セカイのシンジツ
柳乃樹
第1話羽が同じ色の鳥は群れになる
1
いつも普通だった。変わらない日常。変わらない世界。変わらない自分。いつも普通で普通な普通の普通。どこまで行っても普通が追いかけてくる。
いつも退屈だった。何も変わらない日常が。何も変わらない世界が。何も変われない自分が。退屈で退屈な退屈の日々。それが毎日やってくる。
俺はそれが嫌だった。変われない自分が。変わらない世界が。やってくるのは普通の日常ばかり。俺はそれが嫌だった。
多分明日になっても変わらないのだろう。そう思って今日も眠る。
世界は、今日も普通だった。
目覚ましの音が鳴っている。音がじりじりと耳に響く。あぁこの音は何て不快なんだろう。そう思って黙って聞いている。嫌な音だ。朝が始まる音だ。なんでこんなに朝ってのは嫌な気持ちになるんだ?人間ってそういう風にできているのか?朝が嫌いになるように創られたのだろうか?だったら神様は嫌な奴だな。間違いない。俺をこんな気分にさせるんだから嫌な奴に決まってる。俺は布団を被りながらそんなことを考えていた。
そんなことをしているうちに
「日馬。目覚まし止めなさい。あなたちゃんと起きてるの?いつもこんなんじゃない。起きないなら目覚ましセットしている意味ないでしょ。学校遅刻するわよ。」
としたから大きな声が聞こえてくる。母親の声だ。俺は仕方なく目覚ましを止め、布団から顔を覗かせる。いつもと変わりない朝だ。あぁいつもと変わりない。
仕方ないと思いつつも、服を着替えて下の階に降りる。
リビングの方へ向かうと母親と親父がご飯を食べていた。朝も早いのによくそうやって毎日過ごせるものだと感心する。俺がボーっとそちらを見ていると
「ほら、あんたも早くご飯食べなさい。今日から二年生でしょ。もうしっかりしてよね。そんなんじゃ社会に出たときにやっていけないわよ。」
と母親に怒られた。
そうだった。今日から俺は二年生になったのだ。自分でもすっかり忘れていた。今日から俺こと王子日馬は高校二年生になったのだ。なんとも代わり映えのしないものだ。こんなものなのか高校二年生になるってのは何とも味気ないものだなぁ。
「早くしなさい!」
俺が未だにボーっとしているのが、気に入らなかったらしく母親が俺を怒った。通称朝鬼モードだ。俺は心の中でそう呼んでる。しぶしぶテーブルに着き朝ご飯を食べることにする。テーブルに着いて朝ご飯を食べていると横に居る親父が
「まぁまぁ母さん。日馬もまだ子供だし、その内大人になれば立派になるさ。頭ごなしに怒るのはよくないと思うよ。」
と俺を弁護していた。しかし、朝鬼モードの母にはその言葉は理解できないらしく、
「ダメよ。お父さん。そういう風に甘やかしてたら何も出来ない大人になっちゃうの。そうならないように私達がしっかりと教育をしなきゃいけないんだから。」
とあっさり突っぱねられていた。父親はそれ以上反論することは止めたらしく
「そういうものかなぁ。」
と言って終わってしまった。
「そういうものです。」
と朝鬼(母)は言う。どういうものなんだか。俺にはさっぱり理解できない。まぁ理解したいとも思わないが。
何か話すのも面倒なので黙って朝飯を食べる。両親は今日は何時に帰るとか今週末の休みはどうしようかだとかそんなことを話していた。別に俺にはどうでもいい話だ。親父が何時に帰ってこようが構わないし、今週末に両親がどこかに行こうとも俺はついて行く気が無い。面倒くさいだけだ。
朝食を食べ終わったのでそのまま外出しようとすると
「食器は流しに片付けなさい。」
と怒られた。面倒だなぁ。そう思いながらも言い返すのも面倒くさいので食器を流しに持っていく。そして、玄関に向かう。
「今日は何時くらいに帰ってくるの?」
母親の声だ。はぁ。別に何時だっていいだろうに。
「適当に帰ってくる。たぶん六時か七時くらい。」
と曖昧な答えを返した。
靴を履いて外へ出た。四月だからまだ外は肌寒い。まったく、なんでこんなに朝早くから外出しなければならないんだか。人間の習慣ってのは本当に面倒だなぁ。
家の敷地を出たところで一人の女と出会う。まぁ出会うのは分かってるんだが、
「遅いじゃない。遅刻するわよ。外で待ってるわたしの身にもなりなさいよ。もう少し早く出てくるとか出来ないの?そういうところがあんたの駄目なところなのよ。」
と開口一番に文句を掛けられる。
酷い話だ。こっちは何も悪いことはしていない。ただ普通におきて普通に登校すると言うだけのことなのに何故怒られなければならないのか。俺にはさっぱり理解できない。
「行くわよ。学校遅れるんだから。早くしなさい。」
俺の返事も聞かずに女はとことこと先に歩いていく。このまま先に行かせてここで待っててもいいのだが、それをやると更に起こられるという事は既に経験済みなので俺は黙って後に続く。
俺の先に歩いている女。こいつの名前は姫路瑠希。俺と同じ高校二年生。隣の家に住んでいて幼い頃からの幼馴染ってやつだ。何を考えているのか分からんが、こんな俺の行動に不満があるのか興味があるのか俺と一緒に学校に行く。それはもう小学校からの習慣だ。毎日の憎まれ口や文句なんかも慣れたものなので俺はもう何も言い返さないことにしてる。
それにしても、何でこいつは俺と一緒に学校に行くんだろうか?習慣化してるのか?バカの一つ覚えってやつかな。そんなことを言ったらぶっ飛ばされそうだから絶対言わないが(瑠希は空手をやっていて黒帯を持っている)それにしても分からないものだ。
まぁ、別に学校に行くだけだからいいかと思ってもいるのだが、
「あんた分かってんの?今日から二年生なのよ。わたし達ももう先輩になるんだからもう少しちゃんとしなさいよね。」
始まった。こいつは何かと俺にお節介を焼いてくるのだ。お前は俺の親かと言いたくなる。
「そのぐらい分かってる。それに二年生になった所でやることは何も変わらないだろ?いつも通り学校に行って授業を受けて帰ってくるだけじゃねーか。」
「はぁ?」
俺の言い分が気に入らなかったらしく瑠希は怒ったように俺に睨みを見せた。
「全っ然分かってないじゃない。二年生になるってことは後輩が居るのよ。あたし達の下の学年の子が入ってくるの。」
「それはさっきも聞いたよ。」
だからなんだと言うのだ。
「だから、あんたがだらしなくいつも通りにしてたら後輩の子達に示しがつかないでしょ。そんなことも分からないの?」
瑠希は当然とばかりに自分の主張を述べる。
いやでも、そんなことないだろう。
大体自分たちが後輩と関わるのなんて学校生活の本の一部だし、誰が先輩で誰が後輩なんて一目見ただけじゃ分かるまい。それに俺の行動がいちいち後輩に影響するわけじゃないだろう。それこそ俺の影響力がどれだけすごいのかって話になる。自慢じゃないが俺は自分が誰かに影響を与えられるほどの人間だと思った実感はない。少なくとも今日の今までは。
「別に俺がどうしてたって関係ないだろ?」
思ったことをそのまま口にした。失敗だった。すると、瑠希は火が点いたかのように俺に向かって
「あんたのそーゆう考えが―。」
「わたしとしては―。」
「だから、あんたは―。」
捲くし立てる。捲くし立てる。もうマシンガントークだ。マシンガン所の威力じゃないな。もうガトリングだ。ガトリングトーク。
俺は今日も瑠希の地雷を踏んでしまったらしい。まぁいい。これもいつものことだ。お説教されながら登校する。これが俺の日常なのだ。初めのうちは何で俺ばっかりこんなに言われなければならないのだろうと考えもしたが、最近はそれすら辞めた。もういい。適当に話を聞き流しておけばそのうち、学校に到着する。
今日もいつも通り学校まで到着した。道中いろいろ言われた気がするが細かいことまでは覚えてない。っていうかそこまできちんと聞いてたらノイローゼになりそうだ。たまったものではない。
教室まで来るとさすがに瑠希も自分のグループの方へと入っていった。
「おはよう。」
「おやよー。」
「おはよう。今日も王子君と一緒に登校か。仲良いねー。」
「いや、そんなんじゃないから。あたしが躾してるだけだから。仕方なく。仕方なくね。」
等と友達と会話をしていた。やれやれだ。やっとお荷物が居なくなった。
俺も自分の席に向かう。席に着くと
「おー。暇人。おはよー。今日も姫路さんと一緒か。楽しそうだなぁ。いいなぁ。」
とニヤニヤしながら声を掛けてくる人物がやってきた。
「いいわけねーだろ。お前には何回も行ってるだろうが、拷問みたいなもんだよ。分かってんだからからかうんじゃねー。」
その声の主に俺はあしらうように反論する。
「まぁまぁいいじゃないか。実に楽しそうだと僕は思うけどね。」
そういってそいつは瑠希の方を見る。
こいつの名前は馬虎玲土。俺とは高校一年から同じクラスでなんか話が合って友達になった。他にも友達と呼べる奴は何人かいるが、その仲で一番と言われたらこいつだろうか。良い奴なんだが、こういう時は面倒くさいと思う。放っておいてくれればいいのに面白がってやがる。やられてるこっちの身にもなれってんだ。まぁこいつにいたってはそれ以外は特筆して上げるところはない。強いて言うなら気遣いが他のやつより少し出来るところと・・・あとは、そうだな。こいつの想い人がこいつの目線の先に居るってことくらいか。
先に言っておくが、もちろん瑠希ではない。そうだったとしたら俺が押し付けてないはずが無い。否が応でも無理やりくっつけて俺が自由の身になる。こいつの想い人は瑠希と同じ友達のグループに居る土井芽衣さんだ。明るく気さくな子だ。こいつと同じく変な冗談は言っているが(ちなみに先程俺と瑠希が一緒に教室に入ってきた時に瑠希をからかっていたのが土井さんだ)基本的には良い子だと思う。
まぁそこまで深く関わっていないので俺の予想はあてにならないけどな。
それにしても、よくある話だ。同じ教室で同じ時間を過ごしていくうちに惹かれていく。普通だなぁ。当たり前って言えばそれまでなんだろうけど何ていうか面白みが無い。どうせだったら学校一の美人とか不細工とかそっちを好きになればいいのに。
あぁ美人だと好きになるのは当たり前か。それでもそれでこいつが振られたり、もしくは付き合っちゃえたりすれば少しは面白くなるのになぁ。正直今のままじゃ俺は特に応援する気にもなれん。告白して付き合おうが、振られようがどっちでもいいやと思ってしまう。友達として薄情なと思う人も居るかもしれないがそんなこと言ったって所詮は他人事だろう。俺にとって何か旨みが無ければつまらないと思ってしまうのもしょうがないと俺は思う。
逆にこいつが付き合って惚気話なんかされても俺は全く面白くない。むしろ時間を損した気分になる。
俺は瑠希達(土井さん)を見続けている玲土に向かって
「おいおい。いつまで眺めてるんだよ。ストーカーか。まったく酷いやつだな。」
とさっきの冗談のお返しに嫌みったらしく言ってやる。
すると、玲土はビクッとこっちを向いて
「やめろよ。そんなわけないだろう。ただ何となく見てただけだよ。何となく。本当に何も無いから。」
あたふたと言い訳してきた。
「ふーん。何となく、ね。」
俺は目を細くしてジーっと玲土を見た。
「本当だってば。」
そう言って玲土は語気を荒げる。逆にそういう態度をとった方が怪しく見えるんだと思うんだがねぇ。
「あーそう。」
そう言って俺は目線を窓の方に向ける。
今日は晴れだった。
2
いつも通りのHRが始まり、いつも通りに授業が行われる。(一応その前に始業式があった。)初日から授業があるのも面倒くさいがうちの学校は進学校で勉強に力を入れているらしく授業があった。もちろん教えられる内容は前と同じなんてことはないし、昨日来てた生徒が欠席したりもしているがそんなのは所詮誤差の範囲だ。要は特筆して書けるようなネタが無いのだ。だからいつも通り。悪く言えば代わり映え無くだな。
昼休みになり昼食になる。俺は何人かの友達と集まって一緒に弁当を食っていた。勿論、玲土も一緒だ。別になんてことはない。いつもそうしてるからそうしてるだけだ。集まっていた方が普通ということだろう。仲がいいから一緒に昼食を食べる。それは普通なことだろう。
食べながら周りの話を聞いているとどうやら今日の話題は昨日のドラマの一話がどれだけよかったかということらしい。
「あそこのシーンがすごく良くてさ。」
「分かる分かる。俺もあそこで泣きそうになっちゃったよ。」
「んで、その後のシーンがまたいいんだよな。」
「終わりもすげー気になる終わり方だったよな。来週が楽しみだな。」
皆が思い思いに感想を述べて共感して盛り上がっている。
「日馬はどーよ。どの部分がよかった?」
俺に話題が振られた。俺は少し考えて
「うーん。特には。」
友達が信じられないという顔で
「なんだよそれ。お前ちゃんとドラマ見てたのか?今期屈指の名シーンだったんだぞ。」
「いや、ちゃんと見てたって。」
「お前本当そういうところ鈍感だよな。感情がないのかって思っちゃうわ。マジでびっくりするわ。」
「うるせー。感じ方は人それぞれだろうが。」
そう言って俺は箸を進める。言い訳というか説明みたいになってしまうが、俺は嘘偽りなくそのドラマを見ている。勿論周りの友達に合わせるという意味もあるが俺自身、何かドラマを見ることで何か自分で変わらないかとか面白くならないかという期待も込めてドラマを見ているのだ。
だが、結果として俺は何も変わらないし、何なら余計に自分の何も無さに絶望するだけだ。テレビの中の人物はあんなにも波乱万丈で楽しそうな人生を送っている。(正確にはそういう話をそういう役を演じているだけなのだが)それなのに俺の人生と来たらそんな予兆すら感じられない。俺はあんな風にはなってないし、なれないのかなぁと思うと少し悲しくすらなる。
だから、特にはだ。俺にとっては何も変化が無いから、何も変われなかったから特に何も思わない。別にテレビの中や本の中の奴がどうなったって俺はあんまり共感できない。だって俺じゃないんだから。そいつらは俺のいない世界で俺のできないことを好き勝手に楽しそうにやっていやがる。
俺はそれが面白くない。まぁとは言っても何か変わるかなとは少し期待して俺も物語を見ることを続けているんだから、自分でも馬鹿だなぁとは思う。実際何も変わらなかったからな。
少なくても今この時までは。
昼休みが終わって午後の授業が始まった。ここも特に変わったことは無い。いつも通りというか計画通りに授業が進んでいくだけだ。俺はそれに倣って授業を受ける。さながら川を流れる笹の葉で出来た船のように。
退屈だなぁと感じるが、どうしようもないしどうする気も無い。ただ現実を淡々と受け入れるだけ。まぁ仕方の無いことだ。だって―。
この世界は俺を中心に回ってはいない。そんなことは各々の感じ方しだいだと思う人もいるかもしれないが、俺は俺の考え方を否定する気は無い。
俺がいたっていなくたって世界は進むし、他の人だっていたっていなくたってそんなの変わることじゃない。誰かがそこにいればいいだけだ。それは誰だっていいし、勿論それは俺じゃなくたっていい。
だから、面白くないのだ。俺は退屈なんだ。こんなのは独りよがりだって分かってる。自分が他人と違っているとも思ったことだって何度だってある。それでも思ってしまう。考えてしまう。自分が世界の中心にいたら、あのテレビや本の中の物語の中心の人物になれたのならどんなに楽しいのだろうと。
そんなことを今日も考えながら午後の授業も終わった。放課後になり生徒はそれぞれのやりたいことをする。部活に行くやつもいるし、放課後の委員会等の用事があるやつもいる。
ちなみに、俺は帰宅部で委員会にも入っていない。この高校でとりあえずいいなと思ったことは部活への入部が強制ではなかったことだ。中学校では強制だったので嫌々やっていたが(一応バスケ部だった)、やりたくもないことをやらなければいけないというのは、そのことに自分の時間を割かなければいけないということは、単に言うならば拷問だ。周り人の流れも読まなければならなくなってくるし、良いことなんて一つもなかった。だから、高校では迷わず帰宅部になることにした。これならやらなくていいことをしなくてもいいし、周りの人のことを考える必要も少なくなる。まぁ全く無いわけではないが。
「おーい日馬。帰りゲーセン寄ってこうぜ。やりたいゲームがあんだよ。」
こういうことだ。声の主は俺と同じ帰宅部の友達のやつだ。
「わかった。ちょっと付き合うわ。」
気の無い返事でそう返す。そう。全く無いわけではないのだ。人間関係が有る以上、それに伴って集団行動というものは発生する。それを自分が望まなくても集団として生きる人間にとっては必要なことなのだ。もはや、義務と言ってもいいのかもしれない。
まぁいいさ。これに付き合うことで俺の中の何かが変わるかもしれない。そう思って俺はいつも自分を納得させる。何かが。
何か。
そうだな。その何かがあればいいのだが。
3
帰りの寄り道としてゲーセンに行って時間を潰した。俺の友達はそれは楽しそうに
ゲームをしていた。実際に楽しいのだろう。俺はその様子を見たり何か面白そうなゲームが無いか探して歩き回った。ちょっと面白そうなゲームを見つけてはやってみたりもしたが、すぐに飽きて辞めてしまった。そうだな。俺はあまりゲームセンターは向いてないのかもしれないな。まぁいいか。どうせ付き合いだけで来た様なものだ。
俺の向き不向きは本質には何も関係しない。それ自体は意味がないのだろう。俺が別に楽しくなくても他の誰かが楽しければいいのだ。別に皆が皆幸福になれというわけではない。人はそれぞれ違うのだから、どうあったってそこに差は生じるはずだ。今回はそういうことだったのだろう。俺の場合は今回もなわけだが。
ひとしきり、ゲームをして満足したのか
「おーい。日馬帰ろうぜ。」
と声を掛けてきた。
「おう。もういいのか?」
と聞くと
「オッケー。オッケー。もう大満足よ。やっぱりあれは面白いなぁ。お前もやってみたらいいじゃないか?」
と満足げに語る。
「ふーん。お前はあのゲームの何が楽しいんだ?」
俺は聞いた。
「そりゃ勿論。自分が主人公になりきって敵をバッタバッタと倒していくところだよ。いやー。痛快だね。あれは。」
「そうかー。」
主人公になりきる。まぁそれも一つの手ではあるのだろう。このどうしようもない現実に対する自分の在り方として。違う世界で主人公になれるというのならば、その体験を楽しいと思う人もいるだろうな。
まぁ俺はそこですぐに思考が現実に戻ってしまうから向いていないのだけれど。
俺と友達はそこで別れ、俺は家路についた。特にここからは描写するようなことはない。ただの帰り道だ。
家に着いた。玄関に入り
「ただいま。」
と言うと、母親がリビングから出てきて
「遅かったじゃない。もう7時よ。どこで油売ってたのよ。」
と開口一番不満を言ってきた。
「別に。ちょっと友達と遊んでただけだよ。」
俺は淡々と靴を脱いで自分の部屋へと向かう。
「ちょっと帰ってきたなら早くご飯食べちゃってね。今温めるから。」
母親が俺に声を掛ける。
「はいよ。」
そう言って俺はそのまま自分の部屋へと階段を上っていく。
「すぐに降りてきなさいよー。」
母親の声が聞こえたが、俺は何も言わずそのまま自分の部屋に入った。
部屋に入って鞄を放り投げ、自分の身体をベッドへと沈める。
「はぁー。つまんねぇな。」
思わず、本音が出た。
今日も何も無かった。
それが俺にとっては一番面白くないことであり、いつもいつでも、ふとした時に感じることだ。このまま寝てしまおうか。でもどうせ起こされるだろうな。しかも怒られるというオプションまでもれなく付いてくる。
俺は少し考えたが、下に降りることにした。面倒だけれどしょうがない。それが一番無難な選択だろう。リビングに行くと母親が
「食べる前に手を洗ってきなさい。あんた帰ってきてから洗ってないでしょ。」
ろ言われたので洗面所に行って手を洗う。いつもやらないととは思っているのだが、ついつい手を抜いてしまいがちだ。疲労なのか失望によるものなのか分からないが、家に帰ってくるとどっと疲れが出る気がしてすぐに部屋のベッドに横になりたくなってしまう。
手を洗ってリビングに戻り夕食を食べる。
黙々と食べていると、向かいに座っている母親が俺に声を掛けてくる。
「それで、今日はどうだったの?」
「何が?」
俺は箸を止めて母親を見た。
「何が?じゃないでしょ。今日は二年生になって初めての登校日だったんだから学校ではどうだったのって聞いてるの。当たり前でしょ。」
母親の持論に俺は
「あぁ。」
と答えて少し考えるように宙を眺め
「普通だったよ。」
と答えた。
だが、母親は俺のその解答だけでは満足できなかったらしく
「普通って全然分かんないわよ。もうちょっと具体的に何かないの?」
と俺に更なる解答を求めた。仕方ないので記憶を巡って今日あったことを掻い摘んで話す。
「えーっと・・・とりあえず、始業式があってまぁそれは問題なく終わって。えー・・・クラス分けも特に問題なくて友達とかも結構一年のときと同じクラスの奴いたから全然不満は無かったな。あとは授業か。これもいつも通りだったなぁ。特に今日は初日ってのもあったし、そんなに深い所までは教えられなかったよ。まぁ触りだけって感じかな。まぁそんなとこ。」
実際こんなとこだろう。これ以上言うことも特に思い当たらない。逆に思い当たればそれはそれで俺も面白いし、何か言えないようなことがあっても面白いんだが、残念ながらそんなことはない。
「うんうん。それで瑠希ちゃんは同じクラスだったの?」
俺の母親は俺の解答に対して頷きながらまた質問をしてきた。瑠希が一緒かどうかだって?そんなのどうでもいいんだが。まぁいいや。
「あぁ一緒だったよ。で?」
何でか聞くと
「よかった。あんた学校でもボーっとしててちゃんとやってないんじゃないかと思ったから瑠希ちゃんがいると助かるわ。あんたに喝入れてくれるし、あんたが真面目に授業受けてるかも仕入れられるからね。」
はーん。そういうことか。まぁ瑠希が居ようが居まいが俺の行動に変化は無いが少しやりづらいと感じるのは間違いなくあるな。何というか監視されてる感はある。それを毎朝小言で言われてる気がするし。まぁちゃんと聞いてないから定かではないが。
あと、情報を流されるってのはやっかいだな。そういうところはお隣さんの面倒なところだ。うちの家族と瑠希の家族は一応家族ぐるみの付き合いがある。だから、俺の母親が瑠希から情報を聞きだすのも簡単ってわけだ。俺には全く利点が無いシステムだ。
ちなみに瑠希の親は本人と違って温厚で優しい人たちだ。あんなに穏やかな人から何であんなおしゃべりインコみたいな五月蝿いやつが生まれ育ってきたのかが疑問になるくらいだ。本当は血の繋がってない親子なんじゃないかって思うくらいに違うと感じる。
まぁ親子の会話を家の中まで聞いてるわけじゃないから、人前じゃないところでは瑠希と同じような人達なのかもしれないけど、俺にはそういう態度を取らないからそれはそれでよしだ。
それに比べてうちの母親ときたら
「いい?サボんないで真面目に授業を受けるのよ。サボったらすぐ分かるんだからね。よーく肝に銘じておきなさい。」
だとさ。あー。子は親を選べないとはこういうことだろうなぁ。瑠希の親とうちの親をチェンジ出来たらなぁ。
まぁいいか。どちらにしろ。大本は変わらない。本質は変わらない。そうだ。
普通なことには変わることは無いのだから。
4
食事が終わったので食器を片付けて(片付けないとまた小言を言われるので仕方なく)自分の部屋に戻るかと足を向ける。母親が
「宿題があったらちゃんとやっておくのよ。勉強は今が一番大事なんだからね。お母さんしっかり見てるからね。」
と言っていたが俺は返事もせずに部屋に向かった。
部屋に入ってベッドを椅子代わりにしてテレビを点ける。勉強ねー。今が一番かー。そうかねー。
そう自分の中で自問自答する。出てくる答えは分かってる。いつもノーだ。それしか出てこない。そうだと分かっている。違うな。俺がそうだと信じているんだ。こんなことをしてたって普通になるだけだ。普通に勉強して普通に大学に行くか就職して、大学行ったとしても就職して普通にサラリーマンとして働くのだ。俺はその普通の世界を回す歯車の一つでしかなくそれにしかなれない。どうしたってどうやったって変わらない。
だったら、勉強しなければいいのでは?
いや、違うそれだけではダメだ。単純に普通に落ちこぼれになって就職するかニートになるかは分からないが、それでも普通な人間であることには変わらない。俺に変化は無い。
だったらもっと勉強すれば?
有名な大学に行ってそのまま教授なり博士なり、何にでもなればいい。そうしたら世界が変わるかもしれない。少なくとも世界の見方は変わるかもしれない。親だって喜ぶだろう。それはどうだ?
違う。
俺は答える。そうなったとしたって世界の見方が変わったとしても。違うんだ。俺が変えたいのは世界の見方なんかじゃない。世界を変えたい。こんな普通な世界なんてクソくらえだ。そして、そこにいる俺だって一緒だ。つまらない人間。面白くない、楽しくない、怖くない。それが普通なのだ。だから人間は、面白さや楽しさ怖さを求めて作る。それを体感できるから。そうなった気になれるから。
それではダメなんだ。そんなもの紛い物だ。本物じゃあない。ならそこから湧き出る感情はなんだろう?嘘の感情なのか?俺は嘘の世界で生きてるのか?
話がややこしくなってきたから考えるのを止めた。点けていたテレビを見ることに集中する。
テレビでは丁度、今期始まるドラマが始まるところだった。俺はそのドラマを視ることにした。
理由はいろいろある。友達に合わせるためとか俺の世界が変わるかもしれないとかもあるし、そのテレビに出ている役者が誰でどんな役なのかも気になる。
強いて言うなら一番の理由は最後の理由なのだろう。俺は感じたいのだ。その世界が作られた世界であったとしてもそこにいる役者、それを演じている人間はどう感じているのか。どう思ってその位置で、どう納得させて自分を見ているのか。
これは結構矛盾した答えだと思うかもしれないが、俺は結構役者という仕事になってみたいと思ったりもする。
さっきもいったが、俺はこの世界があまり好きではない。それは普通で退屈で変化の無い世界だと俺が考えるからだ。そして、それを面白くするために人が作った世界、つまり物語なんかも俺は正直好きかと言われるとそうではないというのが俺の考え方になる。何故ならそれを体感した後に自分の世界の変わらなさ、あまりにも異常の無い異常さに虚しくなるからだ。そんな気分になるくらいなら始めから物語を読むことを視ることを止めた方がいい。そう思う自分がいる。
だけど、それを演じている役者はどうだろうかとも思う。限られた時間の中でも一瞬だけでも作られた世界だとしてもその中心としていられる気分はどんなものだろうか?
それは嬉しいのかもしれない。
それは悲しいのかもしれない。
それは楽しいことなのかもしれない。
それは辛いことなのかもしれない。
そして、それが終わった後の虚無感をどう感じているのだろうか。自分がその世界の住人ではなくやはり普通の世界だったと感じたらどう思うのだろう。
でも、それは多分誰かの気持ちを知りたいんじゃない。それを介して俺だったら俺がその立場だったらどうなるかということを知りたい。
それが出来る立場になったときに俺は嬉しいのか?悲しいのか?楽しいのか?辛いのか?どうだろう。それは気になることだった。俺が役者になったらおれはどんな人間に変わるのだろう?俺の見える世界はどう変わるのだろう?
まぁいいか。ドラマに集中しよう。それにしてもそんなことを考えながらドラマを視てるのなんて俺だけじゃないか?我ながら自分の変わり者様に笑みがこぼれる。
勿論、苦笑いだが。
とりあえず、一時間のドラマを視終わった。ストーリーとしては王道のボーミーツガールから始まる物語のようだ。冴えない男子学生がある時に、とても魅力的に女の子に自分の部活に入らないと声を掛けられ、着いて行ったらそこはとんでもない部活でそこで繰り広げられるドタバタ劇に男子学生が四苦八苦するという物語だ。ラブコメ要素とコメディー要素、そして独特な世界観のあるドラマだった。
まぁ、そういう風に作られているのだろうが。
俺があの世界にいたら、あの世界の中心だったらどうだっただろうか?幸いにして俺は一つの条件を満たしている。俺は冴えない男子学生であるということだ。そんなこと言ったらもっとたくさん候補がいるだろとも思うが、例えば俺がその中でその候補に選ばれたとしたら、だ。
俺はあの主人公のように四苦八苦できるだろうか?ドタバタ騒ぎを楽しめるだろうか?
楽しめるかもなぁ。少なくとも今よりはずっと楽しい。俺の今いる現実よりずっとハチャメチャでずっと破天荒だ。少なくとも普通じゃない。
でも、その気持ちは冷めた。CMに入った所で、その世界は現実ではなく虚構であることを実感する。
はぁ、まぁいいか。こんなのはいつものことだ。それにしても役者の演技はなかなかうまく出来ていたと思う。ああいう時、役者の人はどう考えて演技をしているのだろう?本当に自分がその世界の中にいると感じているのだろうか?でもそうじゃないとあんなにリアルな演技は出来ないだろう。だとしたらその演技している期間、役になりきっている時、その人は幸せだと思う。
少なくとも俺はそう感じる。俺が不思議な世界の住人になり、自分を中心に世界が回る。それはどれだけ素敵なことだろうか。
でも、それは逆に言うとそれが終わった後はそれだけの落差が自分に推しかかるということだ。その落差をどう感じるかは人それぞれだろうが、俺は耐えられそうに無いな。そんなことを繰り返していたら感情が、人格がおかしくなりそうだ。うーん。そういう意味では俺は役者には向いていないんだろうな。まぁ役者になるような人には確固たる自分というのがあり、その自分の土台の上に役というペンキを上塗りしているようなものだ。確固たる自分が無い俺にはそれはできない。俺が求めているのはその確固とした土台であり、その土台の下にペンキが敷かれてなければならない。そういう意味で俺がなりたいのはやはり役者ではないのだ。
俺がなりたいのはあくまでその物語の役であり、役を演じる人ではない。それは近いようで遠い。同じようで違う。例えて言うなら「おざなり」と「なおざり」ぐらいの違いだ。
まぁ今の俺はそのどちらにも当てはまるけどな。
さて、ドラマも終わったので風呂でも入るか。明日も勿論学校はある。このまま起きててもいいが、朝眠いのだけは最悪だから一応十分な睡眠をとる努力だけは使用かね。
そう考えて、部屋を出て階段を下りて風呂場に向かう。リビングが見えたので中をチラ見すると親父が帰ってきていたようで晩飯を食べていた。母親はソファに座ってテレビを見ているようだ。親父は俺に気付くと
「ただいま。」
とちょっと笑顔で言った。
「おかえり。」
と俺は無表情で言った。
俺は洗面所に着き、服を脱いで風呂場に入る。そして、身体と頭を洗って風呂に浸かった。
ふぅー。
いつも思うが、こうやって風呂に浸かると本当に疲れが溶け出て行ってる気になる。そのまま俺も溶けてしまいそうだ。うーん。そうだなぁ。このまま溶けるのも悪くは無い。まぁないけどな。
思考を切り替えて今日あったことを思い出す。今日は何があったかなと。
えーと。朝起きて(まぁ親に起こされてか)、んでいつも通り学校に行こうとしたら当然のごとく瑠希が着いてきて、何かいろいろ小言を言われながら学校に着き、玲土にいつものことをからかわれ、始業式をして、授業を受けて、昼になって昼食を友達と食べて、また授業を受けて、帰りにゲーセンに寄って、家に帰ってきて母親に今日あったことを軽く報告しつつ夕食を食べて、部屋に戻ってドラマを視て、風呂に入ったと。
まぁ、普通だな。特に取り上げて何も上げることがない。誰かに今日何かあったか?と聞かれたら迷わず俺は答えるだろう。「何も無かったです。」と。
なんだかなぁ。面白くねーよなぁ。と思って俺はため息を漏らす。うーん。どうやったら俺の日常は、世界は面白くなるのかなぁ。
考えてみるが。妙案は出なかった。そもそも俺に将来の夢とかないしなぁ。強いて言えばもっと違う世界に生きたいとかか?もっとスリルやサスペンス、そしてファンタジー溢れるような世界に行ければなぁと思う。というかそこで生まれてればなぁと。まぁ仕方ねーわなぁ。生まれる世界は選べねーしなぁ。
そもそも、ああいう世界だってこの世界に生きている人間がこうだったら面白いのになぁと思って創った世界だ。そういう世界に生きてたらそんな物語は普通の物でその世界にいる人間はそんな世界を面白いとか楽しそうだとか思ったりはしないのだろう。それが日常でそれが当たり前、つまり普通なのだから。
でも、それでも俺はそっち側に行きたいんだよなぁ。なんだっけ?あれだ。隣の芝は青いって奴だな。この場合隣ってのは全然近くは無いんだけど、物語ってのはいつも手の届くところにあるものだからそう考えてもいいと思う。
なーんかいい方法は無いかねー。
そんなことを考えながらボーっと風呂に入っていると、
「いつまでお風呂入ってるのよ。もう出なさい。お母さんもお父さんもお風呂入るんだから、それにいつまでものぼせるわよ。」
母親の声だ。風呂にあるデジタル時計を確認するともう二十三時を回っていた。
「分かったよ。」
と言って湯船から上がる。母親は立ち去ったようでドタドタと遠くに行くのが足音で分かった。
結構浸かってたんだなぁと思いながら脱衣所でTシャツと短パンに履き替えた。自分の部屋に戻る途中でリビングに両親の姿が見えたので
「上がったよ。」
と言っておく。
「はい。早く寝なさいよ。明日も遅刻しないようにね。」
母親だ。そんなこと俺だって分かってるし、一応遅刻はしないといいなとは思ってるとも。
「おやすみ。」
と言い残して上の階に上がる。
「「おやすみ。」」
と両親の声が返ってきた。まぁ挨拶くらいはしてるんだから文句は無いだろう。俺は自分の部屋に入る。
部屋の中でとりあえず鞄を漁って今日貰ってきた教科書類を部屋の隅へと片付ける。片付けるというよりは追いやるといった方が言いか。まぁいいや。とりあえず邪魔にならないようにしておく。
で、明日の準備か。教科書と一緒に貰った曜日毎の日程を確認し、明日必要な強化書類やノートを鞄の中に入れていく。準備としてはこんなもんか。あとは、制服はハンガーにかかってるし特にはないだろう。
とりあえず、準備は終わったのでベットに入り、布団を被る。まだ眠いって感じじゃなかったので携帯を弄って適当に何か面白いのがないか探して視てみる。動画やいろんな記事を見てると思うが、自分で感じているもの、身近にあるものやテレビや周囲の人との会話で得られる情報よりもより多くの情報があるんだなぁと思う。世界はとても広い。そう思う。
こうやって見ているとその一端を見れることが素晴らしいと感じたり面白いと感じる一方でそれを自分が体感することはできないし、それを全て知ることは俺には出来ないと思うことで少し寂しくなったりもする。情報能力の向上はすごくいいことだが、やはり人間は全知全能ではない。どうやったって知れないことは知れないし、できないことはできないのだ。
そう考えるとちょっと自分がやってることが嫌になって携帯を弄るのを止めた。充電をしておくことにした。時計を見るともう日付を跨いでおり一時近くになっていた。このままではまた明日起きるのが辛くなると思ったのでそろそろ寝ることにする。部屋の電気を消して仰向けになり、目を閉じる。
また。明日になるのか。まぁ日付的にはもうなっているのだが、的には眠ることで切り替わると考えているので起きた時が明日だ。
明日ね―。
また明日。よく言う言葉だ。俺としてはまた明日というのはまた普通という意味な気がしてあまり好きな言葉ではない。また明日にならないといいな。明日は違う日がいい。普通じゃない日がいい。明日が明日じゃなければいい。何か、何か俺にとって特別な日になれば―。
俺はそんなことを考えながらいつのように眠りに着く。明日が普通じゃないことを祈って。それが俺のいつもの一日の終わり方だ。
そうして、今日も一日が終わる。
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