4. あーそーぼー

「あのとき、小4だったっけ……」


 ユキは、連れてきた子どもの手を握った。くりっと愛くるしい眼が、母親をみつめる。


「ママ、お手て痛いよ」


「──あ、ごめんね。痛かったね」


 墓の前。悲しいというのは何となく分かっていても、相手にとってどれ程かは知りようもない。不思議そうに見つめる子どもの、まっすぐで純粋なのが、余計に辛い。


 あのとき……今日みたいに、雲はほとんどない青だった。そういう日が、区切りのようになるとは。


 ユキと僕と、コウタ。幼稚園のときはなんとなくで、一緒にいた。小学校に上がり、はっきりと “一緒に居ると楽しい” に変わった。


 いつものように、鬼ごっこをして。

 ただの悪戯、冗談半分。

 ユキを誘って、コウタが数をかぞえている間に家に帰ってしまおう、なんて。


 オレンジ色が町に流れていった。影がぴったりとくっついて動きを真似る。近所の人が、粒の汗をかいているコウタを見た。その目撃を最後に……


「あのときの僕って、何やってたんだろ。最低だよ」


「予想できない事をしちゃうのが、子どもだもんね。私も、面白いなんて考えてたんだから。マサが自分を責めることは無いの」


 勝手に震えてきた拳に、ユキはそっと両手を重ねてきた。涙をうかべて。

 子どもがいるから、尚更だろうな。


「私、そろそろ帰るね。というか、この子が限界だし」


 手をぶらぶら、動きが増えてきた。大人でも窮屈に感じることだ。幼稚園に入って間もない子ども、よくがんばった。


 決まった日に、お墓参りしよう。それが、償い。

 ユキと二人で交わしたこと。


 ハンドルを握って、あのときの場所へ。

 大きな広場、地区が行うイベントの開催地。よく遊んだ場所。


「今年も来たよ。あのときは、ごめんな」


 言ったところで意味はあるのか、わからない。それでも言わないといけない気がするから。


「またな」


 終始、独り言。車へと乗り込み、エンジンをかけた。


『目的地まで──…』


 ……急に喋りだしたナビ。設定も何もしてない。それに、この道って。


『次、曲がります』


 コウタの親父さんが、家まで案内してくれた道を、懐かしさと先のみえない不安が脈を速くした。


『この先、踏切です』


“今度はどんな電車通るかなー”


“怪獣だろ”


“ボクは、いちご柄の電車だと思うなー”


 いろんな思い出が、色鮮やかによみがえる。あと一台くらいは……不意に濁る、人の心。足がブレーキから離れ、車は進む

 ──鳴り出す、遮断機が降り始めた。気づいてどうこうしようにも、直ぐに出来ることなど思い付かず。


「マサ。あーそーぼー」


 真横にでも居るのか……それくらいにリアルな声が耳に張りついた。反射で目が追いかける。迫る電車の前に、わらったコウタの姿。

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