第四話 境内にて

 数日が経った。ある日を境にしばらく欠席をしていた。

 彼女はどうしているのだろうか。

 あれから僕は彼女に話しかけられずにいた。


 ある雨の日、僕の下校途中にそれは起きた。

 突然スマホに着信があった。

 彼女からだ。


「神社で……会える……?」


 嫌な予感がした。僕は傘を捨てて神社へと走った。

 神社に着くと、僕はびしょ濡れのまま狐と睨み合っていた。

 しばらくすると私服姿の彼女らしき人影が入ってきた。

 傘もさしていない。

 近づいて、ぎょっとした。

 彼女の服には大量の血がついていたのだ。

 彼女は僕に倒れるようにしがみついた。

 彼女はひどく怯え、震えていた。

 僕は彼女を抱きしめ、境内の奥へと引っ張って行った。


「何がったの? 警察に連絡は?」


 問いかけに答えられない彼女は、俯いたまま腕の中で震えていた。

 よく見ると返り血のようだった。何かの事件に巻き込まれたのだろうか。

 僕はいつか彼女が言ってくれたように「大丈夫だよ」とだけ言い、ただひたすら抱きしめていた。


 しばらくすると彼女は微かな声でこう囁いた。


「私……お父さんとお母さんを……殺しちゃった……」


 確かにそう言った。

 彼女は震えていた。

 僕はいっそう強く抱きしめた。

 彼女もまた僕にいっそう強くしがみついた。

 永遠にも思える時間が流れた気がした。


 僕は震える彼女をずっと抱きしめていた。

 ときどき、頭を撫でた。

 彼女の長い髪は、雨に濡れて冷たかった。

 僕も彼女も、ふたりとも泣いていた。

 

 彼女は言った。

 両親から日常的に精神的にも物理的に暴力を受けていたこと。顔以外の見えない場所を殴られたり、タバコを押し付けられたりしていたこと。包帯を巻いて登校したあの日以来、暴力はエスカレートしたていたこと。人間不信で、家でも学校でも本当の自分を見せられず、偽りの自分を演じていたこと。そして、両親を刺し殺したことと、その方法。


 僕は、あのときの涙のわけを、なんとなく知ることができた気がした。

 正反対のように思えた彼女の存在は、案外に僕と近い存在だったのかもしれない、と思った。


 彼女は最後にこう言った。


「ねぇ、好きって言ったら、困る?」

 彼女はとても不安そうに見つめてくる。


「僕も、好き」

 そう言って僕らはずっと、警察が来るまで抱きしめあっていた。

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