episode4

「私も好きだよ、昂希のこと」


 溶けゆく氷をしみじみと見つめたまま、落ち着いた声で風香が言った。


 根拠のない自信があったはずなのに、僕は驚きから放心状態になってしまって。風香と同じ地面を見ていた。


 それから何秒、いや何分そうしていたのだろう。地面に跡形もなく染み渡ったかき氷が、時間の経過を教えてくれた。


「……え、さっき何て言った?」


「聞いてなかったの!?」


「わりー、聞いてなかったかもー」


 聞いてはいた。ただ、夢の中の出来事のような気がしたんだ。


「じゃあさ、罰としておんぶしてよ」


「なんでだよ」


「なんとなく?」


 そう言った風香の足を見ると、親指と人差し指の間が擦れて赤くなっている。さっきからずっと鼻緒に当たっていたのだろう。


 僕は無言で風香に背を向けてしゃがみこむ。


「え、ほんとにいいの?」


「まー、罰だからな?」


 そう、これは罰ゲームだからだ。決して風香のことを心配してるわけじゃない。


 風香が乗っかったのを確認して立ち上がる。


 よっと。やば、コケそう。完全に僕の体力の問題だ。


 よろついているのがバレないように一定のテンポで歩いていると、


「ありがとう、風香の彼氏さん」


 そう耳元でささやかれた。


「え、俺お前を彼女にした記憶ねーけど」


 おい、待て。どの口が言ったんだ。驚きから口走ってしまったが、否定する必要なかったよな……。


「あ~、たしかに。言われてないね。……こいつ騙したな」


 不意に両手が伸びてきて、僕の首を絞めた。息ができない。心理的なのじゃなくて物理的に。


「おーい、ちょ――」


 ぱたんきゅー。

 なんて音がするはずもなく、僕は崩れ落ちる。

 不可抗力だ。


 風香はというと、僕が崩れ落ちる寸前に脱出したようだ。上から僕を見ている。仁王像に見えなくもない。というか一瞬そう思うと仁王像にしか見えなくなってきたかもしれない。


「かわいくな」


 つい吐き捨てるようにして言ってしまった。口が滑ったんだ。


「な~んか言ったかな~?」


「なんも言ってません」


 崩れ落ちたまま風香の言いなりになる。


「よろしい」


「ははーっ」


 風香は立ったまま一瞬“考える人”のポーズをして、僕に向かって右手を差し出した。


 いじめ撲滅のポスターにありそうな構図だなーと思った。いや、いじめ撲滅のポスターには浴衣着てる人なんていないな。


「風香を昂希の彼女にしてください」


 僕は笑顔で大きく頷いて、差し出された手をつかんだ。そして、立ち上がる。上目遣いで僕を見てくる風香はすごくかわいかった。


「次どこ行く? なんか欲しいのある?」


 屋台を順番に見ていると、


「かき氷! レモンがいい!」


 元気な声が横で響いた。


「同じのかよ……」


「誰かさんのせいでこぼれてなくなっちゃったからね~」


 呆れた目で見ると、睨みつけられた。


「へー、誰のせいだろうねー」


「たしか星宮昂希っていう名前の人だったと思うんだよね~」


「世の中って同姓同名の人たくさんいるよなー」


目を合わせないようにして反論した。が。


「地味系モテない男子なのに人生で4回告られてる星宮昂希くんだと思うな~」


「誰だろーそれー。俺比較的モテなくもないと思うなー。ってか4回も告られてるなら充分モテるだろ」


「かわいい子とかもいたのに全部丁寧に断った星宮昂希くんだと思うな~」


「この人ごみの中で個人情報を晒すなーっ!」


 叫ぶようにして仰いだ空に、大きな花火がひとつ咲いた。


「あ、認めたね? さ、かき氷おごってくれるよね~」


「……なんも言ってません。認めません」


「じゃあ連帯責任ということでかき氷もっかいおごってもらおうかな~。同じ名前になったのも何かの縁があるんだよ!」


「はいはい。分かりましたって。シロップは――」


「レモン!」


 何でこいつそんなにレモン好きなんだろう。下手するとレモンっていう単語を言うときが1番わくわくしてるんじゃないだろうか。僕もレモン買おうかな。




 2人だけの世界に入っている彼らは気付くはずもなかった。屋台の陰からこちらを覗く4つの瞳に。

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