第7話 ルームサービス(終)
チェックインすると、俺はフロントの説明も遮って部屋に引っ込んだ。今は部屋から出たくない。ホテルの中で、町中で、「あいつ」に出くわしてしまったらどうしよう。そんな恐怖が俺の中にこびりついている。剥がれない。
『隣にファミリーレストランもございます』
と書かれた案内が、書き物机の上に置かれていた。俺はそれを引き出しの中に放り込んだ。その代わりに、ルームサービスのメニューを取る。
そんなに凝った物を食べる気にもならず(というかビジネスホテルのルームサービスなのでそんなに凝った物もなかった)、俺はメニューの一番上に載っていたカレーを注文した。お作りいたしますのでしばらくお待ちください、という愛想の良い返事で電話は切れた。
俺はベッドに寝転んだ。
これから俺はどうしたら良いんだろう。あの部屋には怖くて帰れない。引っ越しをするしかない。「あいつ」は引っ越し先まで追ってくるだろうか……どうしたら逃げ切ることができるのか。
そもそも、どうして付いてきてしまったんだろう。木戸を殺し損ねたから? 一緒にいた俺も殺し損ねたから?
死体があったという部屋は、てっきり一人一部屋だとばかり思っていたけれど、もしかしたら連れだってきた二人が一緒に殺されていたりもしたのだろうか。
もしあの時、俺が「あいつ」に見つかっていたら……俺も木戸と一緒にあの部屋で死体として発見されたんだろうか。
腹が鳴った。空腹で、それ以上考える元気はない。ただ、不安で気が重い。これからどうなるんだろう。「あいつ」のことはどうしたら解決するのか……。
まどろんでいると、ドアの向こう、遠くの部屋で誰かがチャイムを鳴らす音がした。「失礼します」というスタッフの声も聞こえる。カレーが待ち遠しい。俺はそのまま少しだけ眠った。
ドアがノックされた。随分寝ていたような気になるが、時計を見ると十分くらいしか経っていない。もうできたのか。とは言え、カレーだから、鍋に作ってあるのを、炊いた米にかけるだけだし、そんなもんだろう。ホテルの厨房なら大量に作ってあるだろうし。もしかしたら、別の部屋から聞こえた声は配膳に回っているのかもしれない。
空腹だった俺は、それ以上は何も考えずにドアを開けた。
廃団地殺人未遂事件の参考人で、フリーターの
ホテルのフロント以外で最後に会話をしていた警察官の
上司の菊池警部補が、美津濃の部屋で刺された。美津濃によれば、ノックしかしてこない来客に、菊池が代わりに対応したところ刺されたと言う。意識はあったが、すぐに手術が必要だった菊池は、ストレッチャーで運ばれる途中、若槻の顔を見るなり言った。
「美津濃じゃなかった。あれは。よくわからん。でも全部調べ直しだ──」
若槻はかぶりを振った。わからないことだらけの事件だ。
「チャイムを鳴らしてもお返事がなくて、ドアに変な傷も付いてるし、それでマスターキーで入ったら……」
震えながら、第一発見者は語る。若槻はそれを聞いて、自分が見たものを思い出す。
固い鉄扉に、釘で刻んだような×印を。
それは、あの廃団地や木戸の家、菊池が刺された美津濃の部屋で見たものと同じだった。
扉の印 目箒 @mebouki0907
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