第3話トラトラトラ

「がはっ!」

俺は少し後ろに吹っ飛び、そのまま倒れこんで腹を抱える。

 一体何が起こった?この痛みは何だ?状況の速さに頭の回転が追いつかない。俺の腹に猛烈な痛みを感じた。それは鈍いようでとても鋭い。その痛さで俺は立ち上がることができなかった。こんなに痛みを感じたのは久しぶりだ。いや、初めてかもしれない。

とりあえず、痛んでいる腹部の状況を確認する。抑えている手を見てみると血は付いていなかった。どうやら出血はしていないらしい。

 だが、痛みは確実にある。まるで出会いがしらに思い切りボディーブローを喰らったようだった。

 金髪の少年。あいつが手を地面に付けた直後だ。

 始めに来たのは衝撃。そしてそれに伴った痛みだ。

 でもおかしいぞ。あいつはあの金髪の野郎は俺を殴れるような距離にはいなかった。改めて顔を上げて周囲を確認する。

 すると、変化は一番に目に取れた。俺の居たであった場所。その場所に杭のようなものが出ていた。それは地面から斜めに、まるでそこから生えてきたと言うように迫り出している。

 どういう原理かは分からないが、咄嗟に俺は理解した。俺はこの杭に腹を穿たれたのだと。そして、更に考え始める。

 何故だ?何故こんな杭が地面から生えてくるんだ?

「さすがに一発でノックアウトとはいかないか。」

俺が状況を整理する前に更に情報が俺に飛び込んでくる。その情報源は俺の数メートル先にいる金髪野郎からだった。そいつは地面に手を付けた状態から変わらずに俺の状態を観察しているようだった。

「まぁ、いいだろう。一発で無理なら二発三発と打ち込んでやればいいだけの話だ。幸いにそこの転がっている野郎には俺が何をしたか分かってないようだしな。」

何だ?こいつは何を言っている?だが考える間もなくそいつはその状態から再始動をし始める。

「だったら―。」

そう叫んでそいつはまた手を地面に叩きつける動作をする。それも今度は片手だけではないまるで、両手で地面を押さえつけるような動作をする。

 やばい!

 何かは分からないが、咄嗟に俺の脳内からそう判断が下される。瞬間、俺は転がりまわるようにその場から移動する。転がって移動している最中にズンッズンッっと重い音が連続的に聞こえる、それに連動して地面も少し揺れているように感じる。俺はそれが何かも分からないまま必死にその場を移動する。転がりながら、這い蹲りながら。

 しばらくして音が止む。今度は俺の身体に理不尽な痛みが走ることは無かった。まだ身体の痛みが残っていたが堪えてできる限りで周囲の状況を確認する。何か変わったことは無いだろうか。

 あの金髪の方を見ると動きを止めているようだった。両手を地面につけて跪くような体勢をしている。だが、その顔は誰かに敬意を払っているようなそれではない。そいつは誰のことも見上げていない。その顔はただただ、俺の方を観察している。その表情はどこか驚いたようで悔しそうでもあった。

「なんだよ全く。頭の回るやつじゃないか。簡単に終わると思ってたんだけど、これは少し方針を変える必要があるか。」

駄目だ。こいつの言ってることが何一つ理解できない。そこから今の状況を確認することは無理だと判断する。他に周囲に何か変化が無いかと他を見渡す。

 そして、おれはギョッとした。

背筋に寒気が走るとは正に今のことだろう。俺のいた場所。さっきまで俺が腹を抱えて蹲っていた場所に変化があった。それは一目して分かる異常な光景。俺が居たその場所。

そこには地面から杭が突き出していた。さっきの様に一本ではない。何本もの杭が

まるで一箇所を目指すように地面から伸びていた。その光景はさながらいびつなピラミッドのようだ。それを見て俺はゾッとする。

あの場所に居たら、あの場所に居続けたら俺はどうなっていただろう。不各館gはえるまでも無く俺は理解した。理解できてしまった。

俺があの場所に居たなら、俺が移動という行動を選ばなければ、俺はあの杭に貫かれてしまっていたのだろうと。

それから、更に俺は思考を巡らす。緊急事態に陥っているということもあるのかもしれないが、普段よりも自分の思考速度が上がっているのが分かった。俺は今の状況から要る情報、要らない情報を整理して今の自分に必要な情報を導き出す。

そして、その答えをより確実にするために俺は確認をする。

「お前、何してんだよ。」

「あ?」

金髪は首を傾げた。俺の言葉の意味が分からないとでも言った感じに。まぁ確かに自分の質問が抽象的過ぎるということは自分でも実感できた。

 だから、俺は更に言い直す。

「お前こんな所で俺に何をしだって聞いてんだ。」

こんな所。そうだ。俺はこの場所を知らない。ここは学校という自分の知ってる空間のようでそれとは全く違う。異質な感じと言った方がしっくりくる。この空間は異常だ。普通ではありえない。そして、更にありえないのがこの金髪野郎の存在だ。何故こんな所にいる?始めは俺と同じくここに転移させられた漂流者かと思ったが、それは違うだろう。だってそうだとしたら、こいつの行動はおかしすぎる。

異常だ。

自分の知らない世界で自分のことを知ってそうな、少なくとも自分と同じような存在に遭遇したとしていきなり襲いかかってくるだなんてありえない。こいつは間違いなく何かを知っている。何ならこの空間を作り出したのはこいつなのかもしれない。ならばこの質問の答え次第でその意図が読める。一体何が目的だ?俺をどうするつもりなんだ。

「お前、頭が回ると思っていたがやっぱり馬鹿だな。」

「はぁ?」

「そんな質問してくる阿呆なんていないと思っていたが、まさかいたなんてな。びっくりだ。ふふっ。呆れて笑えてくるぜ。」

ムカついた。何でいきなり会ったやつに馬鹿だの阿呆だの言われなければならないん

だ。俺は語気を強めて反論する。

「当たり前だろ!いきなり知らない空間に飛ばされて右も左も分からない。そんな中その場所で始めて出会った人間がいたと思ったらその人間から何かよく分からない物で襲われてるんだ。おかしいと思うのが普通だろ!」

普通。その言葉は俺の嫌いな言葉の一つではではあったがこの状況ではそう言わざるをえなかった。

「何がおかしい?」

「えっ?」

「何もおかしいことはないだろ。知らない空間?何を言ってるんだ。ここはお前もよく知る自分の通っている学校じゃないか。お前記憶喪失にでもなったのか?あぁ今腹に一撃入れたからな。頭が混乱してるんだろ。」

「おかしいのはお前だ。大体人が俺とお前しかいないじゃないか。さっきまであんなにいた人がいなくなっている。それに空の色だってそうだ。さっきまでは夕方じゃないか。なのに、今のこの空の色はまるで、まるで夜中みたいじゃないか。お前だってさっきまであの学校にいたはずだ。だったら異変に気付くはずだろ!」

金髪は俺の言葉に思うところがあった様で少し間を置いた後に

「あぁ―。」

と納得したような声を出した。そんな勝手に一人で納得されても困る。こっちはまだ何一つ理解できてはいないんだ。

「おい!どういうことだ。説明しろよ。」

俺は金髪を睨む。その威勢も効果は無かったようで逆にそいつは顔を笑顔にしてしゃべり始めた。

「お前初めての人間だったのか。しかも、ちゃんと準備や予習をしていなかったんだな。なるほど。それならお前の言動にも合点が行く。」

「何を言ってるんだ?」

俺の言葉に金髪は自分の頭を指してコツコツと叩く。

「お前ちゃんと聞いてなかったんだろ?管理者の声。」

「管理者?何だそ―。」

「それではゲーム開始です。勝敗が決するか、もしくは対象者全員が戦闘不能又は戦闘の意志がなくなるまでゲームを終了することはできません。」

「―。」

言葉が出なかった。金髪から出たその言葉はさっき俺が脳内で聞いた言葉そのものだ

ったから。

全く同じ言葉。さっき聞いたから聞き間違えることなんて無い。でも、なんでこいつがその言葉を?

「図星だな。」

俺の顔を見ながら得意げに金髪は言った。管理者だって?何だそれは?聞いてないぞ。ということはその前の対象者がどうたらとかいう言葉もそうなのか?いや待て。俺はあの声を聞くのは今日が初めてじゃない。あれはたしか・・・

 そうだ。思い出した。あの変な夢を見た後の日だ。あの時もあの声は何かを言っていた。

でも、何て言ってた?思い出せない。数日も前のことだし、それにあの時俺は幻聴だと思ってその声を振り払ってしまった。だから、その内容を俺が覚えてるはずも無い。

「だんまりか。」

声で現実に戻される。と言ってもここはいつもの日常ではないが。

「お前がどこまで管理者の話を聞いていたのかは知らないが全く知らないってのは少し哀れだな。掻い摘んで俺が説明してやろう。」

金髪は話し始める。

「まず、俺とお前はこの世界におけるゲームの対象者であり、元の世界言い換えるならば通常の世界でゲームの対象者に選ばれた選抜者だ。」

対象者。選抜者。

「選抜者というのは選ばれる際に必ずあの夢を見る。お前も見ただろう。自分の望みを叶えるチャンスをやろうと、そして争いに参加しろとも。」

夢。確かに見た。あの変な夢のことだ。玲土に話していた時に他にも同じ夢を見る人がいるかもしれないなんて話していたけど、まさか本当にいたのか。待てよ。ということはこいつも何らかの力を与えられて、その力で望みを叶えるためにこの争いもといゲームに参加しているということなのか。

「そして、その夢を見た者はその後にこの争い、いやゲームと称するか。ゲームの詳細を説明される。」

確かにあの夢から起きた時にあの機械のような声を聞いた気がする。だが、確か俺はその時にまだ寝ぼけているのだと思ってその説明を聞き流してしまった。いや、詳細を聞くのを止めてしまったのだ。俺は詳細を聞くことを放棄した。

「その様子や今までの言動を聞く限り、お前はその案内を聞き流したか放棄したのだ

ろう。」

これも合ってる。こいつ的確に俺の内情を理解してやがる。どうやら見た目に反して賢い奴のようだ。だが、何故―

「何でそんなに親切に俺に教えてくれるんだ?」

俺は同時に疑問に感じていた。こんなに賢い奴が何故俺に情報を渡すんだ?これがそのゲームという名の争いだというのなら俺に情報を与えることによって金髪の勝率は下がるということだ。何なら俺が何も知らない状態でそのまま勝ってしまえばそれでこのゲームは終わりだったはずだ。

「何故か?そんなの始めに言っただろう。哀れだからと。それに何も知らないままの人間を襲うというのは少しばかり罪悪感も湧くからな。その辺はある程度イーブンにしておいた方がこちらも気兼ねなくお前を倒せるってことだ。」

「なるほど。」

確かにそういう考え方もあるか。

「ついでにお前の能力も教えてくれたりはしないのか?」

「やる訳無いだろう。」

突っぱねられた。まぁ当然か。

「お前のことだ。自分の能力も知らないのだから、せめて俺の能力を教えてもらってそこもイーブンにして貰おうと考えてるのかもしれないが―。」

そこまで言って金髪は再び地面に手を付けるように構えをする。完全に戦闘モードと言うわけか。

「そこまでしてやるほど俺はお人好しではないし。増してや自分の幸運を手放すほど馬鹿でも無いからな。」

そして、手を地面に叩きつけながら金髪は叫んだ。

「ここでお前は終わりだ。俺に負けて自分のことも何も知らないまま元の生活に戻るんだな!」


 その言葉と共に俺は駆け出していた。

とりあえず、ここに留まるのはまずい。こいつの攻撃はまだ一発しか喰らってないが、分かるのは地面から杭の様なものを伸ばして俺を狙ってくるということだ。ならば、的を絞らせるわけにはいかない。少しでも動いてこいつからの攻撃から逃れなければ。

 ズンッ!

俺が逃げながら振り返るとやはりそこには新しく杭が立っていた。まるでそこにあったかのようにしっかりと存在している。

「逃げるんだな。」

「当たり前だ!」

このままあいつの的になるのは御免だ。俺はこのゲームの勝利条件ってのをまだ理解してないが、戦闘不能になってもゲームは終了になるって言っていた。あんな攻撃を一撃ならともかく何発も喰らい続けたら俺の意識は確実になくなる。それに当たり所が悪ければ怪我するし、下手したらそれだけじゃ済まされないかもしれない。

 そうだ。このままは殺されるかもしれない。

 この世界に死なんて概念があるのかは分からないが、少なくてもさっきの痛みは本物だった。だったら死ぬことだってあったっておかしくない。

 ズンッ!

 ズズンッ!

 ズズズンッ!

走っている俺の後ろからは絶え間なくあの音が鳴り続けている。あいつの攻撃はまだ続いている。このままじゃ追い詰められる!

「そう簡単に逃がさねぇよ!」

 ズンッ!

俺の前に急に杭が現れ、俺に目掛けてその矛先を伸ばしてきた。

「くっ!」

咄嗟の出来事に回避が間に合わず腕で防御する。だが、その勢いは俺の腕での防御などで止められることなど無く、俺は無造作に吹っ飛んだ。

「あがっ!」

吹っ飛んだ勢いそのままに俺は無様に転がる。

「まだだ!」

っまだ来る!俺はその声を聞いて転がる勢いのままに、怪我の状態を確認する間もなく痛みを堪えて立ち上がり再び走り出す。今度は的を絞らせないようにフラフラと左右に身体を傾けながら逃走を続ける。

 くそっ!腕もさっきの攻撃でやられてからジンジンと痺れて続けている。この痛み下手したら骨折、あるいは骨にひびくらい入っているのかもしれない。

でもそんなことを気にしていたら更にあの攻撃の的になってしまう。俺は走ること

を止めず、必死に思考を巡らせる。

 どうする?このまま逃げてても埒が明かない。

 解決策を考える。と言っても考えている内も、攻撃を避けながらでじっくり思案することもできないのだがそうも言ってられない。平行して作業をしなければどちらにしても俺に活路は無い。

 現状、とりあえず思い付く案として考えられるのは二つある。

 一つ目はこの杭のような攻撃の包囲網を抜けて金髪の懐まで入り込み、近距離戦に持ち込むことだ。あいつの能力がまだよく分かってないが、もし地面から杭を出すだけがあいつの能力だというのなら近接に持ち込めばその能力は半減すると言っていいはずだ。その理由としてあいつは杭を出す時に地面に手を付けている。

つまり手で触れなければ杭を出すことはできないということだ。まぁそれが必要ない行為だという可能性も拭えないが、多分この推論は当たっていると思う。現に今逃げている最中にあいつの方に目を向けて確認するが、やはりあいつは地面に手を付けたままだ。

 だが、この案には不安な点もある。金髪が、近距離での攻撃方法を持っていた場合だ。例えば、俺が知らないだけで実は近距離でも使用できる能力を持っていた場合、俺は成すすべなくその能力の餌食になるだろう。それでは今と変わらないどころかもっと状況は悪化する。というか詰みだ。そして、もう一つ考えなくてはならないこともある。

仮にあいつに近距離で使用できる能力が無くて肉弾戦に持ち込めたとする。その時に俺が勝てる可能性がどれほどあるかという話だ。

俺は残念ながら普通の高校生である。勿論、特に虚弱体質というわけでもないので普通に男としてある程度喧嘩はできるとは思うが、それだって程度が知れてる。その場合まずいのは相手が近接での戦闘ができる格闘技を嗜んでいる人間であった時だ。この場合間違いなく俺が負ける。格闘技をやっている人間と素人では素人に軍配が上がるなんてことは万に一つの奇跡が起きないとありえない。それをこの一回のチャンスで起こすのは無理がある。

更に言えば、もう一つ懸念しなければいけないことがある。

それは相手が武器を持っているという可能性だ。あの金髪が格闘技の経験が無かったとしても、近距離での戦闘を考えてないとは思えない。あいつは頭の回転が速い。そして、戦闘を仕掛けたのは俺ではなくあいつだ。自分で戦闘を仕掛けるということは準備をする時間が有ったということだ。

仮に自分にその余裕があったとして相手が何の能力を使わないか分からない場合、自分の弱点をそのままにしておくだろうか。

もし、自分の能力に絶対の自信があるのならそれをしないというのも考えられるが、そうでない場合は俺だって事前に何らかの準備はする。そう考えれば俺より機転の利くあいつがそれをしないはずがない。  

以上のことからあいつはたぶん近距離戦に持ち込んでも何かしらの対抗策があるというのが俺の結論だ。

「っ!」

前方から急に現れた杭に驚き咄嗟に喉から声が漏れる。その切っ先を寸での所で回避して俺はまた忙しくグラウンドを走り回る。

 やばいな・・・考えながら走っているとどうしても回避行動が鈍ってきてしまう。それに、そろそろ限界だ。あいつの能力がどんなものであるかは分からないが持続性に関しては少なくともあちらが上と考えていいだろう。

 そう、単純に俺の体力がそろそろ無くなってきた。

 そりゃそうだ。的にならないためにはそれなりの速度で走ることを続けなくてはならない。それに加えて的を絞らせないための不規則な動き、更に偶に現れる杭を回避する行為のおまけ付きだ。運動部に入ってない男子学生の体力などたかが知れてる。俺は標準よりは持久力に自信はあると思っていたが、それはあくまで普通の日常生活においての体力だ。こんな非常事態の時のことなんて考えてない。

「ハァ、ハァ。」

だんだん息が上がってくる。

だが、その運動を止めたいという欲に従ってしまえば、俺はたちまちこの杭の餌食になるだろう。一発でも喰らって動きが止まってしまえば俺に次は無い。そのまま嬲られ放題だ

 ならばどうする?

 こうなると二つ目の案を採用するしかないようだ。もう考えてる余裕は無い。俺は覚悟を決めて一心にその場所を目指して走り出す。

 勿論、杭に当たらないようになので真っ直ぐには走れないが、それでもできるだけ余分な動きをなくし、目的地に早く辿り着くために努力する。

 俺の体力が尽きるのが先か、杭に当たって餌食になるか先かという所の瀬戸際ではあったが、果たして俺は目的地に辿り着くことができた。

 目的地―。

 そう、俺の目的だったそこは学校の中心、すなわち校舎だ。俺は通用口に転がり込むように突入し、急いで身を隠す。

 息を潜めようともしたが、無理だった。流石にあんなに長時間走った後に息を潜めるとか無理があった。口を手で覆いなるべく呼吸音が漏れないように努める。ここであの攻撃が来てしまえば俺の命運もここで尽きてしまうのだが、果たして。

 果たして―。


 攻撃というか杭の出現は止まった。俺の周りだけという事でも無いようだ。杭が出現する時に響くあの地面を抉る様な音も止んでいる。

 どうやら、あの金髪は杭を出すことを止めたらしい。とりあえずは何とかなったようだ。ホッと胸を撫で下ろす。俺はその場に留まりながら考えをまとめ始める。ままよっとその場の勢いで考え付いた案だったが、どうやらうまくいったらしい。ここから考えられる金髪の能力についての考察をする。

・考察①―土の地面が無ければ杭は出せない

 これが一つ考えられる案だった。あいつは地面に手を付けることで杭を出していた。ということはだ。逆に考えれば手を付けなければ杭を出すことはできないということだ。

そこで俺は考えた。それ以外に何か制約が有るのではないかということだ。手を付ける場所。その場所がもし、土の存在する地面でなかったらという考えだ。まだ過程の段階だが、あいつの能力が土の形を変化させる能力だとすれば、それが存在しないつまり校舎の中などの建物の中ではその能力は使用できないという可能性だ。各人に与えられる能力の説明を受けてないのでよく分からないが、そのぐらいの制約はあってもおかしくないと思う。

でなければあの能力は強すぎる。自分が手で触れるだけで自由にその延長線上全ての地面の形を変化させることができる能力というなら、それはもはやチートだ。まぁそれが正解なのかもしれないし、そうだとしたら俺はチート能力の対戦者と初戦で当たってしまった不幸な挑戦者ということになるのだろうけど、こうして今無事にいられること考えるとそうではないのだろう。というかそう思いたい。そうであればここに居る限りは安全なのだろう。

俺は身を隠した陰から金髪の様子を伺う。

当の本人はどうしているかというと、やはり地面に手を付けることは止めていた。

立ち上がっている。ここまではよかった。俺の推論通りだった。

だが、同時に異常も発生していた。

なんと金髪がこちらに向かって歩いてきていたのだ。それも特に何も身に着けることも無く丸腰のままで、だ。

おかしい。

俺は考察を中止すると同時に音をなるべく殺しながら移動を開始した。勿論、金髪から逃げる方向に。

おかしいと感じたのは俺の考察①が当たってないと感じたからだ。その根拠は金髪が何も持っていない丸腰だからだ。

だからこそ余計にそう感じた。

話は戻るが、俺はここに身を隠す前に金髪に接近して格闘戦に持ち込むという案を却下している。それは、相手が何か近接戦になった際を想定して武器を仕込んでいたらという可能性を考慮してのことだ。

もし、何も持ってないということが分かっていたら俺は多分、突貫していたかもしれない。だってそれなら、同じ高校生同士の殴り合いになるだけの話だ。確かにそれは確実な勝利要素とは成り得ないが、現実的な案ではある。一方的に的にされるだけの戦いと自分にも反撃の機会が残されている戦いならば大抵の人間は後者を選ぶだろう。

ここまで説明を聞いた人ならもう分かった人もいるかもしれないが、敢えて言わせて貰う。


近接戦の武器も持っていなくて、それこそ近距離でなら相手と対等な立場になってしまうだろうと分かっていて、自分の優位性を捨ててノコノコと近づいてくる奴がいるだろうか?


答えはNOだ。他の誰でもない。俺がそう判断する。だって、俺が同じ立場なら

そんなことはしない。

 もし、相手に近づくという行為を行うのなら、それは近づいた時でも変わらないか近距離になるという不利な状況も覆せるアドバンテージを持っている時だけだ。


 急いで階段を駆け上がる。とりあえずなるべく遠くあいつに見つからないようにしなければ。


 全く忙しいな。確かに日常から開放されたいとは言っていたが、まさかいきなりこんなハードな展開に発展するとはなぁ。人生分からないものだ。

 しかし、そんなしみじみと感傷に浸っているわけにもいかない。絶賛エマージェンシーな状況なのだ。

 とりあえず、適当な教室の中に入り身を隠す。えっと確か三階の教室は三年生のだったかな。まぁそんなこと今はどうでもいいのだけど。

 腰を落ち着けたところで再び思案を再開する。全く忙しい。俺はあんまり頭の回る方じゃないんだけど・・・っとそんなことも言ってられないか。さてさて。

 少しずつ考えていくか。まずは金髪の行動、その意味についてだ。

 ふぅ―。

 呼吸を整える。えー、あいつの行動だが、俺に近づいてきたということだ。この行動が意味すること。俺が考えられることは二つだ。

一つ目はあいつが近距離での格闘に自信が有る場合だ。何かしらの格闘技を嗜んでいて多少の荒事ならば己の力だけで解決できる人間だった時。

 でも、正直このケースが正解ならばそんなに悲観する状況ではないと思う。断定はできないが格闘技をやっていようが所詮は同じ人間だ。どうにかならないわけでは無いはずだ。増してや場所はもう校庭のような見晴らしのいい場所ではないし、机や椅子、その他にも武器にできるものはある。それらをうまく使えば多少の力の差は埋められるだろう。そうなれば俺にも勝機はある。まぁそれでも俺は少し不利な状況にはなるけど・・・。

 二つ目。近距離でもどうにかなる能力を持っている場合。これは正直考えたくはなかったが、考えざるを得ない状況になってしまった。俺としては一つ目よりこちらの考えの方が有力だと思っている。

 勿論理由はある。と言ってもあんまり考えたくは無いが・・・。

 まずは、俺があいつの能力を的確に把握しきれているかどうかということだ。そもそも能力って一人一つまでなのか?少なくてもあの夢を思い出す限り、そんなことは

言ってなかった。ということはまだ俺に見せてない能力がある可能性がある。最悪それが正解だった場合、俺は為す術無くその能力の餌食になるだろう。しかも今度は近距離で能力を使われる。そうなったら俺には逃げることすらできない。

どう考えても完全に詰みだ。

そうでなかったとしてもあの能力、杭を出すという能力を俺が完全に把握できてない可能性もある。あいつが使っている能力はもっと汎用性があるというか俺の知らな

い使い方があるのかもしれない。

そして、それが現実的に有り得そうだということを俺が考えてしまうのは、あの金髪野郎が馬鹿じゃないということだ。これは一見、そんなの理由になるかと言ってしまいそうになるが、今までのことを考えると大きな要因になる。

そもそも一つ目の考えで自分はすでにその可能性に行き着いてしまった。それは、相手に勝機があるという諸刃の策ということだ。いくら自信があったとしても相手に勝機があるという策をあの金髪がほとんど考えもせずに実行するだろうか?そう考えると不安になる。やはり、あいつの能力。そこに何らかの策があると考えた方が自然な気がする。

どうする?どうすれば?

そういえば、さっき考察を途中で止めてしまったが、考察②の案をこの期に考えておいた方が良さそうだ。

・考察②―攻撃を止めた理由は目標の確認やある程度の距離が必要だから

 まぁ、この案については自分で考えててもなんだが、当たり前のことだと言えるだろう。

 しかしながら、今の切迫した状況ではこういう小さな情報でも大事にしなければならない。

 つまり、こういう考えだ。金髪が攻撃を止めたのは単純に俺を見失ったから、もしくは単純に距離が遠のいたから。その二通りが挙げられる。これは、前者でも後者でも俺にメリットはある。

 前者の場合、あいつに見つからなければあの攻撃を喰らうことは無いということだ。と言っても勝利条件が分からない今、俺にできることはあいつに見つからないようにそれこそゴキブリのようにコソコソと逃げ回ることしかできないわけだが。

それでもまぁ時間は稼げるだろう。その間に何か掴めるチャンスはあるということだ。俺の能力が何かは確認してないので分からないが、それ次第では状況を打破できるかもしれない。

 後者の場合でも俺にメリットはある。距離が遠ければ杭は出せないというのであれば、もっと遠くから何かしらの遠距離攻撃を行えばいい。

 うーん。遠距離攻撃なんて壮大なことを言っているが今の俺に何ができるのだろう?精精できて何かの投擲ぐらいだ。残念ながらここには銃も弓も存在していない。 

あぁ、そう言えばこの学校には弓道部があった。そこから弓と矢を拝借してくれば攻撃手段として使えるのかも。まぁ弓道なんてやったことないけど。

そもそもとして、金髪に見つからずにそこまで行けるだろうか。それ自体が大分難易度が高いと言えるんじゃないか?

うぅ。メリットはあるなんてポジティブに考えてみたが、やはりこの考察でいくと状況はかなり厳しい・・・

―。

何か聞こえる?俺は思考を止めて音の詳細を確認する。何だろう。心なしかこの教室もそれに合わせて揺れているように感じる。注意して耳を傾けると、どうやら音と振動のタイミングは一致しているようだ。

ッ―。

ガッ―。

ガ、ガ―。

ガガ、ガガ―。

何だこの音は?何かが激しくぶつかっている様な感じだ。あの金髪野郎が俺を探して暴れているのか?それにしては規模が大きすぎる。この振動から感じる衝撃、それは人が暴れた程度で出るものではない。それこそ教室一つが破壊されるくらいの衝撃だ。

音と衝撃はある程度定期的に起こり続けている。

どういうことだ?一体何が起きてる?

更なる状況の変化に頭の回転が追いついていない。どうすればいい?そもそもここに隠れていていいのか?

そう考えて俺が廊下に出ようと教室のドアを開けようとしたその時だった。

ガガガッガガガガンッ!

ものすごい音と衝撃と共に俺の目の前、ドアを一枚隔てた空間の様子が一変した。一瞬、何が起きたか分からなかったが、理解できた。理解できてしまった。

ドアのガラス越しに見えた風景、そこには無数の杭がひしめく様に床から突き出していたのだ。それは無造作に飛び出しており周りの壁や窓もその衝撃を受け、ボロボロになっていた。

あいつの仕業だ。俺はそれを理解すると共に絶望を感じていた。

俺は全然助かっていなかったのだ。事態は全然改善していなかった。むしろ悪化してしまったのかもしれない。考察①は全く当たっていなかった。あいつは、あの金髪

は―。

土が無い地面でも杭を自由に出すことができたのだ。

これを絶望と言わず何と言おう。俺は自分から袋小路に入り込んでしまったのだ。ここは三階の教室だ。もう逃げ場は無い。

足音が聞こえる。廊下を歩いているようだ。足音が止んで、何処かの部屋のドアを開ける音がした。それに続くように。

ガギッガガガギッ!

すさまじい音が聞こえた。地殻を砕くドリルのような衝撃音。身体の新まで響くような破壊の音。さっきのと同じ音だ。

ここで俺は完全に理解した。

この音は、ずっと聞こえてきたこの音はずっと同じものだったのだ。あの金髪がどうやって俺を探し当てるつもりだったのか分からなかったが、それはなんてことは無いただのローラー作戦だったのだ。虱潰し。まさに潰すという言葉がしっくり来る。

あいつは入る部屋一つ一つを自分の能力で、あの杭で砕き潰していた。

なんてことだ。それじゃあ身を隠す意味なんて無い。隠れたところでその場所全てが攻撃の対象になるのなら安全な場所なんてあるわけない。

ギギギッガガガギッ!

また音が聞こえる。その音は確実に近づいてきていた。間違いない。あいつはこの教室に近づいてきている。

どうする?ここから逃げるか?

だが、俺は動けずにいた。さっきの廊下に現れた杭を見ていたからだろう。俺は逃げるのは無理だと感じた。きっとあいつは教室の中なんて見て回っていない。たぶん、

部屋のドアを開けてそこで立っているだけだ。だってそれだけで十分なのだ。部屋の中に入る必要なんて無い。そこから部屋の中全てを破壊することが可能なのだから。だから、きっと俺が部屋を出たらすぐ気付く。

その後は簡単だ。俺はあの杭の波の中で押し潰される。あいつの攻撃は確かに一発喰らったが、あんなものでは済まないだろう。たぶん、次の攻撃が終わった後、俺の五体はもう無事ではない。そもそも生きていられるかも怪しい。

えぇい!だったらどうするんだ?どうすればいい?どうすれば助かる?

いっそ教室を出て金髪に助けを乞うか?勝負に負けるので命だけは助けてください。そう言えば敗北条件がなんなのかは知らないが少なくとも命だけは助かる。

そう、助かる。

救われる。

でも―。


結果として俺はそれを選ぶことを止めた。嫌だ。そんなことしたくない。そんなことでこのチャンスを逃したくない。

普通じゃない日々。

当たり前じゃない体験。

それは俺が望んでいたことだ。俺が最も求めていた物だ。それを簡単に手放したくない。この縁を離したくないんだ。だから考える。俺はここで負けるわけにはいかない。ここで終わりにはしない。絶対に勝って次に進むんだ。

俺はその為に精一杯考える。自分に勝ち目がある戦い方。もう逃げ場は無い。猶予も無い。

腹を括る。もうやるしかないんだ。

俺はドアの隅、丁度死角になる場所に蹲ってその時を待つ。チャンスは一度だけ。その時が来るまでじっと息を殺して俺は待った。音は近づく。確実に。絶対にあいつはこの教室に来る。


そして、その時が来た。俺のいる教室のドアが開く。

その瞬間―。

俺は力を込めてドアの向こうにいる人物に拳を向ける。言葉通り、全身全霊、その全てを込めて。

ここしかない!ここだけがあいつと唯一、対等になれる場所だ。ここで不意打ちを喰らわせてそのまま叩く!

俺の読みは当たった。俺が全力で向かった先、俺の目に映ったのはそこにいたのはあの金髪だった。至近距離なら対等。だからこその不意打ち。

先手必勝―。

その、はず、だったー。

「ぐふっ!」

殴り飛ばすはずだった俺は逆に吹っ飛ばされて、その衝撃で教室の端まで飛ばされていた。

 なんで、だ?

 身体に痛みを感じながら、相手を見る。俺の目線の先、教室のドアのところに立っていたのは間違いなく金髪だった。ただ一点様子が違っていた。それは―。

 そいつが鉄パイプのような物を持っていたことだった。それで俺は穿たれたらしい。金髪はその槍を突くような構えを解き、笑った。

「はははっ。やっぱりやっておくものだなぁ。近接戦対策ってのはよぉ。」

金髪野郎はそう言ってその槍を地面に付ける。

 そうすると、その棒状の物体は地面に沈んでいく。まるで何も無かったかのように。何てことだ・・・あの能力はそういう使い方もできたのか。

 まさか、自分で持てる武器にもできるなんて考えもつかなかった。だからだったのか。あいつが丸腰で俺を探しに来たのは、近づいてきたのは対策があったからだったんだ。

 甘かった。しかも、俺の不意打ちまで読まれていた。あいつの方がこの戦いでは一枚も二枚も上手をとっていたのだ。

 吹っ飛ばされてよろよろと立ち上がる俺に向けて金髪は言う。

「残念だったなぁ。せっかくの頑張りも無駄になったって所だろう?もうこの後は大体分かってるよなぁ?」

その態度は完全に勝ったことを確信しているようだった。でも、実際その通りだった。不意打ちは失敗してしまった。そして俺は教室の中にいて、あいつは教室の入り口で俺を標的として完全に捕らえている。

 この状況が意味するところはすなわち俺の敗北だ・・・

 ここから覆せる手段を俺はもう持ち合わせていない。その手段を思い付くだけの思考時間も無い。

 俺はジリジリと後ずさりをする。もう無駄なことは分かっている。

「覚悟はできたか?」

金髪がそう言って手を地面に付ける。

「じゃあな。」


ズガガガガッ!バキキッ!

杭が教室の床の至るところから這い出てくる。周りの机や椅子を吹き飛ばしながら。もう回避する術は無い。もうこの教室、俺の逃げ場は無いのだ。


バリーンッ。

窓が割れる音だ。

しかし、それは杭が突き抜けて割れたのでは無い。その窓を割ったのは俺だ。俺は窓から外へ飛び出した。

「なっ!」

飛び出す直前に驚く金髪の顔が見えた。それはそうだろう。ここは三階の教室だ。飛び降りれば無事では済まない。それでも。

 それでも俺はそれを選んだ。このままあいつの思い通りにやられるくらいなら、俺は自滅する可能性があるとしても自分で行動することを選ぶ。

 身体が宙に舞う。

 俺の目には杭に侵食された教室、それから灰色の空が見えた。実際にはこの時間は一瞬なのだろう。

 だけれど、俺にはこの時間がとても長く感じた。これが走馬灯という奴だろうか?今までの出来事や出会った人達が俺の頭の中に映画のフィルムのように流れた。そして、あの夢。お前に力をやると言われたあの夢を最後に思い出す。

 俺にもっと力があったならなぁ。

 そう思い残しながら俺の身体は地面へと引力で導かれる。

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