姉妹で行きたい大学がかち合ってしまった件

禎波ハヅキ(KZE)

第1話 お姉ちゃん、ごめんね

 うちの近所には小さな大学がある。理系の単科大学だ。毎年11月に学祭を開催してて、私はお姉ちゃんと一緒にその学祭に行くのが好きだった。

 今年も11月がやってきて、お姉ちゃんと一緒に学祭に向かった。それで、お姉ちゃんにはちょっと待っててもらって模擬店に二人分の食べ物を買いに行った。

 そこで、私は出会ってしまったのだ。

 その模擬店で買ったフランクフルトのケチャップを上着にこぼしてしまって、そうしたら店員さん、というか学生さんが直ぐにすすいだ方がいいと言って校舎の中に連れて行ってくれた。そしてその校舎の中にはなぜかキッチンがあって、学生さんはここで染抜きするから上着を貸して、と私の上着を受け取り、代わりにこれを着ていて、と白衣を差し出してきた。初めて着る白衣はダボダボで、でもなんだかちょっとくすぐったかった。

 と、ここまできて私のことを待ってるお姉ちゃんのことを思い出した。

「あ、お姉ちゃんに電話してもいいですか?」

「もちろん」

「失礼します」

 念の為学生さんに許可を取ってからお姉ちゃんに電話した。電話は直ぐにつながった。

「お姉ちゃん、遅くなってごめんね」

「大丈夫よー、人波を見てるだけでも楽しいもの」

 私のお姉ちゃんはどこかマイペースなところがある。

「お店で買ったフランクフルトのケチャップが服についちゃって、今洗ってもらってるんだ。もう少し戻るまで時間がかかると思う」

「あら、火傷とか大丈夫だった?」

「うん、それは大丈夫」

「親切な方にちゃんとお礼をなさいね」

「はーい!」

「じゃあ、終わったらまた電話して」

「うん、じゃあまた」

 そう言って私は電話を切った。

「早く処置したのが良かった。部分染抜きだけどだいたい落ちたよ」

 そんな声とともに上着が差し出されてきた。学生さんの声だ。

「ありがとうございます」

 そう答えて上着を受け取る。そして、白衣を脱いで返す。

 不思議な話だけれど、その時になって初めて学生さんの顔をちゃんと見た。

 太めの黒縁メガネになんということもない特徴のない髪型、目元はちょっとだけ釣り目に見えるけど、メガネがその印象を和らげていた。

「どうかした?」

 学生さんがそうやって声をかけてくる。

「あ、えっと校舎の中にキッチンがあるなんて不思議だなぁって」

 私は学生さんをジロジロ見てしまったバツの悪さで、全然関係ないことを口にした。

 学生さんは少し笑いながら答えてくる。

「確かに校舎といえば校舎だけど、ここは研究棟でね、同じ階の研究室が共同で使える給湯室が用意してあるんだ。研究室で生活するような人も中にはいるし、あると色々便利でね」

「そうなんですね」

 私はかろうじてそれだけ答えた。だって、学生さんの笑った顔がどうしようもなく素敵で思わず見とれてしまっていたから。

「時間をかけさせて悪かったね。お姉さんが待ってるんだろう?」

「はい。こちらこそお手数をおかけしてすみませんでした」

「いや、大丈夫だよ」

「本当にありがとうございます」

 そう答えたところで、向こうから質問が飛んできた。

「今日はオープンキャンパス目当てで来たの?」

「いえ、近所に住んでて、毎年ここの学祭には来てるんです」

「なるほど。いや、ちょうどそろそろ大学受験に見えたから、ちょっと気になってね」

 私は、学生さんに興味を持ってもらえたことがとても嬉しかった。これは、もしかしたら。

 でも、ちょっと悲しい気持ちを抱えながら私は答えた。

「確かに今高二なんですけど、受験はしないんです」

「そうなの?」

 学生さんはかなり意外だったようだ。

「うちは両親がもういなくて、お姉ちゃんが私を育ててくれてるんです。だから、大学に行く余裕がないんですよ」

 それを聞いた学生さんはしまったという顔をした。

「そんな込み入った話だとは知らず、ごめんね」

「いえ、普通は地雷でもなんでもないですよ、大学行くかなんて。こちらの方こそごめんなさい」

 そう答える私に、学生さんは続けた。

「いや、本当に申し訳ない。ここは理系だから、女子の志望者だとしたら珍しくて思わず聞いてしまったんだ」

 私は笑った。

「確かに。私は文系向きみたいなので、やっぱりここの受験はなかったかもです」

「そっか」

「では、これで失礼します。洋服、本当にありがとうございました」

「いえいえ。エレベーターの位置はわかる?」

「はい、ここに来るまでに覚えました」

「良かった。ならお気をつけて」

「はい!」

 そうして私は研究棟を後にした。


 お姉ちゃんに電話をかけて、購買前の広場を待ち合わせ場所にする。そこでお姉ちゃんを待ってる時に、私はさっきの学生さんのことを思い返していた。

 多分、多分だけれど、私はあの学生さんのことが好きになっている。

 だって、文系なのに、お姉ちゃんに申し訳ないのに、こんなにこの大学に進学したくなっている。あの人にまた会いたい。大学に入ればそれがすぐ叶うわけじゃないだろうけれど、それでも。

「ひよりちゃーん」

「お姉ちゃん!」

 お姉ちゃんがやってきた。私は、今胸に湧き上がっている気持ちを一旦封印することにした。やっぱり大学に行きたいっていうのはワガママだと思うから。

「あら、ひよりちゃん、何かいいことあった?」

 お姉ちゃんはのんびりだけど、こういうところは鋭い。

「ようやくフランクフルトを一緒に食べられるのがいいことかな?」

 私はそう言ってごまかす。

「そう。美味しそうね、フランクフルト」

「うん!」

 フランクフルトはすっかり冷めていたけれど、それでも美味しかった。

 お姉ちゃん、ごめんね。

 なるべくならお姉ちゃんにはワガママを言いたくない。でも、封印したはずの気持ちは蓋をカタカタ鳴らしていて、多分これは隠しきれない気持ちだ、そう思った。

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