消える事実と流れる事件
「いやぁ…すまない。昔、知人が全く同じミスをしていてね。ついつい笑いすぎてしまったよ」
グラムの失態に一頻り笑った後、ウツロは自分の目元に浮かぶ涙を拭いながら軽く謝罪する。
だがそんなウツロの目にあるのは、思い出を懐かしむような、そんな儚さがしっかりと浮かんでいた。
「それはまた……随分と珍しい偶然ですね」
「本当にそうだね……で、まさか騎士団長サマがそんなお見舞いだけの為にわざわざ私の所に来た…って事はないだろ? 」
照れたように笑うグラムに、ウツロは少し真面目な表情で尋ねる。
そんなウツロに釣られるようにして、グラムもまた、真面目な表情を浮かべながら、座っていたイスに背筋を伸ばして座り直す。
「ええ、では、本題に入ります。
ウツロさん。貴女が襲われたという路地裏での事件について、詳しく教えてくれませんか? 出来れば、細かい事まで全て。簡潔にしたり、端折ったりする事なく、話してください」
「あぁ、それであの立派な騎士殿が報われると言うのなら、喜んで」
グラムの問いに、ウツロは神妙な面持ちで、答え始めた。
当然話す内容は全て、自分の描いたあの偽りの脚本だが。
何となく街をぶらついていたウツロを盗賊が襲い、その事に気がついた騎士がウツロを庇って盗賊に刺される。その際、ウツロは盗賊の横を駆け抜け、騎士の背中に隠れる。
そして最後の力を振り絞り、ウツロに襲いかかる盗賊を背中から突き刺す。
その事に逆上した盗賊が、騎士の後ろに隠れるウツロの背を刺したものの、そこで騎士に背中から覆い被され、そのまま力尽きて絶滅。
恐ろしい程テキトウで、悍ましい程デタラメなこの物語をウツロは辛そうに話し、グラムは真面目な顔で聞き続ける。
その後もグラムの聞き取りは暫く続き、グラムが帰る頃には完全に日が落ちていた。
「さて、今日はこれで帰ります。体調も万全じゃないのに、長い間すみませんでした。それで、お仕事は大丈夫なんですか? 」
「いや、いい暇つぶしになって助かったよ。それに、この病院の先生に治癒力を増幅させてくれる能力を使って貰ったからね。明日には仕事に戻れると思うよ」
実際この世界における能力の概念は相当なもので、普通なら完治まで1ヶ月そこら掛かる大ケガも、3日もあれば治ってしまう。
その上、今回のような他人に刺された。などといった事件の場合は王都の住人であれば、治療費、入院費は完全免除だというから驚きだ。
ついでに、仕事と住居が確定している場合、その瞬間には住民である権利を貰えるというから、この国の制度は相当なものだ。
そしてグラムは病室を去って行き、ウツロは暇つぶしにグラムが持ってきた小説の上巻を手に取った。
✳︎✳︎✳︎
翌朝
「ありがとう、世話になったね」
昨夜言った通り、ウツロの傷は完全に治り、既に退院出来る身となった。
当然ウツロはすぐに退院し、病院スタッフに一礼すると、すぐにクレナ食堂への帰路へと着いた。
そこから十分程歩き、ウツロはクレナ食堂へと戻ってきたのだが、
「さて、どうしようかな…」
働き始めたその日にケガをし、3日も休んでしまったのだ。
流石に申し訳がなく、とりあえずどうしたものかと、食堂の前で腕を組む。
「おいおい店の前で何してんだウツロォ! 」
そうこうしていると、食堂の扉がバァン!と大きな音を上げて開き、中からクレナが大声を上げながら現れた。
ついでに、扉は勢い良く開けられた衝撃で店から離れ、吹っ飛んで行った。
「あ、あぁ…3日も休んですまな…」
「んなこたァどうでもいいんだよ! アンタが無事ならな!
ほら、分かったらさっさと中に入って働け! まだ家賃分も働いてねェぞ! 」
そう言い放ち、クレナは再び食堂の中へと戻っていった。
「あぁ、そうだね。直ぐに手伝うよ」
その剛胆な優しさにウツロは笑みを浮かべながら、クレナの後に続いて食堂へと入って行く。
そしてまた働いて、時々街を見て回り、クレナ食堂で静かに休む。そんなウツロの日常が戻ってくる。
誰も彼女の罪に気がつくことなく。
静かに時が流れていく。
そう、あの時までは…
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