第45話 エピローグ

 ミハイルがとうとうロシア共和国の傀儡君主としてロシアに旅立つ日がやって来た。アイリーン達もミハイルに付いていく。

彼らは今日、戦艦大和に乗って、ウラジオストク目指して出航する予定だった。

もう二度と戻ってくる事は無いだろう東京をしばし見つめてから、ミハイルは見送りに来た一人一人に別れを告げていた。

「東條元総理よ、そういやずっと聞いていなかったが、どうして多聞丸に季太郎を捕まえた事をバラしたんだ?」

すっかり禿げた老爺は答えた、

「決まっているだろう、私が大日本帝国の君主としてお従いするのはただ御一人、今上陛下である!」

「要するに本当は神子が嫌いだったからバラしてやった、と。 ……もっと素直になれや、何かと損しているぞ」

「フン」と老爺はそっぽを向いた。

次にミハイルは多聞丸に話しかけた。

「多聞丸と大食い勝負が出来なくなるのは……ちょっと寂しいなア」

「勝った事が一度も無いのに何を言っているんだ、露ノ宮」

「チェ。 少しは感傷に浸ってくれよ」

「お断りする」

そう言って多聞丸は少し笑った。

ミハイルが最後に話しかけたのは、ケイと若宮様だった。

「ここに残るのか、また寂しくなるぜ」

「ああ。 日本に残る」とケイは微笑んだ。「それより、次は男なのか、女なのか?」

「知らん。 お冬、どっちだ?」

見るからにロシア人の血を引いた幼子の手を引くお冬夫人、膨らんだ腹を満足そうに撫でて、

「どちらにしても、可愛い可愛い旦那様の子供ですもの」

「干からびるなよ、ミハイル」とケイは忠告した。「でも愛人も作るなよ、抉られる」

「……分かっているさ」

そして、ミハイルは若宮様に話しかけた。

「今はなんだ?」

「今はだ。 季太郎のヤツめ、土下座虫に成り果てて出てこんのだ!」

「まーた土下座か」

「あ、出て来るぞ」と若宮様の顔つきが変わった。同時に彼は土下座して、「宮様、どうぞ末永く御健やかに……!」

「いい加減にしろと何千回言ったら分かるんだ! 若宮様の体に間借りしているのに土下座するんじゃねえ!」

「ア、ハッ、申し訳ありません、反射的に……!」

誰もが疲れたため息を一斉に吐いた。

若宮様は起き上がって、「……まさかナギ様がお体を貸して下さるとは思いませんでした」

「言ったろ、若宮様は元々そう言うなんだよ。 お前一人くらい容易いモンだ。 お前が人格を乗っ取らなかったのを驚いていたくらいだぞ」

「そんな、お、畏れ多い……!」

「――だから土下座するんじゃねえ!」


 戦艦大和が出航した。

船が海の果てに消えていく、見送る者が一人去り、二人去り、最後の二人になるまで見送ってから、ケイが言った。

「これからの世界が――歴史はどうなると思う?」

「分かりません。 僕がいた未来の世界も変わっているはずですから」

「でもお前は消失していない。 いっそ全ての世界が滅んでもお前が生きている、それが私の願った未来なんだ」

「……ケイ」


「私と生きよう。 それがあまりにも重い十字架を背負って茨の道を歩く事だとしても」

                                   END

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ヴィア・ドロローサ 2626 @evi2016

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