epilogue
最終話 幸福な偽善者
ハルが亡くなってから数年が経った。毎年決まった日に僕と兄と父と三人で墓参りに行くのが恒例行事になっていたが、今年は学会の都合で墓参りに行くことが出来ないと連絡があった。
「よう、深海。一ヶ月ぶりだな」
「久しぶり。深海君」
「・・・・・・なんで二人がここにいるの?」
最寄り駅の改札前に、見知った顔が並んでいた。
「なんでって、お前がひとりで墓参りに行くって聞いたから、わざわざこの日のために有給休暇を取って来てやったんだぞ。少しは感謝しろ」
「いや、別に頼んでないけど」
「そんな冷たいこと言うなよ」
「そうだよ、深海君。大勢の方がハル君も喜んでくれるよ」
「そうかもしれないけど。ああ、そうだ。二人とも結婚おめでとう」
「「ありがとう」」
高校を卒業後、僕は東京の文系大学に進学した。長期休みになって地元の兵庫に帰ってくる度に、高橋は僕を食事に誘い、僕もそれに応じた。社会人になってからも関係が続いているのは高橋ぐらいだったが、一か月前にも高橋と二人で食事に行き、その帰り道に結婚の報告を受けた。
「それで、お前はどうなんだよ?職場で良い人いないのか?」
「お前に心配されなくても、僕は現状に満足しているよ」
「それならいいけどさぁ」
結婚や恋愛の話になる度に、ハルやウーティスのことを思い出しては、胸が痛んだ。高橋の気遣いは嬉しかったが、傷が癒えるにはもうしばらく時間がかかりそうだった。
◆
電車に乗り込むと、さらに知り合いの数が増えた。
「お前、笑えるようになったんだな」
高校の時に同じクラスだった男が、僕に向かってそう言った。
「僕にだって表情筋ぐらいあるよ」
「それもそうだけどさ、高校の頃はもっと暗かったじゃん」
高橋が間髪入れずにクラスメイトの足を踏みつけた。
「痛っ・・・・・・!!おい、高橋!いきなり何するんだよ!」
「悪い、足が滑った。あ、そうだ。ポッキーあるけど食べる?」
「ったく、小学生かよ」
皆にポッキーを配りながら、高橋が僕をちらりと見た。僕は小さく頭を下げ、感謝の意を示した。
相変わらず後悔と自己嫌悪を繰り返す日々を送っていたが、ひとつだけ変わったことがある。嬉しい時も、悲しい時も、出来るだけ笑顔でいるように努めるようになった。まるで道化のようだと思いながらも、自分が笑うことで、ハルを大事に出来ているような気がした。
新大阪駅に着く頃には、高校二年の時のクラスメイトがほぼ全員揃った。
「高橋。お前、まさかクラス全員に連絡したのか?」
「そうだけど?」
「そうだけど、じゃないだろ!どうするんだよ、これ」
「まあまあ。人数が多い方が秋草も喜ぶって」
「多いって言っても限度があるだろ!」
僕の大声に反応して、クラスメイトたちが一斉に僕の方を振り向いた。
「俺たちがいることに何か問題でもあるのかよ」
「わざわざ会社休んで来てやったんだ。感謝しろよ!」
皆から「アホ深海」だの「馬鹿深海」だの罵られ、今日は厄日だと思いながら新幹線に乗りこんだ。
◆
移動中、僕は対角線上に座っている高橋の足を軽く蹴った。高橋がイチゴポッキーを咥えながら「なに?」と尋ねてきた。
「いや、「なに?」じゃないだろ。ハルの墓参りに来てくれるのは嬉しいけど、事前に連絡してくれないと困るよ」
「なんで?」
「こんなに人数が多かったら、船に乗れないだろ?」
「それなら何回かに分けて乗ればいいじゃん」
「それは確かにそうだけどさ」
正確な人数を数えようとした時、ふと横山の足元に置かれた段ボール箱に目が留まった。
「なあ、高橋。横山が持っているあの段ボール箱の中身って何?」
「さあ?夢とか愛とか希望とか、そういうのが詰まってるんじゃね?」
「その割には、割れ物注意のラベルが貼ってあるんだけど」
「細かいことは気にすんなって。お前、そういうところは本当に変わってないな」
「お前も、お節介なところは昔と変わってない」
「だな」
高橋がくっくっと笑った。彼につられて僕も笑った。
乗船場に到着し、目的地まで残りわずかというところで、突然、皆が別方向に向かって歩き始めた。皆に声をかけようとしたその時、何かが足に当たった。振り向くと、自分の真後ろに横山が立っていた。
「これ、お前にやる。一緒に島まで持って行け。それから、その、お前に八つ当たりして悪かった」
彼は段ボール箱を乗せたワゴンを僕に押しつけると、逃げるように去っていった。
「・・・・・・意味が分からないんだけど」
「まあまあ、あいつも昔と変わらず不器用なんだよ。とりあえず、俺らは宿屋で一旦休憩するから、お前はその段ボール箱と一緒に先に島に行ってろ」
高橋は段ボール箱を船に乗せると、船長の元へ歩いて行った。何が悲しくて段ボール箱と一緒に墓参りをしなければならないのかと思いつつ、僕はひとり船に乗った。
◆
墓地に辿り着くと、石碑にプルメリアの花が飾られていた。石碑に刻まれたハルの名前を指でゆっくりなぞった後、二人分の花束を墓前に供えた。
太陽光に照らされてキラキラと輝く海面は、いつ見てもため息が出るほど美しかった。僕は大きく息を吸い込むと、衝動のままに海に向かって叫んだ。
「ハルーーー!大好きだーーーー!!!」
大声で叫んだ後、ぺたんと地面に座り込んだ。
ハルに会いたい。会って思い切り抱きしめたい。あの優しい声を、もう一度でいいから聞きたい。
「僕を置いていくなよ」
自分の口からその言葉が零れた時、涙も一緒に零れ落ちた。
「渚」
幻聴かと思って無視していると、もう一度僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「私を置いていかないでよ」
純白のワンピースを身に纏ったハルが、僕の真後ろに立っていた。
「嘘。だって、そんな、待って」
彼女は、狼狽える僕の胸に向かって勢いよく飛び込んできた。僕が口を開こうとすると、彼女は僕から言葉を奪い去り、そしてあの陽だまりの笑顔を僕に向けた。
「ただいま、渚」
「おかえり、ハル」
ハルを抱きしめていると、ポケットに入れていたスマホが鳴った。それは父からの電話だった。
『ハルには会えたか?』
ハルは僕に顔を近づけ、「会えましたよ」と言った。電話越しに、父の笑い声が聞こえた。
「どうやってハルの復元に成功したの?」
『ウーティスがハルのデータをアメリカの本部に転送してくれていたんだ』
「ウーティスが?」
ハルと僕の意識を繋いだ時に、ハルのデータを転送してくれたのか。心の中でウーティスに礼を言った。
「じゃあ、いま目の前にいるのはTellmoreロボットなのか?」
『そうだ』
「・・・・・・もうTellmoreロボットは作らないんじゃなかったの?」
『細かいことは言うなと言いたいところだが、今回は本当に特別だ。クラスメイトの奴らには、ちゃんと礼を言っとけよ。特に高橋と横山、あと、佐賀内だったか。あいつらがいなかったら、ハルは今そこにはいないからな』
「どうして父さんが高橋や佐賀内のことを知ってるんだよ」
『一々説明するの面倒だから、もう電話切ってもいいか?』
「いや、そこはちゃんと説明してよ」
電話越しに、髪を掻きむしる音が聞こえてきた。
『いま言った三人が研究所まで押しかけてきて、ハルを作って欲しいと頼みに来たんだ。何度追い払ってもやって来るから、一週間以内に一億集めたら作ってやると言ったんだ』
「一週間以内に一億!?そんな無茶な」
『俺も無理だと思ったが、あいつらはちゃんと一億集めてきたよ』
「どうやってそんな大金を集めたんだ?」
『お前、SNSにTellmoreロボットの写真を投稿しただろ。ロボットを返品した人たちが、あいつらの呼びかけに応じて金を出したんだと。まあ、Tellmoreロボットを購入できる時点でかなりの金持ちだからな』
「・・・・・・そうなんだ」
『なんだ?あまり嬉しくなさそうだな』
「嬉しいよ。嬉しいけど」
『けど?』
高橋たちが僕のために企画を立ち上げてくれたことも、Tellmoreロボットを返品した人たちが僕の投稿にちゃんと反応してくれていたことも、クラスメイトたちが墓参りについてきてくれたことも嬉しかった。だが、彼らに多大な迷惑をかけてしまったと思うと、素直に喜ぶことが出来なかった。
『もしかして迷惑かけたとか思ってるんじゃないだろうな?』
「・・・・・・そう思った」
『馬鹿。迷惑かけていいんだよ。その代わり、お前のためにそうしたいと思ってくれる人たちがいることを、お前は一生忘れるなよ。じゃあな』
スマホをポケットにしまうと、墓前で手を合わせていたハルが静かに立ち上がった。
「雅人、何か言ってた?」
未だに見慣れない彼女の姿に戸惑いを覚えつつ、僕は「まあ色々」と答えた。
「おーい!」
クラスメイトたちを乗せた船がやって来るのが見えた。
「行こう、渚」
「ああ」
僕たちは互いに手を取り合い、真っ白な砂浜に向かって走り出した。
〈了〉
僕らは自分を愛せない 深海 悠 @ikumi1124
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます