7話 共闘
木上に手を引かれ、私は非常口の方へと向かった。
悲鳴が聞こえてくる廊下で、私は考える。
__まだ避難が完了していないのに、彼が助けようとする素振りはない。
その事実から、彼がただ単にヒーローとして活動しているというわけではないのだろう。ヒーローの最優先は人命救助だからだ。だが、余計なことは言わずに、私は黙って木上についていく。口を挟む理由がないからだ。
「今更ですが、お怪我はありませんか?」
足の速さに違いがあることに気が付いたらしい木上が、走る速さを緩めて私に聞く。私は短く答えた。
「大丈夫です。」
「そうですか。それならよかった。__あ、非常階段はここです。気を付けて降りてください!」
少し引っ掛かる気分になったが、私は「ありがとうございました」と短く礼を言ってから、非常階段に続く扉に手をかける。木上は私が避難するのを見守ってから、そのままビルの中へ戻っていった。
私は、警戒を解かずに非常階段を駆け下り、スマホのカメラを上に向ける野次馬とともにビルを下から見上げる。そして、息を飲んだ。
「……ヴィラン……!」
ビルの壁面にへばりつく、黒い粘着物。それはぼこぼこと奇妙に泡立ち、うねりながらビルの下へ下へと降りていく。
__ビルの中に剛次郎がいるとはいえ、あの量だと分が悪い……!
そう判断した私は、周囲に人の目がない場所を探す。当然、ここはビル街。路地裏こそあるものの、当然のように監視カメラが付いているうえに、このビル回りに人が集まりすぎている。うっかり変身する場所を見られれば、どこに公表されるか分かったものじゃあない。
しばらくあたりをきょろきょろと見まわしてから、すぐそばに地下鉄の駅へ続く下り階段を見つけた。私は、全力でそこに駆け込む。ローヒールだとしても階段の下りを全力で駆け下りるのにはやや恐怖を覚える。
だが、怖がっている暇はない。
荷物を駅の百円ロッカーに突っ込み、地下鉄の駅の女子トイレに駆け込む
アンモニア臭のするトイレの中で、私は変身を行った。これで、私が今日使える魔法は、後4回だ。
いつも通りの喪服に変わった私は、トイレの個室から出る。すれ違った見知らぬ女性が私のことを二度見したが、気にしている暇はない。野次馬の視線を感じながら、私は地上に戻る。
キツイ日差しを浴びながら、私はビルを睨みつける。ビルを覆うように存在するヴィランは、十階から十二階の階層を覆っている。空を飛んで攻撃するのが一番手っ取り早いが、中にどれだけの人間が残っているか分かったものではない。派手な攻撃はできない以上、非常階段を上って被害状況を確認してから範囲魔法を使えばいいだろう。
そう判断した私は、小さく呪文を唱える。
「マジカルブラックの名において命令する【身体強化】」
そう唱えれば、体が幾分か軽く動くようになる。効果時間は20分。長期戦では使えないが、短期戦だと余る、中途半端な時間だ。
肩を軽く回して動きを確認してから、ちらりと路地裏に目を向ける。ビル街のゴミ捨て場は、基本的に大通りに面さないように隠れて存在しているのだ。
野次馬の視線を無視して、私は路地裏に足を踏み入れる。
ゴミ捨て場を適当にあされば、鉄パイプが一本、落ちていた。少しだけべたついているが、使い捨ての用心棒くらいにはなるだろう。鉄パイプを拾い上げ、ビルの非常階段を駆け上がる。野次馬の視線が面倒くさかった。
身体強化の魔法をかけておけば、階段を駆け上がるのもさほど苦ではない。むしろ、体が動きすぎて制御しにくいくらいだ。ぼろい階段を壊さないように走り、数分とたたずにヴィランがその体躯を伸ばす場所へとたどり着いた。
ヴィランの粘液状の体躯を警戒しながら観察する。ねばねばのスライムのようなそれは、さほど高温でないにも関わらず、ぼこぼこと何やら気体を外へと漏らしている。
「……正体がわからないものは体の中に入れたくないわ。」
ポケットの中からハンカチを取り出し、口元を覆う。魔法でガスマスクをつくってもいいのだが、この規模のヴィランだと余計なことに魔法を使っている暇がない。
鉄パイプでその粘液をつつけば、それは細胞のようにうねり、刺激から逃れようと後ろへ下がっていく。
__知能がある? それとも条件反射?
しばらく思考してから、ポケットの中からライターを取り出し、火をつけてから液体状のそれに近づけた。すると、火は消えてしまった。
__出ている気体は二酸化炭素? こんなにすぐに火が消えるということは、何か未知の気体かもしれない。
火の魔法は使わないほうがいいと判断し、次は非常階段を掃除するためなのか、ビルの壁面から延びる水道管に手を伸ばす。バルプは硬かったが、身体強化の魔法がかかったままだったため、道具なしに錆びの交じった水を出すことができた。
ダバダバと流れ出す水が、液体状のそれに触れる。すると、液体はすさまじい勢いで下がっていった。
「……。」
私は、手に水をためると、粘液が覆った壁にかける。すると、水のかかった粘液は黒いさらさらの液体に変わって重力に従い地面へと落ちた。どうやら、弱点は水らしい。
それを理解した私は、非常口に這い寄っていた粘液に水をかけ、さっさと中に入る。戦略は大体決まった。あとは、それを実行するだけだ。
口をハンカチで覆ったまま、私はビルの中に侵入する。ヴィランは倒すべきだし、何よりも、ここのヒーローたちがうまく対応できていない以上、ヴィジランテがどうにかするしかないだろう。
「問題は、
何をするかわからない、ジョーカーと呼ぶにはあまりにも不確定要素すぎる。第一、彼等をジョーカーとするならば、このゲームがババ抜きかポーカーか何かすらもわからない。できれば遭遇したくないというのが本音だ。
建物内に侵入すると、息苦しさが私を襲った。どうやら、酸素が足りていないらしい。
「短期決戦必須ね」
私は、そう呟いてから粘液の元凶を探すために走り出した。
ビルの内部は混乱のためかだいぶ様変わりしていた。珍しい観葉植物の植えられた鉢はひっくり返り、廊下にかけられた絵画は落ちて清掃された床に割れたガラスが散らばり、まるで台風がこのビルの中を通過したようなありさまだった。
ついでに、このビルに取り残されてしまった人を探す。あの二人がどう思っているかはともかく、私はあくまでも元魔法少女だ。人の命はできるだけ救いたいと思っている。自分で助かれそうなら自分で逃げてほしいものだが。
フロアを通り過ぎるたびに耳を澄ませるものの、粘液の這いずる音以外の異音は聞き取れない。__だが……。
「一階上かしら……戦闘音が聞こえるわね。」
まれに聞こえてくる、破壊音や罵倒語句。どうせあの二人だろうが、もしものことがある。ついでに、私の作戦の上でも、上階に行きたい。
少しだけ思案した後に、私は上の階へと続く階段を探す。まだこのフロアに人が残っているかもしれないため、できるだけ非常階段は使いたくないのだ。
誰一人いないことを確認してから、私は混乱の渦が通り過ぎた後の廊下を歩いていく。
たどり着いたフロアは、先ほどの階層よりもひどいものだった。
具体的には、カウンターはひっくり返り、デスクにはひびが入り、書きかけの書類はボロボロになってオフィスの床上を埋め尽くしていた。部屋の隅に場違いそうに花瓶が一つ、無事に残って可憐な百合の花を咲かせている。
そして、その元凶たちは……
「きちんと仕事をせんかぁぁあああ!」
「うるさいですよ、犯罪者! 書類を見つけたらとっとと逃げるって言ったのは、どこのどいつですか!」
黒い粘液相手に物理攻撃で何とかその猛威を退けていた。
私は、深くため息をついて、仲がいいのか悪いのかわからない彼らに向かって、私は声をかける。
「……あなたたち、一体何をしているの?」
「⁈」
びくりと体を硬直させる木上。そして、一瞬だけこちらを警戒した後、その口元を不満げに歪める剛次郎。
「貴様の恰好、ヴィランと間違えそうだ。さっさと衣装の変更をしたらどうだ」
「できるのだったら苦労していないわ。少なくとも私は戦場で喪服を着る趣味はないもの」
私はそう言って手を広げる。
このヴィラン相手に物理攻撃以外の撃退方法は思いつかなかったのだろうか? 剛次郎に限ってはそんなことはなさそうだが、どこかで失敗したのだろう。私は、少しだけ考え込んでから、剛次郎に声をかける。
「ねえ、剛次郎。あなた、確か葉巻を持っていたわよね? 一本くれない?」
こちらへ触手を伸ばしてくる黒い粘液を鉄パイプで払いのけながら、私は剛次郎に声をかける。剛次郎は、渋い表情をして答えた。
「……お嬢ちゃん、未成年の喫煙は法律違反だ。」
「
「えっ、そうなんですか⁈」
泡立つ黒い粘液に鞭をふるう木上が、驚いたような声を出す。ああ、そう言えば、公表していない事実だったわね。
木上の夢を叩き壊すようなことを剛次郎は吐く。
「少し考えればわかることだろうが、若造。何年間マジカルブラックが活動していると思っているのだ。」
攻撃の手を緩めそうになった木上を蹴飛ばしながら、剛次郎は分厚いコートの中から葉巻の入った木箱を私に投げる。放物線を描いて、木箱は私の右手の中に納まった。
木箱から葉巻を一本取り出し、先ほど使ったライターで葉巻をあぶる。
その行動を見た剛次郎は、眉をひそめて私にひところ物申す。
「このくそったれヴィランに火は効かんぞ。もう試した。」
「……こいつに効くのは、火じゃないわ。余裕があるなら範囲魔法で消し飛ばしたところだけれども……ちょっと午前中に活動したばかりだからね。」
葉巻にしっかりと火が付いたのを確認した私は、周囲を探る。そして、無事だった花瓶を拾い上げ、花をフロアに放り投げてから水をヴィランにひっかける。
じゅわぁぁぁぁああ
黒色は、不気味な蒸発音とともにその体の一部を崩壊させた。
「先に言っておくわ。こいつに効くのは、水よ。」
「だったら、何でワシの葉巻を奪った! 高いのだぞ、あれ!」
そう怒鳴る剛次郎に、私は行動で示す。
空っぽになった花瓶に火のついた葉巻を放り込み、煙を充満させる。そして、倒れたデスクを引っ張って立ち上げ、その上に乗る。
すべきことはたった一つ。たったの一手だ。
ニコチンやらタールやらの有害な煙のあふれ出す花瓶の口を、天井に設置された機械にくっつける。
その機械は、所謂『火災探知機』と呼ばれる代物だ。
煙を探知したのか、熱を探知したのか、ビルの中に、けたたましいベルの音が鳴り響く。木上はびくりと体を硬直させ、目を丸くする。
このビルは、それなりの規模の高層ビルである。そんなビルには、たいていついているのではなかろうか。火災探知機と連動して動作する、スプリンクラーが。
瞬間、粘液上のヴィランの絶叫のような蒸発音がフロア中に響く。この手のスプリンクラーなら、他の階でも同時に作動するはずだ。
ヴィランが黒い水たまりに変わったのを確認してから、私は二人に質問する。
「で? あなたたちはいったい何をしていたの?」
木上は深くため息をついて地面に座り込み、剛次郎はそっと目を逸らした。
魔法少女over thirty Oz @Wizard_of_Oz
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