翹望の書と祝いの足音

『さて、コレから俺たちはお前の親睦会の準備をすっから、とりあえず三日位待っててくれや』


 三日前のベガルドとの密談。

 その最後の別れ際にウツロに告げられた意味深な言葉。

 どうせ考えても分からないし、その時が来れば分かると頭の片隅に投げ捨てた言葉も、当日ともなると流石のウツロも少し気になるし、楽しみにもなってしまう。

 

 ─コレから何をさせられるのか


 自分にとって不都合であったり、マイナスにならない事だけは確信できるが、いかんせん分かっている事と言えば『親睦会』という事のみ。

 猟奇的な犯罪組織が企てる親睦会なんて碌なものでない事くらい簡単に分かるが、ではどういう風に碌でもないのか。

 そこがウツロにはワクワクして仕方がないのであった。


「おいウツロどうした? 何かいつもより動きにキレがねーぞ? 」


 そんな考え事をしながら仕事をしていると、厨房で料理をしていたクレナから注意、というよりも心配したような声が掛かる。


「あぁ、すまないクレナ。少し考え事をしてしまっていてね」


「ハァン? ま、私はお前が給料ドロボーにさえならなきゃどうでもいいけどな! 」


 言葉を締めつつクレナの元からフリスビーのように投げられる料理の盛られた皿をキャッチし、そのまま適当に空いた席に置いていく。

 側から見れば、料理がコボれないのも、この流れが既に日常と化している事も異常でしかないが、料理を運ぶウツロも投げているクレナも平然としている為、客もツッコミを入れようがない。


「はい、お待たせ。

 それにしても、私の動きはそんなに可笑しかったかな? 」


「はぁ……ま、そもそもが可笑しいから、可笑しくないとは言えねえなぁ…

 ただ、別に違和感はないと思うぜ? 」


 そんな客の呆れを感じつつ、料理の提供。

 料理を出しつつ、近くの皿を回収しながら馴染みの客にウツロは問うも、帰ってきたのはその程度の返答。

 実際問題、ウツロもパフォーマンスが落ちている自覚は一切ない。そこに驕りなどの感情は微塵もない。


「ありがとう、参考になったよ」


「お…おぅ、よく分からんが、ウツロちゃんの役に立てたなら良かったぜ!

 何なら、感謝の印として今晩あたり俺と飯でもどうだい? 」


「ふふ、悪いが先約があってね。また誘って貰えるかな? 」


 営業スマイルとテンプレートの断り文句を並べてウツロは客の前を後にする。

 しかし、その時にウツロの頭にあったのはたった一つのこと。


 見た目や動きに殆ど出ない小さな心の乱れを、厨房から横目で見るだけで気が付ける観察力の高さ。

 この女の前で嘘など付いても直ぐにバレると考えた方が良い。


 そう言ったクレナに対する評価の変動のみ。


 裏の世界に足を踏み入れた今、騎士団長であるグラムと繋がりのある人間に勘づかれたり怪しまれてはせっかくの流れが台無しになる。

 それだけは回避せねばと、改めて心に刻む。


「さて、これ以上心配させても面白くないし、クレナ。本気でいくとしようか」


「ハッ、其れでこそテメェだよなァ!! 」


 クレナを見つつニヤリと笑うウツロを見て、クレナもまたニヤリと笑って、下げた皿を持つウツロに対して皿を投擲。


「じゃ、コレを頼むよ」


 それに呼応するように、ウツロも手にした皿を投げてクレナの手元へ綺麗に収まる。

 そしてそのままクレナは少し離れた位置の空の流し台に投げて放り込み、流し台の中で食器同士がぶつかる音が騒がしい店内に響く。

 クレナ食堂で使っている食器は全て木製で、余程の力で投げない限り壊れるリスクは低い。

 それでも壊れる時は壊れるのだが。


「ったく、曲芸だろあんなん…」


「ウツロちゃんが来てから、セルフサービスが完全にサーカス小屋になったよな」


 目の前に盛られた食事を取りつつ、向かい合った炭鉱夫が笑い合う。

 それ程までにこの光景は日常化していた。


 そうやって今日も、食堂の騒がしい一日は過ぎ去って行ったのだった。



✳︎✳︎✳︎


「ほい、ウツロ。お疲れさん」


「あぁ、クレナも。お疲れ様」


 そしてその日の晩、互いにビールの入ったコップで乾杯し、クレナの作った食事に手を付ける。コレもまた一日のルーティーン。


「で? 結局聞きそびれてたけど、今日はどうしたのさ? 」


 目の前で盛られたチキンに勢い良く齧り付きながら、クレナがウツロに問う。

 どうやら忘れてくれたわけでは無かったらしい。


「まぁ大した事では無いんだが…今日、ある物が届く予定でね。年甲斐もなくソワソワしてしまっただけだよ」


「ハァン…ある物ねぇ。随分と勿体ぶんじゃねえか。是非とも中身を聞きたいもんだ! 」


 大口を開けて豪快に笑いながら、クレナは食事を進める。

 とは言ったものの、特に追求するような素振りは見られない。

 やはり仕事とプライベートはしっかりと分けている性格らしい。


「ま、特に隠すようなことでもないけどね。っと、噂をすれば…」


 ウツロの言葉を遮るように、入り口の扉がコンコンッとノックされる。

 それに応じてウツロが玄関へと向かい、宅配員からある物を受け取る。


 戻ってきたウツロの手に握られていたのは一枚の封筒。厚さからして、本一冊分といったところ。


「それが、ある物か? 」


「あぁ、そうだよ。見るかい? 」


 封を切りつつ、ウツロが封筒の中身を取り出す。

 特に中身を偽る様子も無く、堂々と。それどころか一緒に見る事を勧めて。


「いいのか? 」


「悪かったらこんな所で開けないさ」


 封筒の中から出てきたのは一冊の本。というより、カタログ。

 表紙には『Watch』と『武器工房 アークロード』の文字。

 中身をパラパラと見ると、文字盤に歯車が埋められていたりする余り女性向けとは思えない腕時計や懐中時計のラインナップが並んでいた。


「時計のカタログ……? 」


 そうだよ。昔からこう言うのが好きでね。この間、道端で知り合ったベガルト君から教えて貰ってね。

 カタログを送ってもらったのさ」


「はぁ……それでねぇ。ま、何にせよ怪しいモンに手ェ染めてなくて良かったわ。

 ゆっくりと部屋で選びな」


「ありがとう。そうするよ」


 とりあえず食事を済ませようと、カタログを一旦少し離れた所に置いて、食事を再開する。

 この後もクレナとは時計の趣味や調度品について話しながら食事をし、穏やかに時間を過ごしていった。



 そしてその晩。


 寝支度を全て終え、布団に転がってカタログを開く。


「それにしても、確かに良いデザインばかりだな…実際に今度買わせて貰うとしようかな」


 とりあえず本題の前にベッドの上でカタログを一瞥。


 実際問題、先程のクレナへの発言に嘘はない。

 ウツロは元々、可愛い類のモノよりこういったカッコいいだったり機械のような物を好む性質があり、このカタログ自身も契約とは関係なしに楽しんでいた。

 だが、本題はここから。


 ウツロは部屋に備え付けられた机の引き出しを開き、中から一枚のハガキを取り出す。


『型番 D0-2』


 ハガキの下の方の枠の中にそう書かれているだけで、他の枠は全て空白になっている。

 コレは、ベガルトから事前に渡された時計の申し込み用紙。

 上段に氏名と届け先を書くスペース、下には買いたい時計の型番を書く欄のみ。


 側から見れば、ウツロが何を買うか決めただけのメモ。

 だが、実際は違う。コレを書いたのはベガルト本人。


 ウツロはカタログのそのページを開き、ハガキにあった時計を見る。


 該当したのは懐中時計。3時で止まった文字盤の奥で数枚の歯車同士が重なり合い、フレームは銀色を基調とした少しゴツめの時計。

 ただ、大切なのは時計の見た目では無く内容。


 『一番の特徴は、誰でも簡単に分解できるこの機構。

 コレにより、皆様一人一人が自由に見た目を変更できます。

 また、部品につきましては当店で同規格の物を多種ご用意しておりますので、欲しいパーツは是非ご相談ください。可能な限りご用意致します。

 また、初めてカスタマイズを行う方は、当店が無償で全面バックアップ致しますのでお気軽にご相談ください』


 その文言の後に、値段が書かれている。


 その全てを眺めた後に、


 「随分と堂々とした子供騙しだな」


 ウツロは静かにそう笑ったのだった。

 

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