初めての謝肉祭と三つの実験

「おや、そろそろ行くのかい? 」


 時刻は深夜。午前2時30分。

 ウツロ達は決行時間まで仮眠を取っていた。


 そして、時間が近づいた事でラナが布団から身体を起こし、それに反応してウツロも目を開け身体を起こす。


「起きていたのですか? 」


 その反応の速さに驚いた、というよりも少し感心した様子でラナはウツロに向く。


「経験上、人の動きには敏感でね。近くで誰かが動くと目が覚めてしまうだけだよ」


「……今度、どのような経験をしてきたか是非伺いたいモノですね」


「ハハッ、きっと聞いた事もないレベルの夢物語を聞かせてあげられるとは思うよ? 」


 そのまま二人揃って出発の支度をしながら、軽口を叩き合う。

 まだ短い付き合いではあるが、少しの間共に行動する事で、二人はこの程度の仲にまでは関係が進展していた。


 二人は揃って闇に溶けるような上下真っ黒の服を見に纏い、最後に、


「此方、ベガルト様より、ウツロ様へのプレゼントでございます」


 ラナはウツロに、これまた真っ黒なウツロの首から足元までを覆える長いマントと、一枚の仮面。


「コレはまた……随分と悪趣味だね」


 両の目元描かれた黒いダイヤマークと、赤く塗られた鼻と三日月のように鋭く弧を描く赤い口。

 そして、全面を覆い尽くす白い肌。


 いつも連中から送られてくる手紙に描かれたピエロのマークと同じ顔の仮面。


「我々が我々であるという証明の証です。

 我々は玩具遊びを済ませた後、この仮面を一枚現場に置いて行く事により、本件が我々の仕業である事を証明致します」


 淡々と説明しながらラナはマントを羽織って仮面を顔に装着する。

 仮面一枚見るだけでも物騒なのに、それを人間が付けた瞬間、物々しさが跳ね上がる。


 それに続いて、ウツロもマントと仮面を身に付ける。

 被ってみると、思ったよりも視界が確保されておりその上空気の通りも悪くなく、呼吸も楽だし蒸し暑くもない。


「よくお似合いでございますよ。ウツロ様」


「そこで褒められたところで全く嬉しくないんだが…」


 ラナがクツクツと笑いながら先程の地図を筒状のまま取り出し、そのまままるで空き缶を潰すようにグシャリと横に潰して、


「では、ウツロ様。?」


 本日初めての悪意を吐き出しつつ、クシャクシャになった地図を上へと放り投げた。


 何が起こるのか。思考がそこに行き着く前にウツロ達の視界は真っ白にフェードアウトするのだった。



✳︎✳︎✳︎


 次に視界が開けた時、既にウツロの視界には先程の旅館の光景は何処にもなく、


「よォ、ウツロ。久しぶりだな」


 夜の帳が下りた真っ暗な畑と、身に付けたマントと仮面のせいで普段よりもより凶悪な空気を醸し出すベガルトの姿と、その奥に同じ仮面を付けた男女入り混じった面々が揃っていた。


「やぁ、ベガルト君。視界が戻って早々にその顔面があると、流石に心臓に悪いんだが? 」


「クハッ! そりゃそうだ! とはいえ、コッチの仕事中に顔を晒す気はサラッサラねェからな! 諦める…つーか、慣れろ」


 ウツロの軽口に笑いつつ、ベガルトはくるりと振り向き、畑の先を見る。


「さてウツロ。本題だ。

 この先に今日の標的が住む家がある。


 そしてお前の要望通り、畑の真ん中に人間一人分の落とし穴を一つ準備させて貰った

 本当にコレだけで充分なんだな?」

 

 恐らく仮面の底でニヤリと嗤うベガルトを見て、ウツロも一つニヤリと嗤った。



✳︎✳︎✳︎


 場所は変わって、例の畑の入り口に建てられた木造の小さな二階建ての一軒家。

 その中で、三人の住人が眠っていた。


 一階には老夫婦が、二階にはその老夫婦の息子が。

 いつも通りの夜。何も変わらない時間。

 そんな中、表の畑からカラコロカラコロと小気味良い音が鳴り響いた。


「出たな獣が……今日こそとっ捕まえて鍋の材料にしてやる! 」


 その音に反応し、老夫が布団から飛び起きてそのままの勢いで玄関に置かれたナタを手に取り畑へと飛び出して行く。


 先程鳴ったのは畑を荒らす獣が来た事を知らせる罠。

 このまま放っておいては畑に害獣による被害が出てしまう。

 その当然の判断による行動だった。


 だが、


「なんだ……アンタは……」


 勢いよく家から飛び出した老夫は、目の前の光景に思わず素っ頓狂な声をあげて、その足を止める。


 何せ、畑に居たのは作物を食い荒らす獣ではなく、一人の人間。

 真っ黒な装いに、遠くからでもよく目立つピエロの仮面。


 予想外すぎる出来事に、老人の頭は真っ白になる。


「おや、ご老体。

 目の前に侵入者がいるのに棒立ちかい? 」


 仮面の奥から発せられた自分を煽るような言葉に老人は我に帰り、


「貴様、何のつもりだ? 」


 目の前に佇むピエロに問いかける。

 出来る限りの警戒をして。

 出来る限りの低い声で。


「こんな時間にこんな場所にいる。後は貴方の思う通りに捉えればいいさ」


 ピエロの言葉に老人は己の思い込みを確信する。

 

 ─この女は畑泥棒だ。


 と。


「貴様、とっ捕まえて騎士団に突き出してやるわ! 」


 それならばと、老人はウツロに向かってナタを振り上げ駆け出す。

 畑仕事を生業なりわいとするだけあり、老人の身体は年齢の割にはガッシリとしており、足腰もしっかりとしている。

 華奢なピエロ程度、力で押さえつけられると判断したのだろう。

 現に、ピエロはその場から一歩も動かない。

 まさか自分が突っ込んで来るとは思っていなくて、驚いて一歩も動けないのだろう。


 老人はそう都合良く状況を解釈する。


 だが、結果は違う。


 走る老人の身体から突然、地を踏みしめる感覚が消え、代わりに空中に投げ出されたような浮遊感が包み込む。


「うぉぉッ!! 」


 そして数秒後、老人の尻に衝撃。

 ここで気がつく。

 自分は落とし穴に落とされたのだと。


 同時にこうとも考える。

 早く出なければ畑が荒らされてしまうと。


 だが状況は更に、老人にとって考えていなかった事態へと移っていく。


「さぁご老体。第一実験、溶解を始めよう」


 穴の入り口から先程のピエロが顔を出し、そのまま掌を老人に向ける。


「何を……? 」


 言葉を紡ぎきる前に、ピエロの掌からまるで蛇口を捻ったように液体が降り注ぐ。


「ァ……ギャァァァァ!! やめッ! 助けッ!

 ァァァァァァァァアアア!!! 」


 直後、液体を浴びた部分から焼けるような痛みと、何かが溶けた後のような大量の煙。

 あまりの痛さに上を向き、声を上げる。


 すると当然、開いた口に液体が侵入する。

 今度はそれに合わせて、身体の中から焼けるような痛み。


「この液を被った場合の人間の反応、死までの時間。死の間際の輝き。

 うん、良いデータだね」


 絶望的な痛さ。

 感じたことのない苦痛に老夫が意識を手放す直前、ピエロは確かにそう言った。



✳︎✳︎✳︎


「おい親父! さっきの悲鳴は何だ!? 」


 老夫の悲鳴の直後、家の中からバタバタと男性が飛び出してくる。

 丸メガネに少しビール腹のような小太りな体型。


 そんな彼を一瞥し、老夫を殺した直後のウツロは一言、


「うん、良い体型だね。第二実験にピッタリだ」


 そう呟いて、男性へと一気に接近し、


「その仮面…まさか玩具箱!? 」


「ご名答、らしいよ? 」


 トボけたような口調で答えつつ、今度は全ての指を伸ばして纏め、まるで手で槍のような形を作り、


「じゃ、第二実験、握潰ニギリツブシを始めよう」


 そのまま恐怖で棒立ちになる男性の胸元へと指を突き刺す。


 ウツロの腕力は所詮はただの人間。

 流石にそこには指だけで人を貫く硬さも威力もない。


 だが、現にウツロの指は少しずつ男性の身体へと埋まって行っている。

 先程同様の煙を立たせながら。


「おっぶ…お前…何を……」


 自分の身体に起こっている異常事態を受け入れられず、血を吐き出しながらウツロに問う。

 だが、ウツロはそんな男性の質問に答えず、


「コレが生きた人間の心臓か…中々に不思議な感触だね」


 気が付いた時には、男性の心臓に指を添えていた。


「まさか!

 やめろやめろやめろやめろやめろやめろ!

 やめてくれェェェェ"!!」


 ようやく自分の死を悟り命乞い。

 だが、ウツロはそんな命乞いを毛ほども気にせず、男性の心臓を一気に握り潰した。


 心臓を握り潰された男性は、悲鳴を漏らす事もなく口から大量の血を垂れ流して意識を失い、そのまま前のめりに倒れる。


「あぁ、血が付くからそれはやめてくれ」


 そんな倒れてくる男性に前蹴りをかましつつ、ウツロは手を引き抜いて一歩下がる。


 既に事切れている男性は一切の抵抗も無く仰向けに倒れ、最終的にその場に残ったのは胸元に巨大な穴を開けた、血塗れの仰向けの死体が一つ。


「何なのよ…コレは…誰よ、アンタは! 」


 直後、家の方から悲鳴まじりの大声。

 今宵の最期の登場人物の老婦。

 手には猟銃を構えており、その銃口はハッキリとウツロに向けられていた。


「さて、第三実験を始めたいんだが、折角だから追加検証をしようか?

 『人殺しと無縁の人間は、果たして目の前にいる家族の仇の人間を撃てるのか』なんて題目でどうかな? 」


「ァ……ァァァァアア!! 」


 自分の手には弾丸の入った猟銃。

 目の前には愛する家族の無残な死体。

 その先には家族の仇。


 殺す準備は出来ている。

 殺す手段は揃っている。

 殺す動機は整っている。


 仇はまるで何の変哲も無い道を歩くように、一直線に自分に向かってきている。

 自分の指が撃鉄に掛かっている事など構わないように。

 下手すれば死ぬ事など興味がないように。


 ─殺せ。殺せ。


 老婦の頭に声が響く。

 自分の怒声が反響する。


 しかし、老婦の身体はそれに歯向かうように震えていく。ウツロを捕らえる銃口が、ガタガタと震えて狙いが定まらなくなる。

 その震えは、ウツロとの距離に比例して段々と大きくなっていく。


「ウッ…ウッ……」


 やがてウツロは老婦の目の前に辿り着き、銃口を握って遠くに投げ飛ばすと、


「それが正しい人間だ。

 その判断が正常な人間だ。


 故に貴女は最後まで真っ当な人間だった。


 それはあの世で誇って良いと思うよ? 」


 意味の分からない慰めと称賛を送りながら、手刀を老婆の首に当てる。


「第三実験、切断」


 当てられた手刀は老婦の首をまるでケーキに包丁を入れるかの如く、ジワジワと切断していき、最後には首から上をポトンと落とす。

 とは言え、ケーキからはこのように焼けた油と肉の匂いと立ち昇る煙は無いのだが。



「うん、素晴らしい実験結果だ。

 どれも面白いデータが取れたし、何よりも人の美しさを再認識できた!


 そうは思わないかい? 隊長君? 」


 ウツロは何事も無かったかのように血の付いた両手を広げ、遠くで見ていたベガルトに振り返る。


 そんなウツロを見てベガルトも、


「あぁ、ったく最高過ぎてどうにかなりそうなデータだよ」


 ─とんでもない化け物を拾ってしまった。


 そう考えながら、心からの笑みを浮かべるのだった。




 こうして、たった数分だけ開かれた謝肉祭カーニバルは幕を閉じ、


 その更に数分後には、既に三つの死体とピエロの仮面、そして大量の折り鶴が周囲にゴミのように散らばっているだけで、それ以外の痕跡は何一つ残されていないのだった。

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