5 金の力かー!
はらはら、どきどきと、ラナルディアの勘定を揺さぶり続けた歌劇は、大団円のうちに無事に終わりを迎えた。
舞台の幕が下りる。
ラナルディアは手が痛くなるほど思い切り拍手し続け、とうとうじんじんした掌をさすりながら、後ろの長椅子に倒れ込んだ。
まだ心地よい興奮が身体中を駆け巡っている。この素晴らしい時間が終わってしまうなんて我慢出来ないくらいだ。
劇場の中にも、未だ冷めやらない熱気が満ちている。拍手がなかなか鳴り止まない。
「伯父様」
「なんでしょう、ルディア」
「わたくし、生まれ変わったら、鉱山で石を掘り出す鉱夫になろうと心に決めていたのですけれど」
「それはまた妙齢の娘にしては変わった夢ですね」
「やっぱりやめました。ここのような劇場の案内係になります」
「それはまた……」
ロックマートが苦笑する。
「そこまでお気に召したのはなによりですが、普通そこは、演者になるとか、奏者になりたいとか言うところじゃありませんか?」
「だって自分で演じていたら、お芝居を見られないじゃありませんか」
その点、案内係なら、上演している間は仕事がないも同然、繰り返し何度も歌劇を眺めることができるではないか、と、いかに案内係が素晴らしいかをラナルディアが力説していると、舞台の幕が再度するすると上がった。客席から、わっ、と歓声が上がる。
「観客の声援に応えて、挨拶に役者たちが顔を出したのですよ」
ロックマートの解説どおり、舞台の上には、演者たちが一列に並び、こちらへ向かってお辞儀していた。熱狂的な拍手と歓声が沸き起こり、彼らを包む。ラナルディアも、夢中になって拍手を送った。
客席の右へ、左へ、そして役者一人ずつ、と、拍手にあわせてお辞儀は何度も繰り返される。どうやら、端役から次第に重要な役を演じた役者、の順になっているらしい。後になるに従って、歓声が大きくなる。
そのうち、ラナルディアは、あることに気づいた。
(こっちを、見てる――?)
なんとなく、役者たちの視線が、ちらちらとラナルディアたちのいる桟敷席に向けられている気がするのだ。
ロックマートによると、この席は、豪商たちが通年借り上げているという桟敷席だ。
それは劇場側も、役者たちも知っているだろうし、上客扱いされるのは当然か。愛想を振りまいてくれるのも、サービスの一環だろう。そう思っても、嬉しいものは嬉しい。
三角関係を演じた第一王子役と第三王子役の男優と、ヒロインの女優にひときわ大きな拍手が送られ、最後に演出家らしき責任者が引っ張り出されて歓声を浴びた。意外にまだ若い、怜悧そうな青年である。
彼がぞんざいに一礼した後、今度こそ本当に幕が下りて、客席に照明が入った。観客は皆、夢から覚めたかのような顔をしている。
ラナルディア自身も現実に戻った。歌劇に夢中になるのもいいが、ここに来たそもそもの目的を思い出さねば。
(えーと、確か、ここの座付き演出者と作家と作曲家の三人が、サリアン陛下の同窓なんだったっけ)
座付き演出家といえば、さっき見たあの彼か。
さて、これからどうしようか。
「伯父様」
「なんでしょう」
「先ほど舞台で挨拶していた方が、演出家の人ですわよね?」
「はい」
「どうやってお会いすればいいのでしょうか。劇場のどなたかに言えば、会わせていただけるのかしら」
いや、そんな簡単にはいかないことくらいは、世間知らずのラナルディアにだってわかる。
困惑しながらロックマートを見ると、彼は、ひどく楽しげな笑みを浮かべていた。
「このままで」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに。
桟敷席と通路を隔てる、背後の豪華なカーテンが揺れた。そして。
「このたびは、誠に結構な差し入れをありがとうございます」
「生花で溢れた舞台で演じられるなど、役者冥利につきます」
さきほどまで舞台に立っていた演者たちが、連れだって入ってきた。
(差し入れの、お礼――!?)
ラナルディアは、舞台の脇に飾られた、溢れんばかりの薔薇の花と、ロックマートのすまし顔とを交互に見やる。そして、彼の言葉を思い出した。
『目的のためには手段を選ばず、ですよ……』
生花の差し入れには、そういう意図があったのか。
(お、お、お金にものを言わせたのね――っ!)
サリアンの恋人 本宮ことは @motomiya_kotoha
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