第4話意思持つものに力あり
1
地面が近づく。
猛烈なスピードで重力に引かれる中、俺はせめてもと受身を取る体制をする。腕や足の骨折で済めば儲け物だろう。まぁ、その時点で勝負には負けたような物だけれども。
身体が地面に付く瞬間。
俺は自分の精一杯の集中力を込めて身体を捻るように回して衝撃を緩和しようと試
みる。
猫とかはこれである程度高いところからの衝撃を回避できるらしいが、人間の俺はどうだろうか。増してや学校の三階からの高さとなると・・・。
ダンッ!ズザザザッ!
俺の身体が地面に叩きつけられそのまま転がる。
―っ!
良かった。意識はまだある。校舎から飛び降りて自殺エンドという最悪の結末だけは免れたらしい。俺は意識が残っている頭で身体に異常が無いかどうか確認する。
右手、左手、少し痛みはあるが問題なく動く。異常なし。
右足、左足、こちらも多少痛みあるが出血や骨折等の様子は見られない。異常なし。
最後に頭と胴体だ。手で触って確認してみる。特に骨が折れてるということもなさそうだ。異常なし。
ん?異常なし。おかしくないか?俺は三階から飛び降りた。普通の人間がその高さから飛び降りて怪我もなく無事でいられるということがあるのだろうか?
確かに、無事な可能性も無いとは言えないのかもしれない。でもそれは下に何らかのクッションがあったり、それこそスタントマンのようなプロの人間ならあり得るかもといった可能性だ。それだって百パーセントじゃない。
それに俺は地面に直接衝突したし、スタントマンのような特殊な訓練も受けていない。
「なんだてめぇ!その格好は!」
声の聞こえるほうを見るとあの金髪が三階の窓から俺に向かって叫んでいた。
その格好?何を言ってるのか分からず俺は一階にある窓で自分の姿を確認する。
パッと見る感じ特に変わったような様子は無かった。ただちょっと動き回ったり転がり回ったりしたせいで学生服が汚れているくらいだ。
でも、少し確認しているとある変化に気付いた。これは。
髪の色が変わっている?
それだけじゃない。眉毛や目の色も変わっている。薄暗くてよく分からないが、これは赤色か。黒だった俺の髪の毛や瞳の色が燃えるような赤へと変化していた。
一体何が?
ズンッズンズンズンズンッ!
自分の異常を確認する間もなく音の方を確認する。見ると金髪が三階の窓から手を伸ばし壁に手を付けており、その先の壁から何本も杭がせり出していた。
金髪はその杭を階段のように利用して三階から下に降りてくる。
そういう使い方もあるのか。あいつの能力汎用性ありすぎだろ。っていうかあいつが能力を本当にうまく使えてるってことなんだろう。
金髪はあっという間に一階、校庭の地面まで降りてきた。その表情には若干の変化が見られた。さっきまでの余裕がある表情ではなく怒っているように俺のことを睨ん
でいた。
「なんだよ。お前能力使えたのかよ。」
「・・・。」
俺は何も言えなかった。この姿が、この状態が俺の能力だってことなのだろうか?だったら一体この能力はどんな能力なんだ?
「だんまりか。・・・まぁいい。このまま押し切らせてもらう。お前の能力がどんなものだったとしても勝つのは俺だ。」
金髪は再びその手を壁に付ける。
やばい!そう俺が思ったのと同時に、壁から無数の杭が俺に目掛けてその切っ先を伸ばしてきた。
避けなければ。そう思って俺は身体を動かす。さっきの落下で身体にダメージは残っているかもしれないが、そんなことは考えていられない。今、逃げなければ俺が今までやってきた苦労は水の泡だ。そんなのは御免だ。
俺は回避行動をする。今まで散々やられてきたから分かるがこの攻撃を避けるのは大分困難だ。
まず、杭の出る速さが異常に早い。車の走るスピードか、それ以上に速いと思う。杭が出るのを見てから避けるのは困難だと言える。だから俺は敢えて杭を確認せずに俺という的を移動させて絞らせないように逃げていた。
更にさっき教室で杭を出す様子を観察できたから分かったことだが、あいつの杭は一本ずつ出すだけでなく同時に何本も出すことができるということだ。こうやって考えるとあいつの攻撃から紙一重とは言え逃れることができたというのは結構な奇跡だったのかもしれない。
そう考えると今の状況は結構絶望的だったのだろう。だけど、俺は何か違和感を感じていた。
何故だろう?
杭のスピードが遅く感じる。いや、違うのか?俺が早く動いているのか。よく分からない。だけど、俺は杭が出る様子を眺めてそれを回避する余裕があった。
回避を続けながら杭を出し続ける金髪の様子を確認する。あいつは俺を見ながら壁や地面に手を付け臨機応変に杭を出し続けていた。特にその様子に変化は無い。金髪が何か不調があるとかそういうことでは無さそうだ。
ということはこれが俺の能力。身体能力の向上ということだろうか?まだ確信は持てないが、その可能性は高い。
だとしても、一度確認は必要か。俺は杭を回避しながら後者の陰へと逃げる。金髪の死角となる場所へ。
「逃げんのか!」
金髪の声だ。あいつの能力はある程度分かってきた。あいつの杭は確かにすごい能力だが、あいつ自身の身体能力に特に変化は感じない。死角に入ればすぐには俺の姿を確認することはできない。これでしばらく時間は稼げそうだ。
2
さて、どうするか。少し余裕が持てたな。
そうだ。俺の能力を管理者に確認することは可能だろうか?今まで余裕が無くてそんな考えは思い付かなかったがもしかしたら聞いてみれば答えてくれるのかもしれない。
―管理者、管理者。
俺は頭の中で呼びかける。どうだろう?うるさいなんて言って言葉を遮ってしまったからもう答えを返してくれないのかもしれない。そんなことを考えていたが、それは杞憂だったようだ。
*はい、何でしょう?王子日馬。*
声が返ってきた。あの無機質な声だ。間違えない。こいつが管理者だ。
―管理者。俺の能力は何だ?簡単に説明できるか?
俺は問いかける。
*了解しました。説明します。*
その言葉にホッとした。なるほどこれは助かる。このやり取りをしてればこの戦いもこんなに辛くならなかったんだろうと考えると、すこし残念だが、今考えても仕方が無い。今からでも挽回はできるはずだ。
そして、俺の能力とは?
*王子日馬、あなたの能力はあなたの身体をあなたの望むように創り直させる能力です。*
管理者はそう言い切った。
?
管理者は嘘偽り無くその言葉を述べたようだが、それを聞いた俺の身としてはさっぱりイメージがつかなかった。
俺の身体を俺の望むように創り直させる能力。
なんだそれ?すごくややこしい能力だな。まだ身体能力を向上させる能力と言われたほうがずっとしっくりくる。望むように作り直させる能力って何だ?俺はそう望んだから今の身体になったということか?
望む。望むか。俺は何か望んだだろうか?
そういえば、俺は望んだ。三階の校舎から落ちるその時、もっと俺に力があればと俺は望んだんだった。
なるほど、そういうことか。俺にもっと身体能力があれば三階から落ちても無事だったのにと、そう望んだからこそこの能力が手に入ったということだったんだ。すごく納得した。だったら?
―管理者。俺が相手に勝ちたいと望めばそれに見合った身体になるのか?
俺は期待を込めて質問してみた。それができればこの勝負勝ったと言っても過言ではない。チート能力は奴の方ではなく俺の方だったという事になる。
*不可能です*
管理者はそう断言した。なんでだろうか?流石にそんなに強い能力ではないということか?
―どうしてだ?俺の能力じゃあいつに勝てないからとかそういうことか?
*そういうことではありません*
―じゃあどうしてだ?
*そもそも前提として相手に勝ちたいという望み自体が抽象的過ぎます*
相手に勝ちたい。そう考えることは結構現実的で具体的な望みだと思うんだけどな。何が違うんだろう?
―抽象的ってのがよく分からないんだが。
*抽象的というのはそのままの意味です。貴方はよく分かってないようなのでもう少し詳しく説明しましょうか?
―そうだな。たのむ。
*そもそもとしてこのゲームはお互いの能力同士を駆使して如何に相手より上まるかを競うものです。そこには単純に能力の違いだけではなくその能力の所持者、つまり使い手本人の能力も含めての戦いです*
まぁ分かるような分からないような・・・
―もう少し分かりやすくならないか?
*そうですか。分かりました。例えば単純に対戦相手同士で能力の優劣がはっきりと出ていたとしましょう。この場合、その時点で片方の能力者の方が圧倒的に有利と言えます。ですが、例えば劣っている方の能力者の方が自分の能力を熟知しており、その上で自分でできることの範囲を的確に理解していたら、その人はどうすると思います?勿論、降参という考えは無しと考えてです。*
―んー。そうだなぁ。俺だったら奇策を練るかな。優劣を覆せるような穴を探すとかそれが気になら無い状況に持ち込んで戦うとかするだろうな。
*その通りです。良い答えです。そして、それこそが貴方に相手に勝ちたいという能力を得たいと言った考えが抽象的だと述べた理由です。*
あぁなるほど。ここまできて俺はやっと理解した。絶対に相手に勝てる能力など存在しないということか。それはその人自身の考えでどうにでもなる。その人間自体の能力もあるし、能力の使い方によっても勝敗は変わってくる。それを含めてのこのゲームということか。
―その理屈は分かった。確かに能力の優劣だけで勝敗は決まらないし、その上で相手に勝てる能力なんてものが抽象的だということも理解した。
*理解して頂けた様で何よりです。*
確かに納得はした。でも、それでもまだ聞きたいことがある。
―でも、さっきの話を踏まえた上で聞くんだが、俺の能力は俺のなりたいように俺の身体を変化させる能力なんだよな?
*そうです。*
―だったら、相手の能力が効かなくなるくらいまで身体能力を向上させるとかそういうことはできないのか?さっきの案よりは全然具体的な話だと思うんだが。
*残念ながら、それも難しいといわざるを得ません。*
管理者は曖昧な答えをはっきりと述べた。
―どうしてだ?しかもできなくはないような言い方だけど何かあるのか?今は言えない秘密とか?それともそれを言ってしまうと俺に有利になりすぎるから言及を避けてるとか?
*そうとも取れます。*
そうとも?
―どういうことだ?
*貴方は相手の能力が効かなくなるまで身体能力を向上させたいと言いました。つまり、これは今の対戦相手の能力についてと認識ですね?*
―まぁそういうことだな。
ってかそれが何か問題なのか?
―あいつの能力が何か問題なのか?特殊な条件があるとか?それとも今の状況に問題があるとかか?
*問題はあります。主に後者の意味で、です。*
―つまり今の状況に問題がある?
*まぁそうなります。が、これは基本的に生じる問題ですので今に限ったことではないのですが。*
どういうことだろう?今の状況が駄目だって言ってるに今に限ったことでは無いとか大分矛盾が生じている気がするんだが。何ていうかこいつの言い回しは妙に言い回しが難しい気がする。俺が馬鹿という可能性も否定できないが・・・
―つまり、どういうことだ?
*そうですね。まず貴方に質問しますが、あなたは今の対戦相手の能力をどれだけ知っていますか?*
―んー。
まさかの質問に質問で返されてしまったので俺は少し口篭った。対戦相手。つまり、あの金髪のことだよなぁ。あいつの能力は・・・
―多分、触った面から杭の様な棒を出現させる能力かな。あと、その棒を切り離して持ち運べることも分かった。
*なるほど。今あなたは自覚してか無自覚かは分かりませんが、多分と前置きしてますよね?*
―まぁそうだな。あくまで俺の憶測だし、それがあいつの能力の全てとは限らないしな。
*それで正解です。そしてそれがあなたが初めに質問した相手の能力が効かなくなるまで身体能力を向上させるということが難しいと言った理由です。*
それが、理由?
*あなたは相手の能力を全て把握しているわけでは無い。仮に今貴方が知っている能力の一部にしても、その杭の出る原理は把握してますか?杭の出る条件や出現速度、その硬度まであなたは理解してますか?*
―いや。
そこまでは知らない。そんな余裕ないし、聞いたってあいつも教えてくれないだろう。それが分かったら対策されちゃうんだから。
*つまりはそういうことです。貴方は相手の能力を把握し切れていません。その上で相手の能力が効かなくなるまで身体能力を向上させるということが具体的な案と言え
ますか?*
ぐうの音もでなかった。なるほど、そういうことか。確かに相手の能力も分からないのに相手の能力が効かなくなるなんてそれこそチート能力だ。そんなルール違反は許されないということか。
―わかった。確かに俺の我侭だったようだ。
*理解されたようで何よりです。他に質問はございますか?*
他の質問か。さて、どうしようかな。俺の能力については聞いたし、他に何か今確認しておくべきことはあるだろうか?
少し考える。
そうだ。肝心なことを聞き忘れていた。
―この戦いだっけ、ゲームの詳細が聞きたいんだが?
*詳細ですか。ゲーム開始時に勝敗の条件などについては説明しましたが、そのことについてもっと詳しくということでしょうか?
―まぁそうだな。そもそも勝利条件ってどうやったら満たせるんだ?
*そうですか。あなたはこのゲームに関しての勝利条件をご存じなかったのですね。分かりました。説明します。このゲームにおける勝利には大きく分けて二つの勝利方法があります。*
二つ、ね。
*一つ目は単純に相手を戦闘不能にすれば勝利となります。これは、相手の死亡を以って終了となります。*
死亡とかサラッと物騒なこと言うなぁ。やはりこのゲーム生易しい物ではないらしい。思った以上にシビアな戦いとして考えた方が良さそうだ。
*もう一つの条件ですが、こちらの方が現実的と言えるかもしれません。というか本筋としてはこの勝利の方が求められています。その方法ですが、相手の証を奪うことで勝利となります。*
―証を奪う?
*そうです。具体的に言うと相手に浮き上がっている能力者としての証、つまりこのゲームに参加できる条件のような物ですね。それを奪えば勝利となります。*
さっきから証、証って言ってるけど一体何のことだ?
―なぁ管理者。
*何でしょう?*
―すごい初歩的なことを聞くかもしれないんだが、そもそも証ってなんだ?俺はそんな物知らないんだが。
*なるほど。あなたにはそこから説明が必要でしたか。証とはこのゲームに参加するために必要な印であり、それが能力の基になっています。それが無ければこのゲームには参加できませんし、能力も勿論使用できません。そしてこれは初めにゲームに参加する者として選ばれた時点で全ての参加者が刻印されています。*
―ということは俺にもあるのか?
*勿論です。それが無ければあなたは今ゲームに参加していません。あなたの胸元、正確に言うと右の鎖骨から5センチメートル下に印が刻印されています。*
印。そう言えばあの夢を見た後に痣のようなものが身体に出ていたのを思い出した。俺は胸元を確認する。
やはり、それはあった。あの時と変わらず、全く同じ形で俺に刻まれていた。三日月形のような妙に整った痣。これが証だったのか。
―了解。証については分かった。でだ。それを奪うって言うのはどうやってやるんだ?そもそも証は皆同じ場所にあるのか?
*証の刻印場所については全員同じ場所です。そうしなければ対等なルールとは言えません。これは始めに参加者が説明を受けます。*
マジか。じゃあ、俺が聞き逃しただけで他の参加者にはもはや共通の最低限の知識として備わっているものらしい。全く何てこった。スタートラインにすら立ててなかったってことか。
―オッケー。じゃあ証を奪うってのは、どうやればいいんだ?そこに触れればいいのか?それとも他に方法があるのか?
*そうですね。相手の印に触れるというのは合っています。ただそれだけでは相手の証を奪うことにはなりません。それだけならば相手に触れられる能力者が圧倒的に有利ということになってしまいますから。*
なるほど。確かにそうだ。
―じゃあどうすればいいんだ?
*はい。相手の証に触れた上で定められた言葉を宣言しなければなりません。逆に言うとそれさえできればその時点で勝敗は決し、宣言したものが勝者になります。*
―じゃあその宣言ってのは何て言えばいいんだ?
*宣言内容は、相手の証に触れた上で次のように述べます。*
*我はこの行為と宣言を以ってここに契約を為す。汝の契約はここで切れるものとし、その権利及び付随するものを我が引き継ぐものとする。契約(リミット)解除(オーバー)。*
んー、長いな。それに文言が難しい。相手の証のある胸元に手を置きながらこの台詞を言い切るのって相当難しいんじゃないのか。
―その台詞を全部言い切らなきゃいけないのか?
*そうです。途中で途切れた場合はまた初めから詠唱をしなおして頂く形になります。もし、台詞を忘れそうだという場合は脳内で私に確認しながら復唱するという形をすれば確実になると思います。*
確かに台詞内容については管理者の言うようにすればどうにかなるのだろう。だが、その台詞を言っている間の時間はどうすればいいんだ。まさか相手も宣言の行為が始まってるのを分かってそのまま大人しくしてるわけも無いだろうし、逆に俺が宣言される立場だったら何が何でも抵抗するな。
―その台詞を言ってる間は相手は抵抗できないとかそういうことはあるのか?
*ありません。抵抗は可能です。それがなければ触れた時点で勝利が確定してしまうのと同義になってしまいますので。*
まぁそりゃあそうだけど。
―じゃあ、その時間はどうやって稼げばいいんだ?
*それについては各々で考えて頂ければいいかと思います。単純な例を挙げるのならば相手の抵抗する意識を無くすという意味で気絶させるというのが一つの手になります。*
なるほどね。その辺は自分で考えろということか。俺の能力で考えると管理者が言う相手を気絶させるというのが一番うまくいくような気がする。相手を拘束するとか眠らせるとかいう能力だったらもっと簡単なんだろうが。というか、そういう能力が一番強いってことにはならないのかなぁ。
でも、さっき公平性をあんなに謳っていたのだから、その辺も何かカラクリがあるのだろう。まぁ今から考えても仕方が無いしな。
―わかった。とりあえず、今はもういいや。また何かあったら声を掛ける。
*分かりました。それではどうぞゲームに勤しんで下さいませ。*
管理者は恭しく言葉を述べた。ゲームに勤しめ、ねぇ。
まぁ、下手したら自分が死ぬかもしれない状況なのだ。この条件で勤しまないという選択肢は無いだろう。蟻のように甲斐甲斐しく働かせて貰うとしよう。
3
さて、ここからどう動くかだが・・・
俺は校舎の裏に隠れているのだが、金髪がこちらに向かってくる様子はなかった。どうことだろうか?俺が能力を覚醒させたことを警戒しているのだろうか。それとも何か違う策があるのか。どちらも考えられることではある。少なくともあの金髪は何も考えずに無鉄砲に突っ込んでくるような奴ではない。何か考えのあっての行動だろう。
そう考えると俺がここでジッとしているのもよくない気がする。あいつが何かの策を進めているのだとしたら、このまま何もしなければ俺はその策にまんまと嵌ってしまうわけだ。せっかく状況をイーブンまで戻したんだ。主導権を握らせるわけにはいかない。
となると行動をするわけだが、どうしよう。俺に何ができるかだなぁ。えーっと今俺の身体能力は向上してるんだよな。自分の髪の毛の色を確認してみる。
やっぱり赤色だった。
ふむ、やっぱりあの時の状態は継続しているらしい。特にこの状態でいて疲れるとか何かを消耗するとかそういうことは無さそうだ。あとは、どのくらい身体能力が向上しているかだが。俺はその場で軽く飛んでみた。
ヒュッと軽く地面を蹴っただけなのだが。
なんと、俺の身体は一メートル近く上昇していた。思いもよらない滞空時間と宙を舞っている感覚に着地を失敗しそうになった。
おっとっと。ってかすごいな。相当身体能力上がってるぞ。まぁ、校舎の三階から落ちても平気ってことを考えるとこのくらい身体能力が上がっててもおかしくないのか。ということは打撃力も上がっているのだろうか。
シュッシュッとその場で軽くシャドーボクシングをしてみた。
うーん。よく分からないが、何かパンチのスピードは上がってる気がする。なんとなくだが。本当は何処かの壁とか木とか障害物を殴ってみたいのだが、変に音を立てて金髪に気付かれるのも良くないと思ったので止めておいた。
でも、確証はないが近接戦に持ち込めれば俺に分があるということだろう。あいつの身体能力が上がっているとは感じなかったし、例え格闘技をやっていたとしても今の俺なら見切れる自信がある・・・多分だが。
そう考えるとどうやってあいつの懐に潜り込むかだな。
とりあえずは、見晴らしの良いと頃に行くのがベストか。校舎の裏から屋上を目指すことにする。ただ、校舎の中に入ると金髪が待ち受けている可能性もありえるので外側から昇っていくことにする。
今の身体能力なら二階まで跳躍をすることは難しいことではなかった。そのままボルダリングの感覚で三階、そして屋上まで跳躍しながら上がっていく。
屋上に到着して頭だけ出して様子を伺ってみたが、金髪の姿はなかった。どうやらここで待ち構えているということは無かったようだ。まぁあいつもまさかこんな方法で屋上まで登ってくるとは考えていなかったということだろう。
屋上に着地して周りを見渡し、他に誰もいないことを確認してから下の状況について確認をする。
よく確認すると、校舎の入り口付近に金髪の姿がいるのが確認できた。なるほど。校舎の前を俺を待ち構えるという戦法か。確かに普通に考えたら校舎に入るには通用口を利用しなければならない。校舎の中に入れば近距離で出くわす可能性も増える。そのときにどちらが有利と言われれば近接での対戦方法での能力に特化した俺の方が有利になるとあいつも考えたのだろう。
ならば、校舎に入ろうとする俺を待ち伏せて近距離に持ち込ませ無いためにある程度広い空間で戦った方が良いと判断したんだと思う。確かにあいつの杭の攻撃を回避しながら懐まで潜り込むというのはそれなりにリスクが伴う。あいつもおれの能力について多少なりとも理解しているところはあるだろうし、近づけないための策も用意しているだろう。
さて、どうするか。このまま奇襲を掛けるというのが一番ベストな戦略ということになるんだろうが。問題はその奇襲の方法だ。このまま校舎に入って金髪の後ろから一撃を叩き込む、それでうまく気絶まで持ち込むことができれば俺の勝利となる。
だが、そんなにうまくいくだろうか。その程度の考えはあいつも読んでいる気がする。もし、校舎内で見つかってしまえばそこはあいつの独壇場になる。触れた面からいくらでも杭を出せるという能力はやはり脅威だ。
いくら俺の身体能力が向上していると言っても回避できる場所が限定されているというのなら全てを避け続けるというのは難しい。さらにあいつはおれの身体能力が向上しているということに気付いている。だったらそれなりの策は用意しているはずだ。少なくても俺を近づけさせるということはしないだろう。なるべく距離を保った状態で俺にダメージを与えるというのが基本的な戦術となると思う。
となるとやはりあいつが思いもよらないところから一気に奇襲を掛けるというこ
とが俺の勝率を上げる為の手段と言えるか。幸いにも相手は俺の姿には気付いてない。この状況であいつに奇襲をかけるなら・・・
うん。やはり屋上からの突貫というのが一番しっくり来る案といえるだろう。さっき三階から落ちても無傷だったんだ。屋上から落ちても多分大丈夫だろう。そして、これも予想でしかないが、あの金髪もそこまで奇抜な戦略を考えてるとは思わないだろう。
俺は的となる金髪の位置をしっかりと確認する。金髪は周りを見渡す程度であまりその場から動くことをしていない。よく見ると定期的に地面に手を置いて校舎の端や壁から杭を出現させていた。牽制と突撃してくる俺への奇襲が目的か。こちらに気付かれないように隠れながら覗いていたが、どうやら上の方には気が向かっていないらしい。こちらに気付くことはなかった。
よし、覚悟を決めよう。あいつが気付いてないのならすぐに行動すべきだ。
・・・
とは言ってもやっぱり高いよなぁ。本当に大丈夫なのかなぁ。自分で考えた作戦だが、あまり計画性が無い気がする。とは言ってもやるしかないか。
頬を軽く叩き自分に気合を入れる。もうどうにでもなれだ。
屋上の柵を跨ぎ外側に立つ。視界の先には金髪の姿。
行くぞ!
覚悟を決めて屋上から飛び降りる。このままあいつの頭目掛けて一発お見舞いしてやる!
こうして意気揚々と計画を実行した俺だったが、その時に同時に一つの問題が生じた。
それは奇襲をかける際に一番有ってはならない問題。
そう、奇襲をかける相手に奇襲を気付かれることだった。
4
俺が飛び降りた瞬間だった。それを知っていたのか、それに気付いたのか、はたまた偶然だったのかは分からない。
だが、そんなことはどうでもいい。結果としてはどれでも同じだ。
あいつが、金髪が上を見上げたのだ。
何故バレた?音?気配?それとも何かの能力?
いや、もしかして初めから気付かれてた?俺に落ち度が?
俺の中で急速にクエスチョンマークが増大していく。
だが、もう抗う術は無い。俺はもう落ちている。
落下しながら目標を確認する。金髪は地面に手を付けていた。その目線の先には間違いなく俺がいた。
地面から無数の杭が俺に目掛けて突進してくる。その勢いは俺を貫かんとばかりに速く伸びる。
やるしかない!
俺は思考を切り替える。もう既に賽は投げられている。一番速く向かってくる一本の杭を空いている左手で思い切り弾く。そのまま今度は校舎の壁に足を着けて走るように軌道修正しながら落下を続ける。
勿論、その間も杭は絶え間なく俺に向かって一直線にその矛先を伸ばす。俺はその一本一本を避けながらいなしながらがむしゃらにただ一点を目指す。
ジュリッ!
杭の一本がギリギリで俺の掌を通り抜けていく。熱い。痛い。
だが、俺は止まらない。止まるつもりなど、無い。
ヒュッ!ジュッ!ガリッ!
目標に近づくに連れて、その攻撃の精度は増し、俺に当たる攻撃も増えてくる。
「ぅおおおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁ!」
気付けば俺は叫んでいた。こんなに叫んだのは初めてかと自分でも思うくらい大きな声で。
俺は諦めない。
まだ見える。まだかわせる。まだ保てる。
まだ、終わりじゃない!
両者の距離がもう目と鼻の先まで近づく。俺は回避に使っていた両手のうち右手を後ろに回し、拳を握って力を込める。
ここで決める!これであいつを打ちのめす!
そして、俺の射程圏内に入る。
俺は握った拳を勢いのままに振り下ろす。
ズガッ―。
入った。確実に金髪の顔面に向けて俺の拳が突きつけられる。
「がはっ!」
だが、同時に俺にも異変が起きていた。具体的には俺の身体。俺の左から伸びてきた杭が俺の側頭部を的確に捉えていた。
やばい。死角から攻撃が。しかも、全く警戒してなかった。
―意識が飛ぶ・・・。
それでも俺は何とか意識を残そうと努力しながら目の前の目標を殴りとおす。
俺が勝つ!絶対に引かない!
「ぁぁぁあああアアアアアアアーーーーー!」
俺は声にならない叫びを上げながらその一心で身体を回す。行動を全力で加速させる。
そして、拳が振り抜かれる。俺の全力を乗せた拳が。
それと同時に俺の意識は闇へと飲まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます