15分で書けるのか

naka-motoo

15分でできること

「15分もらえませんか」


 ヤクインにそう言ってデスクに戻った。

 PCのパスワードを再度入力してグループウエアを上げる。

 今日がR1.7.1。更新版を保存しまくってファイル名が『R1.7.1-17』まで来てしまった。もはや何がオリジナルだったかも分からない。

 おまけに30分後には接客の予定がある。

 PCの起動時間、保存時間、プリントアウト(今時)の時間、諸々逆算して15分、とヤクインに伝えた。


 けれどもこの15分というのはわたしにとって最も集中力を発揮できる単位なのだ。


 ワナビであるわたしが小説のエピソードひとつ、凡そ2,000〜3,000文字を書くための。


 たとえば実家のキッチンで書くにしたって煮物の下ごしらえを終えて具材を鍋に投入し火加減と途中の調味料を加える工程以外は小説を書く作業に充てられる。


 15分も。


 わたしは小説を書く作業と業務上の文書・資料を作成する仕事とを区別していない。いや、差別していないというべきか。


 どっちも、わたしの文章だ。

 誰に指示されようと、どんな風に書けと言われようと、わたしそのものが必ず滲み出る。


 だから、わたしは、仮に(仮にだよ、仮に!)ヤクインが経営者としての責任や義務を果たそうとせず株主総会で自分は悪くないことの言い訳資料としてわたしに作成を命じたとしても、必ずや、


「わたくしどもは真摯に職務に取り組み、株主様に適正な配当ができるよう努力いたします。現場の人間は!」


 という趣旨をにじみ出させてみせる!


「安楽さん、没落社のオチムシャさんから」

「ありがと。はいお電話代わりました安楽です」

『没落社の越智です。ちょっと早く到着するんですけど構いませんか? 後のスケジュールが詰まってるもんで』

「あ・・・はい。えと。何分後に」

「10分後」

「はい。お待ちしております」


 後5分で仕上げないと。


 わたしは脳内のシナプスを意図的に繋ぎ合わせる。失敗すると混線してぐちゃぐちゃになるけど後先考えてらんない。


 ミスタイプの時間すら惜しい。


「んーーーーー・・・できた!」


 保存と同時にプリントアウトし、ヤクインに持って行った。どうでもいいけどこのヤクイン室ってやつ必要?


「ヤクイン様。できました」

「おお。早く見せて」


 あー。イライラする。もう30秒も経ったよ。


「あのね、安楽クン。この表現はどうかねえ?」

「はい? あのどこが」

「これだよこれ。この第二四半期の予算のところ。『見直し予定』って書いてあるけど『見直しが必要と思われる』と直したらどうかね」

「あ。はい。では」

「まだ終わっとらん! この数字だけどねちょっと計算してみて」

「はい? 前回も使用してる計算式でフォームに入ってますけど」

「いいから叩け! ほら! 電卓を手の平に持って計算するんじゃない! ちゃんと机に置いて計算するんだ。打ち間違えたらどうするんだ!」

「はい・・・合ってます。あの。わたしこれから没落社さんと仕入れの値決めなんです。お読みいただいておいて後で訂正箇所をお教えいただけませんか」

「キミは仕事の仕方を分かっとらん!」

「・・・はい?」

は重職にある相手にはそれはそれは気を遣ったもんだ。一旦パーテーションの陰に隠れてな。そこから走って社長の前に行くんだ。貴方を最優先にして最速で駆けつけましたと見せるためにな」

「(なんだそりゃ)では外部のお取引先よりもヤクイン様の仕事を優先しろと」

「そうは言っとらん。ただ、はな」

「ウチらって誰と誰と誰だよ! ちゃんと一人称で言えよ! それとも責任取るの嫌なのかよ!」

「だ、誰もそうは言っとらん。ただ、その部署というか現場としての意見をまとめたものを書類に明記しろと」

「ええい! オフィスを一覧できるこの狭い零細企業であなたはたったこれだけの社員の仕事内容や意思すら書面報告しないと把握できないんですか! 」

「なんだ! 上司に向かってその言い方は!」

「『上司』じゃない! 経営者なんだアンタは! 雇用契約はねえ、責任じゃないんだよ! 義務なんだよ、経営者の! もっとマジメにマネジメントしろ!」


 ああ。やっちゃった。最後ぐらい丁寧にしとこうか。


「以上が口頭報告です。あとはよろしくお願いします」

「もういい」

「え。『もういい』とは」

「解雇だ」

「え・・・」

「辞めれるものなら辞めてみろ」

「やった! はい! 辞めます! 自己都合退職じゃないから退職金もまともに規定通りもらえます! ああ、どんなにこの日を待ったことか」

「え。あ、あの・・・」

「やった! さよなら!」

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