第5話お決まりの恋物語

 俺は意識を取り戻した。よく分からないが俺はどこかで横になっているようだ。この感覚はベッドの上だろうか。

 真っ暗な視界から目を閉じていることを察して状況を確認するためにゆっくりと目を開ける。

 ゆっくりと視界を開いて瞬きしながら自分の周りを確認する。


 俺はベッドの上で寝かされていた。外を見ると夕日がもう沈みかけていた。あの無

機質な空間ではない。

―。

何となくだけど分かる。ここは俺のいた現実だ。

自分の居場所を再度確認する。俺の寝てるベッド、そして周りに広がる風景、どうやら俺は保健室で寝ていたらしい。何回か入ったことはあるから間取りは分かる。

ここは俺の学校の保健室だ。

何故こんな所にいるのだろう?そもそも俺はあの空間でどうなったんだ?それともあの場所にいたこと、起きたこと、行動したこと。全ては俺の夢だったのだろうか?


少し考えて、まぁその方が納得がいくなぁと思い至った。確かにあの夢には普通の夢じゃないようなリアリティや臨場感はあったけど、あんなことが普通にあったらおかしいとは思う。そのくらいには俺は常識を弁えているつもりだ。

「ふ、ん。」

夢と分かってしまうと少し哀しくなる所もある。あの場所で過ごした少しの時、その時間の間だけでも俺はすごく楽しかったのになぁ。

 いや、楽しいというよりはもっと純粋に生きている実感があったと言うほうが正しい。俺の知らない現実、俺の知らない常識、俺の知らない世界。そんな中に居れたというあの瞬間、俺はすごく自分が生きていると感じられた。自分が世界にいる理由があったと思えた。

 それくらい俺にとっては嬉しい瞬間だったのだが・・・

「夢かぁ。」

報われないなぁ。まぁいいけど、さぁ・・・

 と、なるとだ。俺はどうやってここに辿り着いたのだろうか?えぇと・・・

 確か、帰り道の途中だったはずだ。校舎を出るまではいつもの風景だったことは覚えている。

 窓の外を見る。沈みそうな夕日。そうだ。

 あの夕日が真っ赤に校庭を染めていたことまでは覚えている。となると俺はそこで倒れたのかな。それで誰かがここまで運んでくれた、と。

 まぁありそうな筋書きではある。最もチープで俺の大嫌いな展開ではあるが、それで全てが解決してしまう。そうだったと納得させられてしまう。

 じゃあ、俺は何故倒れたのだろうか?

 そうだなぁ。夢の中で最後に頭を打ちぬかれて意識が途切れて目を覚ましたところ

を考えると、頭に何か当たってそれで意識が飛んだのだろうか?

 何か痕でも残ってるかと思い、頭を探ってみた。

 何処にも傷や瘤らしきものは残っていなかった。加えて痛みなど感じない。本当に何もなかったという感じだ。それならばと他にも身体に異常がないかといろいろ探ってみる。

 だが、何処にもこれと言って痛みを感じるとか不自由を感じるといった箇所も感じられなかった。正真正銘健康体という奴だ。五体満足ここに極まれりといったところだろう。

 じゃあ何だろうなぁ。過労とか?いやいやそんなに俺は疲れてないし、疲れるようなこともしてない。強いて言えば心は疲れていたのかもしれないが(全然うまくない)、

それとこれとは話が違うだろう。

 そうすると単純に貧血とかで倒れたのかな。まぁそれなら誰にでもあり得るし、勿論俺だってそうなる可能性はある。(まぁ今まで倒れたことは一回も無いけど)

 ここまでの状況を整理すると

① 俺は帰り道、校舎を出たところで何らかの理由で倒れた。(分からないけど恐らく貧血)

② それを発見した何処かの親切な誰かが俺を保健室まで運んでくれた。(誰かは知らない)

③ 俺は保健室であの夢を見ながらスヤスヤと眠っていた。(何であんな夢を見たかは知らない)

こんなところか。そうやって考えるとまぁ普通ちゃあ普通の出来事だなぁ。俺が何で倒れたか以外は特に知りたいとも思わない。あんな夢を見た理由もよく分からないが、たぶん俺の深層心理でああゆう展開をどこかで俺が望んでいたということだろう。それが夢という形になって出てきた。そう考えれば何もおかしいことはない。

保健室にある時計を見る。もうすぐ七時になろうかという所だった。俺が帰ろうとした時間は確か五時前だったから二時間もここで寝ていたということになる。やれやれ、とんだ時間をくったものだ。まぁ、そうなったところで俺の生活には何の影響も無いわけだが。


さて、帰るか。特に何も異常なさそうだし、ここにいても何か起こるわけでもなさそうだ。そう考えて、身体をベッドから抜け出そうとしたときだ。

ドアが開く音がした。ここのドアは勝手に開くような構造ではない。ということは誰かが来たらしい。

誰だろう?保健室の先生だろうか?それとも怪我をしたり、具合が悪い生徒だろうか?

ドアを開けた後に聞こえる足音は俺の方へ近づいてくる。俺をここに運んでくれた生徒だろうか?俺の様子が気になって看にきてくれたとか。だったらお礼を言わなければなるまい。どこのどなたかは存じないが、誰であろうと倒れてしまった俺を気遣って保健室まで運んできてくださったお方だ。無碍にはできない。

足音の主は俺の目の前まで来た。そして、俺を見て一言。

「あら、よかった。気が付いたのね。」

その声の主は俺の予想とは違った。この学校の生徒ではなかった。それは見た目で分かる。この学校の制服を着ていなかったから。勿論、保健室の先生だったという落ちでもない。その人物は少女だった。大人ではなく間違いなく少女。俺と同じくらいだろうか。それよりも気になるところがあった。目に行くところがあった。

その少女は薄めの金髪で碧眼だった。

染めて目立つような金色ではなく薄っすらと存在するような綺麗で儚く感じる色。そして、冷たいというよりも暖かさを感じるような碧い瞳を宿していた。カラーコンタクトとかじゃない。純粋な自分の色なんだとその瞳が物語っていた。

最後にそれを形成する器となる顔、それが整っていた。顔が整うといってもその基準は人それぞれあるから正解なんて無いんだろうが、少なくても俺にとっては完璧というくらいに整っていた。

こんな人を俺は知らない。こんな人が生徒にいたらきっと俺は知っている。だから、彼女はここの生徒ではない。

だったら―。

だったら、彼女は一体誰なんだろうか?


混乱する俺を前に彼女は再び口を開く。その声さえも俺の理想であるかのように聞こえる声色だった。

「あんな劇的な戦いの後だから、もう少し目が覚めるまでに時間がかかるかと思ったわ。本当に劇的な結末だったわ。まさか最後にあんな展開になるなんて。

「あら、何の話をしてるのかって顔をしてるのね。まぁ少しは混乱しててもおかしく

ないわ。初めてのゲームの後だったんでしょ?だったらそうなるのも当然ね。しかも最後に意識を無くしてしまったんだからそれも分かるわ。

「あら?私のことをおかしなことを言ってる人だと思ってるのかしら?急に来て何をおかしなことを言ってるんだろうと。気でも狂ってるんじゃないかと。

「でも、あなたも覚えてるはずよ。今日のゲームの全てを、あの空間で起きた戦いの記録を、文字通り命を賭けた争いの内容を。

「うんうん。ようやく理解したようね。そうよ。あれは現実。あそこであったことは本当に現実で起きたことなの。あのゲームは今後も開催するし、貴方達が戦った記録も残されているわ。

「びっくりしているようね。まぁ当然よね。何でそんなことをお前が知ってるのか。そんなところかしら。そうよね。だってあの戦いは二人でしていたはずなんだから。それを顔も知らない人間が知っているのはおかしい。そう思うのは当然の原理だわ。

「うふふ。ごめんなさい。あなたがあまりにも思った通りのリアクションをしてくれるから私面白くって。いや、あなたを侮辱してるわけではないのよ。ただあまりにも素直な人だと思ったから。

「そうね。脱線するのもここまでにしておきましょう。面白いからってあんまりあなたをからかっていると私の信用度も下がってしまうしね。口は災いの元とはよく言ったものよね。じゃあ一つ一つ答えあわせをしていきましょう。

「まず一つ目。さっきも言ったけどあなたが目覚める前までに体験した全ては現実よ。夢なんかじゃないわ。人の望みを叶えるために神が私たち人間に与えた機会。それがあのゲームよ。人と人争わせ最後に残った一人の望みを叶える。その為に、あなた達選ばれた人間は全てを尽くして己の望みのために何処の誰とも知れない相手と命懸けの戦いをする。その認識でいいわ。そして、あなたは今日初めてそのゲームに参加した。まぁ選ばれた者だから遅かれ早かれゲームには参加しなくてはならないのだろうけど。あなたにとってそれは今日だったということね。そして、あなたはあのゲームの最後で意識を失ってしまった。

「そうね。意識を失ってしまったの。じゃあ勝敗はどうなったんだ?意識を失って自分は負けてしまったのかってことよね?そうね。自分の証の在った場所を確認してみたら一番分かるんじゃないかしら?

「驚いているみたいね。うん、分かるわ。そう。あなたの証は残っているのよ。

「あのゲームであなたは負けてないわ。

「じゃあ、どうなったのかってことよね?そうね。それも当然の疑問。私が説明する

けど、これは嘘じゃないわ。信用してね。あなたはあの戦いで引き分けたの。引き分けも引き分け。そう、イーブン。まったくのプラマイゼロよ。あの戦いであなたは勝ってもいないし、負けてもいないわ。だから、相手もまだ残ってるわ。また、戦うこともあるかもしれないわね。

「まぁ、納得がいかないのも分かるわ。何で自分が意識を失ったのに負けていないのか。何故、相手は自分の証を奪わなかったのかってね。そうよね。だってあの戦いは相手の証を奪えばそれで勝敗が決するのだから。だったらそれをしないのはおかしいわ。

「でも、もう少し考えてみて。あなたは最後に拳を振るった。全力でね。それも学校の屋上からの重力も乗った状態でね。あれには私もびっくりしたわ。まさかあんな方法で奇襲をかけるなんて私だったら考えもしないことだったから。あっ今のは単純に私の感想ね。人が考えも付かないことをするっていうのは、奇襲としては必要なことよ。だからあなたのしたことは多分間違ってないわ。少なくてもあの状況ではあの行動が最善の判断だったのかも。

「えっと、また話が逸れたわね。つまり、あなたが全力をかけた一撃。それは確実に相手に届いた。それはあなたも分かってるんじゃない。自分の中で手ごたえはあったんじゃないかしら?まぁその後は覚えて無くてもしょうがないわ。あなたはそれと同時に意識を失ってしまったんだもの。

「それじゃあ、結果の話をしましょう。あなたの拳は相手に届いた。これ以上なく深く、鋭くね。そして、それと同時にあなたは相手の攻撃を受けて意識を失ってしまった。二時間も寝込むくらいに深く意識をシャットダウンした。この事実から導き出される答えは一つよ。両者共にノックダウン。つまり、あなたと相手は二人とも同時に意識を失ったのよ。戦闘続行不可ね。戦闘続行の意志を持つ人間はその時点でいなくなってしまったの。誰も、ね。

「嘘みたいな話でしょう?でも、本当のことなのよ。だからこそ、あなたの証は残っている。これがこの話の根拠。どう?納得してくれたかしら?

「そう。納得してくれたのなら助かるわ。私としてもこれ以上聞かれても何も言うことはできないから。私は唯事実としてこのことを述べているだけよ。起こった事を在ったまま話しているだけ。私見も脚色も加えてないわ。

「あは。そうよね。なんで、私がこんなポッと出の脇役みたいな何処の誰とも知らない人間がそのことを知っているのか。そういうことでしょう?確かにその疑問は当然だわ。でも、その答えもちゃんとあるのよ。勿論、私が神で全てを把握してたとかそ

ういう落ちではないから安心して。

「じゃあここで二つ目ね。何故私があなた達の戦いの行く末を知っていたのか?その理由を話しましょう。そもそもとしてあの戦いは自分達の戦いだ。どちらかが勝てばゲームは終わる。あなたはそう考えていたんでしょう?

「そうね。頷くのも同然だわ。だってあの時に見た人間は相手の人間唯一人だったんだもの。そう思うのも当然。基本的にはあなたに落ち度はないわ。でも、そう。

「基本的には。

「あなたは無意識のうちに見逃しているのよ。そこに他の誰かが、つまり第三者がいたという可能性をね。自分の目で見てなければ分からないものよね。人間はそこに誰かがいると自分が気付かなければ、そこには誰もいないものとして処理する。そもそも初めから誰もいなかったとそう錯覚する。そういうものよ。自分に影響しなければそれはいるもいないも変わらない。だからあなたは、自分達二人以外の人間をいないものとして考えた。二人だけの決闘だとね。

「でも、残念なことに現実はそうではないのよ。この世界はそういうものよ。自分と関わらない人だって生きてるし、そこに存在してる。ただ、自分がそれに気付いてないだけ。見えなくても感じなくてもそこに人間は存在する。それは自分に関係してないだけ。でも確かに自分に関係しないというのであればいなくても変わらないって言うのはあるわね。自分に関わらない人間のことを考えても仕方が無いもの。そういうことをするのはよっぽどの物好きか。よほど自分に余裕がある人間。そういう立場に無いと感心なんて起きないわ。

「いろいろと長く話を述べてしまったけど、ここで大事なことは最後の点よ。物好きで余裕がある立場。そういう人間でなければ他者のことなんて気にしない。あなた達はその意味でそんなに物好きではなかったし、そもそもとして余裕が無かった。当然よね。だって目の前に自分の敵が敵意むき出しでそこに在るんだもの。余裕が無くて当たり前。逆に余裕があったら私もびっくりするわ。

「ごめんなさい。話が長くなってしまって。でも、私こういうのって大事だと思うのよね。事実を説明するならちゃんと一つ一つ丁寧に明かしていかないと。ほら、名探偵の台詞でもあるじゃない。不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なものであってもってやつね。だから、その可能性を全て語っていくことで筋が通るんじゃないかってね。

「話を戻しましょう。この場合の不可能っていうのはあなたやあなたの戦った相手がその真相を知っていたのかという点ね。答えはノー。不可能だわ。両方共にそうなるだけの理由というかアリバイがあるのだから。あなた達はお互いに最後は意識を失ってしまった。ならばこの物語の末を語ることはできないの。あなただってそうでしょう?それともあなたは知らないうちにその真実を私に語っていたのかしら?それはそれで面白いけど残念ながらそうではないわ。

「じゃあ、その次の最後に残ったものがっていうのは何だろう?って点よね。何故このことを詳細に私が語れるのか。その答えも全てこの一言で解決するわ。何故なら

「私がそこにいたから、よ。

「あは。びっくりしてるわね。まぁそうよね。だってあなたは私の姿を見ていないんだもの。驚いて当然ね。でも、他に可能性が無い以上、それは否定できないでしょう?私はあのゲームの空間にいたの。文字通り初めから終わりまで終止ずっとね。だから、あなた達が何をしていたのかも語ることができる。そして、あなた達が知らない先までも語ることができる。ここまではいいかしら?

「うんうん。分かってくれたみたいね。でも、同時に疑問も出てくるはず。自分が体験したあのゲームという世界は本物だった。そして、それは引き分けだった。自分と相手は両者共に意識を失い、戦闘続行の意志が無くなった。そしてそれを第三者である誰とも知れない人間、つまり私が見ていた。じゃあ私は一体何者なのか?

「当然の疑問だわ。この疑問に至らないというのなら愚かもここに極まれりといったところだけどあなたはちゃんと疑問に思ってくれているようね。それならこちらも語り甲斐があるというもの。

「じゃあこれが最後の三つ目よ。私が一体何者なのか?その点について答えましょう。それにはまず語るよりも目で見てもらったほうが早いわね。よっと。

「あーあー。目を覆わなくても大丈夫よ。別に私もやましいことをしようとしているわけではないわ。それより、ちゃんと見て確認して貰わないと話が進まないから困ってしまうのだけど。

「よしよし。ちゃんと見えてるかしら。びっくりしたでしょう?でも当然のことなのよ。だって。

「私が証を持っていなければ話の筋が通らないのだから。

「何故かって?当然よね。だって証が無ければあのゲームに参加するどころかあの空間にいることすら不可能なのだから。であれば証を持っていること。それが当たり前のことであり最低限に必要なことである。それはあなたも知ってるでしょう?

「だから、あなた達のゲームの退く激写である人間の私は証を持っていなければならないのよ。そうしなければそもそもこの話は成立しないわ。あの戦いは人間一対一で

はなく一体一対一で構成されていたのよ。

「ん?そうね。何故私があのゲームにいて勝利者になっていないのが不思議なのかしら?まぁそうよね。自分達二人が気絶したことを知っているのに何故証を奪わなかったのか。何故ゲームは終わっているのかってことよね。

「正解を言いましょう。その事実として言えるのは私に戦闘続行の意志が無かったから。自ら勝負を投げたから。まぁ不戦敗って奴ね。まぁ負けてはいないのだけれど。それでも、私は勝つことを拒否したのよ。あの戦いで私は勝利を目的としていなかった。

「そんなことが許されるのかですって?許されるわ。始めに管理者が言ったでしょう。ゲームは対象者全員の戦闘の意志が無ければ終了されるって。唯一の最後に残った私に戦闘の意志は無かった。だったらそこで戦闘は終了よ。特殊なケースだけど立場によっては結構ありえる話だからあなたも覚えておくといいわ。

「じゃあ一体私は何の為にあの場所にいたのかしら?あのゲームは選ばれし者同士の決闘の場所よね。あそこにいて勝負以外に何かするべきことがあるのか?そもそもとして初めから勝利を望まないのであれば始めから脱落してれば良かったのではないか?とも言えるわね。

「まぁこれも説明していくのだけれどまず始めに脱落するという案だけれど、これは不可能なのよ。誰かに戦闘続行の意志がある以上、ゲームの中にいる人間は自らの意志だけでゲームを終わらせることはできないわ。終わらせるためにはゲームの中にいる人間全てが戦闘の意志を放棄しなければならないの。だから私はあなた達の決着が着くまであの空間にいた。

「疑問に思ってるわね?何でそんなことをしたのだろうと。だってリスクが高すぎるものね。自分が狙われる可能性だってある。それなのに何故私はあそこに居続けたのだろうかって感じかしら。

「でも、逆にこうも考えられるわよね?自分と同じように急に巻き込まれたんじゃないか?実は戦うつもりもなく理不尽にあの空間に連れ込まれてしまったのではないか?それで息を潜めて隠れていた。事が終わるまで自分を守ることに徹していたのではないか?

「それはそれで一つの考え付く解答ではあるわ。勿論そういうこともあるでしょう。でも、だったらおかしくもあるのではないかしら?だったら何故私はあなた達を観察するような真似をしたのかしら。自分の見つかるリスクだって格段に上がるわ。だったら、もっと徹底的に隠れるべきだし、そもそもあなたに説明しにくる必要が無いのよ。だってその場合私はいなかった人間として処理されたいのだから。私がこうやって表に出てくるリスクを払う必要は無いわ。それにそれならば二人が意識を失ったことを知った時点で証を獲りに行かない理由もよく分からなくなるわね。何で自分のリスクを増やすような行動ばかりとってるのかおかしいでしょ?

「ふふ。頷くのね。あなたはやっぱり素直な人だわ。でも、だったらちゃんと説明しないと分かって貰えないわね。何故私があんな行動を取ったのか。その理由をね。

「さぁ何故でしょう?私は何故そんなリスクが高い行動を取ったのでしょうか?

「―。

「思いつかないかしら。まぁしょうがないわね。あなたほど素直に考える人なら分からなくても無理は無いわ。それにあなたはゲームにまだ慣れていない。そもそも私だって大分リスクが高いとは理解してるし、あんなにうまく事が進むなんて思っていなかった。今回の結果は私の想定していたところもあったけど、結果的にはそれ以上に成果があったと思っているわ。

「私があの場にいた理由を端的に述べるなら調査よ。何の調査か?それは勿論、相手となる能力者の調査。自分の相手となる人物の能力を調べて情報として持っておくということは十分なアドバンテージになるわ。それを知っておくことでその対策を練ることができる。そして、その対策を持った状態で相手に挑めるんだもの。これ以上、有利なことは無いわ。だから、私はあの場での露出を避け、相手を観察することに徹した。それで、あなた達のことを良く知ることができたわ。どう?これだけでも結構な理由になるでしょう?

「でも、それだけでは説明としては不足してるわ。何か足りないわよね?いや、やりすぎてるというべきかしら?

「言うなれば蛇足。

「どう?あなたはどう思う?

「うまく行き過ぎてる?それは何にかしら?それよりも誰に?と言ったほうが正しいのかな。

「・・・自分に?うん。正解よ。この状況はあなたにとって益がある。そして、私にとってリスクがある。だってそうよね。今までの話が本当なら今ここであなたにそれを教えるメリットが無い。むしろデメリットだわ。私という存在を、新しい能力者の存在を知らせてしまっているのだから。

「そうね。でも、それは必要なリスクだと思っているわ。私は望んでこの状況にしたの。それは私にはこれが私にとって利のあることだと思っているから。いや、利のあ

ることにしたいと思っているからかしら。

「これから本題に入ろうかと思うんだけどその前に一つ言っておくことがあなたにあるわ。

「王子日馬くん。

「驚いた?ふふ。その顔だけで分かるわ。あなたの名前はゲームが始まる前から知っていたわ。勿論、相手の名前も。

「何で知ってるのか?それは残念だけど今のままでは教えられないわ。少なくてもあなたが私の提案を呑んでくれるまでは。

「提案。そう、あなたに私から提案があるの。王子日馬くん。

「私と手を組んで下さらない?」


 彼女はそう言って笑顔で俺に手を差し出した。まるで握手を求めるように。

 俺は混乱した。彼女の言ってることは多分正しい。正しいのだけれど、展開が急すぎて頭に入っていかなかった。それに俺の名前を知っていた。彼女には秘密がある。ただの秘密ではない。このゲームの根幹に繋がるかもしれない何かだ。大して俺は彼女のことをまるで知らない。

 そして、それ以上に混乱していたことがもう一つあった。目の前にいる金髪碧眼の少女。

彼女があまりにも魅力的過ぎた。

馬鹿な話だと思うだろう。自分の命を狙われるかもしれないゲームに関して情報を話していた彼女。俺はその話だけ聞いていれば良かったのに。俺は彼女の声に、そして彼女の姿に見蕩れてしまった。

生まれて初めての感情だった。

そして、混乱したまま俺は彼女の提案に言葉を返す。

「一つ条件を出してもいいですか?」

彼女は笑顔の崩さない。

「いいわよ。できる範囲でなら対応するわ。」

その答えに俺は息を飲み言葉を紡ぐ。

「あの、その。」

うまく言葉が出ずしどろもどろになる。でも、結局俺は言ってしまうのだ。しかも、結構大き目のボリュームで。

「あの、手を組む代わりに俺と付き合ってください!」


 沈黙が流れた。時間としてはそんなに長くは無かったのかもしれない。だが、それは俺にとってとてつもなく長い時間に感じられた。

 時間があるということは考えることができるということだ。思考が回る。何でだ?

 何で?何で?何で?

 何で俺はこんなことを言ってしまったんだ。俺はすぐに後悔した。おかしいだろう。何でさっきの話からその流れになる?こんなのどう考えたって俺がおかしい奴じゃないか。彼女が説明してたのはゲームについての事情だ。このゲームという争いの仕組み、そして俺の取った行動について。さらにその上で自分と手を組むということがメリットがあると見せてから交渉のテーブルに着いた。

 だというのに、俺は一体何をしている?これじゃあ相手の話を全く理解してないと思われても仕方が無い。仮に理解した上で俺が条件を出したと思っているならそれこそ不気味な奴じゃないか。

 でも、しょうがなかった。しょうがなかったのだ。俺は本能的に彼女に惹かれてしまったんだ。こんなことするなんておかしいなんて分かってる。でも、こんな状況じゃなきゃ彼女と出会えなかった。こんなチャンスは無かった。だったら、言うしかないと思った。

 たぶん、俺は嫌われるだろう。よくて何言ってるのか理解されないで済むレベルだ。最悪なのはここで彼女との縁が切れてしまうことだが、縁は残る。

 だって同じ能力者だから。

 でも、ここで断られて次会う時に気持ち悪い目で見られても嫌だな。俺の初恋は無残に砕け散り、深い傷が残るだろう。やっぱり言わない方がよかったかなぁ。何も言わずに素直に受けておけば、そのまま彼女の隣にいられたかもしれないのに。何で言ってしまったんだろう。俺にもっと理性があれば。少なくとももう少し賢ければよかったのに。何で俺はこうなんだろう。あー自分が嫌いになりそうだ。

「ふふふっ。」

俺が壮絶な自己嫌悪に陥ってたときだ。

「ふふふっ。あはははははははっ。」

笑い声が聞こえた。言うまでも無い。その笑い声の主は目の前にいる彼女だ。彼女は大声で笑っていた。何なら笑いすぎておなかが痛いのか手で押さえてまでいる。

 やっちまった。これはアレだな。変なやつだと思われたパターンだ。

多分この後は「何言い出すのあなた?頭大丈夫?」とか「話聞いてた?あなたその台詞もう一回言ってみて?」とか「面白いわ。あなたの脳細胞ってどうなってるのかしら?分解してみてみたいわ。あっ、あなたの顔は二度と見たくないけど。」とか言われる。罵られる。

俺の初告白は無残に散る。あー、切ないなぁ。世は残酷だよなぁ。

俺が悪いんだけどさ。こんな展開にした俺が悪いんだけどさぁ。でもさぁ、ちょっとは期待するよなぁ・・・

いっそ殺してくれと言わんばかりの絶望感溢れる気持ちで俺は彼女の返答を待った。っていうかもう聞かずに帰りたいくらいだったけど、動く気力すら出てこなかった。

「はははははっはははっ、ははっ、はぁ、はぁ、あー面白かった。」

彼女はやっと笑うことを止めてくれた。さぁ来るぞ。構えろ俺。どんな返答が来ても平静を保つんだ。間違っても決して泣いてはいけない。俺が悪いんだ。俺はこんなことで泣く子ではない。めげない。しょげない。無いちゃ駄目。俺は強い子だ。

「いやー、ごめんなさい。笑ってしまって。こんなに笑ったのはいつ振りかしら。」

すいません。俺が悪いんです。

「あなたの返答があまりにも予想外のものだったからつい。」

はい。そうです。俺の言葉が間違ってました。

「あなたは本当に面白い人ね。変わってるわ。」

そうです。変な奴なんです。だから、見逃してください。せめて、せめてとどめはやさしくお願いします。

 彼女はそう言うと差し出した手を下げた。そして―。

 改めて手を差し出した。

「いいわ。よろしくね。日馬くん。」

えっ―?思考が追いつかなかった。今、いいって言ったのか?俺の告白に対してオーケーと言うことなのか?

「それって・・・」

俺は自信が無くて弱気に彼女の真意を聞こうとした。

「だから、あなたとの交際をすることにしたわ。それでいいんでしょう?」

なんということだ!俺の告白が受け入れられた。やってみるもんだ。まさか、こんな良いことがあるなんて。でも―。

「どうして、俺と付き合ってくれるんですか?」

彼女は手を差し出したほうと反対の手で口に指を当てる。

「付き合うことになった後にどうして?なんて聞くのは野暮な話よ。あたしがあなたを気に入ったから。それ以外に理由が必要かしら?」

そう言ってウインクした。

 その顔が可愛かった。めちゃくちゃ可愛かった。何だろう。俺の中の何かが変わった気がした。女子のウインクと言うのはこんな破壊力を秘めているものだったのか。

 俺はおずおずと手を差し出された彼女の方へ出す。俺の差し出した手を彼女はしっかりと握ってくれた。とても暖かくて、嬉しくて、そして照れくさかった。

 まさか、交際する女生徒の初の手つなぎイベントが握手になるとは。世の中分からないものだ。

「よろしくお願いします。えっと・・・」

「私の名前は白雪姫乃。よろしくね。王子くん。あぁ。恋人だから名前で呼んだ方がいいわね。じゃあ日馬くん。それとも、ダーリンって呼んだ方がいいかしら?」

そう言って彼女は悪戯っぽく微笑む。・・・可愛い。

「あと、敬語は要らないわ。恋人同士だし、何より私達同い年だから。」

そうだったのか。

「じゃあ、いいかしら?私達は協力者で恋人関係。私とあなたは一蓮托生のパートナーね。」

パートナー・・・

「はい。よろしく。姫乃さん。」

「ふふっ。硬いのね。日馬くんは。気軽にハニーでもいいのよ?」

「えっと、それは、その慣れてからで・・・」

流石にいきなりハニーとは呼べない。どんなアメリカンコメディーだ・・・

「まぁそうね。何事にも順序が必要よね。でも、姫乃さんじゃなくて姫乃ちゃんって呼んで欲しいな。そうすれば私も日馬くんって呼びやすいし。」

うーん。

「じゃあ、姫乃、ちゃん。」

「えぇ。日馬くん。これからよろしくね。」

彼女はまた微笑む。沈んでいく夕日に照らされて彼女の顔がとても綺麗に見えた。

 これが、俺と彼女の出会いと始まり。忘れられない俺の記憶。

「じゃあ、行きましょうか。」

彼女は俺との手を離し、何処かへ行こうとする。行く?どこにだ?俺が悩んでいると彼女は驚くべき言葉を発する。

「これから私たちが行くのは、私の家よ。」

えっ?今何て?


俺はこれから彼女の家に行くらしい。まさか、彼女ができた当日に彼女の家行くことになろうとは。事実は小説より奇なりという言葉があるけど、まさにそれだと思う。

あれから、保健室を出て学校の裏口に向かうと、一台の車が止まっていた。聞いてみるとどうやら姫乃さんの家の車らしい。

姫路さんは

「じゃあ後ろに乗ってくれるかしら。」

と俺を促す。俺は恐る恐る車に乗る。何せその車は黒塗りの高級車なのだ。こんな車乗ったこと無いし、めったに見ないぞ。

「よろしくお願いします。」

そう言って運転席の方に目をやると、初老の男性がハンドルを握っていた。姫乃さんのお祖父さんだろうか。姫乃さんも車に乗り込む。そして一言。

「爺や。車を出して。私の家まで。」

「はい。畏まりました。お嬢様。」

爺や、爺やって言ったぞ。ってかお嬢様って。この車と言い爺やという執事の存在と言い、姫乃さんは一体何者なんだ?きょろきょろしている俺を見て彼女は

「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。それに私のことも私の家に来たらちゃんと説明するから安心して。」

とにっこり笑って言う。

 うーん。大丈夫なんだろうか。何だか今はその笑顔が逆に怖く感じる。告白とにしたって、彼女の家に行くイベントにしたって、何だかうまく行き過ぎてる気がする。本当に俺は姫乃さんと恋人になれたのだろうか?


 そして、車が止まり彼女の家に着いた。道中では緊張と不安であまり会話が無かった。偶に爺やと姫乃さんが会話してるぐらいだった。車を降りて周りを確認するとそこは高級住宅街の一角だった。

「私の家はここよ。」

そう言う姫乃さんが示した家も相当大きい。一体何の仕事をしていればこんなに大きな家に住めるのだろうか?俺には見当もつかなかった。

 門をくぐり姫乃さんの家へと入る。中の様子も相当広かった。それだけではない。よくテレビで放送されているような豪華な家具がところどころに見受けられた。本当にすごい家だな。改めて、そう感じさせられた。

 あまりの豪華さにどうしていいか分からずオロオロしている俺を見て隣にいる姫乃さんは言う。

「驚いた?でも、金持ちの家なんて大体こんなものよ。」

そういうものか。ってかやっぱり姫乃さんはお金持ちだったのか。まぁ黒塗りの車やら爺やの存在で薄々感づいてはいたけどやっぱりそうか。

「まぁ、こんなところはどうでもいいのよ。用があるのは私の部屋。案内するから着いてきて貰える?」

そう言って姫乃さんは歩を進め、俺はその後に続く。告白していきなり彼女の家に行き、その上彼女の部屋に入れるだと・・・

一体俺の運はどうなってるんだ。これがモテ期って奴なのか。ついに俺にもその時が。いや、まだ安心するのはまだ早い。こんなにうまくいってることに少しは疑問も持たないと。姫乃さんは何で俺をここに連れてきたのだろう?ここじゃないと駄目な理由があるのか?それとも単純に俺を連れてきたかっただけなのか?

考えてはみるが、答えは出ない。どうやらこのままついて行くしかないらしい。なるようになれだな。出たとこ勝負でいこう。

大きな階段を上がり、廊下を少し歩いたところで姫乃さんは止まった。その目の前には一つの扉があった。

「ここが私の部屋よ。」

姫乃さんは俺に説明した。人生で初めて入る彼女の部屋。一体どんな空間になっているのだろうか。緊張で胸が高鳴る。

「じゃあ、入るからついてきてね。中に入ったら少しびっくりするかもしれないけど、ちゃんと説明するから安心して。」

彼女は扉を開けて中に入る。俺もそれに続く。


 彼女の部屋。俺はてっきり姫乃さんの容姿や今までの様子からお金持ちの女の子の部屋みたいなものを想像していた。もしくはもっとファンシーで女の子っぽくぬいぐるみとかがいっぱいあるようなかわいらしい部屋。あと考えられるのはごみがいっぱいあるような部屋。あんまり考えたくないが、びっくりするかもしれないって前置きしている所からそんなこともあるかもと思っていた。そのくらいの可能性の覚悟はし

ていた。

 でも、そんな覚悟は全く甘かった。部屋に入った俺が見た景色。これは・・

「驚いた?ここが私の部屋。そして、私の拠点。ようこそ。私の家族や爺や以外でここに入ったのはあなたが初めてよ。」

彼女がそう説明したこの部屋は普通の部屋ではなかった。少なくても普通の人間が住むのに必要な環境ではない。

 彼女の部屋。その中にはおびただしい数のディスプレイ。その一つ一つに全く違う画面が表示されていた。更にそのディスプレイを起動させるのに必要な機器がまるで要塞のように部屋の一角に聳え立っている。

 ここが、彼女の部屋?一体何でこんな部屋に姫乃さんはいるのだろう。それにさっき拠点って言ってた気が。ディスプレイをそれぞれよく観察してみるとそこに映っているのはSNSや情報サイト、掲示板等でそれぞれ全く別の類だ。規則性は無いように見える。ネットサーフィンが好きとかそういうレベルではない。ここは管制室のような洋裁を呈している。

「まぁ、そういう反応になるのは予想してたわ。だってここはあまりにも異常だものね。」

言葉が出ない俺に向かって姫乃さんは更に言葉を続けた。

 確かに。異常と言うしかない。これは普通じゃない。それが姫乃さん自身にも分かっていると言うのなら何故彼女はこんな風に創ったのか。

そして、何故俺をここに連れてきた?

「そこに腰掛けて。」

彼女が指し示す先には向かい合わせのソファがあった。間には高価そうなテーブルが置かれている。俺は言われるままにソファに座る。

 俺が座った後に、彼女は向かい側の席に腰を下ろす。

「さて、何から説明したものかしら。」

姫乃さんは指を口に当てて、目を上に泳がせて考えるような仕草をする。俺としても聞きたいことはいっぱいあるが、何から聞けばいいのか分からない。ここは素直に彼女の返答を待つことにしよう。

 しばらく待った後に姫乃さんは俺の方を見て口を開いた。

「えっと。そうね。とりあえず、今まで見てきて分かったと思うけど私の家結構お金持ちなのよ。」

そこから言うのか。まぁ、確かに見てれば分かる。普通の家じゃこんなの考えられな

い。豪邸に、黒塗りの高級車、おまけに執事付きまできた。ここで俺と同じような一般人と考える方がどうかしてる。

「父がネット関係の社長で事業を立ち上げていて、それで私の家はこんな感じになってる。」

なるほど。社長の娘と言うことか。ならばお金があるのも納得がいく。ネット関係ってことはこのディスプレイの数々もそれに関係があるのか?

「母も秘書として父に付き添っていて、二人とも優秀な技術を持っているわ。だから、私にもいろいろなことを教えてくれたし、勉強もしてきた。」

ふむ。姫乃さんもネット関係について知識を持っているということか。そして、今も勉強中と。つまり、この部屋でも勉強をしている?

「今の時代はすごいわ。部屋にいるだけでもかなりの量の情報を仕入れることができる。誰が何を好きで嫌いで、何に楽しんでいて悩んでいて、何ができて何ができないかを知ることができる。」

確かに。俺もケータイとかでしかあまりネットは使わないが、今の情報のやり取りの速さは昔とは格段の違いだろう。それに伝える手段や調べる手段も充実している。文明の発展が著しい現代だなとは思う。その発展を姫乃さんは十分に利用してその利便さや壮大さを理解し、実感しているのだろう。そうやって考えると自堕落に生きてきた俺とは全く違う人生を歩んできたんだなぁと感じる。

「私の自分語りに付き合ってもらってごめんなさいね。ついつい、自分の好きなことになると熱くなってしまって。」

「いやいや、いい事だと思う。俺には無いものだったからそういう話が聞けて嬉しいし。」

「そう?ありがとう。で、この話が今の私達にどう繋がって行くのかって話なんだけどね・・・」

姫乃さんは話を一旦止めて近くにあったノートパソコンを持ってきた。そして、パソコンを少し弄った後に俺の方に画面を向ける。

「これを見てもらえるかしら。」

俺は言われるままに画面を覗く。何だろう?何かの文章か。文字がいっぱい書かれている。よく確認してみると、それは単語の集まりのようだった。いや、単語じゃない。これはたぶん名前だ。名簿のように何人もの名前がそこに並んでいた。よく見ると五十音になっているようだ。藍浦、相川、相羽、青池・・・その後も順番に名前が書かれていた。

 しかし、これは一体何のリストなのだろう?俺が見てもピンと来るところは特に何もないのだが。

「分からないかしら?じゃあここを見て。」

姫乃さんは画面の一つを指差す。そこにも一人の人物の名前が書かれていた。

 んん。王子、日、馬・・・

 俺は言葉を失った。

「驚いた?じゃあそのままここも見てもらえるかしら。」

姫乃さんは再び指を動かし、また一つの場所を指差す。俺は驚きのままにその指先を追う。今度は名前ではなかった。彼女が指差した場所。それはこの名簿の題名に当たる部分だった。俺はそれを見て更に驚愕することになった。

・能力者一覧表(随時更新)

 びっくりしすぎて少し震えてしまっている自分がいた。能力者一覧表だって?じゃあここに名前が載っている人間は全て能力者ということなのか?こんなにいっぱいいるのか。軽く数えるだけでも百や二百はいる。しかも、随時更新と言うことは更に増える可能性があるということだ。

 でも、おかしい。俺はここで肝心な疑問に気付く。

 何故、姫乃さんがこんな情報を持っている?

 このリストがあるならば俺の名前を知っていることも納得がいく。いくが、逆に何でこんなものがあるんだ?俺は他の能力者の詳細など聞いていない。もしかして、管理者が教えてくれるのか?

 思わず頭の中で管理者に問いかける。

―管理者。他の能力者の詳細を教えてもらえるか?

すぐに返答が返ってくる。

*否です。それはできません。それでは公平なゲームが行えなくなってしまいますので私の口からお答えすることはできません*

無機質な機械音のような声で淡々と事実を述べる。

 でも、それじゃあこのリストは管理者から聞き出したものではないのか。だったら姫乃さんはどうやってこんな情報を・・・

「姫乃さん。これは―。」

「そうね。」

姫乃さんはニッコリと微笑んだ。

「いい反応よ。あなたは人に話させたがる才能があるのかもしれないわ。適度にもの

を知らず、そして頭が回る。語り手としてはとても心地いいわ。」

そう言って手を胸の前に合わせてポンと叩く。

「じゃあ、答えを教えましょう。」

俺に教えてくれるらしい。一体どんな方法を使ったというのか?

「さっきも説明したけれどネットと言うのはすごいものよ。人と人との情報が行きかっている。正に情報の海という感じね。その中から必要な情報をサルベージするの。」

「?」

よく分からない単語が出てきて分からなくなってきてしまった?情報の海?サルベージする?一体どういうことだ?

「つまり、分かりやすく言うと私が欲しい情報。今回の場合で言えば誰が能力者であるか。その情報を見つけて精査し収集するの。そうしてできたのがこのリストということよ。」

能力者の情報。そんなものがネットに流れているのか?まさか、自分が能力者なんて自分でカミングアウトするような人間がいっぱいいるとは思えない。それは、少しはいるかもしれない。自分が他人と違う立場に立てた。それは優越感も伴う人もいるだろう。

 それにしても、だ。この量は多すぎるそれに俺はそんな情報をネットに流した覚えは無い。それなのに俺の名前がここにある。それは一体どういうことだ?

「まぁ、あなたが思ってることも分かるわ。こんなにたくさんの人が自分で申告して情報を載せているのか。つまり、第三者に提供しているのかって話よね。でもね。ネットと言うのはそういうものよ。自分が望む望まないに関わらず、情報は流れる。プライバシーの侵害なんて問題はネットの中ではとても意識が低くなりやすい。だから、あなたがその情報を流して無くても、誰かがあなたのことを気にして情報を載せる可能性だってある。本人の意思なんて関係ない。第三者なのだから。そして、それを批判する人もあまりいない。だってその情報を見るのだって全く関係ない第三者が多数なんだから。」

そこまで話して姫乃さんは一旦話を止める。

「どう?ある程度分かってくれたかしら。」

「まぁ。」

何となくは分かった。つまり、俺の情報も他の誰かがネットに流していたということか。そうやって考えるとネット社会って怖いな。自分の情報がどこで誰に見られてるかなんて分かったものではない。

「でも、そんなにはっきりと人物の特定なんてできるものなの?」

俺は聞いた。だってここにあるのはフルネームの名簿だ。しかも、姫乃さんは俺の顔を見て名前を当てた。つまり少なくても名前と顔の情報を知っていた。更に言えば俺があの高校にいることも知っていたことになる。

「確かに。いいところを突くわね。ネットの情報なんてそれこそ臆や兆を越えるくらい軽くあるし、その情報に信憑性があるかどうか分からない。」

そうだ。ネットに嘘を書く人だっている。それにそんなにうまく自分の欲しい情報が集まってくるわけじゃない。能力者、情報なんてキーワード入れて検索したって俺の情報なんて絶対に出てこないだろう。それは他の能力者にも言えることだ。

「だからこそのこの部屋なのよ。」

姫乃さんは部屋に手を回して言う。俺もそれに釣られて周りを見渡す。たくさんのディスプレイ、SNSや掲示板の数々。

―。

「まさか、ここから情報を?」

姫乃さんはしたりとばかりに頷く。

「正解よ。そのまさか。私はここでネットの中をいろいろ潜って情報を集めてる。勿論ハズレもあるし、特定できない場合もあるけどそこは私の技術で何とかしてるわ。こう見えて結構私すごいのよ。」

姫乃さんはおどけて笑う。

 それはすごいなんてレベルじゃない。普通に考えられる常識をはるかに超えてる。元々、見た目からして普通の人じゃないと思っていたけれど、中身は桁違いだ。一体どんな努力をすればこんな人になれるのだろうか。

「怖い、かしら?」

姫乃さんは静かに言った。その顔は薄く微笑んでいる。彼女の表情からその感情を読み取ることはできなかった。

「素直に言っていいのよ。こんな所に連れ込まれて真実を知り、自分の情報すら丸裸にされていることを知る。そして、それができる人間がいる。私は情報を操作し、それを利用することができる。それを止めるつもりはないわ。それは、私にできることだし、私がしたいことでもある。でも、他の人はどう思うかは分からない。自分の秘密を知られるのが怖い人もいるし、情報を操作できる人間が近くにいることだけでも恐怖を感じる人もいる。」

姫乃さんは淡々と述べる。依然として微笑んではいるがその視線は少し沈んでいた。

「だから、あなたがどう思っているのか知りたい。あなたはどう思う?あなたはこの事実を知っても私と組みたいと思う?私と一緒にいたいと思う?私と、私と恋人になりたいと言える?」

彼女は言った。気が付くと彼女の視線はこちらに向いていた。真っ直ぐに俺を見て返答を待っている。

 俺は少し考える。ここで曖昧な答えを返すのはよくない気がした。姫乃さんは真剣

に聞いている。だったら俺もそれに真摯に答えなければ。

 俺は息を吸い言葉を紡ぐ。

「確かに、怖いとは思った。」

「そう。」

彼女は言う。

「でも、すごいとも思う。俺はこんなことしようとも思わなかったし、できるとも思わなかった。だから、それをできる姫乃さんはすごい人だし誇っていい事だと思う。少なくても俺はそう思う。だから―。」

俺は言葉に詰まった。

「だから?」

彼女は首を傾げて俺にその先を促す。

「だから、俺は隣にいたいと思う。俺は君と組みたいし、一緒にいたい。」

俺は思いの丈を述べる。

「改めて言うよ。俺と付き合ってください。俺は君の力になりたい。そして、君の事を知りたい。」

そう言って今度は俺の方から手を差し出した。熱がこもって思わず目を瞑ってしまった。中学生の告白みたいだ。

 ふと、俺の手に暖かい感触があった。優しく俺の手を握ってくれている。

目を開ける。姫乃さんが俺の手を握ってくれていた。

「ありがとう。嬉しいわ。あなたの素直な気持ち私に伝わりました。だから、私もお願いするわ。よろしくお願いします。」

姫乃さんは微笑みながら言う。その微笑はさっきまでと違って少し優しくなった気がした。

「じゃあ―。」

俺は思わず声を出す。

「そうね。私達は同盟者で恋人同士。運命共同体のパートナーってこと。よろしくね

日馬くん。」

姫乃さんが優しく説明する。その表情は相変わらずの微笑だった。

 彼女の表情の下の感情を俺はまだ知らない。何で彼女が俺を選んだのかも分からない。それでも今は、今この瞬間は姫乃さんとここで出会えたことを素直に感謝しよう。知らないのならこれから知ればいい。きっと何とかなる。

「よろしく。姫乃さん。」

俺は飛び切りの笑顔で挨拶を返す。


 こうして、俺こと王子日馬は普通の人間から神が選んだ能力者となり、その神が主催するゲームに参加することになった。

そして、姫乃さん。俺は彼女と恋人になった。

いろんなことがあったが、すごく嬉しいことだった。俺は楽しかった。これからのことに期待が膨らむ。一体明日はどうなるんだろう?こんなことあんまり考えたこともなかった。

俺は決めた。この先例え誰がなんと言おうと俺はこの選択を変えない。俺はこの道を歩いていくんだ。


でも―。

でも、この選択が最後に導き出す答えを導き出すのかをこの時の俺は知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セカイのシンジツ 柳乃樹 @zaregoto7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ