5. 夏の訪問者

 ムシムシとまとわりつく暑さ。冷えすぎるのもよくない、そう思って扇風機をけした……それも、もうげんかい。


「───あっつ。夜中に起きるとか身体に悪いわ、つけっぱにすればよかった」


 しっかり押し込む、ガラガラ不穏な音を立てて回りだした。使い込まれた扇風機、年期がある。風があると無いとじゃ違うなー。


 …───ちりん。


 夜風が吹いたらしい。風鈴の音色。






 ちいさな羽音が、とおく、ちかく。少し涼しくなったとおもったら、次は蚊。鬱陶しいとは思うんだけど、蚊の音ってだんだん聴こえなくなるようで。昼間のテレビでしっかり見るんじゃなかったなー、余計に年齢を実感するはめになる。


 ちりん、ちりん───…


 風なんて吹いてたかな。いいや、はやく寝よう。お盆休みにおばあちゃん家へきて、寝不足とか何なのよ、ほんとに。





「喉かわいたー」


 時間は……み、見ない。見ない。怖いのって、気にすると負けなのよ。


 ちりん。


 今夜も熱帯夜のはず。風が吹いたら、庭の草花が揺れるはずよね。なんで風鈴だけ?

 ガラスのコップに、麦茶を注ぐ。よく冷えたのが身体へひろがっていく。ギシギシ、足の裏に伝わる木の感触。飲んで戻ってきても揺れていた。


「誰かいるの?」


 大きく動く。消えゆく儚い音色が、満月の灯りに照らされた。





「座敷わらしでも来たかな」


 想像もしてないおばあちゃんからの答えに、プチトマトが箸から落ちた。素麺のつゆが跳ねる。


「ほれ、布巾」


「ありがと。いつでも居てるの?」


「風鈴だしたときだけ。あんた夕方には戻るんだろ?」


「うん、そうだよ」


「辛かったら、こっちに居たらいいさ。まぁ、あんたの気に入る仕事はないかもしれんけど」


「がんばれますよ」


 パラパラ漫画。ひとつ々の動作がはっきりとしてきた、おばあちゃんの笑顔。


「また、おいで」


 鼻がくっつくまで寄って、「また、くるよ」


 駆けぬけるように、風鈴が鳴る。また、つぎの夏まで。

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