクに、それに加えて反撃を喰らうリスク……」
効率を考えるなら、コレだけのリスクを増やすのは実に非効率で無意味のはず。
「この無意味なリスクに何の意味が…?」
グラムは考えながら死体を見つめる。
だが、幾ら見つめても穴の空いた死体はグラムの問いに答えてはくれない。
これ以上は無意味だと、グラムは近くにいた騎士に死体にシートを被せるように指示してその場を離れる。
「これからどうしますか? 」
「とりあえず、どれだけ意味があるか分からないけど、昨日の…昼以降かな? 王都に出入りした人をリストアップして、片っ端から目的を聞いていこうか」
流石に毎度の時間の規模や準備からして、王都で物品の調達などをしないで犯罪に至っているとは考え辛い。
そうなると、本隊か協力者が確実に王都にいる事はまず間違いない。
そしてこの日に事件が起きたのなら、その日の前後に王都を出ている者が特に疑わしい。
相手に直接繋がる証拠がない以上、こうやってしらみ潰しにしていくしかない不甲斐なさに悔しさを覚えつつ、グラムは乗ってきた馬車に戻る。
馬車の中の通信機から王都に有る詰所に連絡する為に。
その後も捜査は続くも進展はなく、グラム達騎士は、やはりいつもの通り片っ端からアリバイを聞いていくしかないとため息を吐きつつ、日の完全に落ちた街道を馬車に乗って帰っていくのだった。
✳︎✳︎✳︎
翌朝、グラムはリストアップが終了したと報告を受け、村には行かずにデータを受け取りに詰所へ赴く。
詰所で待っていたのはボサボサの緑色の髪をしたメガネの男性。
キツネのような細い目に、顔に似合わない190センチ超えの長身と筋肉質な体型が特徴の青年だった。
「ほい、コレがデータだ、グラム」
「いつも仕事が早くて助かるよ。レイク」
グラムに紙の束を渡して、緑髪の男性レイクは笑う。
「事件前日の昼間から、事件が起こったと思われる午後9時以降の間に王都を出入りしたのは58名。
そのうち、事件のあったラクタ村方面の門から出たのは15名、入ってきたのは7名。
こんな感じだな」
グラムが受け取った紙をパラパラと眺めながら、レイクの話を聞いていく。
「うん、ありがとう。とりあえず話を聞いて回ってくるよ」
「おう、なんか分かったら直ぐに伝えっから、そっちも情報提供頼んだわ」
グラムは背中越しにレイクに手を振り、詰所のレイクが詰める場所を後にする。
「行きますか? 」
「うん、この中で何か尻尾を掴めると良いんだけどね……」
表で待っていたシズクと合流し、グラムは詰所を後にして外へと歩いていく。
そんな彼らを見つめる影が一つ
「さてウツロ、お手並み拝見させて貰おうか? 」
人知れずポツリと呟くのだった。
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