桜の樹の下には天女が埋まっている
立見
桜の樹の下には天女が埋まっている
逆だよ、と。
鬼は云う。
―――あれほど儚く清く美しく咲くのだから、その根元に埋まるものもまた、美しくあらねばならない。
**********
桜の樹には先客があった。爛漫と咲き誇る花の下、首を傾けている。一昨年潰れた右眼にも映る、たいそう綺麗な鬼だった。
鬼が気づき、嗤いかけてきた。
―――あんたも花見かい。
首を左右に振る。
―――あたし首吊りに来たの。
指に絡ませた縄を持ち上げてみせた。
―――やめときなさい。
鬼は更に嗤う。
―――桜は駄目だ。あんたの細頸が締まるよか先に枝が折れるよ。
―――知ってる。
―――それでも吊るなら此処がいいの。
そうかい、と答えたきり鬼はまた桜を見上げた。
零れゆく薄紅が積もり、生暖かな東風に吹き上げられ舞う。はらはらと絶え間なく、泣きやまぬ狂い女のようだった。
―――何故ここまで桜が美しいか、その訳を人から聞いたことがある。
暇つぶしのような、でも愉快げに鬼は口を開いた。
―――この樹の下には、骸が埋まっているそうな。腐り落ち蛆まみれの其れに根を絡め、それでこんな夢のような美しさを得ると。
馬鹿らしい。呵呵として鬼は云う。
―――生きているならともかく、骸がこんな美しさを生むなどあり得んさ。もしそうなら、この淡い紅は何処からくる。現ではないかのようなこの芳香が、あの臭い、穢い骸からきたというのか。
―――でも
つい、言葉を返す。鬼は流し目だけをくれた。
続ける。
―――化生のモノなら骸から絞りとったもの、啜って食んで悦ぶこともあるんじゃないの。桜の紅は、美酒を含んだ女の頬が染まるようなもので、芳香はその吐息かも。
鬼はつかの間黙考し、ふぅんと頷く。
―――其れは良いな、考えたことがなかった。そうか、こいつは化物か。
でも、と少し不満そうに紡ぐ。
―――やはり納得いかんな。桜と骸じゃあ、真逆だ。生きる化物と死んだ有情。美しいものが下等なものを糧として咲くなど。
―――
―――違う。
嗤う。
―――逆だよ。
逆さに考えるんだ。
あれほど儚く清く美しく咲く、そんなものの根元に埋まるものは、美しくあらねばならない。
―――俺はそう云うモノさ。鬼は鬼でもね。俺の理は逆さまでないと。
あぁ、と小さく得心する。別にどうでも良かったことだけど。
なら、と半分投げやりに提案した。
―――あたしが埋まるのはどう。
鬼は不思議そうに眺めてくる。
―――首吊りたいけど、高いとこは無理なの。だから幹で縛って、それでいいかと思ってたんだけど、どうせ地べたなら根元も一緒。
それとも、と首を傾げてみせる。
―――貴方の理には合わないかしら。あたしもう足がないし右眼も潰れて、こちらに落ちてきて長いから。あたしが埋まっても、やっぱり只の骸と一緒?
いいや、と愉悦の滲む声が応じた。
―――這いずる天女なんて珍しいと思ったら………そう、その足は切られたものかい。
―――えぇ、数百年前に。ようやく逃れて、でも足も衣もないから何処へも帰れない。だからせめて綺麗な処で死のうと思って。
―――そりゃいい、うん。人でも獣でもなく、天女が埋まっているのなら辻褄も合う。
鬼はやけに機嫌がいい。
桜の枝の下から数歩出て、傍らにやってくる。
淵のような眼が覗き込んできた。
その眼の横あたりに、手を伸ばす。冷たいこめかみと頬に触れると、鬼は少し驚いたように固まって、それから笑った。
生きたいの、とこぼす。
そうかい、と返ってきて鬼の左手がこちらの喉を掴んだ。
感謝の言葉は、喉骨と共に折れて何処かへ逝った。
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桜
の
樹
天の
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埋は
ま
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て
い
る。
桜の樹の下には天女が埋まっている 立見 @kdmtch
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