インスタント異世界

ヒヤムギ

インスタント異世界

インスタント(instant)


( 名 ・形動 )


① すぐにでき、手軽であること。また、そのさま。


                  大辞林(第三版)



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「燃えろー!!」


手をかざして強く念じると、エリンギのお化けみたいな巨大キノコが勢いよく燃え上がった。


「動きが止まった!たたみかけて!」


わたしの合図で、仲間が大剣を一振りすると巨大エリンギは傘からばったりと地面に倒れた。


エリンギが倒れるのと同時に歓声が沸き起こり、みんなが口々にわたしを褒めたたえはじめる。


「さすがは勇者だ!君のおかげで今回も上手くいったな!」

「やっぱり勇者の魔法は最強ね!」


いやいや、みんなの力があったからこそだよ、と一応謙遜しつつみんなにこたえる。

しかし、得意げな笑みを隠すことがなかなかできない。


「さすがは勇者!選ばれた人間は違うね。」

大きな弓を担いだエルフがおどけたように肩をすくめた。


そう、何を隠そうわたしは勇者なのだ。選ばれた人間なのだ。すごいのだ。

みんな、わたしを勇者と呼ぶ。なぜなら私は勇者だからだ。わたしは勇者以外の何物でもないのだ。


しかし、生粋の勇者かというとそうでもない。勇者になったのは最近のことだ。

なぜわたしが勇者になったかというと、いつものように通学路をテックテックと歩いていた時のことだ。


通学路途中にあるトンネルをいつものように抜けると、なぜだかその日はどこだかわからない鬱蒼とした森の中に出た。


そしてそれから、自分がもともといた世界とは別の世界に来てしまったことを知り、高名なシャーマンのおばあさんから魔王を打ち破る勇者だと神託を受けたり、

内在している魔力の量が常人の10倍はあることがわかったり、なんやかんや紆余曲折があってわたしはこの世界で勇者になった。


勇者になったあとは怒涛の日々で、仲間たちと魔王退治の旅に出発し、各地の魔王の側近4人を倒してまわった。


あー、激闘の日々が思い出される。


灼熱の火を吐くイフリートとの闘いは灼熱地獄だったし、絶対零度の氷の女王シヴァとの戦いでは、とんがり帽子の魔法使いの機転でぎりぎりのところでどうにかなった。


地を揺らすゴーレムとの戦いでは大剣使いが決死の覚悟で囮になってくれたおかげで助かったわ。そうそう、神龍バハムートとの闘いはみんなで掴み取った勝利だったな。


そして、頼もしい仲間たちとの旅もクライマックス。わたしたちはこれから魔王城に乗り込む。


煉瓦づくりのトンネルを前にわたしはドキドキと不安で一杯だった。

このトンネルを抜ければ魔王城、仲間たちの顔も緊張の面持ちだ。


「みんな!大丈夫だよ!早いとこ片づけて街に戻って祝杯をあげましょ!」

その一声で、みんなの表情が明るくなる。さすがは勇者の一言だわ。


「そうだな!勇者がいれば何の問題もないぜ!」

「勇者がいるんだから、私たちが負けるわけないよね!」

「うん、その通りだ。また君に助けられてしまったな」


みんなから覇気がみなぎってくるのがわかる。これも勇者の特殊効果かしら。

とにかくこの勢いで魔王をとっちめてやるわ!


「みんな!わたしにつづいて!」


わたしは先陣をきってトンネルに飛び込んだ。

背中に感じるみんなの気配が心強かった。



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トンネルを抜けるとそこはいつもの景色が広がっていた。


色の剥げた看板。


通学途中の小学生の後ろ姿。


坂の上に見える校門。


いつもの通学路の景色だった。

ふっと後ろを振り返ってみたけれど、今までわたしの後ろを歩いていた仲間たちの姿はどこにもなかった。

きらりと光るプラチナの鎧に身を包んだ大剣使いも、大きなとんがり帽子をかぶった魔法使いも、大きな弓を担いだエルフも、みんな姿を消してしまっていて、ぽっかりとトンネルが口をあけているだけだった。


前を向いてもう一度校門を見据えると、自然とお腹から口を通って息が漏れ出してきた。息と一緒についさっきまでわたしを満たしていたものが全て体から抜け出していくように感じた。


少し急がなきゃ、わたしは歩き出す。

いつもの学校へ、いつもの毎日に戻らなくてはいけない。


とても残念な気持ちでいっぱいになったけど仕方ない。

わたしが異世界へ旅立てるのは通学途中のトンネルの中だけなのだ。

もう勇者ではない。


何物でもなくなったわたしは、日常へと戻る足を速めた。

あと10分で始業のベルが鳴ってしまう。

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