悪意の電磁波
梨木みん之助
(1話完結)
Nは 昼食の時、いつも テレビのニュース番組を流す。
「新聞を読む為だけに時間を費やすのはもったいない。」
が 彼の口癖だが、本当のところ 活字は苦手なのだ。
彼は、幼いころに両親を亡くし 天涯孤独の身だが、
誰を恨むことも無く、とても 優しい青年に成長した。
学費には苦労したが、この春、無事に大学院を卒業。
在学中に書いた論文「微量な電磁波の極大増幅法」が高く評価され、引き続き、助教授として研究室に残ることになった。
ニュースが終わり、次の番組、
「ザ・スピリチュアルメッセージ」が始まった。
Nのお気に入りアイドル 彩香(あやか)が、ゲスト出演する。
今日は、これを見るために昼休みを30分遅くしたのだ。
スピリチュアルカウンセラーの先生が、彩香に言った。
「おばあちゃんが、来ていますね・・。」
スタジオに架かっている玉のれんのうち、ある長さの1本だけが静かに揺れている。
「えっ、うちの実家って、ここからめっちゃ遠いんやけど!」
「霊体は、光に近いスピードで移動ができるんですよ。」
「そやなぁ・・ 。 風なら 他の長さも 動くはずやなぁ・・。」
「共振 といいます。この玉のれんの中で、おばあちゃんの波長と合うものだけが動くのです。」
「そうなんか・・。 耳が不自由やけど、優しいおばあちゃんやったわ・・。」
Nはハッとした。
これは、自分の専門分野、「電磁波」の話ではないのか?
番組終了後、Nは電磁波を遮断した部屋に、いろんな長さの細い紐を吊るしてみた。
極微小な振幅ではあるが、その中の1本だけが常に揺れている。
今まで 信じていなかったが・・これを動かしているのは自分が放出している電磁波、いわゆる オーラ以外には説明がつかない。
Nは、指から出る微弱な電磁波を、自らが開発した極大増幅機にかけ、それを実験室の白い壁に投映してみた。
映し出された電磁波像は、なんと、自分と全く同じ姿だった。
そして、その電磁波がしゃべり始めた・・・
「あれ、オレがこっちを見ているぞ、なんだ??」
気味が悪くなったNは、即座に増幅機の電源を切った。
・・・しかし、その電磁波は消えないで残っている。
Nは、やむを得ず 彼に説明した。
「君は、僕が作り出した電磁波です。」
「ん、そういえば、体が透けている・・。だが、オレは確かにNだ。」
「いや、君は僕の魂のコピーです。名前を付けるなら、Nダッシュと言うところでしょうか?」
「何言ってんだよ、オレの体を返せよ!」
ダッシュは、Nの体をスーッと通り過ぎた。
「ありゃりゃ? 戻れないぞ。 どういう事だ ?? こうなった以上、戻り方の研究をしないと・・」
と 言い残し、ダッシュは姿を消した。
びっくりした・・・。
が、・・まあ、実験は成功だ!
しかし、なぜ 電源を切ったのにダッシュは消えなかったのだろう?
「エネルギー保存の法則」が完璧に成り立つ世界といえば?
・・ 宇宙 ?
宇宙は時空の歪みを持つ、多次元な世界とされている。
ダッシュのいる世界を仮に4~5次元と仮定すると、
自分と全く同じ姿をしていたことから、
縦、横、高さの3軸は、2つの世界で共通と考えられる。
ダッシュの世界にはこの3つに直交する4つ目あるいは5つ目の軸があるはずだ。
そのうちの1つを時間軸とすると・・?
いずれにせよ、彼から見れば、自分はマンガの世界の2次元キャラのようなもの。
こちらの動きは筒抜けだが、彼がこちらに姿を見せるか否かは、彼の気分次第だ。
いわゆる、この世とあの世の関係に似ている。圧倒的にこちらの立場が弱い・・。
・・などと考えながら、Nは 疲れて眠ってしまった。
―――――――――――――――――――
目が覚めると、Nは実体の無い存在になっていた。
しまったっ! 眠っている間にダッシュに入れ替わられたんだ!
しかも、もう 翌日の昼近くになっている。
何事も無かったように研究を続けているダッシュを見下ろしながら、Nは考えた。
おそらく、実体を手に入れると、魂だった時の記憶は消えてしまうのだろう。
今の彼は あまりにスキだらけだ。
ここは、妙な警戒をさせぬよう、姿を見せずに、ダッシュが眠るのを待つのが得策。
そして、体に戻ったら即座にダッシュを封印しよう。その方法を夜までに研究だ!
しかし、イライラする・・・。
携帯の電波やら、電子レンジやら、センサーが出すものやら・・
電磁波同士の干渉を受けてしまい、本当に気が狂いそうだ。
もし 胃袋があったなら、絶えず吐いているだろう。
追い打ちをかけるように、ダッシュがテレビをつけた。いつもの昼のニュースだ。
プラズマTVの出す電磁波もかなり強烈だが、Nを苦しめたのは、その内容だった。
昨日の夕方、自動車事故が発生。加害者は、スマホの操作に気を取られ、カーブを曲がりきれず 反対車線の車に接触。弾き飛ばされた車が電柱に激突。幼い子供を残し、両親は死亡。加害者は逃走。目撃者情報から拘束されるも、反省の様子は全く無し。心療内科に通っている事を理由に、心神喪失による無罪まで求めている。
目の前がぐらぐらする。憎悪が湧き上がり、止まらない。
どうやら、電磁波の「干渉」を通り過ぎ、被害者の怒りと「同調」してしまったようだ。この加害者を殺したくてたまらない。
そもそも、極悪テレビニュースの電磁波は負のエネルギーを持っている。
視聴率を上げるために、社会にどのような影響を与えるかも考えずに、よりショッキングで、残酷なニュースを良しとして作られるからだ。
次のニュースは、全国規模の食材チェーンで、使用が禁止されている強力な防腐剤を 長年使い続けていたという事件だ。社長は、発ガン性について十分に承知という内部告発だが、会見では「全て工場長の判断」と、責任回避している。お辞儀らしきものをしようにも、なんだか面倒くさそうで、ぎこちない。
これを食べて亡くなった人は相当な数なのだろう。
多くの家族の恨み、悲しみが、自分の魂に流れ込む。 怒りで発狂しそうだ!!
「あの社長は殺したい。 何度でも、なるべく苦しむ方法で・・。」
Nは低い声でつぶやいた。
3次元では決して見せる事の無かった、鬼のような形相だ。
N自身も、自分の波長の変容に気付いていた。
この衝動は悪なのか?
それとも、これが当然な反応であり、昼食を食べながらこんなニュースを聞き流していた3次元のオレの方が おかしかったのか?
しかし、もう、そんな事はどうでもいい。
これ以上気分が悪くなる前に、まず、テレビ局を破壊しよう!
いや、それともこの社長を殺すのが先か?
「社長から行きましょうよ・・。」と、見知らぬ男が声をかけてきた。
周りにも、自分と同じような魂が、ずっと前から存在していたようだ。
波長が近づいたので、見える様になったのだろう。
男は単身赴任者で、生前は、このチェーンの惣菜を毎日のように食べていた。
ガンで死亡した後も、残した家族が気がかりで、成仏できなかったのだと言う。
「・・ここは冥界だ!」Nは、はっきりと自覚した。
オレは本当に元の世界に戻れるのだろうか・・?
心配になって、3次元を見下ろすと、ダッシュが、銃を持った黒づくめの男達に拘束されている。
朝方、ダッシュは増幅器での魂のコピーについて、教授に電話で相談をしたのだが、それがB国のスパイに盗聴されていたようだ。
おそらく、彼らは、屈強な愛国心を持った兵士の魂を、一般兵や、アンドロイドのような殺戮兵器にコピーするつもりに違いない。
急いで研究室に戻ったが、実体の無いNに出来る事は何も無かった。銃が発射され、増幅器は盗まれた。
ダッシュと冥界で合流した。
「すまない。戻るべき体をバラバラにされたうえに、増幅器まで盗まれてしまった。」
「もう生き返れないんだな。オレたちは・・。しかし、増幅器の悪用は止めないと・・。」
「オレたち2人の波長を、超音波レベルに合わせ、諜報部地下の岩石層を破砕すれば・・?」
「直下型地震をひき起こして、基地を破壊する事ができるかもしれない!」
2人がそんな相談をしていると、突然、
「俺たちにも手伝わせろぉーーっ!!」と、地鳴りのような声が響き渡った。
怒りの形相をした魂たちが、周りに 数えきれない程見える。
確かに、2人だけでは力不足かもしれない。
しかし、これだけのパワーが集中したら、直下型地震どころか、世界中の火山が噴火してしまう。
「そこまでするつもりは・・。」と、Nとダッシュは 二の足を踏んだ。
しかし、周りの意見は「地球上からあらゆる物を一掃して、ゼロからやり直すべきだ。」と、固く一致している。
しばらくして、3次元で付けっぱなしのテレビが、緊急ニュースを報じた。
A国内で、B国によると思われる自爆テロが発生。
犠牲者は数千人。B国は「A国による自作自演だ」と抗議している。
Nとダッシュの波長は、数千人の怒りと悲しみに同調してしまった。
精神は崩壊しかけ、個としての感覚はなくなり、暴走を始めた電磁波が次元の狭間を揺らし始めている。
Nとダッシュに、もう 迷いは無かった。
電磁波は無敵だ! マイクロ派で、極地の氷を溶かし、洪水を起こしたり、赤道上の水温を上げ、ハリケーンを起こしたり、生体電流や マインドに影響を与えたり・・、いや、低周波パルスで、ミサイル発射ボタンを押す事さえ可能だろう。
「さあ、今こそ、地上を再構築する時だっ!」Nとダッシュは 雄叫びを上げた。
「うぉぉーーーっ!」 ・・地の底から、次々と湧き上がる、数えきれない程の賛同の声。
―――――――――――――――――――
その時だった。
「ワン、ワワン!・・パォーッ!・・グルグルグルゥーッ!」
動物たちの吠える声が一斉に鳴り響いた。
そして、明らかに上層界から来たと思われる老婆が現れ、一喝した。
「あんたらぁーっ! 止めんかぁーーっっっ!」
その声は、巨大な鐘のように、次元の隅々にまで響き渡った。
動物が発する清らかな「音霊」と、老婆の発する重厚な「言霊」が、全ての魂を浄化した。・・なんて凄まじい「波動」だ。
テレビの発する「悪意の電磁波」が人間の言葉によるものだったから、動物たちへの影響が少なかったのは解かる。
しかし、この老婆は?・・ もしかしたら、耳が?
目の前が、突然明るくなり、上層界行きのエレベーターが現れた。
冷静さを取り戻した亡者たちは、
「これで、成仏することができる・・。」
と、列を作り、エレベーターへと向った。
「危うく、とんでもない事をしてしまう所だった。B国諜報部に盗まれた増幅装置は気になるが、ここに居たら、また同じ事をしてしまう・・。」
と、ダッシュに続いて列に並ぼうとしたNを、老婆が引き留め、ゆっくりと話した。
「今回は特別に、時間軸をさかのぼる許可を出そう。それから、孫をよろしくな。」
―――――――――――――――――――
Nは、昼休みに
「ザ・スピリチュアルメッセージ」を見ていた。
コンコン ・・。 ノックの音がする。
扉を開けると、そこには、今まさにテレビに映っている彩香が立っていた。
突然のアイドルの来訪に、Nの心臓は飛び出さんばかりだった。
「見ててくれたんね?・・あれは録画や。収録後に、スピリチュアルカウンセラーの先生が、ここの住所を教えてくれたんや。」
Nはもう研究どころではなかった。
―――――――――――――――――――
しばらくして、二人は本音で語り合える関係になった。
お互いに、「自分の力を人の心の安らぎの為に使いたい。」
という人生観が、可笑しくなるほど一致していた。
二人は早々に結婚し、お忍びで南の島に新婚旅行に行った。
携帯電話は圏外。テレビなし。新聞なし。灯かりはヤシの油のみだ。
彩香も 今はアイドルという重荷から解放され、
浜辺で1日中、ギターをポロポロと弾いている。
いつの間にか、声が、波の砕ける音と同じ「f分の1揺らぎ」に
なっていた。・・心が洗われるようだ。
電磁波の無い世界が、こんなに癒されるなんて・・、
じゃあ、僕が今までやってきた研究は いったい何だったのだろう?
と、Nが考え始めた時、彩香が ポケットから手紙を取り出し、Nに渡した。
「あっ、そうそう、これ、スピリチュアルカウンセラーの先生から預かったんや。」
それは、おばあちゃんからNへのメッセージだった。
「電磁波は次元を超えてわしらの所にも届いておる。神がお怒りになるような悪意の電磁波は止めてくれ。・・それから、実験開始と研究結果の公表は慎重にな!」
彩香のおばあちゃんには、会った事が無いはずだ。
しかし、何故か、伝えたい事はハッキリと分かる・・。
その後、彩香はシンガーソングライターに転向、
世界中の人々が彼女の歌と声を愛し、
「癒しの女神」とまで呼ばれるようになった。
電磁波の無い世界の気持ち良さを知ったNは、
「パーソナル電磁波キャンセラー」を作り、これが大ヒット。
引き続き「磁場ゼロ住宅」も手掛け、
「原因不明のイライラや耳鳴り等が無くなった。」と大絶賛された。
学校や病院などを始めとして、これらが全世界に行き渡った頃、
携帯電話等は無くなり、全てが有線に戻った。
二人は、いち早くケーブルTV局を作り、
心がほっこりするニュースだけを集めた報道番組や、
心に優しいドラマ、ドキュメンタリー、アニメ、映画、歌などを中心に放送した。
運営が軌道に乗ってからは、人材発掘オーディションや、
世界中の人々との交流が進むよう、語学番組等にも力を入れた。
人々の魂のレベルは少しづつ高くなり、
戦争も、犯罪も、悪意もいつしか無くなり、
みな、心穏やかに過ごせるようになった。
従来の電波を使ったTV局は廃止となり、
代わりに、ケーブルTV業界に参入する業者も増えたが、
自発的に、放送内容とその社会的影響を吟味するようになり、
「悪意の電磁波」は二度と発生しなくなった。
十二次元にいる 彩香のおばあちゃんは、
三十二次元の、「神」と呼ばれる存在に報告した。
「お心を痛めていた件が1つ解決しました。
××計画を延期して頂き、有難うございます。
もう少し、地球人を見守ってあげて下さい。」
悪意の電磁波 梨木みん之助 @minnosuke
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