淫らな女の棲む海

紫 李鳥

淫らな女の棲む海

 



 男は月明かりのなぎさを千鳥足で家に帰っていた。


 しばらく歩いていると、波打ち際に倒れている女の姿を月光が照らしていた。


 それを目にした男は、見間違いかと思いながら早足になった。


 そこにあったのは、濡れたジョーゼットのワンピースに肉体を浮き彫りにした長い髪の女が、脚を開いた姿だった。


 酩酊めいていしていた男は、生唾を飲み込むと、鼻息を荒らげて薄い布のすそめくった。――



 ――ズボンのファスナーを上げた男が、ふと女の顔を見た瞬間、女がパッと目を見開いた。


「ヒェーッ!」


 吃驚びっくりした男は、短い悲鳴を上げると、走り去った。




 翌朝、酔いが覚めた男は昨夜の事を思い出し、自責の念に駆られた。


 ……生きていたのか、死んでいたのか定かではない。仮に死んでいたとして、果たして、死んだ人間が目を開ける事などあるだろうか……。


 仕事に行く気も起きず、罪悪感から逃れるように酒を浴びた。


 酒に浸った男はいい気持ちになり、眠りについた。



 ――若い女が、海面から手招きしていた。男は誘われるがまま海に入り、沖に進む女の後を追って泳いだ。


「待ってくれ!」


 暫く泳いで、ふと前を見ると、女の姿がなかった。


 男が水平線に女を捜していると、


「アッ!」


 足に何かが絡み付いた。男が海中をのぞくと、そこにいたのは、汀に倒れていた女だった。女は、見開いた目でジーッとにらんでいた。


「ウェーッ!」


 男は逃げようともがいたが、足は女の長い髪に絡み付いてほどけなかった。もがけばもがくほど、海の底へと沈んで行った。――




 翌朝、男の水死体が波に漂っていた。


 海辺の住人が最後に見たのは、男が長い髪の女と浜辺を歩く姿だった。






「浜辺に倒れていたのよ。助かって良かったわね」


 看護婦にそう言われた長い髪の女は、ベッドの上で小さくうなずいた。

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