第2話山の芋鰻になる

 俺は夢を見た。

自分で夢と分かる夢がある。明晰夢というらしい。俺にはこれが夢だと分かり俺はそこに自分がいることが分かった。

 周りには何もない空間。そこに俺は立っていた。薄暗い空間だった。目を凝らしてみても周りには特に何も見えない。壁すら無い様だった。どこまでも続いているような果てしなく大きな空間だった。

 俺はその中で特に何も出来ずに立っていた。特にしたいこともないということもあったのだが、それ以上にその空間では俺は何も出来なかった。夢だと分かっているなら空を飛ぼうと思えば飛べたり、誰かを呼ぼうとすればその人を呼べたりするはずなのだが、その夢では俺はそれらをすることができなかった。

 ただ立っているだけだ。夢だと分かっていているのにただ立っている。それだけ。何かおかしな夢だなぁと思った。それでも俺には何も出来ない。まぁこういう夢もあるのか。そう思っていた。

 そんな時だった。

 突然に自分の目の前、俺のちょっと上の空間辺りが明るくなった。その光の中には何やら人影のような物が見えた。

 俺は立っていることしかできず、動くこともできないのでその光を見る。光の中にある人影のような物は逆光で姿は全く分からなかった。

 何だこの夢は?どうなってるんだ?と頭の中で思考を巡らせていると

「人間よ。」

と声が聞こえた。それはたぶん光の中の人影が俺に呼びかけといるのだが、何故かその声は俺の頭の中に直接響いているようだった。

 まるで自分の脳内に直接呼びかけているような感覚。まさにそんな感じだった。

「聞こえているか。人間よ。」

声が再び脳内に響く。

「聞こえてるよ。」

俺は答えた。口を開くことはできた。というより今さっき口を開けることができるようになった。そんな感覚だった。何だこれは?

「そうか。人間よ。お前の名前は何と言う?」

そんなことはお構いなしに声の主は言葉を続ける。

「俺の名前は王子日馬だ。」

俺の口から自然に言葉が出た。そんな感じだった。俺はこの世界や声の主について疑問を持っていたのにそれを言葉にしなかった。いや、正確にはそれを口に出すことができない。そんな感じだ。俺の夢であるはずなのにここでは俺に自由は無かった。

「王子日馬。そうか。お前は何か望みがあるな。」

また脳内に声が響く。望みがある?俺は何かを望んだだろうか?だとしたらそれは何だっただろうか?うまく言葉に出来ない。

 黙っていると再び声が響く。

「よい。言わずとも分かる。お前は望みを持っているな。だから私がそれを叶える機会を設けよう。」

何だって?それを叶える機会だと。何を言ってるんだこいつは?そもそもこれは夢だ。夢の中にいる奴が俺の願いを叶えるとか訳が分からない。俺は一体何の夢を見てるんだ?

「お前に力を与えよう。」

そいつは俺にそう言った。力?何を言ってるんだこいつは?俺が何かそういうテレビとか本とか見てた影響なのかね。映画のヒーローとか漫画のキャラみたいな不思議な能力でもくれるってのかね。

「そうだ。お前に新しい能力をやろうということだ。」

びっくりした。

こっちの考えてること分かるのかよ。いや、夢の中だからあってもおかしくないのか。でも、一体どんな能力なんだ?それに与えようって言われてもなぁ。ここ夢の中だし。ここで貰ったとしたって意味ないじゃん。

「ふふっ。心配することはない。お前が得た能力は現実でも使うことのできる能力だ。まぁ少々限定的ではあるがな。」

また、俺の心を呼んだかのように声が応える。

 ホントになんだこの夢。この声も俺が作り出したものだとしたら一体俺はどんな精神状態なんだよ。現実でも使えるって確かに俺はそんな不思議な力に憧れてはいたけどそれが夢にまでこうもはっきりと出るかねぇ。

「その能力を使ってお前は叶えるがいい。お前の望みを。」

おいおい、何の力かも分からないのにそれで俺の願いは叶うのか?何かうまくいきすぎてないか?まぁ夢だからそういうものなのかもしれないけど、それにしてもうまく出来すぎている。

「そうだな。そんなにうまい話じゃない。」

また、俺の心を読んだ。もうここまでくると慣れたな。俺は黙ってその言葉を聞く。

「始めに言ったな。お前に機会をやろうと。だから、お前はその望みの為に戦い争うのだ。」

はぁ。戦い?争う?何言ってるんだ?戦争でもしろってのか。ますます以って何を言ってるのか分からなくなってきた。それに俺には戦う理由も術も無い。

「理由はあるだろう。お前は自分の望みを叶えたいのだろう?その為だ。それに言っただろう。力を与えるとな。お前はその力で戦って勝ち残る。そうすればお前の望みは叶えられるだろう。」

当然とばかりに声の主は言った。そう言われると確かにしっくりくるものはある。でも、一つだけ分からないことがあった。

 俺は一体誰と戦うんだ?

「ほう?気付いたか。少しは頭の回る奴のようだな。そうだな。お前が戦う相手は人間だ。」

なんだがバカにされたようで少しイラッとしたが、その後の言葉の方が俺に引っかかった。何て言った?いやわかるが。人間だって?誰だよ。その人間って。誰か知らないが、どこのどいつか分からない人間と貰った能力でタイマンよろしく異種格闘技でもしろってか?

「まぁ概ね合っているが、完全な正解ではないな。それに戦う相手は一人ではない。それこそ世界中にいる。望みを叶えたいという人間はお前一人ではないのでな。言うならばバトルロワイアルとうやつだ。お前らは争い合い、その中で残った一人のみの願いを叶えるというわけだ。ちなみに相手が誰かをここで教えるわけにはいかない。それはフェアではないのでな。お前らには対等な条件で戦って貰うことにする。その方が面白いからな。」

世界中だって?規模が大きすぎる。それに相手が誰かも分からない。

 そんなのどうしろってんだ。それこそ身近なところに母親や親父や友達が俺の敵になることもあるってことだろ。それに世界中じゃ俺が戦えない相手だって出てくるじゃないか。そんなの俺一人でどうにかなる問題じゃないぞ。それに相手が誰か分からないんじゃ戦いの始めようが無いじゃないか。

「心配することはない。手は考えてある。それに自分の戦う相手は自ずとわかる。まぁ詳しくは後で説明があるから聞いておくんだな。今言えるのはこれくらいだ。」

声の主はもう言うべきことは終わったというような感じで話を終わらせようとしているようだ。ちょっと待て。俺にはまだ聞きたいことがいっぱいあるんだが、そもそも俺の能力は何だ?俺はこれからどうなるんだ?

 だが、俺の疑問は俺の口からは出なかった。というか口が開かない。光も遠のき周りも暗くなってきた。俺の意識も遠のいてくる。

 やがて、全ては暗闇に染まり俺の意識はそこで途絶えた。


 目覚ましの音が鳴っている。どうやら朝のようだ。うぅ。変な夢を見たな。まだ覚醒しきってない身体でとりあえず目覚ましを止める。

 目覚ましを止めたところで俺の頭の中に声が聞こえた。それは酷く機械的な声だった。人間ではなく音声案内のようなそんな印象を感じた。

*おはようございます。詳細に関する案内を聞きますか?*

まだ寝ぼけているのかと思って俺は頭を振って自分を起こそうとする。だが、また

*おはようございます。詳細に関する案内を聞きますか?*

と声が聞こえた。おいおい。行く何でも酷すぎだろ。今日の夢の続きなのか。全く引きずり過ぎだ。とりあえず、頭の中でその声に対して

「必要ない。うるさい。」

と反論した。すると、

*了解しました。案内を一旦終了します*

と言って声は途絶えた。全く、寝ぼけすぎだな。にしても。

 あんな夢を見るとはなぁ。いよいよもって俺の精神状態もなかなかやばいのかもしれないな。そんなことを考えていると

「早くしなさい。学校遅れるわよ。」

と下から声が聞こえてくる。母親だ。全く。いつも変わらない。しょうがないので着替えをする。

短パンを脱いで鏡の前で着替えをする。

 いつもと同じことなのだが、ふと何か違う印象を感じた。いや感じるというよりは見えた方が正しいなこれは。

俺の右胸の上、鎖骨の下辺りか。その辺に何か痣のようなものができていたのだ。Tシャツを脱いで確認してみる。確認するが痣があるのはそこだけだった。記憶を辿ってみるが、昨日俺はここをぶつけたという記憶は無い。それになんか変だ。

この痣は何か印みたいになっている。普通は痣はもやもやっとしてちゃんとした形は無いはずなのだがこれはちょっと違う。なんだろう。三日月のようなそんな感じだ。それが綺麗に形どられたかの様に俺の身体に浮き出ている。大きさとしては2センチから3センチと言ったところか。

んー。でもなぁ。分からないしなぁ。実際俺が覚えてないだけで、どこかにぶつけていた可能性もある。まぁこれは何とも言えないし、とりあえずはいいか。このままにしておこう。特に痛みとかも感じないし。

着替えを終えて一階に降りる。リビングでは昨日と同じ光景があった。

「おはよう。」

と言って俺は自分の席に座る。

「おはよう。日馬。」

と親父。

「おはよう。全くノロノロしないの。朝は短いんだからテキパキ行動しなさい。」

と母親。

 俺は黙って朝食を食べる。母親の野次も気に障るがそれに抗議する方がたぶん一番無駄な行動だろう。なるべくテキパキ行動するなら触らぬ神になんとやらだ。この神様は機嫌を損ねると余計に野次を飛ばしてくるからな。無視が一番安定する。

 朝食を食べながら周囲を見渡す。親父や母親は特にいつもと変わりないし、テレビも見てみるがいつも通りにニュースが流れていた。特に変わった事件とかも内容で世の中のどーでもいいことを今日も情報として配信しているようだ。

 んー。やはり変わりないか。あの変な夢を見たから何か変わってるかと思ったが、そうではないらしい。まぁ夢は夢だし、いつものことって言えばそれまでだ。ただちょっと変わった夢を見ただけだったらしい。

 そんな俺の様子に気付いたのか

「何かあったのか日馬?」

と親父が声を掛けてきたが、

「別に。何も無い。」

と俺は朝食を食べる作業に戻った。

「お父さんも日馬のことばかり気にしてないで。自分のご飯も早く食べちゃってね。電車に間に合わなくなっちゃいますよ。」

母親にそう言われて親父も俺を気にするのを止め中断していた朝食を食べる作業を再開する。

 その内に俺は朝食を食べ終わり食器を片付けて玄関に向かう。その俺を母親が呼び止める。

「待ちなさい。日馬。あんた今日は何時に帰ってくるの?」

俺は少し考えた後、

「まぁ昨日と同じくらいじゃない?」

と返して、靴を履いて玄関を出る。後ろから全く適当なんだからと言う声が聞こえてきたが、無視する。

何時だっていいだろうに全くうるさい人だなぁ。


外に出ると例のごとく瑠希がいた。まぁこれも昨日と同じ、いつも通りって奴だ。特に変化も見られない。

「おう。」

と声を掛けて俺は学校へ行く作業を進める。

「おう。じゃないでしょ。おはようでしょ。お・は・よ・う。あんたまともな挨拶もできないわけ?全く気分悪いわね。」

小言を言いながら瑠希もついて来る。うるさいやつだなぁ。

 そして、いつもの様にお説教タイムが始まる。今日の内容はどうやら昨日の俺の態度のことのようだった。

「あんた。始業式のときのボケッとした態度はなんなのよ。」

「授業中だってボーっとしてちゃんと先生の話聞いてたの?」

「放課後だってまたどっか遊び歩いてたんでしょ?全く部活もやらずに何やってんのよ。」

あーあ。始まった始まった。俺は聴覚をオフに切り替える。何も聞こえない。俺は物だ。そこら変にある石ころだ。俺に耳は無い。

 いつものように俺は話を全て受け流す。で、聞こえないけどとりあえずはいはいと分かりましたを連呼して登校を続ける。それだけの作業だ。

 これだけならいつもの作業なのだが、今日はいつもと違うことがあった。

 何か聞こえるのだ。もちろん、瑠希の声は聞こえる。聞こえないけど聞こえたくないけどうるさいくらいに隣で話しているからそれは分かるのだが、それはいつものことだ。話しているのだから聞こえて当たり前だし、おかしなことではない。

 それ以外で何かが聞こえる。何だこの感覚?確か朝にも同じような感覚があった気がする。その声は俺の耳と言うか頭の中に直接響くような声だった。

 それは心の無い機械の様な声で俺に言葉を語りかける。

*対象者との戦闘可能距離に入りました。戦闘を開始しますか?*

俺は声を聞こえないようにと精一杯努めているのだが、その声は頭の中に直接響いてるせいか、全然止まない。同じトーンで同じ音量で俺の頭の中に鳴り続ける。

*対象者との戦闘可能距離に入りました。戦闘を開始しますか?*

*対象者との戦闘可能距離に入りました。戦闘を―。*

*対象者との戦闘可能距離に―。*

*対象者とのー。*

十回以上頭の中にその声が流れたところで、俺は思わず

「うるさい!静かにしろ!」

と叫んでいた。思ったより声が出ていたらしい。隣にいた瑠希がびっくりして話すのを止めていた。

 俺が叫ぶと不思議と頭の中に響いていた声は聞こえなくなっていた。まぁ瑠希と言えば

「何よ。日馬の癖にあたしに文句があるって言うの?あんたねぇ―。」

と俺に対する小言を再開していたが、それはいい。いつも通りのことだ。それにしても何だあの声は?昨日の夢といい、今日は二回も変な声が聞こえるし、俺はとうとうおかしくなってきたのか。

 そもそも、頭の中に声が聞こえるなんて望みは俺にはないぞ。しかも、周りはいつも通りだし何も面白くないじゃないか。

 全く面白くない世の中だよ。そう思いながら俺は学校へ行く。

そう、いつも通りに。


学校に着いた。特に見渡しても何も変わったようなところは見られない。学校に着いたらまた頭の中にあの変な声が響くかと思ったが、そういうことも無いらしい。俺は教室へと向かう。

教室に着くと、瑠希は昨日と同じように自分の仲良しグループの方へ向かう。

俺も自分の席へと向かった。

「よー。元気そうだなー日馬。何か良いことでもあったか?」

声の方を見ると玲土が隣に来てニヤニヤしていた。

「あ?どこがだ。お前の目は節穴か。」

「えー。そうかなぁ。僕の目には楽しそうにしてる日馬が見えるけどねー。」

と言ってまだニヤニヤしていやがる。ホントにどうかしてるわこいつも。それと友達だって言う俺も大概か。

「うるせーなぁ。俺は今日疲れてるんだよ。あんまり朝から話しかけるんじゃねぇ。」

俺がジト目でそう言うと

「ははは。何だよ。それホント?日馬いつも同じ様な顔してるからわかんなかったよ。」

こいつ笑ってやがる。

「見ろ。この目を。どう見たって着かれきってる人間の目だろうが。」

俺は自分の目を指差して玲土に訴えた。玲土は俺の顔をジーっと見た後

「んー。いつもと変わりないなぁ。死んだ魚みたいな目してるわ。」

と毒を吐きやがった。何だよ、死んだ魚みたいな目って。

「お前結構酷いやつなのな。」

俺は訴える努力を止め、机に突っ伏す。

「まぁまぁまぁまぁ、僕はただただ事実を言っただけで。それに死んだ魚のような目も悪いことばかりじゃないと思うよ。そういう目が好きな人だっているかもしれな

いし。」

なんだこいつ。それで言い訳したつもりか。何のフォローにもなってねぇよ。

「うるせぇな。とりあえず俺は疲れてるんだ。特に話すことがないなら自分の席に戻れ。俺はHRが始まるまで寝るから話しかけるな。」

俺はそう言い切って机に突っ伏して窓の方に顔を向ける。

「悪かったよ。まぁしょうがないか。人間疲れが取れないときもあるしな。まぁ授業中先生に怒られないようにだけ注意しとけよ。」

そう言って玲土は自分の席に戻っていった。

 俺はハァとため息をつく。何にも変わってないよ。世界は何も変わってない。

あーあ、何であんな夢見たかなぁ・・・。


その後はいつも通りだ。正真正銘のいつも通り何事も無くHRが始まり授業になって昼休みになる。これだけだ。特筆するようなことなど何一つ無い。

まぁ、強いて言えば俺が授業中に寝てるのが見つかって先生に怒られたぐらいだ。それだけだ。


昼休みの時間なのでまた、友達で集まって飯にする。今日も今日とて周りの奴ら

は昨日のテレビ番組やゲームの話題で盛り上がっている。

「日馬。昨日のドラマ見たか?」

またこの質問だ。こいつは本当にドラマ好きだな。

「見たよ。」

「どうだった?」

「どうだったってなぁ。まぁ王道のボーイミーツガールにいろいろ足してみました。みたいな?そんな感じだったな。まぁ面白くなるかはここからじゃねーの。」

俺は正直に見た感想を話した。

 だが、ドラマ好きの友達にはその感想では足りないらしく

「いやいや、あそこ足してみたがいいんでしょ。しかもあの演出の使い方やっぱり監督がいいんだよなぁ。こうなんていうか不思議な世界観って言うの?そういうのをだすことでよりドラマとしての奥の深さが出てくるんだよ。

熱弁されてしまった。

「ふーん。そういうもんか。俺は監督とかよく知らないからそこまで考えたことな

かったな。」

「大事だぞ。監督や脚本書く人によってドラマはいくらでもよくなるんだ。今回のドラマはこれからの展開に機会だな。お前も次から見逃さないように見て置けよ。」

「分かった。とりあえず、飽きるまでは見てみるよ。」

「まぁ飽きることなんて相当無いと思うけどな。」

とその友達は自信満々に語る。どこからそんな自信が沸いてくるのか。監督や脚本家を全く知らない俺としてはいまいちピンと来ない。

「そういえば、昨日日馬と遊斗ゲーセン行ったんだろう?どうだったんだ。」

ここで遊斗が熱弁を開始した。

「いやー。あの新作ゲームはいいぞ。まずはきゃらを選ぶんだけどそれがどれも良くできてるんだよ。時間一杯まで粘っちまった。」

「で、肝心の内容はどうなのよ。」

「もう、問題なしの出来だね。戦闘システムがいいのは当たり前だけど何よりストーリーがいい。アリナって女の子を助けるところから始めるんだけど、そこから―。」

話が長くなってきたので俺はその話から抜けた。俺としてはとりあえず普通のゲームだなぁと思ったくらいだし、俺のコメントはここではいらないだろう。

 とりあえず、皆が会話に夢中になっているので隣にいる玲土に話しかけてみた。

「お前はどうなんだよ。何か面白いことはなかったのか。」

玲土は少し上のほうを見て考えていたが、

「まぁいつも通りだね。」

と面白くない回答をしてきた。まぁいつも通りなのは俺も一緒なのだから何ともいえないのだが、玲土は部活に通っているのだ。サッカー部だったかな。小中高ってずっとやっていたらしい。二年生になって初めてレギュラーに選ばれたと言っていた。それなのにいつも通りって。

何か虚しくなるな。

「まぁ大会のとき以外は基本練習しているだけだし、そんなに何かあるわけでもないよ。何なら日馬も入部してみるか?何か変わるかもしれないぞ。」

低調にお断りしておく。大体、運動部ってぶっちゃけ疲れるだけなんだよな。休みの日も練習あったりするし、のんびりしたい俺としてはそういう風に自分の時間が拘束されるのは好きじゃない。

「まぁそうだろうな。日馬ならそういうと思ってたよ。」

俺のことを見透かしたように玲土は言った。まぁ一年ちょっとの付き合いだ。その辺

は分かって貰えるだろう。

 ふと、俺の頭の中にある思考がよぎった。大したことではないのだが、ちょっと昨日の夢のことを玲土に聞いてみよう。

「あのさ。」

「ん?何?」

「玲土。お前夢って見るよな?」

「夢?何それ?僕が夢見る少年かどうかってそういう話か?将来の夢とかならまだちゃんと考えたことは無いから何ともいえないけど、こう何ていうか幸せな家庭を気付けたらいいなとは思ってるよ。そのくらいには夢は見るけど。」

「いやいや、違う。夜に見る夢の話。お前の将来の夢なんてそんなに興味ねぇよ。」

俺がそう言うと、玲土は渋い顔をして

「何だよ。酷い奴だなぁ。僕の夢にだって少しくらい興味持ってくれてもいいじゃないか。」

と言った後に

「で、何?夜に見る夢でしょ。そんなの見たことあるよ。何回もね。普通でしょ。」

と当然のように述べた。まぁそれはそうだ。

「うん。まぁそうなんだけどさ。明晰夢って見たことあるか?あの何ていうか自分が夢だって気付いてる夢なんだけど、それはあるか?」

「あぁ。あるよ。と言ってももう覚えてないけどね。あれって面白いよね。夢の中だから空飛んだり、自分の好きなもの食べたり、自由に遊んだりできる。」

玲土は楽しそうに語った。

「まぁ、そうなんだけど、そういうのとはちょっと違うって言うか、何て言えばいいんだろ。難しいな。えーっとな。自分が夢だと分かってるんだけど、自分ではうまく行動できないというか自分の意思がうまく反映されないって感じか。そういう夢見たこと無いか?」

玲土は俺の質問を聞いて難しい顔をする。

「夢だと分かってるのに何もできないのか?」

「まぁそうだな。自分ではうまく行動できない感じ。」

「うーん。」

と少し唸って考えた後に、ハッとした顔をして

「あぁそれかどうかは分からないけど近いものはあるかな。」

と答えた。おぉ何だ。玲土にもあるのか。俺が見たようなあの夢と同じような体験が。

それは是非とも聞いてみたいものだ。

「どんなだ?」

「あれだよ。あれ。怖い夢。途中で気付くんだよね。あーこれ夢だわって。早く起きろ早く起きろってさ。そう思って起きるとビクッてなってさ―。」

俺が期待したのとは全然違う話だった。確かに俺もそういう夢は見たことあるけど今聞きたいのはそれじゃない。

「もういいや。分かった。」

「何だよ。他人に聞いといてそれはないだろ?じゃあ日馬はどんな夢見たんだよ?それ聞かないと納得いかないわ。」

玲土はそう言って俺に夢の詳細を求めた。

 と、言われてもなぁ。正直俺自身あの夢が何なのか分からないし、うまく説明できるかどうか。

 どうしたのもかと考えながら玲土の方を見るとこいつはジーっと俺の顔を見ていた。どうやら説明しないと収まらないらしい。

 仕方が無いので俺は昨日の夢を思い出しながらポツリポツリと話し始めた。

「えーっとなぁ・・・」

といってもどうしたらいいもんか。よくよく考えてみるとあの夢は結構曖昧な感じなんだよなぁ。

「なんていうか。薄暗い空間?みたいな所にいるんだよ。」

「ふーん。それは自分が?」

「そう俺が。」

「そうかお前一人しかいないのか?」

「うん。俺一人しかいない。それに他に物とかも何も無い。」

「ふむふむ。じゃあ本当にお前一人しかいないっていうか、それ以外他に何も存在しない世界なんだな。」

「そうだ。その認識で間違いない。」

「で、お前はそこにいるだけで何もできないってこと?」

「そう。」

確かにそうだった。あの夢、あの場所にいた俺は動くことも口を開くこともできなかった。できることはその場で周りを見渡す、暗闇を見ることだけだった。

「俺は何もできなかったんだ。」

玲土はふーんと頷きながら

「じゃあ、その空間でずっと立ちながら朝までいたってことか?」

と質問した。

「いや、違う。」

俺はすぐに否定した。

「じゃあ、何があったんだよ?」

玲土は聞いた。確かにそれは当然の質問だ。だが、何があったと言われるとちょっと難しいな。どう表現したものか・・・

「んーとな・・・」

さてさてここからの話を信じてくれるかなぁ。俺は少し声のトーンを落として話を続けた。

「そこで、ふと光が現れたんだ。俺の目の前に急にだ。」

「ふーん。光ねぇ。」

「んで光の中に何かいるんだよ。逆光で分からないけど。何かいるのは分かった。人影?みたいなそんな感じでさぁ。」

「ほぉー。何かあれだな。神様降臨みたいな。そんな感じなのかねぇ。」

玲土は頬を掻きながら俺の話を聞いていた。まぁそれはそうなってもおかしくないか。確かに自分で言ってても思うけど変な話だしなぁ。

「いや、でも更に変なのはここからなんだよ。」

俺は眉をひそめて話を続けた。

「その人影からの声が聞こえるんだよ。」

それを聞いて玲土は少し興味を無くしたように

「なんだよ。別に普通じゃん。それに夢なんだし、全然有るだろ。」

「いやでも、それがな。」

俺は仕切りなおすようにもう一回言いなおす。

「声は聞こえるんだけどその光の方からじゃないんだ。頭の中に直接聞こえるんだよ。こう何ていうか脳内に響く感じで。」

それを聞いてもまだそこまで興味が沸かないのか。

「へー。それはすごいな。でも、夢じゃなかったらな。」

まぁ確かに。夢の中ならそれも有りだろう。

「確かにそれは有るけど、その言葉がまたおかしいっていうか変なんだ。」

「ふん。じゃあ何て言ったのさ?」

「まずは、俺の名前を聞いてきたんだ。」

興味なさそうに聞いていた玲土はそこでブッと吹き出し、

「あはは。なんだそれ?お前の夢の中の誰かがお前の名前を聞いてきたのか?」

と笑いながら言う。それでも俺は真剣な顔で続ける。

「あぁそうだ。人間よ。お前の名前は何だ?って聞いてきたんだ。」

「ほー。人間よ、か。ますます以って神様みたいな奴だな。そいつは。んで何もできない日馬君はどうしたのよ。」

「それがな。その質問をされた時に口が動くようになったんだよ。それまで何もできなかったのにだぞ。急に口だけ動かせるようになったんだ。」

「急にねー。まぁ夢だからね。何が起こっても不思議ではないけど。で、何て言ったの?お前は誰だ?とか聞かなかったの?」

「いや、俺は自分の名前を言った。」

「へー。珍しいじゃん。日馬が素直に質問に従うなんて。僕だってその状況ならそんな質問されても素直に答えないかもしれないな。増してや自分の意識があるなら尚更だ。」

「確かに。俺だってそうさ。まず、ここはどこだ?とかお前は誰か?とか聞くさ。それか無視するかだな。でも、それはできなかった。」

「できなかった?口を開けられるようになったのに?」

「そうだ。口を開けて出た言葉は俺の名前だった。いや、正確には言葉が口を破って出てきた。そんな感じだった。」

「まぁ夢だしなぁ。」

「でも、自分の意識はあるんだぞ。これが夢だと分かってるんだ。なのに俺は何もできずにその言葉に従ってるんだぜ。これってありえると思うか?」

「んー。でも実際あったんだから有りえるんじゃない。僕はそんなに夢に詳しくないから分からないけどそういう夢見る人がいてもおかしくないとは思うけど。」

玲土は考えるような仕草をしながら己の見解を述べた。

「まぁな。でもちょっとおかしいとは思うだろ?この後がまた変なんだよ。」

「ほぉ。引っ張るねぇ。まだ続きがあるのか?」

「おう。ここが一番不思議と言うか気になる所だな。物語で言ったらクライマックスってとこだな。」

「おーおー。ハードル上げてくねぇ。じゃあ聞こうじゃないか。その夢の続きを。」

俺は一旦間を空けて再び口を開く。

「その声の主か。そいつが俺にまた話しかけてくんだよ。それでさ、何て言ったと思

う?」

「えー。急に質問されてもなぁ。何だろう?ここは天国だ、とか?それともお前はだらけすぎだから地獄行き確定だとかね。あはは。日馬なら心当たりがあるんじゃないの?」

「まぁ俺がだらけすぎだと言うことは自分でも理解してるがそれで地獄行きは無いだろ。それに言った言葉はそうじゃない。そいつがおれに言ったのはこうだ。お前に力を与えよう。そう言ったんだ。」

少しポカーンとしたような顔をして玲土は俺に聞いた。

「力を?与えよう?」

俺は頷きながら答える。

「そう。そいつは俺にそう言った。力を与えるって。」

「うーん。よく分かんないけど、でも日馬いつも言ってるじゃん。ほら、今日も退屈だなぁとか普通だなぁとか。だから、そういう夢になったんじゃない?成りたい自分になる為にみたいな。それってそういうシチュエーションじゃない?」

「うん。お前の言うことも一理ある。深層心理が出てきたって事だろ?確かにおあつらえ向きの趣向ではあるわな。でもさー。」

「でも?」

俺は指を立てて玲土の前に見せる。

「この話はまだ終わりじゃない。まだあるんだ。」

「おぉ。まだあるのね。ってかよくそこまで覚えてるね。夢って結構起きてから時間が経つと忘れちゃうものだと思うけど。それだけインパクトがあったってことかなぁ。まぁいいや。聞くけど。」

「おう。もうちょい話しに付き合ってくれ。」

俺は話を続けた。確かに玲土の言うとおりここまで鮮明に夢を覚えてるってのも珍しいな。怖い夢とかだったらあるけど、それでも時間が経てば記憶は薄れるものだ。起きてからもう六時間くらい経っているのだが俺にはさっき見たばかりのようにその内容を語れた。

「それで力をくれるのかと俺も思ってたんだけど、そいつは何か変なこと言うんだよ。この能力は現実でも使うことができるってな。しかも、限定的だった言うんだ。」

「現実で使うことができる?それって今この場でもその力を使えるってこと?」

「どうだろうな。まぁどんな力を貰ったのかは俺は教えてもらえなかったし、夢の話だからな。現に俺は何か新しい能力に目覚めた感覚は無いよ。」

「そうか。でも、変な感じだな。夢の中の人物が現実でもなんてわざわざ付け加えるなんて。」

「そうだな。まぁ俺が夢だと分かっている夢だからそう付け加えたのかもしれないけどな。夢じゃなくて現実でも何か変化が欲しい。そういう願いが俺にこの夢を見せたのかもしれないし。」

「まぁね。」

玲土は頷いた。

「でも、どんな力かは分からなかったんだろ?」

頷いた後、玲土はそう俺に尋ねた。

「そう。俺にはその力が何か聞くことはできなかったし、結局その夢の中でもその力を使用することは無かった。」

「ふーん。じゃあこの夢はこれで終わり?」

玲土の質問に俺は首を振って

「いや、まだある。」

と答えた。

「はぁ。まだあるのかよ。」

玲土は言った。その態度は少々飽きてきているようだった。確かにチョットというかかなり長い内容だしな。

まぁここまできたんだ。最後まで付き合ってもらおう。

「俺に力を与えたその声の主が言うんだよ。お前はその力を使ってお前の望みを叶えろってな。」

「はぁー。」

玲土は頬をポリポリと掻いた後

「何かややこしい話だね。」

と感想を述べた。

「そうだよな。そもそも力をくれる時点で願いを叶えてくれればいいのにそれを使って願いを叶えろなんて俺もおかしい話だと思った。」

「だよね。」

「でも、違ったんだ。力を与えられるのは俺だけじゃない。そいつはそう言った。それこそ世界中の人間に俺と同じように力を与えると言ったんだ。」

「はえー。じゃあ僕にもその力が宿ったりするのかね?」

「どうだろうな。少なくてもお前はその夢を見てないんだろ?だったらお前は力を与

えられてないのかも。まぁ分からんが。」

「そうか。それは残念。」

玲土はそう言ったが、その顔は全然そう思っている顔ではなかった。まぁそりゃそうだ。これはあくまで俺の夢の話なんだから。

「でだ。ここからが困ったと言うか、俺も未だに意味がわかんないんだけど、俺に力を与えたそいつは俺に告げるんだ。俺に戦えってな。」

俺はここで話を一旦区切った。

「戦う?誰と?」

玲土は質問する。当たり前だ。そういう質問をするように俺が話を区切ったのだから。

俺はなるべくリアリティが出るように真剣みを込めて言った。

「力を与えられた人間。その全員と、だ。世界中にいる誰かも分からない人間と最後の一人になるまで戦えとそいつは言った。最後に残った唯一人のみ願いを叶えてやるってな。」

俺がそう言うと玲土は少し頭を抱えながら

「うーん。何か物騒な話になってきたね。何それ?能力者同士で殺し合いでもしろってことなの?」

「分からん。そこまでは言われてなかった。どうすれば勝者になるかも教えてくれなかったから。まぁ最後に後で説明があるとか言ってたから今日の夜の夢あたりでその説明がされるのかもしれないけどな。」

「最後?この話これで終わりなの?」

玲土の質問に

「そうだよ。」

俺は答える。

 すると、玲土は眉間に手を当てて考える人のようになってしまった。俺は何か言ってくるのかと待っていたが玲土の口からはなかなか言葉が出てこない。何か酷く考え込んでいるようだ。

 俺は待ちきれなくなり玲土に声を掛けた。

「どうした?大丈夫か?何かおかしい所でもあったか?」

「うーん。」

玲土はまだ悩んでいるような姿勢を止めない。

 一体どうしたってんだ?俺の夢の話で何でこいつはこんなに考えてるんだ?話が面白く無さ過ぎたのかな。まぁ落ちとしてはちょっと弱かった気もするけどこいつそん

なに話の内容に突っ込むようなやつじゃあ無かったよなぁ。

 ということは俺の夢に何か心当たりがあるのか。もしかして自分は見たこと無いって言ってたけど同じような話を誰かから聞いたりそういう体験をした人の記事やテレビ番組をテレビで見ていてそれを思い出そうとしてるのかもしれない。

 だとしたらすごいぞ。俺のこの夢の謎が解けるかもしれない。こんな変な夢だ。もし、体験した人がいるのなら他の人に話してる可能性もある。そしてそれがたまたま玲土だった。じゃないとしても玲土が何かしら関わっていれば話を聞ける。

 横でうんうん唸っている友人の傍で少し期待してる俺がいた。いいぞ玲土。思い出せ。思い出すんだ。俺は心の中でそう願っていた。

 その内に玲土は唸るのを止めて眉間に当てていた手を退けて頬杖にしてフーっと大きく溜息をついた。

「どうした?」

急に考えるのを止めてしまい、更に溜息までついている。ということは思い出せなかったということだろうか。だったらもう少し頑張って欲しい。

「何か思い当たるところが有ったんじゃないのか?」

俺は期待を込めて聞いた。玲土はその体勢のままこちらを向いて

「いや。」

と一言だけ答えた。

「えぇ。無いのかよ。」

俺は思わず口に出して言ってしまった。だってこんなに深く考え込んでたら何かしら有りそうだと思うだろ。紛らわしい奴だな。

「じゃあ何でそんなに考え込んでたんだよ。」

俺が問い詰めると、玲土は何故か遠い方を見て

「いやな。」

と言う。いや、何がいやなだよ。それに聞いてる人の方をちゃんと見て答えろよ。全く何考えてんだこいつは。

 玲土の煮え切らない態度にイライラしてるとそれを悟ったのか玲土は少し慌ててフォローを入れる。

「あぁ違うんだよ。僕はね。日馬のことを考えてだね―。」

とよく分からないことを言ってきた。何が俺のことを考えて、だ。結局考え込んだ末の答えが「いや。」の一言だったじゃねーか。どこが俺のことを考えてだ。何の解決にもなってない。

「じゃあどういうことだよ。」

ムッとしながら俺は聞いた。

「まぁまぁそう怒らずに聞いてくれ。何もその夢の考察をすることだけが日馬のことを心配するってことでもないだろう?」

「あぁ?」

思わず聞き返す。どういうことだ?

「だからね。僕なりに考えたのさ。僕の大事な友人がね。困った夢を見て困ってしまってるわけだ。だからね。夢じゃなくてさ。何でそんな夢を見るようになってしまったのかって方について考えてたのさ。いやいや、そんな怖い顔しないでよ。マジでだよ。マジで。」

俺はそんな怖い顔をしてたのだろうか?してたのかもな。だってこいつの言い分を聞いてるとまるで俺がおかしいやつだからそんな夢を見るって言い方じゃないか。俺は精神異常者だからどうにかしなきゃいけないのかとでも思ってんのか。おいおい、俺は友達のチョイスを間違えたかね?

「いや、別にね。日馬の頭がおかしいとか妄想癖があるとかそういうことじゃないんだよ。夢ってさその人の精神状態を暗示するって言う説もあるじゃん。だから僕なりに考えてたんだよ。そんな友人に何かできることはないかってね。本当にいたって誠実にだよ。心に誓って変なことは考えてないっていえるよ。僕は君の友人としてきちんと話を聴いた上でどうすればいいかって僕なりに考えたんだよ。」

話をする玲土の姿は至って真面目であり特に茶化している様な雰囲気は感じなかった。

 まぁ確かにこんな話を大人しく聞いていてくれたことだけでも感謝するべきだろう。笑って途中で茶々入れる奴や話を聞くのを止める奴だっていたっておかしくない。むしろそういう反応が普通と言ってもいい。

 そんな中で話を聞いてくれて尚且つ俺の悩みについて親身になって考えてくれる。それは紛れもなく善い奴だな。

 先程の考えは取り消しだ。俺は選ぶ友達を間違っていなかったらしい。

で、だ。

「その考えとやらを聞きたいんだけど、玲土はどう思うんだよ?悩んでいるお友達に何かできることはありそうだったのかい?」

俺は少しおどけて質問をぶつけてみた。

さて、こんな素敵なお友達は一体どんな考えを思い付いたのやら。

「えーとだね。」

玲土は考えながらポツリポツリと話し始めた。

「とりあえず、もうちょっと日馬が現実を楽しめるように僕も友達として積極的に接していくべきだと思ったんだ。」

ん?どうしてそうなった?

「たぶんね。僕が思うにだよ。日馬は今の自分の日常がすごく退屈な物で無価値だと考えてると思うんだ。それはいつもの日馬を見てれば分かるし、何よりそういう夢を見るってことは違う自分、違う世界に行きたい。そういう風に日馬自身が感じてるってことの表れだと僕は考えた。」

まぁ確かに。思うところはある。見透かされるってことはあんまり気持ちのいいことではないが、こいつは俺の内面をよく理解しているらしい。

「でもさ、現実ってそんなに簡単に変わったりしないんだよ。たぶん。」

玲土は諭すように言う。でも、それはどこか確証の無いようでもあった。その言葉はおそらく、自分の日常のことも踏まえて言っているのだろう。だから、たぶんが最後に付いた。

 それはそうだ。俺は玲土ではないし、玲土は俺ではない。人間は一人として同じ人間ではない。

 よく普通はとか常識で考えればとか言う人間がいるが、俺はあまりそういう言葉を多用する奴は好きじゃない。何故なら人間がそれぞれ違うのなら一人ひとりの価値観や考え方だって変わる。だったら普通や常識なんてものは決まっているはずはないんだ。それは自分にとっての普通であり、常識であるべきであって人に押し付けるものではない。自然と他人が気付いていくものだ。

 だからだろう。玲土は言葉を選んでいる。俺がそういうことを嫌うことを知っているから。

 普通であることが嫌いなことを知っているから。

「だからさ、日馬もう少しだけ楽しくしてみない?」

玲土は遠慮がちにそう聞いてくる。俺を励ましているのだろう。

 まぁ玲土の言わんとしてることは理解できる。あぁそうだろう。一般の、そう、普通の人間の日常ってものはそう変わったりはしないものだ。

 変えられるとすればその日常に対する自分の価値観ぐらいだろうか。まぁそれができる人間はこんなこと考えたりしないし、自分のことを普通の人間なんて思っちゃいない。よく言えば世界を主観的に見ることができる人間、悪く言えば自分を中心に世界が回っていると思ってる人間か。

 残念かどうかは分からないが俺はそういう人間には成れない。というか成りたくない。そうなってしまったら、この世界が素晴らしいということを自分に言い聞かせてしまう。そう、偽ってしまう。

 俺は自分に嘘をつきたくない。この気持ちは変わらないし、変えたくない。俺が変えたいのは変わって欲しいのは自分ではなくてこの世界の方だ。

「どうだろうな。」

俺は答えを返した。その言葉には特に深い意味は無い。本当に何も無い。ただ口にする。それだけの言葉だ。それが俺の、俺の心の答えだ。

「まぁ、いいさ。善処する。」

だが、まぁ一応感謝の気持ちも含めて一言添えておこう。俺のことを考えてくれるやつが少なくてもこの世界に一人はいるのだ。それには素直に感謝できることだ。その繋がりを大事にするためにも言葉にしておく必要がある。

「そうだね。そうしていこう。」

玲土は安心したように笑みを浮かべる。

「それと、悪かったな。俺の変な夢の話だってだけなのにここまで付きあわせちまって。面白くなかっただろ?」

俺はその笑みにちょっと罪悪感を感じて謝った。

「いや、いいよ。結構面白い話だったし、まぁ日馬はそういうやつだって僕は知ってるから。謝らなくてもいいさ。」

玲土は何でもないことのようにそう言った。

「そうか。」

俺は呟く。

―。

そうか。そうだよな。俺はこういうやつだし、そんな俺と玲土は友達だった。それならいいか。

 うん。こういう関係を持てたということは少しは良いことなのかもしれない。俺はそう思った。


 そんな感じで昼休みは終わり午後の授業になった。ここでは特に語るべきことはない。ただいつも通りの日常が流れていくだけだった。


 放課後になり皆それぞれに自分のやることをする為に教室から出て行ったり居残ったりしている。俺はとりあえずその様子を眺めている。さて、俺は今日はどうしたものか。

 俺がそうやってボーっとしてると玲土が俺の机に近づいてきた。こいつはこれから部活だろうな。そんな風に考えていると、

「お疲れ。日馬。どうだ?あれから少しは気分は晴れたかい?」

と声を掛けてきた。なるほど。こいつなりに俺のことを気遣っているらしい。その為にわざわざ部活に行く前に俺に声を掛けたと。ふむ、なるほど俺の話は玲土にそこまで心配をかけていたということか。それはそれで何か少し悪いことをしてしまった気がするな。

 俺はなるべく気遣いさせないように努めて

「まぁそれなりにな。」

と返した。気分が完全に晴れたといえばそれは嘘っぽいし、実際にそこまで気分は晴れてはいない。だからと言って全く変わらないと言ってもそれはそれで玲土が可愛そうだというものだ。こいつは俺の話に付き合ってモヤモヤした感情を抱えているのかもしれない。なら尚更、その必要はないと安心させてやるべきだろう。

 俺の言葉を聞いて少し安心したのか。玲土は少し笑顔になって

「よかった。何かあったら言ってくれよ。何なら放課後付き合ったっていいんだからさ。一日ぐらい部活休むのなんて問題ないさ。友達のためならね。」

そう言った。

 嗚呼―。

 何てこいつはできた奴なんだろうか。俺だったらそんな言葉口を裂いてでも出てきやしないだろう。それを普通に、平然として言い放てるこいつは間違いなくこの世界にいていい人間なのだろう。

「あぁ。」

俺にはそう返すことしかできなかった。ありがとうの言葉すら俺には言うことができない。そこが俺と玲土との違いなんだ。

「じゃあ、僕は部活に行くから。また明日ね。日馬。」

玲土は颯爽と歩いて教室を出て行った。

 残された俺はどうしようもない感情に苛まされていた。俺はどうすれば、どうしたら良かったのだろう。これからどうしていけば良いのか。

 分からなくなってしまった。あんな夢を見たせいだろうか。それともあんな夢を玲

土に話したからだろうか。分からない。でも、俺の心の中には何か穴が開いてしまったような、途方もない虚無感が支配していた。

「日馬どうした?」

声の主を見ると遊斗だった。俺が課を向けたのが分かると

「おー何だ。元気ないじゃん。あーいつもか。どーよ?今日もゲーセン行かね?元気出るかもよ。ははは。」

ケラケラと笑いながら話している。はぁこいつも元気な奴だ。まぁこいつはこいつで自分のしたいことを見つけてそれを楽しんでる。この世界で、だ。こんな世界で、か?まぁどうでもいいや。遊斗もできたやつなんだろう。俺なんかと違うんだろうな。できた人間だ。

「いーよ。今日は止めとく。」

俺は窓の外を見ながら言葉を吐く。何だか今日はそんな気分にはなれなかった。何となく気が乗らなかった。そんな感じだ。

「そうか。じゃあいーや。また明日な。」

と言って手を振って教室を出て行く。俺はその姿を見送った後に机に突っ伏して目を閉じた。

 「ハァー。」

 口から大きく溜息をつく。こういう時はどうしたらいいんだろうか。うーん。真っ直ぐ帰っても何もしないで寝てしまうかもしれない。かと言って何かしたいのかと言われれば自分自身でもよく分かっていない。

 でも、ここに居ても何も無いのは分かる。そもそも俺あんまり学校とか好きじゃないしな。さて、ならばどうしようか。


 少し考えた後にとりあえず学校を出た。特に行く当ては無いが、とりあえず街の中心の方に行ってみるか。何かあるかもしれない。

・・・何も無いかもしれないが。

とりあえず、当ても無いままに街の中心に行ってみる。住宅街が多いこの街でも中心の方へ行けば娯楽はそれなりにあるものだ。

衣服店、映画館、ゲームセンター、本屋。いろいろある店をそれぞれ周ってみた。何かないか。そう思って見ていく。


まずは、衣服店。

服に関しては確かに欲しいというものはあったが、別に絶対欲しいと思ったわけではない。それに正直、私服を着るのなんて学生の俺からしたら休日くらいだ。休日に遊ぶ友達も男友達くらいだし、そこまで気にする必要も無い。そう考えると今別に買わなくてもいいと思った。

服を買ったところで今の俺がどうこう変わるものではない。

もし、俺に彼女のような大切な存在ができたりしたら、この考え方も変わるのだろうか。

他人により良い自分を見せたい。そう思って服を選んだりするのかもしれない。実際に服はその人の内面をあらわすと思う。その人のセンスというか好きな物が現れるのが衣服だと俺は思う。それがあまり気になら無いという人はそれはそれで服に表れると思うし、その逆なら尚更衣服のチョイスが際立った物になる。別にそれが本人に似合ってるかどうかは別に俺は気にならない。それが自分の好きな物としてきている物なら別に他人の迷惑になりさえしなければ俺は何を着ても良いと思っている。

そもそも衣服一つ一つのデザインだってデザイナーが考えて創作して良いと考えた衣服なのだ。それに一般人である俺なんかが、どうして甲乙を点けられようというのだろうか。

そんな権利は俺には無いし、それを着るか着ないかはその衣服を選んだ本人の自由というものだろう。だから、今その衣服を選ばないというのも俺の自由だ。俺には着たい服というのは今この時点で厳密に決まってはいないし、そもそも服を買おうとしてここに寄った訳ではないのだ。


 次に映画館に行った。

映画館の前に行くと、今絶賛公開中の映画が宣伝されている。子供向けから年齢制限付きの映画までその種類は幅広いものがある。

俺はあまり映画は好きではない。何故かっていうとこれもいつもの考えなのだが。映画を見てる時は楽しいと思う。いろんな映画があってその中には共感できるようなものや自分が驚くものまで様々あり、それはとても面白いし、楽しい時間だ。

だが、問題なのはその後だ。多くの人は映画の余韻や次の展開などに胸を躍らせて楽しむ時間なのだろうが、俺は違う。

悲しくなるのだ。自分の世界はそうではない、とそう感じてしまう。落差が酷いのだ。映画を見ている時の自分とそれが終わってしまい再び自分の日常に返ってきたときの自分その落差が大きすぎる。

特に、映画というものは途中で中断できないというのも大きい。他のアニメやドラマ、小説ならば途中で観るのを止めるということもできるだろう。

だが、映画はそうはいかない。決まった時間、決まった内容を迫力ある映像と演出で見せられることになる。特に時間が決まっているから、内容は当然濃いものになる。  

それは人に何かを感じさせる為に必要なものだろう。そうでなければ映画は人の心を掴むことができないし、現にそれができない映画は売り上げが落ちたり、続編が出なかったり、レビューで酷評されたりする。そうならないように映画の関係者は全力を尽くしてより良い作品を創ろうとする。それは当然のことだ。

だが、それが良ければ良すぎるほど嫌になる人間もいる。

それが俺だ。

考えてしまうのだ。何故あんな風になれないのかと何故あんな世界に自分はいなかったのかと、何故あんな風に自分は考えられないのかと。だから、あまり映画は観ない。それこそ友達に誘われたり、テレビで再放送されたりしたものを録画して観る位が精精だ。放映中の映画には俺が観てみたいと思うものもあったのだが止めることにした。

逆にそれが今の俺の感情を落ち込ませてしまうことになりそうだから。

 

ゲームセンターに行くのは止めた。遊斗に行かないと言ってしまった手前、もし中で鉢合ってしまったら気まずくなりそうだったし。それに昨日も行っている。特に俺が面白いと感じるゲームは無かったし、今行ったところで俺の気分転換に葉なら無そうな気がした。

 

最後に本屋によってみることにした。

ここの本屋は本だけでなくドラマや映画、ゲーム等も売っている大型の店舗だ。これだけいろんな媒体の気分転換ができる手段があればどれかは俺の感情を変えてくれるかもしれない。そう思って寄ってみた。

実際に中にはいろんなものがあって、俺が見てて面白いと思った映画やドラマ、今買っている漫画の最新刊や新発売のゲームもあった。こうやって語っていると俺は漫画やゲームを面白くなくて全く触ってないと思われるかも知れないが、それなりにその媒体には触れている。

俺にだってそういったものを楽しみたいという感情はあるし、割り切ってしまえばそういう世界観も楽しいものだ。それに日常系のものもあるし、中には今の俺より酷い環境を綴った物語もある。だからと言って今の俺が良いと思えるようにはならないが、それでもそういったものを楽しむ程度には普通の感情を俺は持っている。一通り見て周る。

とりあえず、今追いかけている漫画の最新刊は買っておくか。今日読むとは限らないが、たまに来た本屋だ。こういう時に買っておかないと後々忘れてしまってその巻だけ歯抜けになってしまうこともある。そうならないためにも気付いたときに買っておくのがいいだろう。

ドラマや映画のコーナーも見て回ったが、こちらの方は流し見するだけで通り過ぎた。今は特に何かを見たい気分ではなかった。まぁとりあえずこんな物があるんだなぁ程度の感覚でいた。

雑誌のコーナーや小説の所も一通り見ていく。でも、これらの品は俺はあまり買わない。雑誌は旬の時期が過ぎたら読まなくなるし、小説は何か難しそうなのであまり読まないのだ。

食わず嫌いならぬ読まず嫌い。

挿絵が付いている物なんかはタマに読むんだけど、俺の友達でそこまで詳しい奴がいないので俺も何が面白いのか分からずに手を付けられないでいると言ったところだ。

何かきっかけがあるのならその時は読むようになるのかもしれないが、これも結局漫画と同じ感じだろう。

そもそも挿絵が無いと読めないって時点で俺は小説を読むのに向いてないのかもしれないけどな。なのでとりあえずその二つについては何も買わなかった。

最後にゲームコーナーに足を伸ばす。最近はいろんな媒体のゲームが増えてきてゲームコーナーも充実している。因みにだが、俺の良くやるゲームは主人公が自分以外のゲームが多い。

主人公が自分で無いって言い方するとおかしなことを言っているように聞こえるが、要は主人公が決まっていてその人物を俺が操作するゲームの種類のことだ。

そういうゲームならば自分がその世界に入りきるということは少なくても済む。第三者視点でその世界を見ることができる。その方が俺には都合がいい。

役に入り込まなくてもいい。主に主人公という立場に。

主人公視点で話が進むと自分がそうではないことが分かってしまう、そう見えてしまう。まぁそんな感情でゲームをやる奴はあまりいないのだろうが、俺はそういう人間だ。ということで俺に合いそうなゲームを探してみたのだがそれもここには無いようだった。正確にはそれっぽいものも合った。けれど、今の自分の気持ちを吹き飛ばしてくれるようなそこまでピッタリと当てはまるゲームもなかったということだ。別に今買わなくてもいいし、買ったとしても今日やる気は起きないだろう。その程度のゲームしかなかった。ということで俺はゲームコーナーを後にした。店を出ることにしてよくよく考えてみたら結局自分が読み続けている漫画を買っただけだった。これでは何も変わらないだろう。


 そうして店を出た俺は当ても無くフラフラと歩いていた。通りには他にもいろいろな店が並んでいるが特に入る気も起きない。喫茶店やファミレスもあったが一人で入る気は起きないし、入った所で何をするわけでもない。

それこそ唯の時間潰しになってしまう。それではここまで出てきた意味が無い。家にいてダラダラしているのと同じだ。

と言っても結局俺がやりたいことは何なのか結局分からず俺はどこに行くでもなく歩いていた。

俺は一体どうしたいんだろうか。

分からない。分からないから何か無いかとここまで来たのだが、それでも俺にはその何かを見つけることが結局できずにいた。周りでは俺と同じような学生から主婦と思われる人、子供やサラリーマンと思われる人までいろんな人が同じように歩いていた。

だが、その人達の表情は様々であり、中には笑っている人もいた。まぁ当然だろう。誰もが誰も仏頂面でいるわけではない。そういう人だっていて当然だ。

だけど、今の俺にはそういう人たちが少し羨ましく感じた。何気ない日常で笑って過ごせる。そういう人たちがいる。

考えてみると、俺がそういうことで笑えなくなったのは何時からだろうか。昔は何気ないことでも楽しく笑えていた気がする。何故だろう。

いつからか俺は普通の日常が楽しくないと思えるようになってしまったのか?いつも通りであることが苦痛と感じるようになってしまったのか?もちろん、普通といわれる日常であってもちょっとしたハプニングやトラブル、ラッキーと思えることもある。

だが、その程度のことでは俺は何も感じなくなってきてしまったのだ。そんなものは唯の日常の延長であり、何の変化でもないと世界は特に変わることは無い。そんな風に考えるようになってしまった。

自分は世界の中心にはいない。俺がどうなろうと世界は変わらない。世界を動かす小さな歯車の一つ、それも無くなっても特に困らない程度の歯車。だから、俺がいてもいなくても何があっても何をしても世界は変わらない。そう思うようになってしまった。

そこに俺は至ってしまったのだ。何故俺がそう思うようになってしまったのか考えたこともあったが、キッカケが思い当たることは無かった。普通に生活して普通に成長して俺はこうなった。

俺はやっぱりおかしいのだろうか。違う自分に成りたい。違う世界に生きたいと思う俺のこの感情は正常ではないのだろうか。


結局答えが出せずに俺は家の近くまで帰ってきてしまった。俺の家の近くには小さな公園がある。ふと、そこへ立ち寄った。まだ四月だからだろう。日は既に落ちていて肌寒くなっていた。公園には誰もいなかった。誰もいない公園を歩く。公園の中にあるのは滑り台やシーソー、ブランコ等簡単な遊具だけだ。俺は誰もいないブランコに腰掛けるように座った。手を前に組んで今日有ったことを考えた。

 変な夢を見た。それを友達に話した。何だか自分が嫌になった。何か変われないかと街を散策した。

 こうやって改めて考えてみると自分が何をしているんだろうと思う。俺は普通の人間なのに一体何をしているんだろう。何を抗っているのだろう。俺にできることなんて両手で数えられるほどのことだというのに俺は何を悩んでいるんだろう。悩んだって考えたって俺のできることは決まっているのに。俺には特別なことなんて何一つできやしないんだ。

分かっているのに。分かっていたのに。

「ハァー。」

口から又大きな溜息が出た。全く俺はどうしてるんだろう。自分でもよく分からない。俺は一体何でこの世界に生まれたのだろう。

 そう考えると少し悲しくなってくる。自分の存在が無意味なんて考えたくは無いけれど、今の俺は正にそれなんじゃないだろうか。在ったって無くたって変わらないのにその価値を探そうとする滑稽な道化師。それが俺を指す言葉にふさわしい気がする。

 ふふ。道化師か。考えると笑えてくるな。俺は人ですらない。人に成り切れなかった道化だ。あぁ、道化師なら道化師らしく道化を演じなければならないのかもしれないな。俺はこの感情を押し殺して普通の人間として生きていくべきなんだろう。そうするしかない。だって、そうするしかない。

「何してんのよ。こんな所で。」

ふと、顔を上げるとそこには瑠希の姿があった。そうか。こいつは部活帰りか。俺はそんな遅くまでここで悩んでいたのか。

「何でもいいだろ。別に誰もいないんだし、迷惑は掛けてない。」

俺はぶっきらぼうにそう答えた。そうだ。別に俺がここにいたって誰も気にしない。誰にも変化を与えることはない。俺はそういう人間なのだから。俺は唯の普通の一般人なのだから。

 俺がそう言うと瑠希は目を尖らせる。

「いいわけないでしょ。おばさんが心配するじゃない。何も無いなら早く帰りなさいよ。わたしみたいに部活があるわけじゃないんだから、帰ろうと思えばすぐ帰れるじゃない。あんたの悪い所はそういうとこよ。もっと周りのことを考えなさい。わたしだってこうやって心配になったから声を掛けたぐらいなんだから。」

瑠希はまるで当然とばかりに持論を述べた。

「ふーん。」

俺はあからさまに興味が無い様に言った。

「何よ?何が不満なのよ。」

瑠希は不機嫌そうだ。まぁそうか。自分の持論を堂々と述べておいて相手にされないのであればそれは不機嫌にもなるか。だけど、俺はその意見に賛成することはない。俺は瑠希のこと等、周りの人のこと等どうでもいいのだ。

「お前はそう言うけどさ。」

俺はそう切り出した。

「お前はそれで楽しいのかよ?」

「―?どういうことよ?」

瑠希は俺の言葉の意味が理解できなかったらしく質問に質問で返してきた。俺はそんな瑠希に向けてより分かりやすいように説明する。

「だから、周りの機嫌伺って生きてて楽しいのかって聞いてんだよ。」

「はぁ?」

瑠希はその言葉が気に入らなかったらしく目を鋭くして俺を睨んだ。

「別に機嫌を伺えとか、そこまでは言ってないし。もう少し考えなさいって言ってるだけじゃない。何であんたはそんなに極端なのよ。」

極端、か―。まぁ確かにそうではあるが。

「そういう人間もいるってことだよ。そう考える人間が少なくてもお前の周りには一人いるってことだ。」

瑠希は俺の言葉に頭を掻きながら答える。

「全く何であんたはそんなにネガティブなのよ。逆に聞くけどね。あんたそんな風に考えてて楽しいの?あたしは全然楽しくないけど。」

そんなの分かってる。俺が一番よく知っている。

「楽しくねぇよ。」

俺は答えた。その言葉に瑠希は勝ったとばかりに自信満々に声を張る。

「ほら?そうでしょ。だったらあんたも―。」

「でも。」

瑠希の言葉を遮るように俺は言葉を発する。

「お前の生き方が別に楽しいとも思わない。」

俺ははっきりと言い切った。更に言葉を続ける。

「人間はみんな同じじゃない。みんながみんなお前と同じ考えだと思うなよ。俺には俺なりの考えがあってこういう生き方をしてるんだ。」

十人十色。人はそれぞれ皆違うんだ。同じ人間なんてみんなの意思の統一なんてできるわけがない。それが人間なのだから。

「だったら―。」

瑠希は声のトーンを落として俺に話す。どうやら先程までのイライラからくる話ではないようだ。

「だったら、あんたはどうしてそうして生きてるのよ?」

核心だった。その通りだ。俺はこうやって話していて考えていて自分で自分を見ながら思う。俺は何の為に?

「分からねぇよ・・・」

俺が口で来たのはその言葉だけだった。俺は改めて考える。

 俺は何の為に生きてるんだろう?


 結局その場では答えが出せず俺達は帰路に着いた。瑠希はそれ以上は問い詰めてこなかったがお互いが家に入る前に俺を見て一言

「あんたはもっと自分の価値を考えなさい。あんたが何の為に生きるのか。それはきっと見つけなきゃいけないものよ。あたしはそう思う。だからそうしなさい。その内また、同じ質問をするからそれまでには答えを見つけておくことね。それじゃ、また明日。」

と言われた。

 俺は

「あぁ。」

とだけ返して家に帰宅した。

 家に入ると、母親から何処をほっつき歩いていたんだとか、今何時だと思ってるんだとかいろいろ言われたが、適当にあしらって夕食を摂って風呂に入り、自室まで逃げてきた。

 ベッドで横になり、さっきの瑠希との会話を思い出す。俺の意見はきっと間違っていないと思う。人間が一人じゃ生きていけないなんて誰が決めたって言うんだ。そんなの分からないはずだ。一人じゃないと生きていけない人だっているかもしれない。  

でもたぶんそれだけじゃ答えになっていない。

何の為に?

そう。だったら何の為に俺は生きるんだ?一人でいい。誰もいなくてもいい。誰かの為に生きないというのなら、俺はきっとその代わりを見つけなければ成らない。

でも、そんなの―。

「どうやって探せばいいんだよ。」

俺は自室の天井を見ながら呟いた。

 答えは返って来なかった。


 朝になって俺は目覚めた。どうやらそのまま眠りについていたようだ。身体を起こして、昨日のことを思い出しながら頭を回転させる。

 ふと、俺は気付く。

「そういえば、昨日はあの夢見なかったな。」

俺は頭をさすりながら呟いた。やはりあれはただの夢だったのだろうか?俺がこの世界が嫌でいることが願望となって現れた人間としての生理現象の一種か。

 ふむ。だとしたら面白くないな。何も面白くない。期待させるだけさせといて何も無いとか笑えない冗談だ。増してやその期待が自分が本当に望む物ならば、それは尚更だ。

 そもそもの願望として俺は一体何を望んでいるのだろうか?世界の変化?自分の変

化?それとも両方なのか?

 考えると分からなくなってくる。俺の昨日あったことを追って考えていくと、どちらだけとも取れるし逆にどちら全てとも取れる。

 俺は一体どうしたんだろうなぁ。まぁいつも通りなのだろうが、何か昨日からいつもにも増しておかしくなってきた気がする。何がおかしいのかは分からないが、とりあえず何かだ。俺がおかしくなってきているのかもしれないし、世界の方がおかしくなってるのかもしれない。何ていうか波長が合わないというか歩調が合わないというかそういう感じだ。

 そんなことを考えていると、またいつも通りに下の階から声が聞こえる。

「日馬―。今日も学校でしょー?早くしなさいー。」

母親の声だ。よくもまぁ朝からそんなに声が張れるものだと感心すると共に呆れる。いつも言ってて飽きないのかねー。

「分かったよー。」

と答えて俺は着替えをして今日の一日を始める。いや、一日が流れていく中に身を任せると言った方が正しいか。


 結果から言うと今日は特筆して挙げるようなことはなかった。まぁもちろん人間として生活していて毎日が全て同じというわけではないのだが、それにしても変化はないと言っても過言ではないくらいだ。


 そうして一日がまた一つ一つと流れていった。まるでこの前の一日があの夢が何も無くても変わらなかったと言うように日々は流れた。


 そして、ある日あの夢から幾日経ったその日も俺はいつもの日常を過ごしていた。時間は帰りのHRだった。

「二年生になって一週間ちょっと経ちました。みんなもうクラスには大分馴染めましたか?先生は大分馴染んできましたよ。」

担任がそんな言葉を教壇で話していた。みんな黙って話を聞いている。俺も虚ろに話を聞いていた。

 馴染むか。あまり好きではない言葉だ。馴染むということは自分指針がそれを普通だと認識してしまうことだ。それが当たり前のことと思ってしまったらそれ以上の変化を望むことは難しい。それは俺にとっては望むべく展開ではない。いつも通りの普通が好きではない俺にとって日常を手に入れてしまうということはそれ以外の可能性を減らす問うことと同義と考えてしまう。俺の日々はまた普通になってしまった。変わる可能性のあった日々はまた普通という名の二文字の世界へと戻されてしまったのだ。

 そんなことを考えているうちにHRは終わったようだ。担任が教室を出て行って生徒もバラバラとそれぞれの日常に向かうために行動を開始する。

「おつかれ。日馬。今日はどうだい?」

声を掛けてきたのは玲土だった。

「どうも何もいつも通りだ。」

俺は玲土に言葉を返した。玲土はその言葉を聞いて安心したように

「そうか。それは何よりだ。」

と自分の眼鏡を掛け直しながら言った。

「何が何よりだ。」

俺はその言葉にちょっと不機嫌になりながら言った。玲土はそれに気付いたのか、

「あぁ。すまない。そうだね。日馬にとってはいつも通りなのが面白くないんだよね。ちゃんと考えて無かったよ。ごめん。」

と謝ってきた。

「別にいいさ。」

俺は返す。

「お前が悪いわけじゃない。いつも通りなのが普通なんだろ。それが気に入らない俺の方が問題なんだ。」

俺は言葉を続けながら窓の外を見た。

今日は晴れていた。夕焼けが教室内をオレンジ色に照らしている。

「日馬・・・」

玲土は俺に何か言おうといていが、

「まぁいいさ。今日も部活だろ?早く行かないと遅刻だぞ。」

俺はそれを遮り、玲土へ先に行くように促す。玲土は少し何か言おうと留まっていたが、

「そうだね。それじゃあ行ってくるよ。日馬また明日。」

と言って俺に手を振って歩き出す。

「おう。じゃあな。」

俺は軽く手を振り、玲土を見送る。

 玲土が教室を出るまで見た後、今日はどうするかと考える。いつものパターンだと遊斗とかとゲーセンとか本屋に行くかちょっと教室でダラダラした後に適当に一人で街をうろつくかのどちらかなんだが、今日はどちらもやる気にならなかった。それすら面倒くさいと思っていた。

 ならばどうするか。家に帰って何かするか。まぁテレビでも見てれば時間は潰れるし、やり残しているゲームや漫画を読むなどしててもいいだろう。最悪それすらする気が起きなければ寝てしまえばいい。そうすればとりあえず今日は終わる。

 そう。退屈な今日は終わる。

 別に明日になれば楽しくなるだなんてそんな楽観的なことはさすがに考えてはいないが、それでも今日よりはマシだと思いたい。まぁいつもそう思っているけれど変わらない日常なのだが、それを願うことだけは止めないでいたい。それだけが俺に残された唯一の希望なのだから。

 さて、それならば早く帰ってしまった方がいいだろう。ここにいると誰かに誘われるだろうし、善は急げということだろう。まぁ帰っている最中に誰かに呼ばれるかもしれないが、その時は適当に用事があると言って断ってしまおう。あまりこれをやりすぎると付き合いが悪いやつだと思われるだろうが、偶にならばいいだろう。(俺の偶

には具体的には三回に一回くらいだ。)

 まぁ結果的に誰かの気分が悪くならなければ済むだけの話だ。ここは俺の気分が悪くならないようにみんなに協力して貰うと言うことで少し目を瞑って貰おう。

 と言うことでとりあえず、下駄箱のところまで来た。ここまで来るのにちょっと一手間、二手間あったが(教室を出ようとして友達に挨拶して何処かに出掛けないか誘われたりとか、先生に呼び止められて用事を押し付けられそうになったりとか)全部用事があるから今日は無理だと言って断ってすんなり、いや、やや強引にか、とりあえず抜けてきた。

 さて、ここまで来ればあとはゴーホーム。家へと続く道をただ進むだけだ。俺は靴を履き替え、校舎を出る。

 外は夕日の光を受けて赤く染まった空間になっていた。校庭の方を見ると外で活動する運動部の学生達が跳んだり走ったりしているのが見える。

 よく学校を終わった後にあんなに動き回れるものだ。まぁ運動にはストレス発散の効果もあるのだろう。まぁその運動が好きな人間限定でだけど。俺は特に運動をして楽しいと思うことがあまり無いからなぁ。自分的にはそんなに運動は苦手な部類とは感じていないが、別段それが好きかと問われるとそれは否だ。疲れるからダラダラしていたいという感情の方が圧倒的に上に立つ。俺はそういう人間だ。

 そんな俺からするとあそこにいるやつらは不思議に感じる。あんなことをして楽しいのか?それで何か自分の中の何かが変わるのか?と疑問に感じてしまう。ふむ。どうだろうなぁ。食わず嫌いせずに少しは何か一つの身体を動かす活動に熱中するのもありなのかもしれないなぁ。

 まぁそれで何も変わらなければそれは無駄な時間と行動ということになってしまうのだけれど、無駄だということが分かっただけでも一つ前進と考えてもいいかもしれない。その時は少なくても運動が俺のこの渇望や喪失感を埋めてくれるものではないと自分の心に確認ができる。

 ふと、考えに耽っている自分を感じる。いけないな。俺は早く帰るつもりでいたのだ。こんな些細なことで立ち止まって考えている場合じゃなかった。とりあえず、今日は帰ろう。それが俺の決めた選択だ。

 俺は一路に校門を目指して歩くことにする。さて、家に帰ったら何をしようかなぁ。そんなことを頭の片隅で考えながら俺は校門を出ようと最後の一歩を踏み出した。


 その時だった。


 まずは、俺の脳内に変化が起こった。あの声が、あの夢を見た日に頭に響いた声が俺の中にまた響いた。

*選抜者があなたの範囲内でゲームを仕掛けてきました。これよりこの空間をゲーム会場へと移行します*

その声は一回だけではなくまるでサイレンのように俺の頭の中に響き渡る。だが、俺はその時にまたうるさいと言ってその声を掻き消すことはできなかった。

 性格には、俺はその声すら上げることができなかった。

 何故なら、俺の目の前が、目の前に見える世界が全く変わっていってしまったから。

世界が、俺の知ってる世界が無くなっていく。


「夢、なのか・・・」

俺の視界に広がっていったのはさっきまで見ていたあの赤い夕日が照らす明るい大地ではなく、薄暗い夜のような世界。

 しかし、空に星や月は無い。かと言って何も見えないほど真っ暗なわけではない。強いて言うなら日常の風景をモノクロにしたようなイメージだ。

「おいおい・・・」

俺が動けないでいると、ふとあることに気付いた。

 音だ。音がなくなった。

 さっきまで聞こえていた生徒の喧騒や動物の鳴き声、風の音までもが止んでしまっている。俺は恐る恐る振り返ってみる。

 そこには誰もいなかった。

「嘘だろ?」

さっきまであんなにいた人達が全くいない世界。

 空は夜のように暗く、誰の姿の見えず、何の音も聞こえない。

だけど、ここは学校だ。唯一目の前に見える校舎は何も変わっていない。それだけは変わっていない。

「どうなってんだよ・・・」

呆然と立ち尽くす俺の脳内にまた新しい声が響く。酷く機械じみた声はその声で俺に宣言する。

*それではゲーム開始です。勝敗が決するか、もしくは対象者全員が戦闘不能又は戦闘の意志がなくなるまでゲームを終了することはできません。*

おいおい、何言ってんだこいつは。っていうかどうした俺。こんな面白空間を妄想できるくらいにおかしくなっちまったのか。

 俺がどうすることもできずに立ち尽くしていると一人の人影が校舎から出てくるのが見えた。

 人だ。このおかしな世界に人がいたのだ。この人影が俺に変なことを言ってるやつなのか?こいつがこの世界へと連れてきた?

 俺がその人影を見ているとこちらに近づいてくるようでだんだん鮮明に見えてきた。よく見ると俺と同じ学生服を着ている。

 ということは俺と同じ学校の生徒か?そんなことを考えながらそいつが来るのを待っているとそいつは俺の方へどんどん近づいてきた。そして止まる。ちょうど相手の顔が確認できて声が掛けられるくらいの距離。そのくらいの距離でそいつは俺を正面にして止まった。

 そいつの容姿を確認すると背格好は俺と同じくらいか少し高い程度。俺と同じ学生服を纏う男子生徒のようだ。髪は金に近い茶髪。

ふむ、見たことないな。違うクラスのやつか?だとしても同じ学校の男子生徒が何故ここにいる?こいつももしかしてここに迷い込んだ被害者か?

 どう話しかけたらいいかと悩んで言葉に詰まっているとそいつが口を開いた。その口は笑っていてまるで何か意気込むような感じでそいつは

「見つけたぞ!さぁ勝負だ!」

そう言い放ち勢いよく地面に手を叩きつける。その瞬間―。

 俺の腹に痛みと衝撃が走った。


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