【癒し】顔ツボマッサージ小説【ホットタオルもあるよ】

 ちょっとした頼まれ事での外出のはずが、悪いタイミングが重なり予想外に長引いてしまった。体を突き刺すような屋外の冷気から逃げるように地下街に潜る。会社を出たのは10時過ぎだったのに、もう周囲は昼食に向かうサラリーマンでいっぱいだ。私も早いとこ座ってリラックスしたい。なんかさっぱりしたもの食べたいなーなどと考えながらコート類の並べられたショップを横目にすたすた歩いている最中だった。


 入り口が水色に縁取られた店舗、地下街の通路に面した受付前に置かれた黒板風の看板。私は吸い寄せられる。

 売り出し中のメニューが上品なイラストで描かれている。その下のキャプションに思わず釘付けになった。

 『フェイスセラピーコース・・・・・・冬季限定アロマホットタオルで目もパッチリ・・・・・・眼精疲労にリフトアップも・・・・・・顔ツボで筋肉の奥までほぐれる・・・・・・』


 全国展開しているチェーンのリラクゼーション店だ。系列店には何回か行ったことがあって会員カードも持っている。しかし最近はもっぱらヘッドスパ派になり、久しく利用していない気がする。看板に食い入るように視線を止めたまま、午後の業務予定を思い浮かべた。PCでひたすら営業用資料作り・・・・・・。

 途端に目の奥がずーんとしてくる気がする。気のせいか肩もずっしり重く感じてくるようだ。ホットタオルで目を、強いツボ押しで頭をスッキリさせておけたらどんなにいいだろう。

 何より私の心が傾いたのが、その手書き看板の端にダメ押しのようにピンクのチョークで書かれたこの一言。


 『25分でサクッとアイケア♪』


 スマホの時計を確認する。12時10分。

 「・・・・・・お昼はコンビニのおにぎりでいいや。」

 財布から出した会員カードを握り、受付に向かった。


 店内はしっとりと暖かく、暖色の間接照明でぼんやり薄明るい。加湿器が焚かれ足元からほこほこしてくる。森林の中で水が流れているような音のBGMが心地いい。簡単な受付を済ませ、思わず椅子の上で上半身を伸ばした。

 「・・・・・・ありがとうございます!こちら、まずホットタオルを使って目をスッキリさせた後、頭とお顔をタオルの上からゆぅっっくりと指圧、その後首肩周りもほぐしていく25分のコースとなります!お客様、コンタクトは今されてますか?」

 「あ、はい。」

 「では瞼の上は触らないようにしていきますね!お荷物はこちらのカゴにお入れくださいませ!ええとですねそれから・・・・・・。」

 『ゆっくり』を微妙に溜めて言った黒髪のおかっぱの女性が私の前にタブレット画面を示した。

 「施術後のハーブティーをこちらからお選びくださいませ!」

 

 25分の施術を受けた後にゆっくりお茶を飲んでいる時間があるだろうか・・・・・・。まあ今日は上長は午後他社へ打ち合わせで、割と緩い同僚しかオフィスにいないはずだし大丈夫か。長引いた業務で昼休憩が削られているしね。日常離れしたくったりとした雰囲気の店内で思い浮かんだ現実感溢れる情景を振りほどきハーブティーのメニューを眺める。

 ペパーミント、ハイビスカス、ローズヒップ、アプリコットジンジャー、レモングラス、カモミール、ごぼう茶、エルダーフラワー、ブルーマロウ、黒豆茶・・・・・・。

 エルダーフラワーってどんなのだったっけ。ブルーマロウなんて聞いたこともないぞ。色々と想像をかきたてられるラインナップだったが、なんとなくあったまりそうという理由でごぼう茶を選んだ。


「かしこまりました。それではご案内しまーす。」

 女性の後を追い、照明を落とされた店の奥の棚で区切られた空間にやってくる。背もたれの部分が上下に稼動するタイプのベッドが8台ほど並べられ、パーテーションで周囲から遮断される仕組みだ。既に数名先客がいる様子だった。狭い店内空間を工夫して利用する作り、リラクゼーション店に来たという感じがして嫌いじゃない。マットや毛布はいかにもふかふかそうで、ベージュを基調とした清潔感のある雰囲気に仕立てられている。

 「お荷物を入れたカゴは足元に置いておきますね。お上着、お預かりします。」

 

 頭部のみの軽い施術なので着替えもない。女性に促されて靴を脱ぎ、ベッドに上がった。スカートが皺にならないようしっかり伸ばしてから背中を落ち着ける。準備万端だ。首と耳の周りに触れるとろんとしたさわり心地の枕が心地いい。

 「失礼いたします、背中の部分、倒しますね・・・・・・。それでは、25分始めさせていただきます。まずはアロマのホットタオルで目の周りの筋肉をほぐしていきます。」

 すでに目を閉じているので自分の周りの状況をあれこれと想像するのが楽しい。どこからかタオルが運ばれてきたに違いない。先ほどの女性が枕元に腰掛け、タオルをぽふっと音を立てて広げ適温にしている気配が伝わってくる。

 「失礼いたします。熱かったらすぐおっしゃってくださいね。」

 はあい、と返すついでに深呼吸をした。暖かい空気。ベッドが完全に私の背中に馴染んでくる。

 

 おでこと鼻に、続いて瞼と頬骨に、やがて顔の上半分全てに熱いタオルが被さる。すぐに頭のてっぺんまでカーッとなる。熱い熱いタオル。熱のエネルギーでじゅわあーっと眼球の、頭の疲れがタオルに吸い込まれていく。今私の眼精疲労は蒸気と共にタオルを通して上空に放たれていっている。そして上空で雲となり、大粒の雨となるように姿を変えて私の顔に降り注いできた。怒涛のアロマ香だ。

 「当店オリジナルの柚子ベースのブレンドアロマとなっております。」

 私も最近少しアロマの知識がついて来た。柚子の香りの効果は免疫強化・血行促進、気もちを前向きにする。私は柚子の成分が疲弊しきった脳全体に充満するイメージを浮かべた。固く凝り固まっていた頭の中の血が勢いよく巡りだしたようだ。浅く呼吸をしているだけで頭がぼや~っとしてきて、意識して肩や腕の力を抜くともうタオルの熱で融解した額の感覚も相まって幸福の空気に包まれていると脳が判断してしまう。

 

 たったの数分でだら~んとしている私に女性が本格的に施術を開始した。なんとなく中指だと思われる指で、私の両方のこめかみをぐぐっと力を込めて押し込んでいる。一回五秒ばかりかけてぐうっと、ぐうっと二回同じところを押して、次に額の真ん中よりやや上部を今度は横に引き伸ばすように、ぐいーっと二回やはり中指で流した。そのままつむじを一番力の込めやすい親指を二本使ってぐりぃっと押さえ、ゆっくりと後頭部まで直線状に、およそ一センチほどの間隔を空けてぎゅっ・・・・・・ぎゅっ・・・・・・っと少しずつずらしながらツボを圧す。


 (くぅー・・・・・・)


 タオルで温められた頭部にさらにダメ押しで与えられる圧に悶える。そこは一般的にデスクワークで疲れた際に圧すとよいと知られている箇所で、私もよく休憩中に自らの指で刺激をしたりしているのだが、効いてるのかないのか、しっくりしない感覚に不満を感じていた。

それが今はどうだ。女性の指の動きに従って、圧された箇所が深部までとろとろとほぐされていくのが分かるようだ。


(やっぱプロにやってもらうことにしてよかった・・・・・・。)


 単純に自分より人の手でやってもらうことに効果があっただけかもしれないがこの部屋の暖かい空気とそれ専用に作られた快適なベッドという環境での指圧が私に期待以上の満足感をくれていた。 

 額のやや上部を両手で軽く掴まれ、くいーっと上に持ち上げられるような指圧を三秒ほど。そして女性の指が二本に増え、再度ぐりっとこめかみに沈み込む。ほぼほぼ頭の疲れは取れているような錯覚に陥っていたが、先ほどよりも力の増した押しで再び額にかけてまでの一連の刺激をされていると何回でもふわぁ・・・・・・となってしまう。力加減はどうですかーという問いにちょうどいいですーと返した。

 帰社後に延々と続くPC作業のことをまた考える。これ仕事しながら後ろでずっとやってもらえてたらなあ。


「失礼致します、タオル交換させていただきます。」

「あ、はいぃ・・・・・・。」


 ちょうど顔の上のタオルの熱が失われていた頃だった。最初のタオルが取り除かれ、代わりに乾いたきめこまやかなタオルが目の上に乗せられる。これがまたちょうどよく心地いいと感じられるくらいの重みでますます私の意識をぼんやりさせるのに一役買う。

 女性の指が一瞬タオルの上で探るような動きをし、私の鼻のすぐ横の窪みを捉えた。

 「?」となるがそこに加えられた圧が予想外に心地よくて、意味をすぐに理解した。


 (ああ、外出ると最近寒くて無意識に歯を食いしばって、この辺に力が入ってたんだ・・・・・・。)


 私自身も知らず知らずの間に凝ってしまっていた頬から口周りにかけての筋肉の深部をじっくりとほぐし、本来の柔らかさにまで戻るよう矯正してくれているようだ。そんなところを揉まれて気持ちいいという初めての幸せな感覚を存分に堪能する。そのまま顔を覆うタオルの位置を少しづつ移動させて小鼻の横、口角の上や下顎の骨の固くない部分も皮膚をぐるぐると動かしながら指圧してくれる。それを先ほどと同じように二周分。

 デスクワークで酷使されがちな視神経と眼球のツボも、両方の眉頭の真下と、眼球を囲む骨の真上の部分とを揉み解すようにぐりっぐりっと押さえてくれる。発見したことがあるのだが、通常の体のマッサージは骨の上を押されると痛みを感じるものだが顔のマッサージだとそれが全くなく、むしろ骨の上を強めにやってほしいとさえ思ってしまう。

 すっかり身を任せていたが、女性の指が私の眉に沿ってなぞるように強く(かなり力が強かったので親指と思われる)指でほぐし始めると・・・・・・。


(!!・・・・・・うわー!そこ・・・・・・)


 ここでも頭の上部に日常的に蓄積され取り逃がした疲れがダイレクトに溜まっていたことに気づかされた。仕事の合間、頭の中心付近に耐え難い疲れが溜まっている気がするが自力でどこを押さえても全然ツボを捉えている感じがしない、このどんよりしたものの発生源が分からなくてもどかしい、という状況が多々あったのだがここがツボだったのだ。月並みな表現をすると痒いところに手が届いたという状況だろうか。やがて積もり積もって自分でも疲れていることが普通になり存在を忘れていた、もしくは元から自覚症状のなかった疲労物質の塊をはっきり感じさせられると同時にその疲れが女性の手によってすごいスピードでバラバラにされすーっと霧散していく。新鮮な感覚。と共にとんでもない快感だった。頭蓋骨の一番負担のかかっている大きなパーツをストレッチのようにぐいーっと伸ばされているみたいだ。頭の深部まで届くツボである眼球上部の骨を押されていると脳の疲れがとろけて消えていくだけでなく、その裏側の後頭部の皮膚の凝りまでもがゆるゆるになっていく。

 

 鼻のやや横の筋肉を骨まで届くかのような圧でもう一度押された時、意識までもを一緒にぎゅーっと深いところに押し込まれているような感覚に襲われた。この至福の時間の後待ち受ける仕事のことをうっすら思い浮かべたりしていたのだが・・・・・・いつの間にか私は水中で仰向けになってきらきら光る水面を眺めていた。

 女性の指が眼球の下の方をもう一度ぎゅーっと圧す。底の見えない薄暗い海から手が伸びて来て私を掴みゆっくりと引きずり込んでいく。とてもとても優しい手だ。完全に絡みつかれて沈んでいきたいと心から思った。周囲は緑色にも見える、濃い青の海。暖かい海だ。まとわり付き包まれていく。南風のような水流が静かに私の手足を弄んだ。私の体は仰向けになったままどんどんどんどん沈んでいく。水色の大きな魚が通り過ぎていく。ほとんど届いていない太陽の光を鱗に煌かせ、泳いでいる幻想的な風景をぼんやりと見ていた・・・・・・。


「失礼します。頭のほう、動かしますね。」

 女性がタオルをもう一枚、私の首にあてがい両手でゆっくりと私の頭を左に傾けた。

「・・・・・・あぁ。はい・・・・・・。」

 ふっとベッドでタオルとシーツに横たわる私に戻った。そうだ、首肩もやってくれるんだった。よかったなーと思いつつ脳内は海にぷかりと浮かんでいるビジョンに切り替わる。

 女性が私の肩をぐいぐいと擦るように揉みほぐしてくれる中、私は今度は雲ひとつない空を見上げていた。

 変わらず暖かい海が私の後頭部をとぷんと包んでいた。横目にはきらきらと金色に光る水面が波立っている。これだけ水面が輝いていれば太陽光がきついだろうと思うが眩しさは全く感じなかった。心地よさ、それだけがたゆたう私の周りにあった。ただただ暖かい空気と暖かい海ときらきらした水面と全身弛緩した私だけがいる世界だった。

 女性が頭と首を結ぶ筋肉をごしごしと強く擦る。


(気もちいいなぁ・・・・・・)


 水に浮かんでいる方の私にも伝わってくる。首の付け根の筋を親指でぐりぐりとほぐされる。首の下の波の動きだけが速くなり後頭部から肩にかけてを撫でてどこかへ流れていく。まるでずっとここにいていいよ、と私に言ってくれているような動き。煌く水面をきれいだな、と眺めていると・・・・・・。

 女性が両手を縦にして私の頭頂部と肩に振り落とすようにポンポンッと叩き始めた。

「はい、25分終了しました。お疲れ様です。」

 柔らかい声。私の意識は戸惑いながらもつられてふわあんと引っ張り上がる。

 海の上にいた私はベッドの上で覚醒した。タオルで目が覆われているためまだ視界が暗い。

 左腕が完全にベッドの端からずり落ちていることにハッと気づく。あの短時間で眠っていたのか。

 まだ完全に夢から抜け出せていない私の枕元で女性が立ち上がり、そっとタオル類を外してくれた。

 「ベッド起こしますね・・・・・・。失礼致します。それでは受付でお飲み物準備しておきますので。・・・・・・あ、はい。どうぞごゆっくりいらしてください・・・・・・。」


 (はー・・・・・・。これから帰って仕事があるとか信じられないな・・・・・・。)


 笑顔の女性に見送られ、店を後にした瞬間地下街の雑踏が容赦なく私に降り注ぎ、嘘でしょと思うほどのスピードで私を現実へと送り届ける。

 歩きながらコートの下で首をぐるぐると動かす。今日押してもらったツボを今後自分でも押してみたいが、やっぱり私自身の手ではうまく疲労を取り除ける気がしなかった。

 「・・・・・・前事務の子が使ってた針金みたいなので頭のツボ押す奴・・・・・・。あれ買おうかな・・・・・・。」


 昼休憩に出ていた社員がぱらぱらと一人また一人と帰ってくる、気だるげなオフィス。PCの向こうに眠そうな同僚の顔が見える。鮭とワカメのおにぎりを頬張りながら作業中のパワーポイントを立ち上げる。だが私の思考は湯気の立つごぼう茶を啜りながら眺めた『冬季限定温活ドレナージュ!』と黄色と白のぽわぽわとしたフォントで書かれたポスターのことにしばらくの間捕らわれていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【だいたい実録】リラクゼーション小説【癒し】 晩柑 予讃 @lf081128

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ