第二章 ─狂乱の親睦会─

培われた経験と都に巣食うバケモノ



 あの路地裏で起こった忌々しき殺人事件から暫くが経ち、事件は既に風化されつつあった。

 大衆は娯楽として消化し終わり、いまだに興味を持っていたり、流れた真実に疑問を持って動き続ける人間など、それこそ皆無に等しい程に。

 そして当然ウツロ自身も、ほぼ忘れ去っていた。


 そんなある日のこと。

 ウツロは休日を利用し、商業地区で買い物を楽しんでいた。

 

 興味のある物が立ち並ぶ店にふらりと入り、買い物を楽しむ。

 買うモノも服などの日用品から書籍などの嗜好品といった、実に普通の人間らしいラインナップだった。


 そして、あらかた欲しかったものの物色も終わり割と満足し、クレナ食堂に戻ろうと、商業地区から踵を返した。


 その時だった。


「……ッ! 」


 何か不気味な視線が背中に突き刺さり、全身を悪寒が駆け抜ける。


 自分を値踏みするかのような視線。

 それでいて、何かを確認するかのような、舐め回すような不快な視線。

 だがこの間の盗賊や、通行人の視線とは明らかに違う。もっと気配を消したり、視線を隠すことに長けている。そんな視線だ。


 ─さぁ、どうするか


 ウツロがそこまで思考を回したところで、視線の主は想定外のアクションを起こした。


「へぇ、これだけでそこまで判断できんのかい…アンタ、ナニモンだい? 」


 視線の主が、ウツロの前に姿を現したのだった。

 いくら商業地区から少し離れており、周囲に誰も居ないとはいえ、大声を出せば人が来るようなそんな状況で姿を現すなど流石に想定していなかった。

 

「普通の人間にゃあ、俺の視線に勘付くなんで普通出来ないんだわ。なんせ、所詮は普通だからな?

 でも、お前は違う気が付いた! つまり、普通じゃない!

 さぁ、一体どういう事だい? 」


「はは……ちょっと人の視線には敏感じゃないといけなかったモノでね……で、そんな優秀な視線の持ち主が、私に一体何の用だい? 」


 軽口をたたきながら、ウツロは逃げ道を模索する。


 まず、正面に居る男だが、

 身長は約180センチメートル程度。大柄ではあるが、巨漢というワケではない。

 オールバックの金髪に、真っ黒なサングラスで目元を隠しているが、その奥に閉じた左目と、その上を通る大きな傷跡がうっすらと見えている。


 だが、何よりも不気味なのが、その隠そうともしない圧倒的な威圧感。それだけで、身長が三割ほどかさが増して見えるほどだ。

 そして、この威圧感はどう考えてもハッタリではない。

 仮にウツロが戦いを挑んでも勝ち目はないだろうし、背を向けて逃げ出しても、簡単に追いつかれるだろう。

 最終手段として、魔法を使うという手もあるが、そんな事をすれば一瞬で騎士団に草原で盗賊を殺したのが自分だとバレてしまう。

 そんなのは愚作の極みだと、すぐさま選択肢から削る。


 男との会話を適当に繋ぎつつ、そこまで思考を回したところで、男がフッと小さく笑った。


「アンタ、マジでナニモンだい? 」


「……何がかな? 」


  「明らかに格上な俺を前に、その態度。その落ち着き具合。その上、俺と会話しながらどこまで思考を深めやがる? 」


「買い被りさ。私はただ、どうやったら穏便に事が進むか、言葉を探すのでいっぱいいっぱいだよ? 」


「ククッ……嘘つけよ」


 ウツロの不敵な態度を、男も笑いながら一蹴する。


「アンタ、普通じゃない。なんてレベルじゃねぇな。その思考回路にメンタルの強さ。どれも真っ当な道を進んで来た奴じゃ身に付かねぇよなぁ?

 常に頭を回して、他人の視線、思考を読んで、修羅場をくぐり続けた。そんな場数踏みまくった傭兵みてぇな経験が無いと培われない…そんなレベルだ」


 そこまで言って、男は笑いを引っ込めて、静かにもう一度尋ねた。


「アンタ、一体ナニモンだい? 」


 男の改まった問いに、ウツロも表情が消える。

 常に顔に貼り付けられた、人を魅了する優し気な笑顔が剥がれ落ち、直後、


「ククク…そうか…そこまで視えるのか…そうか…そうかそうか…」


 顔を覆い、肩を小さく震わせ、そして、


「アッハハハハハ!!! 全く…最ッ高だなこの街は!!! 君のような逸材が居るなんて!! 」


 大声で笑った。笑い始めた。


 その笑顔は、今までこの世界で出したどんな笑顔とも違う。どんな笑い方とも違う。


 口の両端を限界まで吊り上げ、目を大きく見開いた、笑顔とも言えぬ笑い顔。


 一言で言い表すなら、『壊れた狂気』


 そして、ウツロが普段、表に出すことのない、真なる『素』の状態。


「あぁ……やっぱりアンタに会いに来て良かったぜ…まさかここまでの傑物だとは…いや、この場合は化け物だな! 」


「あぁ、私もだよ。私も、君のような素晴らしいバケモノに遭えるとは思わなかった」


「こうなったら、もう腹の探り合いはいらねぇな? 」


「そうだね…同じ穴の狢同士、さぞ素敵な話が期待できそうだよ」


 そう言いつつ、お互い差し出した手を握り、


「ベガルト。工業地区に本社を構える…まぁ、実業家だな」


「ウツロ。工業地区の小さな食堂の給仕係ウエイトレスだよ。よろしくね、べガルド君」



 こうして、王都に巣食う二匹のバケモノは邂逅した。邂逅してしまったのだった。




 ***




 後日、ウツロ宛に一通の手紙が届いた。


 差出人はベガルト。内容は、一言で言えば招待状だった。


「おいおい、ベガルトさんから手紙たぁ…ウツロ、アンタ何したんだい?」


 クレナがウツロに手紙を渡した際、差出人を見てそう言ったあたり、相当な人物らしい。


「まぁ、この間少し機会があってね。という事で、少し出かけてくるよ」


「ったく、グラムに続いてベガルトさんたぁ…アンタ、他の女どもが聞いたら後ろから刺されんぞ? 」


「へぇ…なら気を付けるとしようかな。じゃ、行ってくるよ」


「はいよ。裏口の鍵は開けといてやっけど、あんま遅くなんなよ? 」


 クレナの忠告に後ろ向きで軽く手を振り、ウツロは招待された建物へと向かう。


 その瞳に宿っている、子供のような無邪気さと、悪魔のような邪気をクレナが見ることは決してなかった。

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