第45話

 「本当に次から次へと邪魔がはいりますねぇ……?」

 殺意を含んだ目を向けた先にいたのは、ゆなのもう一人の人格、華雪先輩だった。ここにきてようやく頼りがいのあるまともな人物が現れたとほっと胸を撫でおろしていた。

 「ったく、せっかく消滅して感動的な幕引きだったのに、作者が無能なせいでまたひっぱりだされることになったわ……」

 「ここでメタ発言はいらないから?!」

 だから何でこうなるんだよ。でも懐かしさがあって自然と口角があがってしまった。俺達のやり取りを気にくわなかったのか、蝶野さんが黒いオーラを手に纏って地面を大きく抉った。

 「うるさいうるさい! 先輩、頼むから死んでよっ!!」

 感情を爆発させて襲い掛かる蝶野さん。ジェット機のような異常な速さで先輩との距離をゼロにする。今度は手のオーラをかぎ爪のような形状へして切り裂こうとしていた。俺が気づいて声を上げるが、どうみても間に合わない。マズイ! このままだと……! 気づいたら走っていた。間に合わないかもしれないが、それでも足は止めることはなかった。

 迫りくる殺意、先輩は何故かその中でも飄々としていて余裕の笑みを浮かべていた。

 「やめなさい。あなたを傷つけたくないの」

 「ふざけないで! 丸腰のあなたに一体何ができるのよ!」

 先輩に凶刃が届いてしまう……と思っていた。にやりと笑った先輩がかぎ爪に触れるとかぎ爪の形状を保っていたオーラが何かに打ち消されたように一瞬で消え去った。

 「えっ? 何が……ひぃ!」

 何が起こったのか全く分からないといった顔からすぐに恐怖におびえた表情へと変わった。それもそうだ。先輩に触れられた手の部分が黒く変色して崩れ去ったのだから。

 「な、何をしたの!」

 恐怖に怯えながらも、先輩を威嚇し強く睨んだ。すると黒い物を含んだ笑みを蝶野さんへ向けて彼女の反応を楽しんでいた。

 「何って、あなたの手を腐らせただけよ」

 「な、なんで! 私が作り出した夢なのよ! なんであんたが好き勝手できるのよ!」

 恐怖に顔を歪ませながら再び先輩に襲い掛かった。残っている手で黒剣をつくりだし、彼女へ斬りかかった。すると今度は霧のように彼女の姿が消えて、斬撃は空を切った。蝶野さんが焦りながら辺りを見渡す。

 「ねえ、夢の中でもし死んだらどうなると思う?」

 「どこ? 隠れてないで出てきなさい!」

 「別に隠れてないわよ」

 気づいた時には先輩は彼女の横に立っていて腕を掴んでいた。さすがに肝が冷えたのか腰を抜かしてその場へへたり込んだ。掴まれた腕は黒く変色して崩れ落ちていた。もう彼女の戦意は喪失しているようだった。

 「さーてと、迷惑被ったし、貴方にはとことん絶望してもらった後に消滅してもらうから」

 「あ……ああ……」

 彼女の目は涙で濡れていた。小刻みに震えて絶望に染まった表情で先輩の断罪を待っていた。

 「先輩、ちょっと待って!」

 俺は先輩を呼び止めた。お楽しみを邪魔された先輩は不機嫌を隠すことなく、俺を睨みつけた。

 「何よ? どうせ今日で連載終わるんだから好き勝手やらせなさいよ」

 「うん。だからメタは止めよう?」

 不満をグチグチ言う先輩をどかすと蝶野さんの前へ立った。俺の顔を見て安心したのか緊張の糸を緩めた。

 「蝶野さんごめん! 気持ちは嬉しいけど、やっぱり俺は希を裏切れない」

 深く頭を下げた。放心状態の彼女はただそれを黙って見ていた。

 「はっきり言わなくてごめん。俺ヘタレ過ぎてマジでクソだよな。だから、蝶野さんにこんなことさせてしまったのは、俺の責任だ。本当にごめんなさい!」

 今度は深く土下座した。本当に俺はダメ人間だ。

 「お詫びと言ってはなんだけど、俺を好きなだけ殴ってくれ! さあ! はやぐへえ?!」

 俺を殴ったのは蝶野さんではなく、クソ野郎を見る目で睨む先輩だった。

 「本当に月山君って女絡みにあるとクソ野郎になるわよね? 本当に○すよ? ねえねえねえ!」

 「ぐええ!? 本当に○にますぅ! 助けてぇ!?」

 ここから信じられないほどボコボコにされて意識を失った。夢の中だけど。


 私はボコボコにされている彼を見てあまりにもおかしくて大声で笑ってしまった。彼に執着していた自分が馬鹿らしくなって、もうどうでもよくなってしまった。何でこんな奴好きになってしまったのだろうかと。過激すぎる禊を終えた彼女が私の方へスタスタと近づいてきた。

 「何笑ってるのよ?」

 「別に。月山君を好きになった自分がとてつもなく愚かだなって思っただけですよ」

 今の心情をありのまま話すと彼女は呆れた顔をしながらクスクス笑った。

 「全く今更すぎるわよ。私と金原さんがいなかったら、伊藤○以上のクズに成り下がってる奴よ」

 罵倒する彼女だったが、その顔はとても嬉しそうで愛おしそうな顔をしていた。その顔を見て改めて思った。結局、空っぽな私が敵う相手じゃなかった。

 「先輩、男を見る目ないですね」

 「全くよね」

 「私は忘れたいですよ。記憶を完全に消し去ってしまいたいです」

 そういう私に彼女は「それならちょうどいいな」と呟いてにやりと笑った。

 「安心しなさい。私がそうしてあげるわ」

 その言葉に私は安堵した。これで黒歴史は回避できそうだ。この時、私はどんな顔をしていたのだろうか? でも、心が清々しいことだけは分かった。先輩が私の胸に手を添えると、私の体は黒く変色して、ボロボロと崩れ落ちていった。不思議と痛みはなかった。

 「ありがとう……」

 消える前に言ったのは、こんな陳腐な言葉だった。


 ボコられて意識を失った後にすべて終わっていた。何故か自室のベットでゆなと寝てたし、蝶野さんは不登校になったのちに転校することになったので、あれから一度も会っていない。希も意識が戻ったらしく、もうじき退院らしい。

 ほぼほぼ元通りになりつつあった。俺は希の所へ行く前にゆなと屋上でまた会っていた。

 「一緒にベットで寝た以来ですね」

 「頼むから希には言わないでくれよ?」

 口止め料代わりのジュースを差し出す。彼女は顔を綻ばせるとジュースへ口をつけた。どうやらゆなもコーラが好きらしい。ゆなと会ったのは先輩の事が聞きたかったからだ。彼女も分かっていたのか話始めた。

 「ひーくんの期待している話はありませんよ。私もあれ以降は華雪に会ってないですから」

 「そうかー。残念だな」

 俺もジュースに口をつけた。予想通りだから特に感情はなかった。

 「でも、一応伝言は預かってますよ」

 彼女の言葉に思わず驚きの声がこぼれた。ジュースが少し器官に入ってむせた。

 「いずれ舞い戻ってくるからそれまでには金原さんと別れておきなさいって言ってました」

 「え? マジで?」

 それじゃあ、本当に希と別れて――。そう思った矢先、俺の携帯がバイブと共に鳴った。画面を見ると希からだった。まだ病院だから携帯は使えないんじゃ……まあ、とりあえずでるか。電話にでると犬のようにグルグルと音を鳴らしていた。

 「裏切りの予感がした……」

 「気のせいです! 今すぐ向かいます!」

 俺は慌てながら希の元へ急いで向かった。これでこの物語は終わり。……いや、本当に終わり!(投げやり)


あとがき やっと完走! 次からはちゃんと書きます(反省)

  

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夢の続きは冷酷でMな先輩とうたた寝る 是宮ナト @i-yui017

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