二振りの刀を携える少女

第1話 三年後

 20××年、日本では化け物が生まれた。

 化け物は額から赤色の角を生やし、人間を超越した身体能力と触れたものすべてを切り裂いてしまえそうなほど鋭い爪と牙を持ち、人の血を啜り、肉を喰らうことから鬼と呼ばれた。

 誰がそう名付け、何のために鬼を作ったのかはわからない。

 わかっていることはOgaに感染すると言葉に表せられないような激痛を感じ、一定の時間を得て鬼となることだけ。


 そしてさらに、Ogaがばらまかれてから一年後には日本全土に大きな地震が起き、二年後には日本全土にある火山が一斉噴火とまるで誰かが人為的に起こしたかのようなタイミングで自然災害が起きた。

 空は禍々しい深紅色の雲に覆われ、太陽や月を見ることはできなくなった。


 更にその半年後にはOgaの影響か、陽の光を浴びなくても成長する植物たちが人間という生き物が作り上げた高層ビルやマンション、一軒家から駅のホームなどをを侵食していき、宇宙で一番綺麗な惑星と呼ばれた地球は青色の惑星から赤色の惑星へと変貌した。


 そして、Ogaが世界中にばらまかれてから三年の月日がたった。

 日本を中心に鬼としたいを作り上げていったOgaは全世界に広がり、Ogaはとうとう地球を飲み込んでしまった。


 <><><><><>


 池袋駅の地下。フード付きの黒いマントに青みがかかった黒いtシャツ、柔軟性に長けた青色のジーパンを着用し、手には刃が蒼い黒色の刀を持ったアオはそこで鬼と戦っていた。


「ギシャァァ!」


 目の前の一体がアオに襲いかかる。

 だがアオはすかさず体を回転させ、それによって発生した勢いを利用して鬼の両腕を切り落とす。

 腕が切られるのが初めてなのか、鬼は痛みにかを歪め、叫び、地面に転がる。

 どうやら、この鬼は馬鹿のようだ。今は生き死にの戦いをしているというの殺してくれと言わんばかりに隙を見せている。

 人を笑いながらじわじわと殺す鬼がたかが腕を切られたぐらいでこんなに喚くとは、すこしは殺される人の気持ちがわかっただろうか。


(まぁ、簡単に殺せるんだったらそれに尽きるか)


 刀の切っ先を鬼の左胸元に向けて心臓を貫く。

 鬼は苦しみ刀を抜こうとするが、時期に力尽き絶命する。


 鬼の仲間はというと仲間を一瞬で殺されたからかむやみに攻撃を仕掛けず、警戒しながら距離を取っている。

 鬼が攻撃を仕掛けてこないのはアオにとってありがたかった。

 この刀はどういう原理か鬼の血を吸うと切れ味が増し、吸わせないとどんどん切れ味が落ちていくといった代物で、鬼の血さえ吸わせればほとんど力を入れなくとも鬼の硬い皮膚や骨を切断することができる。


「さぁ、こいよ」


 鬼の血を刀が吸いきったのを確認し、アオは挑発気味に鬼を見る。

 残りの鬼の数は三体。そのうちの一体は二本角。二本角がいるのは少し面倒だが、まぁ何とかなるだろう。


 一番後ろで戦闘耐性すらとっていない二本角の鬼に注意を向けながら、攻撃を仕掛けてきた鬼の爪をいなし、両膝を切断し地面に倒れたところで頭蓋に刀を突き刺す。そして、この鬼の血も吸わせようとした時だった。

 肌が熱を感じ、瞬時に鬼の頭蓋から刀を抜きその場を離れる。


「ドゴォォン!」


 そんな爆音とともにさっきまでアオが立っていた場所は黒焦げになり、二本角の鬼は避けられるとは思っていなかったのか忌々しそうにアオを睨む。


(危なかった。やっぱり、無理に仕掛けてでも最初に二本角を殺しておくべきだったか)


 二本角の面倒なところは、血を使って魔法のような超常現象を起こすことができるところだ。もちろん、身体能力も一本角の鬼よりも少しだけだが高い。個体によっても威力や使える系統の技も異なるみたいだが、どんな鬼も十分な殺傷能力のある技を使え、アオ自身も初めて二本角と戦ったときはだいぶ痛い目を見た。


(まぁ、どんな系統かさえわかれば他の鬼とあまり大差ないんだけどな)


 全身から余分な力を抜き、息を大きく吐く。そして、一気に全身に、特に足に力を入れ、それと同時に地面を蹴り飛ばし跳躍する。

 弾丸とまではいかないが高速で鬼に接近したアオは二本角の鬼を守るように立っていた鬼の首を一瞬で切りとばして一気に二本角の鬼の懐に入る。そして、


「グァァ」


 鬼の脳天めがけて刀を振り下ろし、鬼の体を文字通り真っ二つにする。

 その際に大量の血が衣服や顔にかかるが、それも全て刀が吸い取っていく。どれだけ血が欲しいんだと内心思いつつも今しがた殺したばかりの鬼に刀を刺し、さらに血を吸わせる。


「さて、出口探しを再開するか」


 天井やら壁やら柱やらが崩れ爆発後のような感じになっている池袋駅の地下を通れそうな出口がないか眺める。が、どこも瓦礫で防がれていて出口とは書かれた掲示板があっても、その先には進めない。「はぁ」と軽くため息を吐く。

 これだけ大きな建物なのだからどこかに地上に抜けられる出口があるはずなのだが、見つかるのは鬼ばかりで一向に出口を見つけることができない。

 もう一度、今度はさっきよりも長くため息を吐く。同時に、なんであんないつ崩落してもおかしくない場所を通ってしまっただろうとアオは後悔する。


(食料探しに来ただけなのになぁ)


 またさらに小さくため息を吐く。ため息一回に幸運が一回逃げていくのならすでに三回も幸運を逃してしまっている。大損だ。それでもため息をつきたくなる。


「ギシシ」


 出口を探してさまよっていると、また鬼たちを見つける。この地下に来てまだ二時間程度しか経っていないはずだが、これで鬼を見つけるのは七回目だ。一体、この地下にはどれだけの鬼が住んでいるのだろうか。


 アオは鞘に収めた刀を抜き、構える。

 目の前には一本角の鬼が二体、何かに怯えた様子でまだアオのことには気づいていない。


(気づかれる前に仕掛けるか)


 足音を消し、気配を消して瓦礫の後ろに隠れながらアオは鬼に近づく。


「バキバキバキ!」


 突然座高が低くなり、何だと思って足元を見ると床に亀裂が入り右足が床に埋まっているのが目にはいる。


「は? 嘘だろ?」


 足を抜こうと左足に力を入れる。また、バキバキバキと音がし、今度は左足も埋まる。

 アオは本日四回目の、その中でも一番重たいため息を吐く。


「ギシ?」

「さすがに気づくよなぁ」


 不思議そうにこちらを見つめてくる鬼と目が合い、アオは苦笑いを口元に浮かべながらあの鬼をどう対処するか考える。とは言っても、この体勢からできることなんて攻撃をいなしながら隙を見てカウンターを入れることぐらいしかできない。


「ああもう、こうならヤケだ!」


 アオは刀を構え直し、何も知らない人から見たら何やってんだこいつと思われるような状態で鬼と対峙することを決意する。

 両足が埋まった状態で戦うとか本当にどんな罰ゲームだよ。相手が遠距離可能な二本角じゃなくて本当に良かったよ。


「‥‥‥」


 だが、アオが想定していたような戦闘になることはなかった。

 一回。たった一回瞬きをしただけで二体の鬼の内右側にいた鬼の胸から白く輝く金属が赤い血をまとって出現したのだ。

 何が起こったのかと考えた次の瞬間にはもう一体の鬼の首が弧を描いて地面に落ちる。

 そして、一瞬の殺気をアオは感じ取り、とっさに腰を回して刀を振るう。


「キンッ!」


 金属と金属がぶつかり合う音が響く。

 その音からアオに振られた刀が躊躇も手加減もないものだとわかる。


(殺す気できてるな。鬼か?)


 鬼同士が飢えを満たすために殺しあうことは珍しいことではない。アオ自身も何回かそういう場面を見たことがあり、それに巻き込まれたこともある。今回も鬼同士の殺し合いに巻き込まれただけかと思った。

 とりあえず、敵の姿を確認するために目線を白い刀の持ち主に向ける。


「なっ」


 唖然とする。

 それもそのはず、アオの目線の先には宝石のように透き通った綺麗な濃い水色の瞳を持ち雪のように白く長い髪をたなびかせた少女がいたのだ。

 長い白髪を宙にたなびかせた少女は黒のキャミソールに黒のパーカー、黒のショートパンツを着ていて、腰には雪のように真っ白な鞘と紅葉のように赤い鞘を合わせて二本携えている。


(見た所、鬼じゃないよな?)


 きちんとした服を着ているし、長く整えるのに時間がかかりそうな髪も多少土で汚れているもののサラサラで清潔感がある。それに、鬼が嫌がる黒色の服をあえて着ているところから鬼ではないと予想は建てれるが、なんで攻撃を仕掛けてくるのかアオには全くわからなかった。

 ここ最近の出来事を振り返ってみるも、そもそもこの三年間死体以外とは誰とも会ったことがないのに思い当たる節があるは図もない。三年前以前の記憶までさかのぼってみるが、やはり記憶にない。


 これだけ綺麗さっぱりに思い当たる節がないと何だか突然知らない人にナイフを向けられた時の気分になる。体験したことがないからよくわからないが。


「おい、誰かは知らないが俺はにんげ‥‥‥」


 そう言いかけた時だった。

 埋まっていた地面がまたバキバキと音を立て、崩落する。当然、攻撃を仕掛けてきた少女に気を取られていて崩落することを想定していなかったアオは何の抵抗もできずぽっかりと空いた穴に瓦礫たちと一緒に落ちる。


(また落ちるのかよ!)


 心の中でそう叫びながら浮遊感を感じ取る。

 体がブランコを漕いでいる時に起こるゾクゾクとしたこしょばゆいような気持ち悪い感覚に体が襲われ‥‥‥やばい、吐きそう。


「オエェェェ」

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