狂人の提供と道化の計画書

「じゃ、クレナ。悪いが行ってくるね」


「おーう、晩飯は20時だからそれまでに帰って来いよ? 」


 ランチタイムが過ぎた午後3時。

 ウツロは他所行きの服に着替え、クレナに一言声を掛けて店を後にする。


 本日の定食屋は定休日。

 ランチタイムと言っても、此処に宿泊している客に食事を提供するのみの時間。

 そして、現在ウツロ以外に泊まっている客は居ないため、必然的に全て自由時間とされていた。


 目的地は当然、『武器工房 アークロード』



✳︎✳︎✳︎


「よォ、来たなウツロ!

 あのカタログを送りつけてから2日後の午後3時! 予定時間ピッタリじゃねェか!

 流石だな! 」


 顔パスで受付を済ませ、エレベーターで例の地下に到着して早々、ベガルトの大声がウツロへと届く。


「あんな子供騙しの暗号モドき、分からない方がどうかしてるだろうに……

 他の連中に見つかったら下手すりゃバレるよ? 」


「ハッ、それはお前が俺たちが玩具箱っつー認識と、あのハガキが隠しのメッセージだって情報があるが故だろ? 

 その先入観さえ無ければ、あんなんハタから見たらただのカタログと申し込み用紙。それさえ無ければお前があの時計を欲しがってるだけにしか見えてねーよ!


 そんな程度の事でいちいちそれで疑われてたら、世界中の何処でも通信販売なんか出来ねーっつの! 」


 ケタケタと笑いながら、ウツロに自信の裏側を説明。

 意外にも考えられた上に、相手の心理を逆手に取った大胆で豪胆な方法。

 言われてみれば当たり前なのだが、言われるまでは中々思いつかない。


 やはりコレだけの事を平然とやってのけるだけあって、大物なのは間違いないらしい。そうウツロは判断づける。


「さて、ウツロ。楽しい歓談はここまでだ。そろそろ愉しいビジネスの話をしようぜ? 」


 そう切り出して、ベガルトの笑顔が切り替わる。

 談笑を楽しむ陽気な笑顔から、悪巧みをする悪童のような狂気な笑顔に。


「あぁ、そうだね。

 何でも、私の好きな様に決めていいんだっけ? 相当に気前がいいじゃないか」


 型番にあった時計。

 好きに見た目をイジれる事を特徴とした珍しい時計。

 だからこそ、他の時計にはないフレーズが多く入る。


 『自由にカスタマイズ』

 『可能な限りパーツを用意』

 『初めての場合は無償で全面バックアップ』

 

 コレも、カタログとして見るなら特に変なフレーズでは無いが、犯罪組織の暗号文と考えると全て意味が変わってくる。

 

 『ウツロが殺し方を全て決めて良い』と。


「流石に場所とターゲットは依頼っつー性質上コッチで決めさせて貰うけどな? 

 方法、人員、道具、シチュエーションは可能な限り用意させて貰う。要するに、お前の望む方法を無条件で全て通してやるって考えでいいぜ? 」


 そしてそのウツロの考え通り、ベガルトは全ての決定権をウツロに委ねる。

 余りの底の見えなさに、流石にウツロの目も少し見開く。


「本当かい? 中々に行きすぎたサービスをしてくれるじゃないか」


「それが玩具箱オレたちの流儀で、テストの方法だ。

 コレでお前を測らせて貰う。


 俺たちの求める基準に届けば、お前にもポイントカードをやる。

 ただ、満たさなかった場合は……分かるよな? 」


 「ハハッ! 随分な脅し方な割に、ポイントカードとは可愛いモノを出してくれるね? 」


 ベガルトの脅しにも顔色一つ変えずに、ウツロも嗤う。


「クハッ、流石だぜウツロ。その肝の太さ溜まんねェなァ!!

 さて此方のポイントカードだが、当店で買い物をする度にスタンプを押して、全部溜まった暁には好きな商品のオーダーメイド品を贈呈させて頂きます! っつー代物さ! 」


 悪辣で威圧的な笑顔から営業スマイル、そして最後は最初の豪胆な笑い方。

 笑うだけでここまで引き出しがあるというのも面白い。というよりも凄まじい。と、ウツロも釣られてクスクスと笑ってしまう。


「好きな商品をオーダーメイド…ねぇ?

 それは、カタログにない玩具オモチャも含まれるのかい?」


 笑いながらウツロは問う。

 そしてその問いに対してベガルトも笑い、


「あァ、その通りさ」


 邪気に溢れた声でそう言った。



✳︎✳︎✳︎


 その日の晩、夕食の数十分前、ウツロはアリバイ作りと入団祝いに貰った、型番のあの時計と幾つかの歯車を受け取り、クレナ食堂へと帰ってくる。


「お帰りウツロ。どうだった? 」


「あぁ、思ったよりも良い物で満足だよ。君も見るかい?

 その間に風呂を頂くよ」


「あぁ、でも、時計はいいのか? 」


「どうせ風呂には持ち込めないからね。食事の時に返してくれれば大丈夫だよ」


「おう、じゃあ預かっとくわ」


 帰宅早々、奥から顔を覗かせたクレナに受け取った時計を手渡し、ウツロは宿泊客用とは違う従業員用、というより元々クレナが一人で使っていた浴室へと向かう。



 浴室へ着き、ウツロは早々に頭からシャワーを被る。

 まだ出ている水が冷水だろうとお構いなしに頭上から流し続ける。


 こうでもしないと気のタカブりを鎮められそうに無いから。

 こうでもしないとクレナの前でボロを出しかね無いから。

 だからウツロは水がお湯に切り替わるまで十秒程冷水を被り続けた。


「まさか此処までイカれた集団だったとはね…是非とも中から遊び尽くした上でポイントカードを貯めきって、その先の光景を見てやろうじゃないか」


 元来ウツロは自分の興味を抱いた事柄を原動力に動く性格。そしてその興味は主に、風変わりな物や自分の知らない世界に対して、未知が大きければ大きいほど強く向けられる。


 要するに、今回の未知の世界で出逢った未知の行動指針を立てる未知の連中など、ウツロにとっては最高峰の興味の対象でしか無い。


「さて、頭もスッキリしたし、そろそろ本題を考えるとするかな」


 とはいえ、あんな昂った状態では周囲に『何か悪い企みをしてますよ』と公言している様なモノだし、そもそも狂ったテンションで企てた計画などノリと勢いで作っただけの駄作になりかね無い。

 その為に、ウツロは冷水を被って思考をリセットしたのだった。

 コレがウツロの平常運行。

 頭を切り替える確実な手段。


「そう言えば、コレをして前にアイツにこっ酷く怒られたっけな…」


 それと同時に、以前同じことを真冬にやって翌日酷い風邪を引いてしまい、とある人物に激怒されながら看病されていた事を思い出すのであった。



✳︎✳︎✳︎


 それから数十分後、身も心もリセットした状態で風呂を上がり、食堂へと顔を出す。


「よ、メシの支度は出来てるからさっさと食うとしようぜ?

 折角作ったのに冷めちゃ勿体ねぇ」


「何から何まですまないね。世話になりっぱなしで」


「その分、給料から引かせて貰ってるから気にすんな。ほら、時計ありがとよ」


 ウツロが着席すると同時にクレナはウツロの前に先程の懐中時計を置く。


「にしても、その時計かなりいいな。私も腕時計の一つも欲しかった所だし、似たような奴を買ってもいいかもな! 」


「へぇ、それなら私のカタログを貸そうか? 

 申し込みのハガキは使ってしまったけど、確か電話受付もあったハズだよ? 」


「おぉ! そいつァいいな! 今晩借りていいか? 」


「勿論。後で部屋に持っていくよ」


 ニコヤかに談笑しながら、二人は食事を進める。

 その裏で片方が性根の狂った計画を企てているなど、側から見れば…と言うより、目の前にいるクレナでさえも思いもしないだろう。



✳︎✳︎✳︎


 その日の晩、クレナにカタログを渡してウツロはベッドにゴロリと転がり、先程の時計を眺める。


『その懐中時計に入った一番ちっせぇ歯車。ソイツを回す事が、俺たちとお前の繋がりだ。忘れんなよ?』


 ベガルトに別れ際に言われた言葉を思い出し、ウツロはその通りの動きをする。

 こんな事、所有者がカスタマイズか何らかの意図が無ければ無い行動。余程のヘマをしない限りはバレない動き。


 そうして懐中時計を開き、歯車を剥き出しにして、人差し指の腹程度しかない露骨に一番小さな歯車をクルクルと回す。


 すると、歯車の上にウツロの腕ほどしか無い小さな水の波紋のようなモノが浮かび上がる。


「何だ…コレは…」


 コレが一体どう繋がりになるのか、不安一割興味九割で右手を波紋の中へと突き出す。

 突き出された右手は波紋に呑み込まれ、視界から消え去る。

 それでも、ウツロの右手に感覚はある。

 まるで水中の中に手を突っ込んだ様なフワフワとした感触をウツロの右手を包み込み、何かないかと少し手を動かして見ると、その手に何かがぶつかる。

 それが何なのか確認する為、ウツロは手に当たったソレを握り、右手を引き抜く。

 引き抜かれた右手に代わりは無く、動かす上でも違和感は一切ない。

 ただ、一つ変わった事と言えば、先程握ったモノ。筒状に丸められた一枚の紙。


「コレは……」


 ウツロは臆する事なく紙を開き、中を読む。


 そこにあったのは、


『此処に欲しい数の人材、物資、環境を書いてワームホールにもどしてね!


 ただ、楽しみが減っちゃうから内容は一切書いちゃダメだよ☆


追記:コレからの連絡は全て此処で。毎日日付の切り替わるタイミングで中を覗いてね! 』


 可愛くデフォルメされたピエロのびっくり箱の絵と、口調以外は何一つ可愛らしさのカケラも無い文言だった。

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