金曜の夕暮れ

naka-motoo

混じり合うSunset

 夏至を過ぎたばかりだから梅雨の雨が空振って夕方に晴れると、ビルの隙間から見える空が青とオレンジの混淆でさ。


 おまけに月末の金曜でさ。

 今月のノルマ達成できて「やったやった!」って同じ課のみんなでにっこりしながらパソコンをシャットダウンして片付けてさ。

 ヤクインさんたちは『一喜一憂するな』って言うけどしちゃうよ?

 こういうささやかな盛り上がりは無防備に喜ばないと。

 来月ノルマ未達だったらその時はその時さ。カチョーは現場仕事がつまりは会社の本業だからってわたしらの苦労をまあ分かってくれてるし。


 ところで、夕方だよ。

 金曜の。


 まあウチは車通勤が多いし今時は会社関係の飲みも上が配慮して忘年会とか新年会とか、しかも出るならいっぺんに全員で分け隔てなく、って感じでやってくれて。

 だからこういう特別じゃない週末も互いに過干渉せずに静かにそれぞれの疲れを癒すんだよね。


 行きつけのバーでひとり静かに飲むひと。

 ジムやホットヨガに行くひと。

 本屋さんに寄るひと。

 カフェでまったりするひと。

 家族と自宅で夕食を楽しむひと。


 みんなそれぞれの夕方を楽しんでる。


 あ。まだまだお仕事中ってひともきっといるよね。

 頑張って。

 届かないかもしれないけど応援してるよ。


 それでわたしはどうするかというと散歩なぞしてみるよ。


 わたしの大好きなバンドのヴォーカルがね、散歩が趣味なんだよね。

 散歩そのものを歌った曲もあるし、きっと散歩しながら詩を作ってるんだろうな、って歌もあるし。


 よし。じゃあ歩きながらわたしがこれまでに触れてきた音楽や小説や漫画や映画なんかの夕方の描写を思い出してみようか。


 空の色は・・・オレンジだけじゃないんだよね。今日みたいに夏至からすぐの日だと結構遅いこの時間帯でもまだ青空が上の方に残っててさ。

 同じバンドでもまっオレンジの空の描写と、青いままに夜に切り替わっていくような涼しげな夕暮れと両方の曲があったりとか。


 小説だと寂寥感ていうのかな。やや寂しげな、もう今日って日が終わっちゃって二度と戻らないみたいな感じを出したりとかさ。


 漫画ではそうだね。

 高校生ぐらいの男の子と女の子がなんとなく夕暮れに一緒に学校から帰る風景が毎回描かれてね。

 小高いなんの目印もないごく普通の道路を二人並んで夕日に長い長い影を二人して映し出して。

 キスすらしたことのない二人なのに夕日の逆光で真っ黒なシルエットになる姿がなんだか秘密めいて青春の切なさもすごく感じたな。


 映画か。

 映画は迷うなー。

 戦場の夕日なんてのもあればビルの谷間に差し込む夕暮れの団地の風景っていうのもあったし。


「千景さん!」


 あれ? もしかして。


「カチョー!」


 あれれれ?

 まさかカチョーがこんなところにいらっしゃるなんて。


「どうしたんですか? このお店って?」

「ふふ。いーでしょぉー。青空スタンドバー、って感じかしらね」


 ふーん。

 神社の前の、なんていうかちょっと縁日の屋台っぽい、一列のカウンターがぽん、と置かれたみたいな不思議な店構え。そしてそこに立ってるバーテンダーはなんとねじり鉢巻きに猫が胡坐をかいたみたいに座ってるTシャツを着てダメージを与えたジーンズのほつれた裾を蹴散らしながら豆腐を炙ってる。


「千景さん。トーフは嫌い?」

「おつまみがトーフ?」

「そうよ。このお店はね、神社の横にある酒屋兼豆腐屋さんがやってるのよ。このお兄さんはねえ、二代目のボンボンよ」

「カチョーさん、ボンボンはひどいなあ。こんばんは」

「こんばんは」

「お嬢さんは何を?」

「わ。お嬢さんなんてありがとうございます。カチョーは何を?」

「ジントニックよ」

「じゃあわたしもそれを」

「かしこまりました」


 うわー。かしこまられちゃった。感激だなー。


「カチョーはよくここに?」

「ええ。煮詰まっちゃったときとかにね」

「え。100%超えたのに煮詰まってるんですか?」

「ええ。だって来月の前年同期の売上、局地的に高かったでしょ? それを超えるのって大変だなあ、って」

「確かにそうですねえ・・・」

「ごめんね」

「え。何がですか?」

「だって、みんなに無理させちゃって。ウチの収支が厳しいから目標必達なんて一応管理職のわたしたちは言うけど、そのためにみんな残業してもらって」

「ヤクインさんたちはなにトロトロ残業してるんだ、って言いますけどねー」

「そんなことないのにね。みんな本当に文句も言わずによくやってくれてるわ。感謝しかない」

「カチョーが文句言わないですからね。わたしらが言うわけにいかないですよー」

「ほんとは堪えてるんじゃない?」

「うーん。確かに疲れる時はありますけど、でもお客さんとやりとりする現場仕事だからこそなんていうんだろ。カッコいい自分に浸れる瞬間があるっていうか」

「そう。ロックな生き方してるわね」

「あれれ? もしかしてカチョー、ロッカーだったりします」

「弾けないけど、聴くわよ。年季の入ったバンドばっかりだけど」


 そうこう言ってるうちにジントニックが2杯わたしたちに配られる。


「かんぱーい」

「の、前にお嬢さん方」

「あら。わたしもお嬢さん?」

「はい。カチョーさんも千景さんもれっきとしたお嬢さんですよ。でね。少し面白いことをやってみましょう。二人ともグラスを掲げて?」


 こうかな。

 わたしもカチョーもジントニックのグラスを目線辺りに持ち上げる。


「はい、どうぞ」

「わ」


 トーフ屋の跡取りが、小さい柄杓みたいなスプーンから濃いブルーの液体をカチョーのグラスに注ぐ。それからわたしのにも。


「ボン、これって?」

「かき氷のシロップです。これはブルーハワイの」


 わわわ。

 しゅわわわ。


「青空っ!」

「ほんとね」

「で、これがですねえ・・・」


 お。おおおー?


「オレンジ?」

杏子アンズですね」


 跡取りさんが杏子のかき氷シロップを更に注ぎ込む。


 青空がだんだんと夕暮れていく。

 無意識のうちにわたしとカチョーはグラスを夕暮れの空にかざしてグラスとシロップが交じり合った液体を通して空をのぞき込む。


「きれいね・・・」

「はい・・・」


 手をほとんど真上に上げるぐらいの位置で互いのグラスを、チィン、とぶつけた。

 そしてふふふ、と笑い合う。なんか、幸せだ。

 来月もがんばろっかな。


「おお甘・・・」



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