epilogue. テオ・ファンフリート
『やあ、ローサリンダ。よくもこのボクを問答無用であのような辺境の地へ吹っ飛ばしてくれたな』
「……無事で何よりだよ、レイス」
リビングの椅子に腕を組んで踏ん反り返ったレイスは、こめかみの辺りを頻りにピクピクさせながらファンフリート五兄弟の父たるローサリンダ・ファンフリートに皮肉を吐いた。
羽を伸ばせる久方ぶりの我が家とあって、レイスは通常の人間と同じサイズで、ここ三日ばかりこの家で一番大きなソファーを陣取って寛ぎっぱなしである。
テオとクラレンスがナランナからの列車旅を終え帰宅すると、
テオは兄たちの圧力にいささか辟易しながらも、旅のあらましを語って聞かせた。時折誰かが横槍を入れて話の腰を折るのをクラレンスが厳しく制し、話の苦手なテオが四苦八苦しながらすべてを語り終えると、フィン、ヤン、ルカの三人は揃いも揃って不機嫌顔で口を噤んでいた。
まあ、そうなるよな、とあらかじめ予想していた反応ではあったが、いざ目の前でそういった空気を作られると胃が締め付けられるような違和感に襲われる。三人ともが納得していないのだ。
『さて』
ソファーに深く座り直し、レイスは改めて兄弟の顔を見渡した。しばらくそうして一同に無言の時間が過ぎていったが、不意にレイスが優美な相貌にうっそりと微笑を浮かべると、
『何か、言いたいことがあるようだな。ヤン、フィン、ルカ』
と、真ん中の兄弟らに目をやる。
まさか名指しされるとは思っていなかった三人は、ぴしっと背筋を伸ばして、唇を舐めたり喉を上下させたりした。
黙ったままの三人に『どうした、言ってみるがいい』と促す。
『言いたいことは我慢せずぶちまけた方があとくされが無くていいとおもうがなあ』
三人は互いの出方を伺いながら、しかし誰も口を開こうとはしなかった。
レイスはニコニコした表情の裏に異様な威圧感のようなものを隠して、『さ、ヤン』と、上向きにした掌をヤンに向ける。
ヤンは逃げ道を失い、もごもごと口を動かしながら普段他人を責めるときのような大声ではなく、濁すような口調で言った。
「本当に、テオが本を継承するん……ですか」
『ああ。もちろんだとも』
レイスが大きく頷くと、肩で切り揃えた銀の髪がふわりと揺れる。
「クラレンス兄さんではなく?」と次に口を開いたのはフィンだ。彼の問いにもレイスは有無を言わせぬ『ああ』で頷く。
「どうしてですか」
ルカがばっさり断つような勢いで言う。その言い草にはレイスも言葉を失わずにはいられず、驚いたように三白眼を見開いた。
テオは不快な気持ちを押し殺してそこにいた。
『"どうして"? はてな、ボクには君の言う言葉の意味がとんと理解できないな』
レイスは励ますようにテオの背中をする、と撫でた。
「テオには無理だ。元々魔法だって使えないのに、今後のファンフリート家の一切合切を担うなんてできっこない」
『ハハハハッ、散々な良いようだな』
レイスはルカの言い草を呵々大笑して跳ね返すと、一家の長・ローサリンダを振り返り、たちまち陽気な表情を引っ込めて低く落とした声で言う。
『おい、ローサリンダ。君は一体、この子らをどう育ててきた。どのようにすれば、ここまで心の欠落した子どもに育つ? 甘やかしすぎたんじゃないか? 現にこの子らは末弟を甘く見すぎだなあ。君ら、自分もテオに後れを取っていたことを棚に上げて、何故クラレンスとテオを比べていられる? 君らは揃いも揃って頓珍漢な場所に目星をつけていっかなボクに辿り着くことが出来なかったじゃないか。テオとクラレンスがなけなしの小遣いをはたいて優秀な魔法使いを雇ったのは利口な判断だった』
ローサリンダは、「返す言葉もない」とばかりに目を伏せ、渦中の三人はばつが悪そうに軽く俯いた。
レイスの言う通り、彼らは随分的外れな場所を探し回っていたらしい。
双子のフィンとヤンは手下の魔法少年たちを集い、マグノリアのありとあらゆる国に赴かせ、本の捜索をさせていたようだ。もちろん報酬などはありもせず、悪魔の如き双子に何かしら弱みでも握られていると思しき少年らは盛大な無駄足を踏んだ挙句に、ファンフリート家始まって以来の落ちこぼれと言われたテオに先を越されたというのだから業腹な話だろう。
ルカはテオたちと同じく魔法使いを雇ったようであったが、美童やキティと比べると些か頼りなかったようで、二人はナランナとは逆方面を、ありもしない本を探して奔走していたという。
レイスはソファーから立ち上がると、テオの背後に立ち、内巻き気味の肩に両手を置いた。
『テオはボクにとり憑いた魔物から長兄クラレンスを助け出し、それを無事に屠った。もちろん、他者からの助けもあったがね。あの謙虚で気弱なテオがたった一人でクラレンスの精神世界へと飛び込んできたときに、ボクはホッとしたよ。この子は勇気を味方につけた、ってね』
気さくな印象を封じたレイスの物言いに三人が何も言えないでいると、クラレンスが、「お前たち」と厳しい目つきで三人の弟を見る。
「今まで僕が厳しく言ってこなかったのが悪かった。これからはテオを見下した発言はやめるんだ。僕はそんな風に言われた人がどんな気持ちになるのかを考えられない愚か者を自分の弟だとは思いたくない。今までの行き過ぎた態度も詫びろ」
凍り付くような沈黙の中、三人は小さい子どもが受けるような叱責を受けたことを恥ずかしく思ったのか、浅く俯いた。
ルカが涼しげな眼をまっすぐに末弟へ向けながら、「テオ。今まで悪かった」と、意外にもあっさりと自分の非を認めて謝罪した。
それに続くようにして、双子も声を揃えて「ごめん」と頭を垂らす。
兄たちの態度にあれだけ腹を立てていたテオも、こうも素直に謝られては拍子抜けして「う、うん」という一言で受け入れてしまう。
レイスは機嫌を良くしたように満面の笑みで、『よおし、いい子たちだ』と大声で笑い飛ばす。
『じゃ、君たちも納得してくれるな。この、テオ・ファンフリートが今代のボクの主人となり、ファンフリート家の後継ぎとなる』
とはいえ、と彼は続ける。『この子はまだ未熟者だな。ファンフリートのあれやこれやを一人で背負うのはちと難儀だろう』
レイスは兄弟たちに目配せし、『力を貸してやってくれるだろう? 可愛い可愛い末っ子を支えてやるのが兄さんだもんな』
「はい、勿論です」
クラレンスが強く頷くと、ヤン、フィン、ルカも遠慮がちに首を小さく動かす。
『そら、安心するがいいぞテオ。心強い味方が四人もいるからな。ああ、ボクを入れたら五人か』
レイスはテオの隣にやってきてその足元へ傅くと、星の瞬きを湛えた双眸で少年を見上げた。
『では、改めて。――テオ・ファンフリート。ボクの今代の主は君だ。よろしく頼むぞ』
テオは、僅かな不安と――それを遥かに上回る期待を胸に抱き、力強く頷いた。
「はい」
常世の国のマグノリア
―世界の果てを駆け抜けろ・完
常夜の国のマグノリア―世界の果てを駆け抜けろ― 駿河 明喜吉 @kk-akisame
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