赤い金魚と青い水ヨーヨー
episode5
「いのみゅ、俺たちは別のとこ行こうぜ。あいつらもあいつらで楽しくやってるみたいだからな。邪魔するわけにはいかないだろ」
私のことをいのみゅと呼ぶ人はひとりしかいない。
そう、大地である。
「そうしよ。2人で気まずくならなくてよかったね」
「俺たちの杞憂だったみたいだな」
彼はそう言いながら、膝についた砂利を右手ではらい落とした。左手には、青い水ヨーヨーが地面で休憩している。
「ね。驚いたよ、急にしゃがみこむから」
「すまん。しゃがんだ方があいつらのこといのみゅにも観察しやすいと思ってさ。俺の頭にいのみゅが上から体重かけてきたときにはブレーメンの音楽隊かと思ったけどな」
こいつは謝罪の言葉を述べておきながら全く反省しているようには見えない。
「体重かけてません。両手乗せただけだよ」
「まじかよ。二の腕重っ」
前言撤回。全然よくない。一言余計なんだよこいつ。
「うっさい」
この言葉を大地に吐き捨てるのはいつものことだ。普段はすぐに言い返す大地が、今回は黙ってしまった。
「……なあ」
「なに?」
私は特に何も考えずに訊く。
「5年も前のこと、まだ気にしてんのかよ」
「……なんのこと?」
次の大地の台詞は、私をフリーズさせるには充分だった。
「昂希が、いのみゅのこと好きだったってこと。まだ引きずってんだろ?」
私が右手に持っているビニール袋の中の赤い金魚が、トクンッと跳ねた。
「……別に? もう5年も前のことだよ?」
「だな。ほんとに気にしてないのか?」
「……うん。もう覚えてないよ」
気にしていないわけじゃない。むしろ、あの日のことをはっきりと覚えている。
「嘘つけ、絶対覚えてるだろ。話してやろうか? 5年前のあの日、俺たちはここの河川敷で取っ組み合いのけんかをしたんだ」
何でだかわかるよな? と言いたげな目でこちらを見てくる。
はいはい、わかってますよ。
「大地も昂希も、私に興味があった……ってことでしょ?」
「興味があったっていうか、普通に好きだったからな。俺に関しては現在進行形」
真顔でさらっと言ってきやがったこいつ。
すいーっとビニール袋の中を泳いでいた金魚は再びトクンッと跳ねた。
「そ、そっか。全身傷だらけで告ってきたあのときの大地は今でも覚えてるよ。多分一生忘れないだろうし」
好きって言われたのにその言葉をそっくりそのままお返しする勇気はない。それでも大地は、ありがと、と笑顔で言ってくれた。
「それであのときのけんかで負けて、いのみゅに告らなかった昂希を今になっても気にかけている、と。申し訳ないと思っているところに運よく友達である田嶋との噂が流れてきて、田嶋を花火大会に誘ったってとこか?」
「……うん、まぁ」
図星だ。私は反論できず、ただただ大地の青い水ヨーヨーを見ていた。
「あいつは後悔してないから。勝った方は告って、負けた方は応援するって決めてからけんかしたんだよ。だから、引きずってなんてないさ。悪いが、ネチネチしてる
「ネチネチしてて悪かったですね」
私の反論はまたもやスルーされ、大地は何かを思い出したように顔を上げた。
「……こんなこと訊いてごめんな、いのみゅ。お前が田嶋と仲良くし始めたのって、噂が流れ始める前? 後?」
大地はいらついたように水ヨーヨーをぱしゃぱしゃと動かした。
「前に決まってる。そんな動機で仲良くするほど私も馬鹿じゃない」
大地の水ヨーヨーはおとなしくなった。
「ほんとすまん、いのみゅを一瞬でも疑って悪かった。昂希のためだけに田嶋と仲良くしてたら田嶋に申し訳ないと思って……」
「栗原くん、美優!」
不意に風香がたたたっと駆け寄ってきた。
「あれ、昂希は?」
私の問いには答えずに風香は満面の笑みでこう言った。
「ありがとう!」
「俺何もしてないし」
そっぽを向く大地はどこか嬉しそうだ。
「ひょっとしてさっきの会話聞いてたの?」
「ううん、全然?」
いや絶対聞いてたな。目が泳いでる。
「あ、風香。そこにいたんだ。大地と井野も!」
レモンシロップがかかったかき氷を両手に持った昂希が向かって歩いてくる。
私たち4人が同時に仰いだ夜空には、鮮やかで大きな花火がたくさん咲いていた。
最後の夏は、最高の夏になりそうだ。
夜空に花火が咲く頃に 齋藤瑞穂 @apple-pie
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