6. 思いの欠片

 玄関にしゃがみ、サンダルを履いている女子。麻色のワンピース、つばの広い麦わら帽子を両手で持ち、すぽっと被る。立ち上がりくるっと身体の向きを変えた。ふわりと後にスカート部分がお尻まわりを包んでは止まった。


「リュウ、行こうか」


 鉄板で焼かれるようだ

 唾がでない程、からっからになった

 滝のように流れる汗

 合わせることを知らない、蝉の大合唱

 ……どの表現が似合うだろう。濃くくっきりと出た影に、身体は水を求め、喉の近くに唾が集まった。


「──たくっ、どこに行こうっていうのか」


「高校卒業したら夏休みなんて無いんだから。今のうちに満喫しなきゃ」


「進学を選べば、長期の休みはあるだろ」


「わたし就職だし」


 なにかと誘われて、表向きの態度は仕方ないな、といったのを装った。こうして遊べるのは数える程度? いつから本音を隠すようになったのか。


「そうなんだ? まぁ、がんばれよ」


「リュウの成績って、ギリギリじゃなかった? 大丈夫なの~?」


 アキは頬を拭ったのち、イタズラな笑みで、下から僕を見上げた。


「気を抜かずにいけば、余裕だって面談で言われた」


「気を抜いたら終わるのね。危うい位置ってことじゃない」


 ガラガラ音がする引き戸の玄関を、ぴょんと飛び越えアキは軽快に歩いていく。



 なんとなくアキの後ろをついていき、誰かが野菜やら果物を作っている畑をみて、疑問が沸き上がった。


「どこに行くんだよ。この先トンネルだろ? 何もないはずだし」


「夏だから涼しい場所に行こうかなってね。池があるのよ、知らない?」


 見た限りでは木で覆われて、池があるなんて思いもしない。どんどん進んでいくアキ。すこし坂になってきた、ふと視界に入った華奢な足元。サンダルで擦れて赤くなっていた。


「足、大丈夫か? 痛くない?」


「これも思い出よ。絆創膏あるし、問題ない」


 足首に絡み付く草をなんとか乗り越え、学校の校庭くらいはありそうな池に辿り着いた。


「──かゆっ」


「あははっ。蚊にやられちゃったね。一応やっときますか」


 その小さい鞄に何が入ってるんだ。虫除けスプレーを取り出し、かけていった。影が多いからか、来るまでに比べたら涼しい。


「なんの変哲もない池だな」


「名前を聞いたら、そうでもないと思うよ」


 その一言を境に、アキは淡々と話始めた。


人供池じんくいけ。供えるって字を使うから、そのまんまで考えていいと思う。災害ってどんな時代にも多かったと思う。ただ、神様がお怒りだとかは大昔の考えよね。鎮めるために子どもや女性が捧げられたとか。見えないけど大きな力って、怖いわよね」


 石でも落ちたんだろう。どこかでポチャンと波が立つ。


「……ここが、その池なんだ?」


 目をぱちくり、アキの視線とぶつかる。「さぁ、知らない。言ってみただけ」


 ──はぁ? 息を潜めて聞き入っていた自分を振りかえる。恥ずかしさと安堵で、身体が蒸し返してきた。


「……ふざけんなよ、マジで」


「え、なに、怖かった? うっそ。ほんとに? リュウってそんなビビりだったの?」


 アキはドSだったのか……。可愛いもの持ってる事が多いから、騙された。


「涼しくなったでしょ? 許してよ。調べてみたら、地名とかって怖い話がたくさんなのよ。ここの場所は知らない。名前があるのかどうかも。地図アプリで見つけたから、あとは適当に妄想してみたの」


 鼻歌まじりで、来たところを歩きかけたアキ。不意に止まる。


「アキ? なに見てんの」


「お地蔵さんなんて、来たときあった? あ、違うわ。草の陰で見えなかっただけね」


「はぁ~。焦らすなよ」


「ごめん~。わたしから話しといて、鳥肌立ってきちゃった。はやく帰ろっか」


 草の陰で見えなかっただけ。それは、そうなんだと思う。だけど、側に置かれてる一輪の花は? 地面から生えてるんじゃない。誰かが持ってきたものだ。茎を切った状態では、枯れる。花びらは生き生きとしている。定期的に誰かが来ているとしか……。


「今、ポチャンって音しなかった?」


「アキ、やめろ」


 この池に名前があるのかは、知らない。でも何かはあるんだろう。この世に漂う、居場所のない思いが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いたずら心が顔をだす 糸花てと @te4-3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ