決行前夜と一泊二日の小旅行

 あの懐中時計の受け取り日から丁度1週間が経過した夜0時。

 ウツロはいつも通り、懐中時計の一番小さな歯車を回し、あの水の波紋のようなもの…ワームホールの中へと手を伸ばす。


 計画書自体は翌日には渡していたが、それ以降一切の連絡もない。

 そろそろ来てもおかしくないと思いつつ、それでもやはり今日も入っていないと最初から若干の諦めが含まれていた。


 しかし、


「……コレは」


 いつもの何も無い感覚とは違う。指先に何か物体の当たる感触。


 まさかとは思い、ウツロはその物体を手に取りそのまま引き抜く。

 ウツロの手の中にあったのは一枚の小さな紙。表紙には見覚えのあるピエロのびっくり箱のマーク。


「来たか」


 待ち焦がれた物の到着に逸る気持ちを抑えつつ、まずは懐中時計を元に戻してワームホールを閉じて、一度深呼吸を挟んで紙を開く。


 『頼まれたモノは全て準備可能だよ!

 決行日は6日後。

 翌日が君の働く食堂が休みの日。

 標的は『ラクタ村』で農家を営む老夫婦とその息子。

 集合場所は例の地下。

 時間は決行日の午前3時


 君の初出勤、楽しみに待っているよ☆』


 1週間前と同じ。

 デフォルメされたピエロの可愛げの一切ない文言。


「6日後ねぇ……というか、そんな時間に抜け出すのが一苦労なんだが……」


 ウツロは6日後への楽しみを募らせつつ、どうクレナにバレないように此処を出るのか。まずはその段階から悩み始め、そのまま眠りに就くのであった。



✳︎✳︎✳︎


 そして決行日直前の夕方ごろ


 二人で仕事が終わって後片付けをしながら、クレナがウツロに話しかける。


「出発は今日の夜だったか?

 で、明日の夕方に帰ってくるんだっけ? 」


「あぁ、最近出来た友人がオススメの旅館の宿泊券を手に入れたみたいでね。

 丁度休みだった私を誘ってくれたワケさ」


 ウツロが宿泊券を懐から取り出し、クレナに見せる。


「お、その旅館なら有名だぜ?

 前に風呂が良いとか客が言ってたな」


 見せた宿泊券の向かう先は、近くの村、それでいて今回の標的の『ラクタ村』とは真逆にある村の旅館。

 こんなものがアリバイになるのか心配ではあるが、それで絶対に大丈夫と宿泊券と一緒にメモが送られてきている時点で、そんな心配は野暮だとウツロは既に心配を捨てていた。


 そして掃除が終わって十分ほどして、既に閉まった食堂の入り口が小さくノックされた。


「お、どうやら来たみてぇだな。

 カギは開いてっから入っていーぞ! 」


 そのクレナの声に反応して、ドアが開けられる。


「突然失礼致します。


 クレナ様…でしたか? この度は突然申し訳有りません」


 来訪者は、入り口付近で深い会釈と丁寧な敬語で挨拶を始める。


「あー、かってぇっつの!

 別に明日は休みだから気にすんな! 」


「ありがとうございます。

 ではウツロ様、行きましょうか」


手をブンブンと振って早く行くように促すクレナにもう一度会釈し、


「あぁ、行こうか。ラナ

 

 クレナもまた明日」


 ウツロは来訪者、『武器工房 アークロード』の受付を勤めていた女性、ラナ・ガーヴェルと共に食堂を後にするのだった。


「なんというか……アイツの交友関係マジで分かんねえな……」


 そんな二人の後ろ姿を眺めながら、クレナは呆れたようにポツリと呟いた。



✳︎✳︎✳︎


「それにしても、相変わらず随分と大胆な事をするものだね」


「『細けえ事は気にすんな! いつでも大胆不敵に堂々と! その方がバレねぇもんだ! 』

 が社長のモットーでございますから」


「大物にも程があるなソレは…」


 ラナの似せる気の一切ないベガルトの物真似に溜息を漏らしつつ、ウツロはラナの隣を歩いて行く。

 実際問題、この光景だけを傍目から見て、何処の誰が今から猟奇殺人を引き起こす連中に見えるかと言われると、やはりベガルトの考えは理にかなっているのかもしれない。


「で? コレはどこに向かっているのかな? 目的の村とも逆だし、なによりも集合場所から離れて行っているようだけど? 」


「えぇ、折角お迎えに上がったので、直接現地集合とのお達しですので。

 それに、クレナ様に旅館に向かうと言っておいて逆方面の出口から出たら要らない疑いや無意味に足跡を残すことになり兼ねませんので」


 ウツロの質問にラナは淡々と答えていく。

 そして、その時の表情は全て変わらぬ、凍てついたような無表情。

 まるで感情が読めない……どころか考えの断片すら掴めない。

 やはり玩具箱は想像以上にヤバい組織だと、ウツロは元々相当高かった彼らへの評価を更に数段階跳ね上げる。


「とりあえず旅館まで。具体的な話はそこに着いてから致しましょう」


「あぁ、分かったよ」


 それから二人は、今回の件とは特に関係のない雑談を挟みつつ、『ラクタ村』へ向かうのとは逆の門に向かい、旅館を目指す。



✳︎✳︎✳︎


 そして歩くこと20分で王都から外に出て、現代日本で言うバスの役割をする馬車に乗り、そのまま3時間ほど揺られてようやく、


「へぇ、此処が。

 なかなか風情が素晴らしいね」


 表面上の目的地である旅館へと到着した。


 既に日は落ちており、上を見上げれば満天の星が浮かんでいた。

 近くからは澄んだ水の音が流れており、フクロウのような鳥の声も響いてくる。


 王都を出てたった3時間でこの光景に辿り着くとは。

 まだまだ付近ですら知らない事も多そうだと、ウツロは考えクスリと笑う。


「さて、早く手続きを済ませて食事とお風呂を頂きましょう。

 少々疲れましたし、何よりも空腹ですので」


「あぁ、そうしよう。私も汗を流したい」


 ─結局ここに泊まってどうするのか


 そんな疑問も浮かんだが、どうせいずれ分かる事だとウツロは疑問を頭の端に追いやって、旅館へと入って行くラナの後に続く。



 その後も、この後にしでかす事など無いように、川の幸をふんだんに使用した食事や、星空のよく見える露天風呂を満喫する。


「さて、ウツロ様。

 そろそろ本題に入りましょうか」


「あぁ、ようやくかい。待ってたよ」


 寝るまでの支度の全てが終わり、最後に客室で向かい合ってお茶を啜っていたところで、ようやくラナがウツロの求めていた話を切り出す。

 時刻は午後9時。予定の時間までは余裕があるが、いかんせん目的地まで距離がある。

 そこをどうするのかがウツロには気になって仕方がなかった。


「まずは此方をご覧下さい」


 そう言ってラナがカバンから一枚の地図を取り出す。

 地図には旅館の位置と目的地の位置が丸印で囲われており、その印と印を一本の直線で引かれている。

 更に、旅館とラクタ村の印の近くには、旅館付近には旅館の外観の写真が、ラクタ村の付近には、小さな畑の外観の写真がそれぞれ貼られていた。


「この地図がどうかしたのかい? 」


 とはいえ、この地図自体は何処でも売っているただの地図。

 裏道や馬車のダイヤ、道や移動にどれ位の時間が掛かるかなどの情報すら一切ない。


「現在地と目的地に印があり、そこを直線で引いていて、尚且つその両端に各場所の写真がある。

 そして、この地図をウツロ様が視認している。この2点が大切なのです」


 そこまで聞いて、ウツロの頭の中に一つの仮説が立った。



 この世界で生活を始めてから、時間があれば図書館などに通って様々な事を知った。


 その中でも特に興味深かったのが次の事象。


『この世界の人間全員には何らかの能力が与えられる。

 そしてその能力は、決して誰とも被らず、その人間の唯一無二の個性となる。

 故に、その人物の能力を事前に登録しておいて、門を潜る際などに能力を使用してもらう事で効率よく入国審査を行う事も可能になると考えられている』


 つまり、ウツロで言うあのなんでも溶かす『酸化液』のような物。

 能力こそがその人物の指紋になり、自分を示す絶対の存在証明。


 そこで話を戻すが、恐らく先程の地図はラナの能力を発生させる上での前提条件。

 そして、その条件を満たした先にあるのが、


「空間の転移か……」


「ご名答、流石はウツロ様です」


 答えを導き出したウツロに、ラナは眉一つ動かさずにパチパチと拍手を送る。


 それにしても、無茶苦茶な能力だ。


 こんな能力があれば、能力の内容がバレない限りは無限にアリバイを作り上げられる上に、同伴者を作れる時点で包囲網からの回避も容易でしかない。


 犯罪を犯す気のないモノが使えば、ただの便利な移動方法でしかない。だが、こう言った犯罪に何の躊躇いもないモノが使えば、完全犯罪を容易にする正に犯罪者を活かすための能力。


 コレもあの人型が仕組んだ世界を楽しくする為の演出なのかと、ウツロは心の中で呆れて笑う。


「さて、準備は整いました。


 後は時を待つとしましょうか」


 この時、ラナは初めてウツロに笑顔を見せた。


 ベガルトの悪辣な笑みとも、ウツロ自身の邪悪な笑みとも違う。


 新しい玩具を手に入れたような、無邪気な笑顔で。



 さぁ、謝肉祭を始めよう。

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