第2話 こんなお姉ちゃんで、ごめんね
今年も来てしまった。11月の学祭に。自分でも未練がましいと思う。
毎年付き合ってくれる妹は今年も随分と楽しげにしている。こういう空気自体が好きな子なのだ。
「お姉ちゃん、私フランクフルト買ってくるからちょっと待ってて」
そう言って妹は模擬店の行列に並びに行った。
そうして取り残された私は、こっそりとため息をついた。胸の中のまだ諦めきれない気持ちを再確認して。
この大学は私の志望校だった。だった。過去形だ。
受験して落ちたわけじゃない。ただ、受けられなくなってしまっただけ。けれども諦めきれなかった志望校への憧れが、私をこうして毎年11月の学祭に向かわせる。
もう5年も前の話だ。
私が高校3年生だった時の秋、両親が交通事故で死んだ。
その時妹はまだ中学1年生で、まだ独り立ちするには若干早すぎた。
親戚たちが引き取る引き取らないとこそこそ相談していたのを聞いて、私は心を決めた。そんな親戚のもとで生活を一変させるよりも、私が就職して妹を養おう。お父さんとお母さんはもういないけど、今までとなるべく変わらない暮らしをしよう。それが一番いい。そう思った。
そうして私は大学への進学を諦めたのだ。
けれども、諦めたはずの大学はずっと心の中でくすぶり続けて、結果、毎年この大学の学祭に向かってしまうのだ。
こんな気持ちは妹には全部内緒だ。ただ、近所の大学でお祭りをやっているから遊びに行こうとだけ言っている。そして妹はそれをすっかりと信じてくれている。
妹が私をのんびり屋だと評価しているのは知っているけれど、私から見れば妹も負けず劣らずののんびり屋だ。
でも、妹がそんな妹で良かったと心から思う。
しかし、そんなのんびり屋の妹でも流石にちょっと遅い。フランクフルトを買ってくるだけと言っていたはずなのに。
そろそろ電話をかけたほうがいいかしら?そう思って携帯を手に取ると、ちょうどコールが鳴り出した。妹からだ。
「お姉ちゃん、遅くなってごめんね」
申し訳なさそうな妹の声。でも、逆に安心した。
「大丈夫よー、人波を見てるだけでも楽しいもの」
私はなるべくゆっくり喋って妹に返す。
妹の話によると、フランクフルトのケチャップが上着についてしまって、それを落としてもらっている最中だという。
「親切な方にちゃんとお礼をなさいね」
言わずもがなのことを一応念押ししておく。
「はーい!」
そう答える妹に、終わったらまた電話して欲しいと伝えて通話を切った。
妹が帰ってくるまでもうしばらくかかりそうだ。それは同時に、私が思い出に浸っていていい時間がもう少し伸びたことを意味する。
さっき妹の電話に、人波を見ているだけでも楽しいと答えた。それは本当だ。
実は一人だけ、この大学に知り合いがいる。高校時代の同級生で、私の初恋の人だ。この大学を志望していたのは、情報工学を勉強したいという気持ちも勿論あったけれども、彼が志望先にしているという理由も大きかった。
きっと、一緒の大学に行くのだ、そう思っていた。
だから、彼に会えやしないかと学祭の時はなるべく人波をよく見ているのだ。
でも、もうあれから5年も経って。彼はもう卒業していることだろう。彼は勉強がよくできたから、きっと留年なんてことはしていないはずだ。だから、多分今年からはもういない。けれども、それでも、どこかに彼の面影を探さずにはいられなかった。
そしてやっぱり思うのだ。この大学に入りたい、と。
妹は今年高2だけれど、あまり受験については真剣に考えていないらしい。できれば妹には大学に行って欲しいと考えているし、そのためのお金も多少は貯めてきたつもりだ。
けれども、妹が大学には行かないと言ったのなら。その決心が硬く動かないものであるのなら。
その時は、自分がこの大学に進学したい、そういう期待がうっすらとあった。
妹からの電話が来て、待ち合わせ場所へと向かう。私は何を考えていたのか。もし妹が大学へ行かないと言っても、妹は大学へ行くべきだ。それが出来るようにしてやる事がお父さんお母さんの願いに沿うことのはずだ。だから、やっぱり……。
そこまで考えたところで妹の顔が遠目に入った。聞こえるように大きく声を上げる。
「ひよりちゃーん」
「お姉ちゃん!」
気づいた妹が駆け寄ってくる。
「あら、ひよりちゃん、何かいいことあった?」
気がつけばそんな言葉が口から出ていた。だって、妹の顔がさっき別れた時と目に見えて違って見える。別れた時もお祭りの空気に楽しげだった顔だけれども、今はその楽しげな感じに加えてどこか輝いているかのように見える。
「ようやくフランクフルトを一緒に食べられるのがいいことかな?」
妹はそんな答え方をしてきた。これで誤魔化せているつもりなのだから可愛いけれども、今まで追求したことはない。それでも後からわかることばかりだ。
「そう。美味しそうね、フランクフルト」
だから何も言わずに相槌を打った。
「うん!」
そう答える妹がやっぱり眩しくて、思ったのだ。
もしあなたが大学に行かないのなら。そんなことを期待する、こんなお姉ちゃんでごめんね。
フランクフルトはすっかり冷めていたけれど、それでも美味しかった。
さあ、これを食べたら帰ろう。そうして思い出に蓋をしよう。そして、もう2度とここの学祭には来ない。今年で最後。
明日の仕事から、私は私の人生をちゃんと受け入れるのだ。
姉妹で行きたい大学がかち合ってしまった件 禎波ハヅキ(KZE) @kze
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