第12話:ワンストライクからだったよな?
午後9時過ぎ。
夕食を終えた少女は日課のランニングでいつもの神社まで走った。野球同好会の入部希望者勧誘とかでごたごたしているが、これだけはサボるつもりはない。毎日、体を慣らし調整していく。長距離を走っても息切れしない呼吸法で息を吸って吐く。走りながらどこの筋肉を使っているか意識して走る。ただ、走るだけではいけない。一番大切なのは何を目標にして走るかが大事だ。
葵は野球をやめた人の気持ちがわからないんですよ―――――――。
親友に言われた言葉がまだ心に残っている。とても悔しかった。その通りなのだから。少女は野球をやめた人の気持ちをわかっていない。わからない。どんなに辛い想いだったのか想像はできるが、やはり彼らの気持ちをわかることはできない。その気持ちは野球をやめた者にしかわからないのだから。
それでも、少女は親友に話してほしかったのだ。少女は親友に相談してほしかったのだ。少女は親友と乗り越えていきたかったのだ。
私達の夢を……私がここで終わらせるわけにはいかないっ――――――。
それを執念というのだろう。絶対に諦めない心。ここで少女が立ち止まれば本当に終わってしまうのだろう。戻れなくなる。残るのは後悔だけ……
だから、少女は走り続けた。立ち止まるな。転んでもまた起き上がれ。
走り続けばいつかきっとたどり着けるのだ。それが目指していた道から逸れたものであっても、自分の信念を貫き通せばたどり着ける。自分の気持ちも彼らに届くはずだ。
「葵、5分遅刻よ」
「あ、しゅみましぇん……」
夜の神社で特訓は青春野球ものには最高の場所だ。いつものように黒瀬伊織(監督)は少女にグローブを渡した。自分はキャッチャーミットを付けた。明かりはあるも暗がりで見えづらい中、ピッチング練習を開始する。
「内角高めのストレート。ボール1個分外」
「おっす!」
ピッチャーが投げるコースはキャッチャーが指示して、ピッチャーはキャッチャーの要求通りの場所へ寸分の狂いもなく投げる投球練習。
「内角低めに入るシンカー。ボール1個半分外」
「おっす……っ!!」
「外角低めのスライダー。ボール3個外」
「おっす……っ!!」
「高め3個分外の釣り玉」
「おっす……っ!!」
「今、2個半外だったわよ」
「しゅ、しゅみましぇん!!」
「ツーボール、ツーストライク。次、打ってくるわよ。外角いっぱいのストレート。クロスファイヤーで対応して」
「お、おっす……っ!!」
「………」
スパイクでもないし、全力投球もできない。ただ、今のピッチングの球のキレは非常に良かったのだが……。
「これじゃ駄目ね。場外よ」
「うへ~」
怪物相手のシミュレーションをした結果、ヤンキーに柵越え場外ホームランを打たれたらしい。
「明日、決着つけるんでしょ?」
「はい!ボス!!」
「だったら、もう一度初めからやり直し。内角高めのストレート。ボール1個分外」
「おっす!!」
大丈夫。きっとこの想いは本物だから彼にも届くはず。
〇
そして、翌日の放課後。
天文白金野球同好会の真の入部メンバーが揃う。学校から少し離れた所にある野球専用のグランド。木々に囲まれた敷地はそこそこ広く、おおよそだが球場二個分がすっぽりハマる大きさがあるらしい。どこかの誰かさんが私情で購入した土地だとかで、ちょっとした緑地公園みたいなものだ。ちょっとした遊歩道もある。しかし、センターの奥の奥は雑草が生い茂っていて、建材が所々積まれていて整備は行き届いていないみたいだ。フェンスもない。とにかく、雑。手抜き感満載の即席のベンチが目立つ。一応雨風しのげる屋根付きではあるがな。道具倉庫は簡易的なものが置いてあった。
彼らは「おぉ~!!」と声を上げてチャリンコをテキトーに止めた。コンテナハウスなるものが設置されていて、あれが我ら部室だそうだ。男女別々に2つ設置されているという配慮。とりあえず、テキトーに置きました感が拭えない部室ではあるが、葵の指示の下、部室でジャージ姿に着替えて準備完了だ。
「整列ーーー!!」
黒瀬監督の号令と共にグランドに整列する。
天文白金のイメージカラーの白を基調としたジャージを身に付けた男女混合の野球同好会メンバーは整列した。昨日のミーティングでは20人いた生徒も今はざっと数えると半分近かった。葵だけは自前のユニフォームを装着している。入学式でも着ていたやつだ。やる気満々である。
「さて、改めまして天文白金野球同好会へようこそ。歓迎するわ、よろしくね」
「「「「「よろしくお願いしまーす!!」」」」」
「じゃ、とりあえず、1人ずつ簡単に自己紹介していってちょうだい」
順に自己紹介していった。先頭にいた葵からである。
「1年A組、
「お、同じく1年A組、
「1年F組の
「アンタねぇ……まぁ、いいわ。アンタは2番でセカンドよ」
「セカンドかー。しかも。打順2番って俺があのデストロイなストレートをバンドしろってか!?」
はい、次。
「あーはいはい、メガネくんはスルーしてと…えー、3年のマシロ先輩だよ。1番ショート希望なんでよろしくー」
「マシロ、アンタその恰好で野球するつもり?」
マシロ先輩はカエルの被り物を装着していた。というか、この人、生徒会どうするんだろう……という千草の疑問は拭えなかった。
「勿論ですぜー、ボス。まだ、コレを外す時じゃない」
「わかったわ……じゃ、次ね。ソニア」
「ハイハーイ。マイ ネーム イズ、ソニア=ネイサン。セツナ・クマと勝負するためにジャパンにやってきましタ―。よろしくデース!! あ、ポジションは内野、外野、どこでも守れマース!!」
よくできました。はい、次。
「2年の
「同じく2年の
「2人と同じく2年の
長くなりそうなので、割愛。次、ラスト。
「3年の
「「「「「「………」」」」」」
とりあえず、これで全員だ。合計9名。うち、選手8名、マネージャー1名…………うん。約1名、巨漢なスキンヘッドのニューカマーがいるが、気にしないでおこう。皆があのミーティングを見て覚悟をもって集まったメンバーであることには変わりない。
「20人中9人と約半数、想定以上に集まったから一安心よ。これで大会も出れるわね」
「確か、最低人数9名なら大会に出場できるんだでしたっけ? ボス」
「そうね。1人でも欠場したら試合できなくなるの。だから、ここにいる一人ひとりが怪我しないようにすること。もちろん、ハードな練習もするけども、無茶はさせないつもりよ。だから、アンタたちも常に心掛けて入念なストレッチは欠かさないようにね」
「「「「「はいっ!!」」」」」
さてと。
「というか、今ナチュラルにスルーしようとしてたけど、1つ確認していいか?ねーちゃん」
「何よメガネ」
「ぐっ……いや、姫路さんを除いて俺たちは8人。それでねーちゃんはメンバー揃ったって言ったということは、残り1人はやっぱりあいつなんだろ?」
「蒼士のこと?」
「俺はメガネであいつは何で名前で呼ぶんだ……いや、そうじゃなくて、そう。そのヤンキーのことだよ! まだ、決着はついてないんだろ、赤坂さん??」
「うん、そだねー」
「それなのに、メンバーの人数に数えるのはどうなのかって話だよ。本当にあいつ、仲間になるのか? 赤坂さんはアイツに勝てるのか? あいつが野球したくないって言ってんのに、それでも無理やりさせるのか?」
「なに、アンタ、蒼士のこと心配してくれてるんだ?」
「それは断じて違うからな……っ!?」
と、メガネくんの顔が赤くなった。
「メガネくんってツンデレ?」
「だから、違うって!!」
「安心しなよ、メガネくん。球磨くんはもっとツンデレだから」
「いや、何に安心したらいいかわからないんだけど……」
「大丈夫、球磨くんの攻略ルートは完璧だから。だから、キミはキミの役割を果たしなさい。ねっ?」
「いや、だから意味がわかないんだけど……」
戸惑うメガネくんから目を逸らしスルーして。
「さ、練習を始めるわよ。ストレッチをしたら簡単に敷地一周してきなさい。それが終わったらキャッチボール。はい、行って」
「「「「「はい!!」」」」」
葵はランニングの時の掛け声どうしようかと悩むのであった。簡単にストレッチをして、2列になって敷地一周する。掛け声は「ファイオー!エイオー!てんも~ん……プラチナ~ふぁいっ!!ふぁいっ!!」などと迷走していた。それで、ランニングが終ればお待ちかねのキャッチボールだ。
初めて白球を手にした者は感動していたり、2人一組になってキャッチボールを開始した。グローブは、持参できる者は持参しているし、持っていない者は道具倉庫の中にある支給用の古いグローブを使うことになった。1人、メンバーがいないのでちょうど8人で割り切れる。葵はソニアと。マシロ先輩はあのニューカマーと。メガネくんは三船と。最後に馬渕と鹿苑でキャッチボールを開始する。
うん、思っていたよりすんなりキャッチボールできている。たまに、暴投が目立つけど、初心者の織部、馬淵、鹿苑もサマになっていた。普通に練習したら、すぐに使えるレベルだ。
キャッチボールも慣れてきたら、互いの距離を広げて遠投に移るのがいいだろう。片方が徐々に後ろに下がり適度な位置で軽く遠投をする。監督としても、誰が肩強いのか確認したいところでもある。葵やソニアはやはり上手かった。マシロ先輩も相手の胸元にコントロールされた球を投げていた。織部は「ふんぬらばぁぁあああああ!!」とか叫んで大暴投していた。結構な強肩だ。まぁ、予想できたことだが、メガネくんは見た目通り身体が華奢な故にそれほど肩は強くない。馬渕、鹿苑もそこまで肩が強くなさそうだ。というか、まだ初日だ。これからである。
三船はやはり中学の時に外野を守っていたこともあり、良いフォームで投げていた。しかし、受け取る側がミスって球が後ろに逸れてしまっていた。太陽の日差しが眩しくて顔を逸らしてしまったのであった。
「黒瀬、悪いべ!!」
「いや、こっちこそ!! すぐ取ってきますんで!!」
そう言って、メガネくんは後ろに逸れたボールを追いかけた。ボールはグランドを飛び出し転がっていく。追いかけて、追いかけて……通行人の乗る自転車の車輪に当たってボールは転がるのをやめた。
そして、メガネくんも走るのをやめて立ち止まった。
「な、なんで……」
メガネくんは当然の疑問を口にした。転がったボールを止めてくれた通行人は例のヤンキーくんだったから。なんでこのタイミングでここにいるんだろうかとメガネくんは困惑した。球磨はしかめっ面でメガネくんと足元にある白球を交互に見ていた。拾うか迷っているようにも見えた。
ただ、メガネくんも近くまでいって拾う勇気がなかった。ヤンキーは嫌いだが、球磨は自己中みたいな凶暴な輩ではないことは知っている。クラスでも普通に話すこともある。世間話をするってわけでもないがな。それでも、あれ?あいつイイ奴なんじゃね?と時たま思うことがある。いつも不機嫌だが。
だから、球磨1人なら戸惑いながらも挨拶ぐらいして球を拾いに行くこともできた。しかし、それをさせない大きな障害があった。それは球磨の後ろの荷台に跨っている金髪ギャルがいたからである。
「チーっス、メガネくん~。元気~??」
「ど、どうも……」
同じ1年F組のクラスメイトにしてヒエラルキーの頂点に立つ女子グループの1人だから、超苦手な1人だから、メガネくんは戸惑い緊張して動けない。しかも、男子と女子が2ケツしているのだ。この2人はカップルのようにしか見えなかった。ヒエラルキーの高いリア充2人だからこそ底辺のメガネくんは、それを見ただけで何か凹むのであった。
そんなメガネくんの心境など知る由もなく、球磨は舌打ちしながらも足元のボールを取ろうと手を伸ばした。指先に引っかかったボールが後ろに転がった。また舌打ちする。だから、それを察して七々扇が代わりにボールを取ってあげた。横着せずに、荷台から降りてかがんでボールを取ってあげた。短いスカートは中が見えそうで、でも見えない。
「ほら、メガネくん。パ~ス」
「え、あ、ありがとう……」
綺麗なフォームでキレイな軌道で胸元にボールが返ってきた。意外だった。七々扇はしてやったりとピースしてみせたりして、メガネくんは不覚にもちょっぴりドキッとした。
「じゃ、またあとでね~メガネくん」
「つーか、ここ駐輪場は?」
「テキトーでいいっしょ。ほら、あっちにいっぱい止まってるし。レッツラゴー!」
「ちっ、めんどくせ……」
2人は自転車を止めにメガネくん達が止めた方まで移動した。メガネくんは、やっと魔女の呪いが解けたかのように、一目散にグランドへ戻っていった。
「たいへんだーーーー!!」
これはたいへんだ。
「敵襲ー!! 敵襲ーーー!!」
「そ、そんなに慌ててどうしたべ……まさか、敵襲って例の女が攻めてきたべか……もう手を打ってきたべか!?」
「あ、いえ、違います。敵襲って言いたかっただけですんで」
「あ、そうなの……」
「なんか、すみません……」
「お、おう……」
なんか、気まずい雰囲気になった。
そして、監督の号令で皆はキャッチボールをやめてベンチまで駆け足ダッシュして集合した。それと同時ぐらいにチャリンコを止めてきた球磨たちもグランドにやってきて、辺りがざわめき出す。
球磨がここに来た自体驚くべきなのだが、隣の金髪ギャルは誰だ?と驚いていたり、ギャルがべったり球磨にくっついている(そういう風にワザとしている)ものだから何名かはショックを受けていた。リア充爆発しろと……
「お、おのれぇ。球磨くんは誘ったけど、そっちの誰かさんは誘ってないんだけどなー」
「あ、葵ちゃん。またちょっと顔怖くなってるよ。スマイル、スマイル~……」
「オー、ソウシはモテモテですネー。シュラバってやつが見てみたいデース。ハーリアップ」
「見たまえ後輩男子諸君。悲しいかな、あれがリア充ってやつだぜ」
「「「くっ……」」」
それでも現実を受け入れることができそうにもない童貞諸君。誰かは膝から崩れ落ちこの世の不条理さを嘆いた。
「あら、七々扇さんじゃない。昨日、ミーティングに参加してくれてたようだけど、野球する気になったのかしら?」
「あーしは球磨の付添人だし。まー気になさらずに……テキトーにベンチで見学させてもらいまーす」
「そ、好きにしなさいな」
七々扇は球磨に一声かけてベンチの方へ移動した。ベンチに座って足を組みさっそくスマホをいじる辺り、野球に興味ないですーって感じの印象を受けていた。
そんな彼らをスルーして、球磨は舌打ちをしてブレザーをベンチに放り投げた。カッターシャツの袖を捲っては、ベンチ横に設置されたバットスタンドから1本、金属バットをテキトーに取り出し、ズカズカとバッターボックスに入った。
そして、素振りをしだした。
「あいつはあいつで何してんだよ……」
「ん、見ての通り素振りよ」
メガネくんの疑問に葵が答えた。何を当たり前のことを訊いてるの、と。
「なぁ、あいつ、なんで不機嫌そうに素振りしてわけ?」
「ん、それはこれから一打席勝負の続きをするからだよ」
「え、なんだって……??」
メガネくんは耳を疑う。何かの聞き間違いであってほしかった。話が急展開過ぎてついていけない。そもそもこの赤毛アホ子についていけてない。常識を疑ってしまう。何かおかしい。絶対におかしい。自由すぎる……というか、1人ユニフォームとスパイクを履いてやる気満々だったのは一打席勝負するためだったのかと、今にして思った。
天文白金野球同好会は普通じゃない。そろそろ不測の事態にも慣れようぜ、メガネくん。
「葵、皆にわかるようにちゃんと説明してあげなさい」
「はーい」
監督に促されて葵は何も知らされていない彼らに説明をした。そこには1人、不敵に笑う少女がいた。今まで見せたことのない少女の一面。この事実を知っている千草だけは思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
「実は昨日のミーティング後に、チーちゃんと2人で球磨くんの自宅まで押しかけて宣戦布告してきてきました。だから、これから1打席勝負の続きするんで、みんな、守備よろしくお願いしまーす!!」
「「「「「な、なんだってーーーー!?」」」」」
もうどこからツッコミを入れたらいいかわかない。だが、一打席勝負の続きが始まる。
「ワンストライクからだったなよ。さっさと始めようぜ」
さあ、決着をつけよう。
夏に咲くスノードロップ ぎる市長 @gill_shityo
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