最高の武器商人と最悪の猟奇殺人犯


 『武器工房 アークロード』


 そう書かれた看板と、20階はあるであろう巨大なビルがウツロの眼前にそびえたっていた。

 看板と言っても、クレナ食堂のような雑な手書きの木の板ではなく、鋼色のプレートに、オシャレに装飾された文字が彫られたしっかりとした看板。

 これだけでも間違いなく「大きな金が使われてい。そう言い切れるほどだった。


「さて、これだけの大企業の主サマは一体何を腹の底に隠し持っているのやら…」


 そんなビルにウツロは一切臆する事無く、クスクスと笑いながら入っていった。



「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか? 」


 ビルの中に入るとすぐに、受付嬢が丁寧に問いかけてきた。

 皴一つ無いピシッとしたスーツに、後頭部で束ねられたダークブルーのサラッとした髪。男性のような凛々しい顔つき。胸部の平坦さも相まって、声を聴かなければ男性と勘違いしてしまいそうだった。

 

「あぁ、ちょっと『新しい玩具』について話を聞きたくてね」


 ウツロが意味深にそうべガルトからの手紙にあったキーワードを述べると、受付嬢は一瞬片眉を上げた後に、


「そちらのご用件でしたか。かしこまりました、直ぐにご案内いたします」


 深く頭を下げてから立ち上がり、ウツロを誘導し始めた。


「うん、ありがとう」


 その誘導に歯向かう事も無く、ウツロは受付嬢の後ろへとついていった。

 

 仮に後ろから不意打ちを仕掛けたところで、簡単に制圧されてしまいそうな隙の無さに感心しながら。




 十分ほど歩き、ウツロたちの目の前に現れたのは『立入禁止』と大きく書かれた巨大なエレベーター。


「では、こちらで地下へと参ります。この先で見たコト、聞いたコト、感じたコト。すべては此処より外で漏らすのは禁則事項となっております。予め。ご了承くださいませ」


 口調も声のスピードも、トーンも何一つ変わっていないのに、なぜか強烈な威圧感がウツロへと襲い掛かる。

 それだけで、この約束を守らないと酷い目に遭う事がよくわかる。

 おそらく、『死』を生温いとすら思える。そんなレベルだろう。


「あぁ、約束するよ。絶対に外には漏らさない…コレで良いかな? 」


「充分でございます。察しが良くて非常に助かります。では、参りましょう」


 ウツロの答えに受付嬢は満足したように頷き、エレベーターにカードキーを通した。


 その直後にエレベーターは扉を開き、ウツロたちを招き入れた。


 エレベーターの中は、完全な真っ白な空間で、そこにはボタンの1つもありはしなかった。


 だが、エレベーターはウツロたちを招き入れると直ぐに閉じ、移動を開始した。

 どうやらボタンを押す必要がない。というより、意味がない。といった方が正しいらしい。



 エレベーターが動いてから数十秒。『チン』と小さな音が鳴るとともに、重厚な扉が左右に開く。

 その先にあったのは、巨大な部屋。

 高そうなデスクと椅子がワンセットあるだけの広い部屋。


「お待たせしました。ようこそ『傭兵団 玩具箱おもちゃばこ』へ」


 そう言って、受付嬢はウツロにエレベーターを降りるように促し、自分だけは再度エレベーターで上へと戻っていった。


「よぉ、待ってたぜ。ウツロ」


 エレベーターが閉じると同時に、椅子に腰を掛けた男がウツロへと話しかける。

 声の主は当然、べガルトだ。


「やぁ、随分と粋な隠れ家じゃないか…これも君の趣味かい? 」


 そう尋ねながら、べガルトの座るデスクへと向かう。


「クカカっ、地下の方が逃げたりすんのに何かと便利でな? まぁ、効率重視って奴だよ」


 べガルトは笑いながらそう言って、手元にあった何枚かの紙の束を見せてきた。 

 そしてそこには、様々な武器の紹介文や金額が表記されていた。


「さて、改めて自己紹介といこうか。


 俺の名前はべガルト・アークロード。工業地区で採れた上質な鉱石を使って、ハイクオリティな武器や道具を世の中に提供している『武器工房 アークロード』の社長をしている」


 その言葉の後に「表向きはな?」と付け加え、べガルトは先ほどとは違う紙をウツロに渡す。

 今度は広告ではなく、新聞の1ページ。見出しには、


 『エルム村で猟奇殺人! 』


 とデカデカと書いてある。


 さらに読み進めると、


『某日 エルム村の田畑で、計20名の騎士の死体が発見された。

 亡くなった騎士は全員、田んぼから片手だけが出た状態で全身を埋められており、目撃者の証言では、まるで稲穂のように空に伸びた腕が並べられていたという…』


 常人なら、読んでいるだけで不快になってしまうような状況。

 流石のウツロも、『悪趣味だ』と心の中でため息を吐きつつ、更に読み進める。

 すると一番最後の文字列に、


『騎士団では今回の犯行は、傭兵団『玩具箱』によって起こされたと断定。引き続き捜査を続けている』


 そう書かれていた。


 傭兵団『玩具箱』


 先ほどの受付嬢も最後に言っていたフレーズだった。


「さて、本当の自己紹介と行こうか」


 ウツロが記事を読み終わったタイミングでべガルトはニヤリと笑い、


「受けた依頼は確実にこなし、時に芸術的に、時に猟奇的に。人間を玩具として、いたぶり、にじり、そして弄ぶ! そんな素敵な世間を賑わす傭兵団パフォーマー、それが俺たち傭兵団『玩具箱』

 それでいて、俺がそのリーダーのべガルトってワケだ」


 そう高々に叫ぶ。


「さて、ウツロ! こんな俺たちを、お前はどう思う? 」


「殺し方以外は最高じゃないかな? 」


「まぁ、其の辺りは各個人の趣味だからな。別に尻尾さえ掴ませなければ、どんなやり方でも何も言わねぇってのがモットーなんだよ」


 クスクスと笑うウツロを見ながら、べガルトは豪胆に笑う。


 どうやらこの組織、ベガルドがどうこうと言う訳ではなく、犯罪を犯したい連中が拠り所として集まっている。という考えでよさそうだ。

 そしてそこには、行動理念も、活動方針も、ボスへの忠誠すら無いのだろう。

 おそらく、仲間を殺したところで何も咎められることはない。


「さて、そこで本題と行こうじゃねぇか」


「うん、なにかな? 」


「ウツロ、俺たちと世界で遊ばねぇか? 」


 べガルトはニヤリと嗤ってウツロに手を差し出す。


 そんなべガルトを見ながら、ウツロもまたニヤリと嗤って、


「それは、最高の誘い文句だね」


 差し出された手を握る。



 今この時、世界が動いた。


 ウツロにとって都合の良い世界へと。

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