#貴方の傍らに咲く

はろるど

第1話 桔梗の君

     恋の話をしよう

     あなたの恋の話を

     あなたが恋した桔梗の君




 凜々しい、と思った。


 背筋を伸ばして悠々と歩く姿。さっぱりとした態度。YESとNOをはっきり言えるところ。気品のある仕草。僕はそんなあの人を、斜に構えた態度で見ていた。一匹狼を気取っているだけだと思いたかった。羨ましいと認めたくなかったから。


 メダカじみて意味も無く群れる数多の生徒達の中で、ただ一人優雅に泳ぎ去る虹色のヤマメ。大勢の生徒の中に居ても、あの人の姿だけはすぐに見つけられる。学校という場所が苦手で、ひっそりと片隅で居たり、居なかったりを繰り返す僕には眩しすぎる存在。あいつらがメダカで、あの人がヤマメなら、僕はタニシあたりだろうか。居ても居なくても大差ない、そんな気持ちばかりが募る教室で、うっそりとため息をついた。


 気まぐれな梅雨の空は僕に味方しなかった。体育の授業。うんざりだ。出席すれば身長が伸びるとか、そういう目に見える成果があるならもっとやる気も出るのだけど。べっとりと生ぬるく気道を塞ぐ湿気の中、先生の説明を聞き流す。「次は実習に入ります。ペアを組んで、20分間パスの練習をするように」メダカどもがわらわらと右往左往する。タニシたる僕ははなから自主的に動く気も無く、ぼうっと目の前の狂騒を眺めていた。


 じゃりじゃりと背後から歩いてくる音がする。相手も見ずに、道を空けようとしたが、相手が通り過ぎる気配がない。目を上げると、そこに、あの人がいた。「ねぇ」少女にしては低く、少年にしては高い。そんな声が耳に飛び込んでくる。「ペア、まだ決まってない?」――ペア、マダキマッテナイ?――その音声の意味を理解するまで数瞬かかった。「いや・・・・・・」はくはく、と口を動かす僕の姿は、さぞかし滑稽だったろう。そんな僕を笑うでもなく、凜々しい人はわずかに首をかしげたまま待っていた。「決まって、ない、です」やっとそれだけ答えた。「じゃあ、一緒に実習していい?」こくこく、と頷くのが精一杯。


 大籠から出したボールを手渡す時に指がぶつかる。それだけの事に、ぞくり、と身体を甘やかな震えが走った。指先に残った感触を拭うように、皮肉が口をいた。「賢い選択とは言えないんじゃないかな」とげとげしい言葉の羅列が宙に浮いてから後悔しても、もう遅い。どうにか毒を中和したくて「えと、つまり、ペアに僕みたいなはぐれ者をわざわざ選ぶのは」と続けたが、今度は自意識過剰のようになってしまった。


 途方に暮れてうつむいた僕の視界から、ボールを受け取った相手の姿が消える。


 やっちゃったな。じわじわと周囲の音が遠ざかっていくような感覚。落ち込む気持ちを努めて無視しようと、会話は小説と違って改稿できないのが面倒だな・・・・・・などとうそぶいてみる。


 とぼけるのにも限界が来て、短いため息をついた瞬間。すとん、と手元にボールがやってきた。咄嗟に受け止めると「ナイスキャッチ!」と凜とした声が響いた。恐る恐る顔を上げると、相変わらず涼やかな笑顔がそこにあった。「はぐれ者って言う割に、ちゃんとパスの練習してくれるじゃない」ふふ、と笑う声が、また僕の体温を上げる。「よく図書館にいるでしょ。本好き仲間だと思ってさ。なかなか話す機会ないから、話してみたかった」ひょいひょい、と手のひらをこちらに向けて、パスを要求してくる。


 じわ、と緩む口元を隠すように「僕も」と発声する。「話してみたかった!」まっすぐに飛んでいくボール。しっかりキャッチしてくれたその人の笑顔を、もっと見たいと思った。

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