第2話 銀髪の少女

「ぷはぁ、クセェ!」


 下水道の水面から顔を出し、大きく息を吸って酸素を肺に取り入れたアオは下水道の端にある人一人分の横幅がある岸に向かって泳ぐ。

 服が水に濡れてものすごく重いが、鬼と戦うために鍛えただけあって難なく岸にたどり着くことができたが服に付着した臭いが臭い。


(ん、あれは)


 今いる場所を確認しようと辺りを見渡すと、すぐ隣を白髪の少女が通り過ぎていく。

 どうやら、彼女も地面が崩落するとは思っていなかったらしく一緒に落ちたようだ‥‥‥じゃなくて。


 すぐに水の中に飛び込む。

 殺そうとしてきた人を助けるなんて馬鹿なことをしているなという自覚はあったが、だからと言って三年ぶりに出会った同族、しかも女の子をそう簡単には見捨てられない。


「はぁ、鍛えてるとはいえさすがに人を抱えてだと結構きついな」


 少女を岸にあげたアオは疲労感を感じる体を軽く伸ばす。そして、少女の体を軽く揺すって声をかける。


「‥‥‥」


 返事がない。


「おーい」

「‥‥‥」


 やはり返事は返ってこない。しかもよく見ると、息をしていない。


(水を飲みすぎたか)


 両手を少女の心臓部分に当てる。その際に小さいながらも確かな膨らみのある胸に手が触れてしまうがそこは聖人の意思で押さえつける。不可抗力だし、この少女も許してくれるだろう。


「カハッ! ゲホ、ゲホッ」


 何度か心臓マッサージを繰り返すと少女は口から水を吐き出し、咳き込む。

 初めてやったが、どうやら心臓マッサージは成功したみたいだ。


「ふぅ、‥‥‥やっぱ臭いな」


 とりあえずその場で一息つこうとしたアオだが、あまりの臭さに少女を背負ってすぐに出口を探すことにする。


(下水の水を大量に飲んでたけど、水自体は汚れていなかったから大丈夫だよな?)


 そんな不安を抱き、ちょくちょく少女のことを気にかけながらアオは隠れ家に戻るのだった。


 <><><><><>


 B10番出口から新宿駅に入り、瓦礫によって作られた迷路の中を室内にもかかわらず植物が芝生を張っている地面を一時間ほど歩き、動かなくなり階段と化したエスカレーターを降りること二回。アオは都営大江戸線が開通していたホームまで降りてきていた。

 駅のホームには落ちてきた天井で前車両と後方車両が見る形もなく潰されている電車が止まっていて、アオはその電車を隠れ家として活用している。


「疲れた」


 背負っていた少女をホームの適当なところに寝かし、電車の中に入って着替え二人分とバスタオルを二枚取り出す。


「おい、起きろ」


 アオは少女の体を揺すりながら声をかける。


「ん、‥‥‥ここは?」


 少女の宝石のように綺麗な水色の瞳が開かれ、その瞳にはアオの姿が映りこむ。

 そのおとなしい水色の瞳に大人びた顔立ちがあいまってどこかの世界の女神ではと思わせるような美しさを放っている少女にドキッとしてしまうのは別にアオだけではないだろう。

 だが、今回はそれが命取りになる。


「あなた、一体誰? なんか体から臭い匂いするし、髪もベタベタだし、私に何したの?」


 いきなり視界から少女が消えたかと思うと首筋に冷たい刃が当てられる。

 無駄な肉がなく筋肉がすごいわけでもなさそうな華奢な体から一体どうやったらこんなにも速くまるで瞬間移動したかのように動けるのだろうか。


「何もしてないよ。溺れてるのを助けただけだ。臭いのは落ちた下水道の匂いが服に付いたかじゃないか? 事実俺も臭いし」


 下水の水を大量に飲んだことは伏せて置くことにする。


「そう、なら次の質問。あなたは誰で、人間か鬼どっちの敵?」


 何だか質問に違和感を感じる。


深海しんかいあお。鬼の敵で人間だ」

「‥‥‥わかった。嘘はついてなさそうだから一応信じる。でも、変な行動をとったりしたら殺すから」


 少女は冷たい殺気のこもった目でアオを見る。その瞳だけで違和感なんてどうでもよくなった。


(これ、少しも信用されてないな)


「わかった。というか変な行動なんて取らないから安心しろ」

「わかれば「ぐぅ〜」‥‥‥」


 殺気を振りまいている態度とは裏腹に少女のお腹は可愛らしく唸りを上げる。


「‥‥‥」

「‥‥‥」


 あたり一帯の冷たかった空気が一気になくなり、替わりに無言の気まずい空気が広がる。

 殺気を振りまいていた彼女も相当恥ずかしかったのだろう。耳まで真っ赤に染めて目がぐるぐるしている。


(‥‥‥仕方ないな)


 アオは電車の中に入ってカップラーメン(味噌味)を二個とカセットコンロと鍋、水を抱えて少女の前に戻る。

 カセットコンロを地面に置き、水を入れた鍋をカセットコンロの上に置いて水を温め、カップラーメンの中にお湯を入れる。

 三分後には美味しそうな味噌ラーメンが出来上がり、一つを少女の目の前に置く。


「いただきます」


 アオは割り箸をパキッと割ってラーメンを口に運ぶ。

 その際にちらりと少女の方を見て見るが、何やら必死に食欲をこらえている様子だった。


(食べればいいのに)


 そんなことを思いながらアオはもう一口麺を口に運ぶ。


「い、いただき、ます」


 数分してさすがに食欲には勝てなかったのか少女は割り箸を割って麺を口に運ぶ。何だか悔しそうだ。


 それからさらに数分して、カップラーメンを平らげた少女は恥ずかしそうに頬を赤らめてアオを睨む。

 怖いなとは思いながらも笑ってごまかすアオ。


「‥‥‥」

「‥‥‥」


 よくわからない間が続く。

 それがすごく気まずい。


「とりあえず、水浴びでもしてくる? そこの瓦礫の間を抜けると水が溜まってる池みたいなところがあるから」

「何、覗くつもり?」

「いや、何でそうなる」

「人間の男なんて信用できない。私を助けたのだってエロいことやらせるためかもしれないし」


 飛んだ被害妄想である。

 もしアオがそんなことを考えているとしても少女が寝ている間に済ますだろう。もちろん、そんなことをするつもりはないが。


「はいはい、被害妄想はそれぐらいにとどめて置いてくれ。バスタオルと替えの服を持ってきてやるから」

「男が着たことある服なんて着られるわけない」

「はぁ?」


 人の好意を無下にするような発言には殺そうとして来た少女を助けたアオでもイラつきを覚える。

 別に好意を素直に受け取れというわけではないが、もう少しぐらい丁寧に断るということはできないのだろうかと思う。


(先に譲ってやってんのになぁ)


「いいから水浴びしてこい! 俺もいい加減この臭い服を替えたいんだ!」

「お、おい? 何しよう‥‥‥、ちょっと待って、待っててば! いやぁァァァァ!!!」


 そんな少女の高い悲鳴がホームの中に響くのだった。

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碧の刃と紅い刃 空式_Ryo @Ryou77

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